五番航路 鉄屑挽歌
カシムは一同を、地下の一室に連れて行った。
「今から十年前はあんなににぎやかだったのにな。改革で何もかもが変わってしまった」
扉を開く。そこには、洞窟のような空間があり、ひんやりとした空気が漂ってきた。壁際に並んだ照明がずらっと灯り、赤茶けた岩肌、そこに築かれたリングを浮かび上がらせる。
「懐かしい記憶が蘇るようだよ」
ネルソンは、うつむいて言った。
「僕にとっては、懐かしいと同時に、忌まわしい記憶でもある。もし戦争がもう少し長く続いていたら、僕はもうちょっといい目的で稼働していたかもしれない」
「機械人形だぞ。たかだか、数年間の稼働目的が変わるだけさ」
オルブライトは冷たい声で言った。
「僕をここで戦わせてくれるのかい、カシム?」
だが相手はあざけるように、
「もう現在、機械人形格闘は違法なんだよ。それをやらせようとする君たちも、罪に問われかねない」
カシムは言った。
みるるは厳しい顔で、
「でも、あなたもそれに携わっていたんでしょう? それが間違っているとわかっていながら」
「法が禁じていなかったからな」
ラタキアでは、法とはそこまで厳格なものではないのだろうか。
みるるは、法というものをもっと恐ろしいものだと思っていたのだ。だがこのカシムという男に、そこまで法を恐れる心があるようには思えなかった。
だからといって、余所者でしかない自分に裁く資格があるとも思えない。みるるは、自分のやろうとしていることが正しいのかどうか、わからなかった。
「オルブライトは俺が見込んだ機械人形だ。これまで装備を整えたが……もう、それを用いる時はない。だからこそ、最後だけは盛大に武装をもってやろうと思っていたんだが」
カシムはネルソンに冷ややかな視線を向ける。
「相手がこんな、おんぼろ機械人形ではな」
「あんたが戦わせるのはいいのか」
「金をかけないなら罪に問われないさ。ましてや俺は上客だぞ? この戦いにどれだけ心を注いできたと思っていやがる」
カシムは理屈で動いてない、とみるるは判断せざるを得なかった。
「しかし木下みるる、お前は知っていて機械人形格闘をさせようとした。これは明らかに、法に背くことだ」
みるるは相手に屈しないように冷静さを保つ。
「金がかかっているから、違法なんでしょう?」
「その金が誰にわたるかと言っているんだ。これを準備するだけでも、機械人形に莫大な利益が渡ってしまうんだぞ」
「なら、僕らが壊れればいいんだ。僕らが壊れてしまえば、金を受け取ることができなくなるからな」
ネルソンは、卑下するわけでもないかのように。
「だが、お前は負けたいわけではないだろう?」
「ああ。だからこそ正々堂々戦って敗れたいんだ」
パヴェルは、内心複雑だった。このネルソンは、戦績がさほど良いわけではなかった。
勝つ瞬間を見たい。だがそれはネルソンにとっては人間の傲慢以外の何物でもなかった。
だが、この会話を聞いていた牧麿には別の考えが起きていた。アルゴナウタという星を出て、この機械人形の経験したことは予想外の連続だった。それまでの常識の通じない場所で、自分の世界観を揺るがされたのだ。そしてそのうちに、もはやみるるだけのことを考えるわけにはもはやいかなかった。
何より、自分以外の機械人形が二人もいるとあっては。
「私は機械人形です。あなたたち二人のことを私にとって他人事だとは思わない。だからこそ思うのですが……」
ネルソンもオルブライトも、牧麿をまっすぐに見た。
「破壊など、よくありません。私には、長い時間を生きていてもらいたいのです」
みるるは、やや意外な感じがした。牧麿がこんな風に他者に興味を持つなど、あまりなかったからだ。同じ機械人形、という事実が
「ほーん、だがそれでは破壊対象となっているこの機械人形を野放しにするつもりか?」
カシムは嫌味な笑顔を浮かべた。
「だがどちらにしても、お前たちはここでつかまるか無罪放免か、選ばなきゃいけないんだぜ」
みるるは、焦った。コスモボレアへ向かう旅はまだ始まったばかりだというのに、こんなところで終わってしまってなるものか。
「なんであんたは、機械人形には優しいのに、そうやって人を追い詰める?」
カシムは首をかしげ、やや視線を外し、
「人間は奇々怪々なんだよ。機械人形よりはな」
その言葉に、どこか、恥ずかしがるような、あるいは自尊心を傷つけられたような乱れを感じ、にむるはそれ以上深掘しようとはしなかった。
ネルソンはロケットを開き、リハンの肖像をしばらく眺めた。そして、再び目の前のオルブライトに目を向けた。
「あの子が生きている間に君とやり合いたかったよ」
「お前もあいつが恋しかったのか」
オルブライトは言った。
「機械人形は、人間と一緒じゃないと活動できないからね」
カシムが笛を鳴らした。
その直後、ネルソンとオルブライトは激しく殴り合った。
パヴェルがかつて見たことのある試合では、時に銃弾やビームが飛び交う非常に危険で、スリリングな瞬間があったものだが、今ここで繰り広げられている戦いはそんな派手さはみじんもない。ただひたすら、原始的な形態の闘争だ。
ついに、オルブライトの拳がネルソンの頭を破損させた。目のレンズが飛び散り、口元の装甲が曲がって配線が垂れ下がった。
にむるとパヴェルは舌打ちした。牧麿は両手を見つめた。みるるは、目を背けた。
「オルブライトの勝利だ」
カシムは、しばらく黙っていた。
機械人形の破壊が見たかったわけでは無論ない。ただ、機械人形格闘という文化の消え去る瞬間、あの勇士たちが二度と栄光を手にできなくなる前の最後の光芒を見たかっただけだ。だが機械人形たちにとってそんなものは病み、腐ることのできる人間の傲慢でしかない。
「ネルソン……!」
「これでいいんだ。僕は彼に倒されるなら本望だよ」
カシムは言った。
「オルブライト! お前は、これからどうやって生きるつもりだ?」
「お前に養ってもらえないなら、どこにでも好きなところに行くさ」
カシムは突き放すように言った。
「お前たち二人とも、いずれ消え去る存在だ。俺たち人間には何の関係もなくなるんだよ」
「そんなはずはありません。私は彼らの同族です」
牧麿は言った。みるるも、
「そ……そうよ。人間も機械人形も、大した違いなんてない!」
しかしみるるではなく、牧麿に向かってカシムは尋ねた。
「お前は、この戦いをどう思う?」
「私は、ひたすら恐ろしいと思いました。なぜ、こんな戦いに人々が夢中になっていたのか、わけがわからない」
パヴェルは、その言葉を聞いてきまりが悪くなった。
「そうか。お前はまっとうな機械人形だ。なるほどお前みたいなのがこの時代には不遇をかこつわけだ」
「しかし……彼は、破損することを惜しまずに戦った」
(違う。機械人形としてにプログラムに従っただけじゃない)
みるるは思った。
「ネルソン」
牧麿は敗者の名を呼んだ。ネルソンはまだ意識があり、顔面のスクリーンがまだ明滅していた。みるるは、牧麿の
牧麿は言った。
「あなたは強かった」
ネルソンは言った。
「ありがとう」 しかし、発声機構が破損したせいで音質はひどく悪化していた。
「俺は、ずっと見ていたよ。あんたが戦っているのをな」
パヴェルは言った。
「お前にとっては、ひたすら醜い姿だったかもしれないが、俺にとっては、むしろこんな泥臭い戦いでどんなに負けても、ひたすら立ち上がるその姿が、あこがれだったんだよ」
「ネルソンは……こういうことをずっと続けていたのですか?」
「ああ。戦ってたんだ」
光の点滅が、弱く、不規則になっていく。
「見てくれていたんだね。他の観客が去るのを見届けてから出て行ったのはいつも君だったよ……」
「覚えてくれていたのか」
みるるは、何も言えなかった。もし、ここで率直に答えてしまえば、機械人形たちの存在理由を損ねてしまうと思ったからだ。
「私は、皆様方の意見を尊重します」
本当なら、ネルソンにいたわりの言葉をかけたかった。賞賛の言葉など送りたくなかった。
こんな醜い戦いのどこに、ほめる要素があるのだろう。だが、周囲はいつの間にか、彼らの戦いをたたえる空気に支配されている。
「ほら見ろ、これだから人間は奇妙なんだ」 天を仰ぐカシム。
彼は人間という存在に好感を抱いていなかったし、ましてオルブライト以外の機械人形もうっすらと見下していた。
(こんなおんぼろ機械人形に何の魅力がある? 第一、そいつは人間の体を埋め込まれているわけでもないだろうに)
「どいつもこいつも、敗者の肩を持ちやがって」
オルブライトには、彼らの姿がどこかまぶしかった。自分は、そういう風に接してもらったことなど一度もないからだ。
カシムは彼らを黙って眺めていた。
ネルソンを、孤独だとしか思っていなかった。
機械人形も、金髪の若者も、みな深い交わりがあったわけではない。なのに、なぜ何十年も前から親交のあった友人のように振舞えるのだろう。
カシムは、それが人間のやさしさだというものを知っていた。人間だけが持ち得る長所だ。だが、カシムはそれを持ちえなかったし、他人からそのやさしさを受け取ることもなかったのである。彼らがもっと、醜くなることをカシムは期待していたのだ。だが、それは裏切られた。
「おい、オルブライト。いつまで奴らを眺めている?」
カシムは、オルブライトの破損した腕に視線を向けた。内部機構が剝き出しになっている。かつてカシムは、そのたびにオルブライトを工場に連れていき、修理させてあげたものだ。
「お前は、もう用済みだ。もう二度と、戦うことはないんだからな」
カシムはオルブライトの破損した腕の中から、袋を取り出した。カシムが中をあけると、そこに入っていたのは、人間の歯だった。
「お前の体に収めていた親知らずを返してもらうぞ」
カシムはそれまでとは違う、よそよそしい声で言った。
「さっさとこの星を去れ。そして二度と戻ってくるなよ」
「分かっているさ」 オルブライトは突き放すように言った。
「じゃあな」
孤独な勝者は、そこから去っていった。
「私たちを、どうするつもりなんですか?」
カシムはもう、彼らに興味を持っていない様子だった。
「勝手にしろ。お前らはたいして裕福でもなさそうだからな」
戦いの場から抜け出し、ネルソンがとぼとぼと歩く後ろを、みるるたちは追った。
牧麿は音量を高めた。
「ネルソン。まだあなたは、処分されるべきじゃない」
「これでいいんだ。僕は、あの子のもとに行けるんだから……」
「しかし――」
「よせ。機械人形にだって安らかに機能を停止する権利はあるだろう」
みるるたちは彼に別れを告げ、遠く離れた。
ネルソンはそのまま自分に道を進み続け、廃材が並ぶ中、誰もいない所で立ち止まった。
電源が切れた。そして腕や手が外れ、装甲のつなぎ目も離れて内部の配線が露出し、火花をあげながら燃え上がった。
◇
みるるは、すっきりしない感情を抱えたままティターニア号の元――正確のは、その入口につながる魔法陣――に戻った。
彼らは突然艦橋に移動していた。そして、みるるも濃緑のケープを着た姿から艦長の制服に戻っていた。
パヴェルは、おお、とため息をもらした。
「ご無事で何よりです、マスター」
奥では、ホルヘが植物の蔦に縛られ、叫んでいる。
「くそっ、嬢ちゃん! 助けてくれ!!」
ティターニアの顔が、どこか冷ややかな、不敵な笑みを浮かべる。
「艦内からの逃亡を企てた者は、私が成敗してございます」
目を細め、冷や汗をかくみるる。
「ちょっと、やめなよティーたん。かわいそうじゃない」
「あきらめな。まだこいつは、あんたにまだ忠誠を誓ってないんだ」
「へっへ……いつでも」
ホルヘは悪びれなかった。パヴェルがみるるに忠告するように、
「こいつはそういうやつだ。あきらめろ」
みるるは一部始終を話した。
「へえ、じゃあ嬢ちゃんはどっちが勝つか賭けなかったのかい?」
「かけるわけありませんよ。私、勝負なんて嫌いですから。第一、アルゴナウタでは賭博は禁止なんです」
「あ~でも、私賭け事には結構興味あるかな。アルゴナウタを出たら一番やってみたいのが競馬とかギャンブルだから!」
「うわぁ、にむるってそういう趣味あるんだ」 引きつる顔でみるる。
「艦長。きっとあんたは綺麗な人間なんだな」
「き、きれいな人間?」
「違う。心だ!」 パヴェルは、きっとなって訂正する。
「汚れちまった人間は、汚れた楽しみを見出さないと生きていけねえもんなのさ。カシムだってそうだろ。」
「あの人は、機械人形より人間は奇々怪々だと言っていました。いつしか他者というのを信用できなくなってしまったのかもしれません」
「私は、やはり人間という生き物を深く理解したいです」
牧麿の言葉は、機械的にも関わらず、それよりも重みをともなって彼らにひびいた。
「……で、次はどこに向かうんだ?」
「ここから数光年離れた先に、星がある。ラタキアに比べればのどかな所さ」
「ああ。だが、実際には成金の企業家に支配されてるとの噂だ」
ホルヘが、
「ま、栄えているといえば栄えている所さ。少なくとも、旅行客として滞在する分にはそんなに不都合な場所じゃない」
「私、やっぱり気になることは調べないと、気が済まないので」
「マスターの仰せのままに」 静かにいうティターニア。
「あの……マリーさんは、こうやって色んな星を見て回ってたんですか?」
「何言ってやがる。俺たちはあんな統制の行き届いた」
ぴくぴくと、耳の部分が動いている。
「嬢ちゃん、お前はやはり危機感が乏しいんじゃないのか? 俺に任せなよ。危険な目に合わないように導いてやる」
にむるが反応。
「おっ、言ったね。もしそれでみるるを危険に陥れることでもあったら――」
「や、やめろ! 俺はスリルなことがしたいんだ!」
「つくづく甘い奴だね、ホルヘ。なんだかんだあんたもこいつらに頼りたがっているじゃないか」
「いや、おかみ。俺はただ、こいつらから隙を見て物資をくすねてだな……」
「ならばやはり――」
ティターニアが笑顔のまま呪文を詠唱し、魔法陣を走らせる。
「いやいやいや!! なんでもないです! 本当に!」
鎮霊使今野琴仁(2017)
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コーヒー好きの退魔譚




