六番航路 少女二人
エスメラルダは、苦悩を深めた。
先代の国王である父が亡くなった今、この国の主となるのは自分だ。だが、その実権は、目の前の下卑たこの男に握られている。
ひらひらとした飾りを襟や袖にちりばめ、その間をぬうように、色とりどりの宝石。灰色の髪に王道の瞳。髪型はこの星の貴族をまねて高く刈り上げ、後頭部にかけて湾曲しているが、それでも由緒正しい出自の者たちの上品さまでは模倣できていないように見える。
ユルゲン・アプトだ。かつては一企業の社長でしかなかった彼は、とある発明品によって、今や惑星の有力者に近づけるほどの富豪となっていた。
彼の姿は、白を基調とする宮廷の色調にもおよそふさわしくなかった。
「私の事業のおかげで、サンタクララはますます発展するでしょう!」
勇気を出して、といかける王女。
「しかし……それは本当に望ましいことなのですか?」
ユルゲンの言葉に迷いはなかった。」
「あなたの協力が必要なのですよ、殿下。富こそがこの星の正義なのですから」
その全てが醜い自信に満ちている。
サンタ・クララの星を彼に預ければ、支配層は富栄えるだろう。しかし、下々の者はどうなる?
悩みぬいた果てに、エスメラルダは決心した。
「サンタ・クララか?」
パヴェルの質問に、スクリーンに表示された航路をさし示して答えるみるる。
「ええ。周囲の星に比べると治安もいい方ですし……以前から見てみたいと思っていたのです」
ホルヘは、正直みるるに対していまだに好感を持ちかねていた。
危険な冒険にかけてはあまりに素人なのだ。
「俺に案内させてよ。ああいうところに関しては慣れているんだ」
「マスター、この少年は危険です。下手するとあなたを窮地に陥れるかもしれません」
しかしみるるは、
「私、ホルヘのことも知りたい。ラタキアではパヴェルのことをちょっとだけ知ることができたから、ホルヘやマリーさんのことも知らなくちゃいけないと思って」
なんと傲慢な物言いかと、ホルヘは一瞬かっとなった。
「何一つ理解させやしねえよ。だってお前、俺らよりもいい人生送ってきたみたいじゃん」
パヴェルがホルヘの頭を叩いた。
「よせ。艦長の意思だ」
にりむが調子に乗って、
「そ、そ! 今お前らの主人はこのみるる様なんだからな!」
「ちょっとにむる、勝手に自慢しないで!」
「じゃあ……」
マリーは言った。
「艦長の言うことにはよく従うんだよ。私より偉いんだからね」
きっと彼らなりの上下意識に基づいて言っているのだろう。しかし偉いという意識などなかった。たまたま、この地位についているだけで、他人を下の人間として従えているつもりはないのだ。
そのすれ違いに、みるるは思わずもどかしさを覚えた。
「じゃあ、俺たちは観光がてら買い出しにでもでかけるか? ……勝手に逃げだそうとするなよ?」
パヴェルの忠告なら、ホルヘは黙ってうなずくことができた。
サンタ・クララは瀟洒な都だ。白い街だ。
みるるには、アルゴナウタとも違う美意識に基づいて築かれていると見えた。
「綺麗な街」
ホルヘが意味深な笑みを浮かべる。
「だと思うだろ? 実はそうも言ってられない事情があるんだ」
「えっ、何かあるの?」
「クロドキシンって薬品を知っているか? 感情を操作するんだ。あれを製造している会社の社長が、この星のお姫様に懸想しているとかいう噂だぜ」
「お姫様は、それを受け入れているの?」
「いいや。でも、財力にはそう簡単に抗えない。もしかしたら時間の問題かもしれないが……」
ホルヘはそこで、通りをみやり、雑誌の表紙を指さし、
「まあ、旅人である俺たちにはどうせ関係のないことだ。見ろよ、これ。こいつが事実上のこの星の支配者なのさ」
そのどれもが、ユルゲンの肖像で満たされていた。みるるは一目で、彼があまり人柄のいい人物ではないと判断した。この手の人間は、権力や富といったものに目がない。そして、ともすれば人間らしい感情を軽視する傾向がある。
いや……新聞もだ。どれも、遠い惑星でのエネルギー利権のこととか、いいニュースばかりが載せられている。
人々の暮らしに流通する細かい品のあらゆるものが、この街の雰囲気には似つかわしくないように見えた。
最初は、ただただ美しいとしか思っていなかったこの街が、何か俗っぽい、金のにおいにまみれた何かにむしばまれつつあることにみるる気づきつつあった。
「まあ、こういう所はまだ観光客向けに整備されているからそう醜いものは見えないようにされている。郊外だと、もっとひどい」
「でも、どうしてそれを?」
突然、路地裏から若い男がはいだしてきた。何かに喜んでいるようだった。しかし、
「あれだ。クロドキシン中毒者だよ。感情を操作する薬が」
「一回おかみの命令でそれを密輸したことがあるんだ。もちろん俺はすっちゃいないぜ、へへ! それで売人どもがうろついている場所にこっそり訪れたんだが……あそこは、同じ星とは思えない光景だったよ」
ホルヘは続けて、空の一角を指さし、
「それで、ほら、あそこに宮殿が見えるだろ。実は大富豪のユルゲンがあれよりでかい屋敷を今作っている最中なんだ。こっからは見えないが、芸術なんてよくわからない俺からしても正直この星の雰囲気には合ってない、悪趣味な建物だった」
「でも……」
「仕方ないさ。俺達には関係のないことなんだからな」
ホルヘにとっては、心からそうなのだろう。生き残るうえでは、できるだけ何にも拘わらない方がいい。そういう生き方のまま、今日まで来てしまった人間なのだ。
みるるは、気になったことを訪ねてみた。
「……ホルヘは、なぜ宇宙海賊になったの?」
「あ?」
「いや、まだ小さいし、物心づく前からそうだったんじゃないかって」
「……おかみ以外にはあんまり教えたくないな」
耳をぴくぴくさせながら。
「ああ、あの二人がかけがえのない存在だのはそうだが、一応他にも大切な人はいたさ」
「大切な人?」
強調するようにホルヘ。
「家族なんかじゃないぜ! お前、どうやら家族に恵まれてるそうだし、そこがどうしても受け付けない所なんだよ」
みるるには、ホルヘの生い立ちがどうしても想像がつかなかった。
「私にとって、家族は当たり前の存在だった。だから、ホルヘの気持ちがわからないのも仕方ないのかもしれない」
「ふん……」 ホルヘは、不満げな顔。
(こいつ、俺が)
ホルヘは前を向いて、
「俺はさ、親の顔を知らないんだ。名前も知らない。この名前だって、あの人がつけてくれた。自分の名前だって覚えちゃいないんだ」
みるるは、ホルヘの言葉を黙って聞いていた。彼の言葉に軽く受け答えしたくはなかった。どんなにその内面を推し量っても本人の苦悩はそれを越えるものであるに違いない。
「へっ、俺としたことが、嬢ちゃんに心を許しそうになるところだったぜ」
大人びた様子を見せるのだろうと、
「ホルヘは私より幼く見えるけど」
「何言ってんだ。俺はルビコン星人の血を引いているからな、純粋な人間に比べて老化が遅いんだよ」
「そ、そうなんですね」
みるるも、先祖をたどれば何人かはホモ・サピエンス以外の知的生命体に行き着くが、彼自身はもうほとんどのその身体的特徴を引き継いではいない。
その時、黒い影にぶつかりそうになった。
黒いベールを着た人物に。
「すみません!」 相手は小さな声で吐き、そのまま通りすがろうとした。
「ま、待って――」
みるるは、驚いた。
目の前の少女は、みるると瓜二つの顔をしていたからだ。
「えっ?」
ホルヘは思わず、二人の顔を交互に見た。
「待て!」
黒服の男が見えてきた。
みるるは、反射的に自分そっくりの少女にこう声をかける。
「一緒に逃げましょう!」
ホルヘは思わず
(なんだこの野郎、見ず知らずの人間に情けをかけるってのか?!)
だがみるるの素早い行動に、ホルヘは声をかける暇がなかった。
みるるは呪文を唱えた。
(うまく行くといいけど――)
たちまち、魔法陣が地面に描かれ、三人を離れた所に連れて行った。
みるるの瞬間移動魔法は、自分が目にしたことのある近い場所に自動で跳躍するという術である。
無論、みるるは何の計算もなく瞬間移動したのではない。彼らは人目につかない、裏通りに跳躍していた。
そして、市場を漫然と歩いていたパヴェルたちの元に現れた。
にむるがすぐ脇道にそれようとし、ティターニアがしょっちゅう、「これは何ですか?」「あれは何ですか?」と尋ね、宇宙海賊たちを辟易させていたところに。
「おい、何があったんだ?」
「その……この子が逃げている様子だったから、助けてあげたの」
この時、少女はまだ顔を隠していたので、ティターニアたちにはまだ素顔が見えなかった。
「怪しい奴じゃないろうね?」 うたぐるマリー。
パヴェルが少女をにらみ、
「この星には売人がうろついているとの噂じゃないか。もしそうなら――」
ティターニアは、彼の顔を見るなり、驚いた。
「もしかしてエスメラルダ殿下ではありませんか?」
驚く男二人。
「おいおい、じゃあこの星のお姫様じゃねえか!」
「そ……そうです」
おそるおそる答えるエスメラルダ。
「でも、なら何で逃げてたんだ?」
「ユルゲンが私に求婚するからです。彼は、正当な支配者になろうとしている」
牧麿が無感情な声。
「そうなると、彼は王配としてこの星を治めることになりますね」
「となるとクロドキシンをはじめ、闇のブツが大々的にあふれることになるわけだ」
「そんなの、許しません」
冷や汗をかくパヴェル。
「艦長、あんたは自分が何を言っているかわかってるのか? この星に喧嘩を売るってことだぞ」
「そ、そ。宇宙海賊は勝てそうにない戦いには参加しないんだよ」 肩をすくめるマリー。
みるるはだが意思を曲げない。
「宇宙海賊ならそうかもしれませんけど、私はいやしくも、マジノートの艦長なんですから。それに、英雄の孫娘なんですよ」
さすがにこんな無茶苦茶な決意を、この船の意思が認めるわけがない――とパヴェルがティターニアを見やると、
「マスターのおおせのままに。艦長の意思を尊重するのが私の使命ですから」
「失敗したらどうするんだ?」
「それも、受け入れます。艦長の意思を尊重するのが私の使命ですから」
ティターニアの瞳には迷いがない。きっとアルゴナウタの先住民たちはそうやって人間と共存し、彼らを助けてきたのだろうと宇宙海賊たちは思った。
「うん。ティーたんがそういうなら私も異論はないね」
アルゴナウタ人として、にりむは眷属たる魔物たちの意思には異論をさしはさまなかった。
魔物たちは、人間の言葉に従う時はそれを決して曲げないからだ。
「好きで宇宙海賊をやっていたわけではないとはいえ、この稼業もそう楽じゃないな」 遠い目を浮かべるパヴェル。
浮かれるみるる。
「だって……おばあちゃんもそういう危険な旅をしてたわけだし! 私もそういうことの一つや二つ、やってみたいからね」
(やばい奴だ) これが宇宙海賊勢の総意であり、
(みるるなら、そうしない理由はないな) アルゴナウタの民の誰もが確信していたことだった。
エスメラルダは、みるるを見やり、懇願するように、
「お願いします。どうか、サンタ・クララをお救いください……!」
みるるは、満面の笑顔で王女の手を握りしめた。
市街地の空にそびえたつ城。
一同は、ついにその隣に別の建物が見えるところにまでやってきた。
「あそこにユルゲンの邸がある」
それは、四隅に巨大な柱がついており、その間に城壁が張り巡らされ、物々しい雰囲気に覆われている。
「アルゴナウタには必要のないものですわね」 ティターニア。
「宮殿というよりは軍事施設だな」 パヴェル。
エスメラルダは身を隠していた。
「はい。彼は最初から誇示する目的で、あの屋敷を建てたのです。父上は反対していたのですが、あのお方の財力にはかないませんでした……」
「でも、どうする? まさか暴れるわけにもいかないが」
「私がエスメラルダの恰好をして、わざと捕まればいいんだ!」
英雄譚にはやるみるるをたしなめるパヴェル。
「だが、どうやって決着をつける? 戦争じゃない。相手は海千山千の商人だ。あちこちに会社を持っているし、自分が消えようがいくらでも事業を引き継がせる奴がいる」
ホルヘが得意げに、
「そうだぜ。力で何とかなる相手じゃない」
みるるは、単純に相手を懲らしめればいいと思わず恥じた。
「あのお方は、裏ではいろいろと人をだましているのです。そしてその証拠を、あの屋敷の地下に保存している」
王女の言葉を聞いてみるるは思い立つ。
「ならそれを暴露すればいいんだね」
「しかし、あの屋敷の警備システムはあまりにも強力です。外側から侵入できる隙はありませんし、かりにみるる様が捕まったとしても屋敷ではなく城に連れていかれるだけでしょう」
途方に暮れた顔で伸びをするにむる。
「ちぇっ、それじゃあ勝ち目がないぜ」
「そこで俺の出番ってわけだ」 突然、ホルヘが自分の顔を指さす。
「勝ち筋があるのかい、ホルヘ?」 マリーが意外そうに。
「ようやく、師匠の技がいかせそうだぜ」
雪山の黙想(2026)
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神々の闘争と、翻弄される人々。




