四番航路 心の証明
今では、街のあちこちで機械人形試合の禁止と、その参加者の通報を呼びかけるポスターであふれている。
かつてはえらい人間までこの娯楽にはまっていることを公言してはばからなかったのに、人間たちは身勝手だと機械人形は思った。灰色で、鎧のような質感の機体。
かつてこの星で大々的に行われた試合は、正式に禁止される数年前からすでに人気ではなくなっていた。
同じ身の上の機械人形はどうなっただろうか。
あいつと一戦を交わす約束だった。しかし、まだ奴は現れない。
あいつはもうすぐ機能を停止するはずだ。そうなっては、もう二度とあの約束を果たすことはできなくなる。それまでに、何とかあいつを見つけなければ。
機械人形は焦っていた。
みるるは、ネルソンをティターニア号の中にかくまうことにした。
ティターニアが等身大のままで、魔法陣を発生させ、その中にみるるたちを導いたのである。
ティターニア号の壮麗な内装に、ややネルソンの無機質な姿はやや不釣り合いに見えた。
船の精霊の魔法で、この空間の内部にいると自動的にみるるは艦長の制服をまとっていた。
「安心してください。ここなら危険な機械人形に狙われることもありませんから」
「こいつをどうする?」
「もちろん、この人が会いたがっている機械人形を見つけることですよ」
みるるは尋ねた。
「あの、その人の名前は?」
「ジョージ・オルブライトだ。昔と住んでいる所は変わっていないはずだ。ずっと前からあの稼業から手を洗っていたし、世渡りが僕よりも上手だからね」
みるるは、あの時ネルソンが取り上げた物が何か聞きたかったが、彼はおそらくそれに答えることを拒絶するに違いないと思った。ゆえに、このことについて深堀することはできなかった。
「ネルソンさんは、何のために製造されたんですか?」
「医療用だよ。でも、機能を果たす前に戦争が終わった。だからずっと用済みになってしまった」
機械人形はみな、人間のような名前をしている。彼らは確かに、社会の一員として認められていたわけだ。
「そのジョージとやらを見つければいいんだな? だが、どこにいる?」
「僕が行きたい所だが、あまり長時間は動けない」
「分かりました、一緒に探しに行きましょう。けれど、その前にティーたん、ちょっと手を貸してくれる?」
「何をでしょうか?」
制服のポケットから、一つ白い玉を取り出し、渡す。
「えっと……この宝珠。これがあれば距離があっても、力を念じればすぐに光が届くはず」
あまり仲間たちと集まっていると見つかりやすい、という理由で一同は分かれることにした。
牧麿とマリーとティターニアは、ネルソンを守るために艦内に残り、みるるたちは買い出しがてらオルブライトを探しに行くことにした。
みるるは外に出ると魔法の力で自動的に濃緑のケープ姿に戻る。道を行く間に、パヴェルが色々と話してくれた。
ラタキアの機械人形は、元々労働用に作られ、その後戦闘用に生まれた者もいたが、平和な今では新しく造られる者はほとんどおらず、徐々に数を減らしている……と。
「機械人形というのは中にいくらでも兵器を仕込めるんだ。最近のは規制が厳しくなって、隠せないようにはなったらしいが」
「お前ら魔法使いというのも似たようなもんだ。何をしでかすか分かったもんじゃない」
にむるは、パヴェルがそうやってたてつくのにこりごりして、
「疑うのはやめてくれよ。すべての魔法が危険なわけじゃないんですから。人を癒す魔法だってあるんだし」
「まだ今みたいに平和じゃない頃、アルゴナウタの魔法使いがそうやってけがを簡単に癒すせいで何度も戦場に行かされ、人の命が軽くなったって話、知らないのか? あまりに優れた技術は災いみたいなもんだ」
(私たちは、恐れられている)
みるるは、もやもやした気持ちを抱かずにはいられなかった。
パヴェルは言った。
「第一あれは戦争帰りたちが始めたものなんだ。確か半世紀前のことだったか。だから廃れるのも道理だ。あれ以後機械人形の武装に厳しい制限が始まったはずだが、ラタキアはその辺の規制がゆるくてな。なかなかそれが進まなかった」
その時、みるるの腹が鳴った。
「ごめんなさい、おなかすいちゃって……」
「はいはい、何か食べたいんですね、艦長」
パヴェルは昼食を自販機で買ってきた。
それは、茶色い容器の中に長方形の緑、赤、黄色の図形が詰まった、料理とはいいがたい何か。
鳥人の表情に、パヴェルは不審な顔を浮かべる。
「食べないのか?」
にむるは食欲が進まないらしい。
「いや……その、他の星の食べ物は初めてというか」
有機的な手法で作った物しか食べたことのないにむるにとって、それはそもそも食える物にすら見えなかった。だが一方で艦長はむしろ面白がって、
「私、アルゴナウタの外の食べ物を食べるのは初めてなんです! ぜひともいただきたいです!!」
みるるの乗り気な様子を見ると、さすがににむるは嫌がる顔を見せるわけにはいかなかった。
「分かったよ。食べるよ」
何回か、咀嚼してからにむるは言った。
「変な味だ。培養肉だな?」
「当然だ。動物を育てて、殺して食うなんて野蛮だからな」
常識の衝突。
「私たちの故郷ではいつもそうさ」
「遅れた星だ」
「違う、あるべき姿に――」
にむるは反論しようとする前に、みるるが目を輝かせ、
「アルゴナウタの外の人たちはこういうのを食べるんですね!」
「……そうか。俺にとってはこれが懐かしの味なんだ。以前もラタキアに行ったことがあってな、あの時は今よりもずっと良い暮らしをしていた」
「あんたもこの星の機械人形の試合を見ていたのか?」
パヴェルは少し気まずそうに、
「ああ。ネルソンも実は数回だけ見たことがある。その時は弱っちい奴としか思わなかったが……いざああやって顔を合わせたとき、俺は何となく、あいつにあこがれを感じたんだ」
「あこがれ?」
「なんというか。諦めの悪さってやつだ」
どこか遠くを眺めるような瞳で。
「どんなに負けてたって、絶対にそれを認めない頑固さ。俺みたいに、はやばやとまっとうな生き方をやめちまった奴にはまねのできない所だ」
にむるは、ほだされないぞ、と気をつけた。彼にも、思い当たるような記憶があったからだ。
どんなに宇宙海賊だ、ということを思い出そうとした。
「ネルソンもきっとあんな感じなんだ。もう二度と戻れないあの日を待ち焦がれている」
にむるがいう。
「はっ、そんな風にたらしこんでも無駄だよ。私たちはあんたらが危険な存在だってことはわかってんだから」
だがパヴェルはその言葉には乗らず、彼らの散漫な注意力を戒める。
「おい、前を見ろ」
目の前に機械人形が立っていた。
「お前たちは見ない顔だな」
「私たち、旅行者なんです!」
二人は、顔を見合わせた。危険な世界だというのに、この少女は能天気としか思えない様子を見せる。
「以前、この星では機械人形による試合が行われていたと聞きます」
「へえ、若い奴がそんなに関心を持つのか」
パヴェルが言った。
「なんでも、こいつは機械人形の試合を見たいんだとよ。まだ裏で行われてるんだろ?」
「見て何の得がある? お尋ね者になるだけだぞ」 機械人形はそう言って、そばを通りすぎようとした。
すぐにみるるはこういう。
「でも、まだそれに参加しようとなさっている方がいらっしゃるそうですが」
機械人形の動きが、わずかに揺れ動いた。
「そうやって、処分対象をあぶり出すつもりか?」
相手の声が急にとげとげしくなり、左腕の中から、銃が出てきた。
みるるは驚いたが、おじけづいたりはしなかった。
「安心しろ。強力なロックがかかっている。セキュリティコードを外から入力されない限り人間を襲うことはできない。ましてやそうすると強烈な電気信号で妨害されるしな。人間たちがいる場所で活動するにはそれくらい制限はないといけないんだ」
苦笑いするにむる。
「なんというか、機械人形って人間よりずっと強いし、頑丈だし、生きやすそうだと思ったけどそうでもないんだね」
「何を言ってる。熱にも弱いしさびにも弱い。ましてや成長することもできない。欠陥が多いんだ」
機械人形は言った。
「お前たちに教えてやることは何もない。俺たちのようなできすぎた個体は社会から排除されるんだ。そう精巧な品は求められていないしな」
そのまま、背を向けて立ち去ろうとする。
みるるは思い切ってこう尋ねた。
「ネルソン・スコットという方をご存じですか?」
マジノートの一室、さほど広くはない空間、牧麿が言った。
「ネルソンさんにそんな過去があったんですね……」
「リハンと会えたおかげで、僕は道具にならずに済んだんだ。」
「今まで機械人形たちにそんな感情があったこと自体が驚きだよ。脳みそは人間を模しているとはいえ、人間と完全に同じにはならないように一部の遺伝子をいじくっていると聞いたんだが」
「それは戦闘用の機械人形だよ。基本的には暴力的な衝動を抑えるためにむしろ人間よりも恐怖心を強く感じるようにプログラムされてるんだ」
マリーが言った。
「ああ、それで聞いたことがあるよ。人間よりも機械人形の方が優しいって。実際人間が人工知能を発明した時もそうやって依存する奴がいて大問題になったそうだけど」
「新しい技術が生まれる時はそうやって問題が起きるもんさ」
「さきほど、みるるが持っていた物は何だったのですか?」
黙ってネルソンは握りしめていたものを牧麿に見せた。それは歯車を模したロケットだった。
彼がふたを開くと、その中には一人の写真が入っていた。
「僕は彼のために戦いを見せていたんだ。僕はいつも破損していたが、彼はいつも僕の体を修理してくれた」
「木下みるるも、君のために色々と世話をしてくれているんだね?」
「はい。あの子が、私を作ってくれたのですから」
「僕と君は機械人形だ。だから、君なら分かってもらえるかもしれないと思った。人間なら分かってくれないことでも、君になら、もしかしたら……」
牧麿は顔を上げた。マリーはそれを見て、喜んでいるように見えた。
「そろそろ僕は会いにいかないといけない。あいつに」
突然彼らの真ん中で青白い光がともり、ティターニアの姿が現れた。
「マスターからの通信です。どうやら、目的のお方に出会えたようですね」
「知らないな。そんな奴は」
オルブライトは否定しようとした。
「でも、確かにあなたに会いたがっていた。あなたと何度も戦ってよくご存じとのことです」
「よせ、俺には関係のないことだ。あれはもう何年も前に――」
「久しぶりだね、ジョージ」
果たしてそこに、ネルソンが現れた。
「稼働していたのか、お前」
オルブライトは驚いた。
ネルソンは静かに言った。
「僕と君の戦いを待っていた子は今ではいなくなってしまった。僕が、戦うことに臆病だったばっかりに」
「今更戦ったところで、金にはならない。今残っている奴らは、どいつもこいつも金払いの悪いやつばかりだ」
「廃棄処分が近い機械人形同士だ。せめて最後は穏やかに眠りたいとは思わないか?」
「いや、この星で育った者として、ゆっくりさび付くなんて嫌だ。あの子に死なれた今、せいぜい派手に爆散して消えようじゃないか」
みるるは、逡巡した。この星の住人は、みるるが今まで目にしてきた人々とは全く異なる論理で動いている。この星で育てば、自然とそういう心が身につく。それを、他の星の人間がとやかくいう筋合いはない。
これからの旅で、きっとこういうことを何度も経験するのだ。これくらいで驚いてどうする――
十台はくだらない警備ロボットが迫っていた。
「お前たちの会話をずっと聞いていた。機械人形にそこまで人間らしい情緒があったとはな」
髭面、浅黒い顔の警官。
「カシム……!」
オルブライトの声に、激しい感情が見え隠れする。
「お前はまだ破壊されていなかったのか? 俺が貴様に賭けた金額を思えば……そうやすやすと破壊されるはずはないと思っていたが」
それから警官はみるるとにむるに視線を向け、
「その衣装……隣星のアルゴナウタ人か」
「はい。この方が探していた機械人形を探していた所なのです」
「ふむ! となるとちょうどいい所に引き合わせてくれたな」
「……まさか、そのために俺を呼んだのか?」
ネルソンはしかし、みるるを守るように、
「いや、この女にその程度の悪意は感じ取れない。会話で分かったことだ」
カシムは言った。
「どうだ、この二人に試合をしてもらうか? 楽しいぞ」
「そうやって、あとで罰金でも取り立てるつもりじゃないだろうな?」
カシムは言った。
「そうすれば面倒なことになる。荒事をしでかす奴はわざわざ捕まえるより勝手に争って消えてもらった方がいいからな」
オルブライトが、
「ああ、消えるさ。俺はお前からチップをもらっていたが、ある時から急に金額をけちるようになった。おかげでこっちはあちこちに潤滑油が足りなくなって困っていたんだ。俺のように金に汚い奴はましてや少しでも怪しい動きを見せるわけにはいかないからな」
にむるは顔をしかめた。
「あんたは、警官のくせにそういうのを楽しんでるのか」
「そりゃ、この仕事で稼げる金なんてたかがしれているからな。それともお前らは、こんな仕事に満足して稼げると思うのか?」
みるるは、カシムの憎々しい様子に反感を覚えた。しかし、それに怒ってもどうにもならない。
「私は……機械人形の方々の願いなら、聞かないわけにはいかないと思いますが」
カシムは言った。
「なら、今から試合がある場所を教えてやる。……お前ら二人が派手に破壊されるのを待っているぞ」
カシムは笑いながら、警備ロボットともに立ち去った。
みるるは、いたたまれない気持ちで
「申し訳ありません。私は、望んでこういうことをしたわけではないのです」
あきれて、オルブライトは言った。
「無邪気な奴らなんだな、アルゴナウタ人ってのは」
牧麿は淡々とした口調で、
「私たちは他の星について疎いのです。そのために、初めて会った人でもすぐに本心を打ち明けてしまうのです」
「お前らは警察に目をつけられちまったが、逃げないのか?」
みるるは言った。
「逃げませんよ。ここまで来たんですから」
ネルソンは言った。
「この人たちは、万事この調子だ」
オルブライトはやや落ち着きを取り戻し、
「ならば、俺としてはお前たちと最後まで付き合うしかないようだ。すぐ逃げ出すこの星の奴らとは違うしな」
動画女(2019)
https://ncode.syosetu.com/n2520fm/
無限に再生される中で自我を得たもののすさまじき孤独。




