三番航路 鋼鉄の約束
ネルソン・スコットは旧式の機械人形である。製造から48年が経ち、銀色の機体はあちこちが欠け、錆ついていたが、もはや装甲をメンテナンスするだけの金も気力もなかった。
リハンという名前の男がいた。彼が子供の時からネルソンは一緒に遊んでやった。だが機械人形と人間が同じ時間を生きられるはずもない。
ネルソンがほとんど姿形を変えないというのに、リハンは人間のように年老い、自然に亡くなった。ネルソンにとって、人間が変化し、消滅することは当然の物として受け入れられたが、リハンの死は耐え難いものだった。何しろ、彼に見せてやりたかった物を見せられないまま死なせてしまったことは実に無念だった。
もとからネルソンには、頼れる者など少なかったが、リハンの死によって彼は完全に自分の存在意義を見失ってしまった。ゆえに、彼はかつてリハンにも手伝ってもらっていた関節や内部機構の管理を怠るようになり、次第に移動に不調が目立つようになった。だが、もうそれでもよかった。どちらにしろ廃棄処分が近づいていることに変わりはないのだから。
ここは、惑星ラタキア。荒涼とした酸素の薄い砂漠に、巨大なガラス状のドームの中にぽつんと都市が建っている。それだけが、この惑星において唯一の人類の居住圏だった。
この星に限らず、ほとんどの惑星には、一つしか都市が存在しない。その惑星に名付けられた名前が、そのまま都市の名前になるのが慣例だった。都市が複数あるのは、人類発祥の地である地球や、その他早くから人類の入植が進んでいた一部の惑星や衛星に限ったことである。みるるの故郷アルゴナウタも、地球的な惑星であったからいくつか集落があるが、ここではそうではない。
マリーの方に、船の精霊がふわりと降下して歩いて来た。
「あの時は、手荒な真似をして申し訳ありませんでした」
ティターニアは恭しく頭を下げた。
「先ほど調べたのですが、マリー様は、非常に高貴なお生まれだったのですね。あのような境遇に身を落とさねばならなかったことに同情いたします……」
「政略結婚だよ。普通の子供みたいに愛してはもらえなかった」
それからみるるの方に向き直り、うつろな瞳で、
「あんた……いい顔してるじゃん。まるで苦労をしのんでもらえたって面だ」
「わ、私だって苦労はしてきたんですよ!」
「どうせ、乗り越えられる試練しか与えてもらえなかったのさ。そして、そのたびにほめてもらえたんだろ?」
ホルヘは腕を組む。
「ああ、いかにもそういう感じだぜ。いつだって自分の人生を自分が主人公として生きてけたっぽいな」
それから船の精霊にも食ってかかる。
「てか、手荒な真似ってなんだ? おかみが高貴な身分じゃなかったら謝らなかったのかよ?」
ティターニアは、黙って何も答えなかった。気おされたというより、このような身の上の人間に対する身の振り方が分からないのだ。
牧麿は動かなかったが、にむるはかっとなって、
「勝手にうらやんでんじゃない。あんたらに、みるるの――」
「やめて。私が連れていくって決めた人たちなんだから」
みるるは言った。それがとげとげしい声になってしまったことに、すぐ後悔した。
「ちっ……」
「なんだこいつら。まるで世間知らずの田舎者じゃねえか」
パヴェルは、小声でマリーにささやく。
「おかみ。こいつらについていって大丈夫なのか?」
「私の直感が告げてんだ。こいつらは未熟だが……素質はある」
艦橋内にティターニアの声が響く。
「皆様、もう少しで地表に到達いたします」
魔法の力で縮小し、その辺の宇宙船と同じくらいの大きさになっていたティターニアは、機体を小さな丘の上に降ろした。
そして一同は外に出た。空は、無機質なまでに灰色だった。アルゴナウタも時として曇天にはなるが、ここまで殺風景ではない。
みるるは鼻を鳴らし、
「うーん……変な匂い!」
パヴェルが、不愛想な顔で向いてきて、
「そりゃあオイルがあちこちから漏れ出しているからな」
「オイル? この匂い全部ですか?」
「ああ。この惑星はメタンガスが地底から湧き出してるんだ。だから時折火災が起きる」
にむるはきょろきょろ見回していた。
「あまりあちこちに行くんじゃないよ。ここはあまり治安のいいところじゃないんだからね」
マリーはそれから小声で、
「あんたたち、こういう所の心得がなさそうだから危なっかしいよ」
あきれて笑うホルヘ。
「本当にな。遠足じゃないんだぜ?」
みるるは言った。
「とりあえず、食料品を買わないと。長旅になるんだから色々そろえなくちゃね」
「マスター、私は待機ですか?」
「一緒に行こうよ。ティーたんは強い魔法が使えるんだから」
宇宙海賊の三人が一斉に怪訝な顔を向ける。
「おい、どうやって宇宙船が行動を共に――」
パヴェルが言い終わる前に、宇宙船をすえた地面に魔法陣が展開し、光の粒子を噴き上げて機体を包み込む。
光が収まった時、そこにはもう大きな宇宙船ではなく銀髪の美少女がいた。
「おお……」
「ね、言ったでしょ? これがティーたんの魔法なんです」
ティターニアは一礼を捧げ、
「ご安心ください。マスターと皆さんの窮地に駆け付けるのが私の責務ですから」
みるるたちは日用品を買うために大通りを見て回った。
ここでは、人間と同じくらいに機械人形がいる。
銀色の装甲だ。特に最新鋭の物は、ほとんど人間と変わらないような
特にあたりを気にしていたのは、牧麿だ。彼は、時折聞こえるひそひそ声に耳を傾け、
「私も、旧式なのでしょうか?」と聞き返す。
牧麿のずんぐりとした体は、群衆の中ではやけに目立った。
「田舎者の使うもんだ、あんなのは……」
焦るホルヘ。
「おい、律儀に答えるもんじゃない」
「何に使えるのですか?」
パヴェルが言った。
「試合だよ。機械人形同士が戦うんだ」
ホルヘが舌打ちする。
「変に注目させるんじゃねえ、この鉄くず!」
平気で馬鹿にする二人にみるるはむっとしたが、この場で変にことを荒立てるわけにもいかなかった。牧麿は、何も反応しなかった。
ネルソンは関節に潤滑油をさしていた。こういうことをして、適当に何かをしているふりをしていた。実際は何も、状況は良くなっていないのに。
ここ数年、機械人形に対する風当たりは強くなった。誤作動した機械人形による殺傷事件が起きてからというもの、サービスの切れたまま活動を続けている機械人形は処分されねばならない、というお達しがあったからだ。
あのサイレンが聞いて、ネルソンの中の視界が赤く点滅した。
ネルソンは走り出した。これも、自分の末路なのか、と。
黒い、物々しい外見、箱のようにかさばる形状の機械人形が一体、彼らの側を通りかかった。
「警備ロボットだ。だがなぜこんなところに……?」
警備ロボットはサイレンを鳴らしながら、ネルソンを追った。
マリーは叫ぶ。
「行くんじゃない! あたしたちにゃ関係のないことだ」
だがみるるは止まらなかった。
「おい、どうするつもりだ!?」 パヴェルが叫ぶ。
「無視なんてしてられません!」
口元で呪文を唱えるや、みるるの指先から電撃がほとばしり、警備ロボットは停止した。
ホルヘは片手で頭を抱えた。
「やってくれたな。そいつは警察の機械人形だ」
「でも、こうするしかありませんでしたし」
(この小娘、どんだけ怖いか知らないのか)
ホルヘは、あきれて物が言えなかった。
しかしネルソンのセンサーは、彼らがこちらに悪意がないことを伝えた。
みるるは言った。
「あの……、大丈夫ですか?」
ネルソンは言った。牧麿よりもよっぽど人間らしい流暢なしゃべり方だ。
「僕を……助けてくれたの?」
しかし、少しもうれしそうではなかった。
「どうして、そんなことをしたんだ? 僕は、破壊されて当然の旧式なんだから」
みるるは、静かに言った。
「旧式だから破壊されるなんておかしいとは思いませんか?」
機械人形である牧麿は、人間と違って心臓の鼓動を感じるわけではない。
しかし、感情がある。そして記憶がある。これまでの活動で収集したあらゆるデータの集積から、牧麿は、彼を知ることを望んだ。そして、ネルソンがそのまま破壊されるのを悲しいと思った。
牧麿は、これまでの人生でそんな風に存在を脅かされることがあったわけではない。まだ浮遊魔法に成熟しておらず、崖から落ちそうになったみるるを助けたことがあるくらいだ。
ネルソンは、牧麿の言葉の裏側にある何かを、よく理解できなかった。基本的に機械人形同士は仲が良くないからだ。自分が仕える人間と思考パターンが似通うのが普通だから、
みるるは言った。
「私は、あなたを知りたい。あなたはきっと悲しんでいる。何かを……」
すると、ネルソンは黙っている牧麿に向かって言った。
「君は新型だな? だったら、僕より生きられるだろう」
「耐用年数は、まだ四十年は残っています」
「違う、そうじゃないでしょ。牧麿は、この人」
「この人?」
みるるは言った。
「私は、この星に生まれたわけではありません。ですから、あなたの苦しみを完全に理解できないかもしれない。けれど、それでは、私の行動プログラムが満足しないのです」
パヴェルは、不思議そうに首をかしげた。機械人形とは、基本的に人間より感情に乏しい道具ではなかったのか。
「僕も作られたときは、最新だったよ。でも、道具は古くなると必ず捨てられる。これは当然の道理だ」
「私は、あなたを見捨てたくない」
牧麿は言った。
「機械人形が、人間らしいことを言うなんてな!」
ホルヘは、牧麿のその情をむしろ気持ち悪いと思った。
むろん今どきの機械人形は、思考や計算をするための部分は脳細胞を模した生体パーツで作られているのが普通だ。だが、それでも一般的に、全体として彼らは機械という認識は強固だった。
みるるがきっとなって、
「違う。人間の心を宿してるんだから人間に決まってますよ。心が大事なんじゃないですか」
(何て強情な奴だ)
宇宙海賊たちにとって、みるるの優しさは迷惑ですらあった。
パヴェルは、妬ましいとすら思った。そういう優しさを持てるだけの余裕が。
希少な技術者として、かつては良い暮らしをしていたものだ。
しかし、技術が開発され、パヴェルは職を失ってしまった。彼は、落ちぶれ、気づけば生き延びるために他人を陥れる悪党になっていた。みるるたちに捕まるまでは。
だが、みるるも牧麿も、他人に世話を焼くのが好きらしい。
パヴェルはそこで、こう言った。
「事情は違うが、俺みたいだな」
「パヴェル。こいつらの言うことを聞くつもりか」
「今はこいつが俺たちの主人だからな」
「ちっ、隙さえあればいくらでも逃げ出してやるぜ」
パヴェルは説教するように言った。
「おかみが言ってただろ。せっかくできた分かれ道だ、進まない道はない」
「俺の知っているあんたはもっと利己的で意地ぎたない奴だった……」
ネルソンは、彼らのやり取りを聞いて、仲は良くなさそうだと思った。
しかし、まったく対立関係にあるわけでもない。確かに信頼が存在している。リハンとも、こういう試行錯誤を通して相互理解を深めていったのだ。
「よしな、ホルヘ。まったくお前は何かに逆らいやがる」
みるるが言った。
「パヴェルさんは、機械に詳しいって言ってたけど」
「ああ。機械人形もある程度は扱ったことはあるが……」
「じゃあ、ネルソンさんも修理できる?」
「無茶いうな! そこまで精密なことはやったことがない」
みるるの切実に頼み込む瞳に、パヴェルはあきれる他なかった。
(こいつ……本気か) それから艦長から目を背け、
「おい、牧麿も機械人形だろ。どういう内部構造をしてるんだ?」
「私も、そこまで普通の機械人形と変わっているわけではありませんよ。内部の宝石で動いて……」
牧麿の仕様について聞いたパヴェルは驚いた。魔法の宝石の力で動く機械人形など聞いたことがない。ましてや、魔力を注入するだけで動き続けるには充分だとは!
「だとすりゃこいつは機械人形なんかじゃない。人工生命のたぐいだ」
にむるは自慢げに言った。
「こういうことにかけては天才なんだ、みるるは。何せ十三歳でこれを作り上げたんだから」
だが、みるるは自慢が好きではない。
「黙ってて、にむる」「はいはい」
先ほどから周囲の目を気にしていたマリーは、
「とにかく、こんなところにいちゃまた見つかる。こいつの居場所に案内させな」
そこはうらぶれた小屋だった。
幸いにも、器具はそこまで古びてはいなかったので、パヴェルはネルソンのメンテナンスにそれを使った。
「あの子がやってくれたんだ。僕の管理を」
ネルソンの背中を開き、いくつかのピストンやシャフトの表面を観察して、あきれた声をあげるパヴェル。
「おい、シリンダーがここまで擦切ってるのか? 交換してもらおうとは思わなかったのか?」
「あの子が亡くなってから、そういうことを気にしなくなってしまって」
みるるは、油ぎった内部が、まるで生き物の解剖のようで思わず顔をそむけた。だがむしろにむるは面白そうにのぞきこんでいた。
「そのあの子っていうのは、誰なんだ」
「昔から僕が親の代わりに育てていた子だよ。機械人形同士の格闘を楽しんでいた。そして僕が見せてあげたかった試合が始まる前に、寿命で宇宙の中心に行ってしまったんだよ」
「そりゃ、お前があいつらに追われるのは当然だな」 ホルヘが言った。
「えっ?」 驚くみるる。
「ラタキアはつい少し前までそういう機械人形同士の格闘技がすごく人気だったんだ。条約に加盟していないことを利用して、危険な代物が流通していたらしい」
パヴェルがついで、
「だが数年前にようやく改革が始まって、そういうのを全部禁止することになったわけよ。元からあんな試合は全部非合法だったが、ようやく罰則がついたんだ」
「だから、この星の偉い奴は、僕みたいな機械人形を排除しようとするんだ。あれに関わったことがある人間や機械人形をこの星から消し去りたい」
「偉い奴の考えることはわからないねえ」 マリーは言った。
パヴェルはみるるに問うた。
「俺らは元からどうでもいいが、艦長はいいのか? 犯罪の片棒を担ぐことになるんだぜ」
にむるが、
「私たちゃアルゴナウタって田舎の星で生まれたから、宇宙標準の論理なんてのはわからないけど、困っている人がいたら助けるよ。私の星ではいつもそうだった」
みるるは考え込んだ。ネルソンは、法律に外れたことをしている。
そしてそれを手伝うということは、みるるたちも法を破る、ということだ。そうなると、官憲に追われることになりかねない……。
「マスター、あなたの判断は法に優越する。かつてみりね様の時も、あのお方の判断は超法規的措置として認められましたから」
ティターニアは迷わずに言った。
(お母さんやお父さんが知ったらどうするだろう。約束を守るように、とよくきつく言われたけど、でもこれは人間との間のこととは違うよね)
「よし、じゃあできるだけ誰にも気づかれないように済ませないと」
「なるほど。じゃあ、さっさと済ませろよ」
パヴェルは、黙って部品を磨いていた。
ネルソンは、あまりこういうことに関して詳しくは話したくない様子だった。ティターニアは、超然とした様子で彼らの会話を聞いている。
「どこで、試合を行うんだい?」
「地下だ。以前は大々的に行われていたが、規制が始まってからは隠れた場所でやるようになったんだ」
「で、誰とやりあうんだ?」
ホルヘが聞いた。
「長い間僕はあいつと戦いたかった。だが、それ以前にあの子が死んでしまってね」
そのことについては、あまり語りたくない様子だ。
当たりを歩き回っていたみるるが、机と壁の間から何かを取り出し、見せる。
「あの……これは?」
それを見るなり、ネルソンの声が少し曇った。
「……聞かないでくれ」
ネルソンが急に立ち上がり、それを取り上げたので、驚くみるる。
パヴェルが背後から言った。
「急に動かないでくれ、こすれたらどうする。……核融合炉を改造すれば、もう少し延命はできると思うが」
「いや……かまわないさ。そこまでしてこの世に生きていたいとは思わない」
まるで、死に場所を求めているみたいだった。牧麿は淡い光で明滅するばかりだった。
カシムは、ギャングから受け取った賄賂を手でいじくりながら、あの機械人形のことを思い出していた。もうあの機械人形試合は開くわけにはいかないが、。
幼いころ、今も親しくしている機械人形の内部構造の中に親知らずを預けたものだ。
あれからもう何十年も経つが、まだ親知らずは返してもらっていない。
いや、あのまま装甲の中に残してほしいと思う。それが自分の存在を示す唯一の証拠だ。
人間という生物をカシムは信用していなかった。彼らは勝手に考えを変えたり、おかしくなったりする。しかし機械人形はそうならない。彼らの方がよほど論理的で、道徳もある。カシムは人間でありながら人間を見下し、あの不正を働く男たちを軽蔑していた。そして、その軽蔑すべき人間の中に自分も入っていることを、冷笑的に受け入れていた。
ただ、機械人形に不義理を働くことはできなかった。それを平然と受け入れれば、本当に虚無そのものになるとカシムは危惧していた。だからこそ、機械人形としたあの約束は果たされなければならない。
ハリネズミ(2023)
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日本人ではいられなくなった者たちの悲喜こもごも。




