二番航路 今日からあなたは!
スクリーンに広がる星々の大海。コンソールの液晶画面に映し出される航路図。
みるるは、これからの旅に胸を膨らませていた。
しかし、いくらこの旅が壮大なものとはいえ、船は三人が住むにはあまりにも大きすぎではないだろうか。初めて入った時、ティターニアの案内がなければすぐ道に迷ってしまう……というのが、人間と鳥人と機械人形が同時に思ったことだった。
そこでだ。ティターニアは、鉱物生命体だ。確か彼らは魔力によって姿形を自由にできると聞いたことがある。
みるるは、艦橋に浮かぶこの船の魂にこう尋ねてみた。
「あのさ、この船、ちょっと私たち三人には大きすぎない? 小さくしたりできる?」
「ええ、可能ですよ」
突然揺れて、三人は驚いた。
すると、艦体が急激に縮小した。無駄に広かった艦橋がこじんまりとして、その辺にありそうな宇宙船程度の大きさになった。
「えっと……それ、何か体に悪かったりする?」
ティターニアは笑った。
「いいえ。私はこう見えても同胞の中では幼い方ですから、そこまで力をかけて形を変える必要はないのです」
では、鉱物生命体の年長者は一体どれくらい生きているのだろう……みるるの興味は尽きない。だがうきうきしながらする物思いも、そこまで。
「おい、そこの船、止まれ!」
空間の中にアナウンスが鳴り響いた。
「ここからは、サジタリウス腕とオリオン腕の境界線だ。何か危険な物を積んでないか確認させてもらう」
おかしいぞ、と誰もが直感で思った。こんなところに関所などなかったはずだ。
にむるが冷や汗を垂らして言った。
「……みるる。こりゃちょっと嫌な予感がするよ」
「うん。私も」
ティターニアは言った。
「マスター、手荒なことをする必要があると思いますが、覚悟なさってください」
みるるは、緊張した。早速、この旅に試練が訪れたと。
ティターニア号はある小惑星に着陸した。そこは、数日間宿泊するためのわずかな施設以外は何もなく、おそらくは廃墟となったものを再利用したものらしかった。
そして、船の中に関所の職員を名乗る者たちが入ってきた。
褐色肌の女。肩幅が広く、みるるの倍くらいの身長。使い古したオレンジ色のジャケットに緑色のスカーフ
しかし目につくのは、とがった耳。恐らくは、ヒトとそれ以外の知的生命体の混淆種であるに違いなかった。
金髪の居丈高と、黒い髪、とがった耳のついたニット帽の少年。この少年が今ここにいる中で一番身長が低かった。
みるるは、この時すでに不穏な物をかぎ取っていた。
「ガキじゃねえか」
金髪は思い切り見下すような顔をした。
「全く、俺たちを簡単に信じて中に入れるとは甘い奴らだぜ」
「やっぱりですね」 案の定、という顔のみるる。
女は言った。
「その通りさ、私たちは薄汚い宇宙海賊! 分捕る相手は選ばないのさ!!」
牧麿が丁寧に答える。
「しかし、私たちはさほど荷物を積んではいません」
初老の男が、光線銃を構え、
「うるせえ! この鉄くず――」 牧麿に狙いを定める、その時だった。
「電撃!」
にむるの声が響き、雷鳴がとどろいた。
少年は突然電撃に打たれて姿勢を崩した。
「こ、このガキ!」
金髪がにむるに殴りかかろうとした時、今度はみるるが叫んだ。
みるるの足元に描かれた魔法陣からツタが伸び、金髪の体をしめあげた。
「た、助けてくれえ!」
女は何が起きたのかわからなかったが、仲間の危険を察して、金髪にからみつくツタを引きちぎろうとした。だが今度は牧麿が彼を羽交締めにした。
そしてその間にも体が自由になった初老の男がすかさず光線銃をとって牧麿を撃とうとしたが、そこからほとばしったのは焼き払う光条ではなく色とりどりの花。
数分後、みるるは宇宙海賊三人を縄にかけ、その前に立っていた。
「何なんだよ、あんたたちは。一体何を使ったの」
「魔法ですけど」
「魔法!? どういうことだ」
アルゴナウタの外の事情について疎いみるるは、やや気まずそうに、
「いや……私たちにとっては普通のことですから」
魔法を使う種族。パヴェルには思い当たることがあった。
その力を秘匿するために、他の惑星には滅多に出てこない風変わりな人々を。
「まさかお前ら、アルゴナウタの人間か」
「そう! アルゴナウタの鳥人にむるとは私のことさ!」 腕を振るって勝ち誇るポーズをするにむる。
金髪が悔しげに。
「恐ろしい奴らだ……襲おうと思った俺たちが馬鹿だった!」
「仕方ないさパヴェル。俺もまさかこんな奴らに恐ろしい力があるとは夢にも思わなかったんだ」
「黙ってなホルヘ。宇宙の発展から取り残されたこいつらのことだ。生きたまま八つ裂きにするくらいはしかねないぜ」
みるるが驚く。
「やめてくださいよ。私たちはそんなことしません。それより……なんで三人は、宇宙海賊をやってらっしゃるんです?」
パヴェルと呼ばれた男が、
「『何で』だって? 俺たちが好きでこんな稼業をやってると思うのか?」
牧麿が、
「この女の人は亜人です。おそらく、それに理由があるのではないでしょうか?」
「ああ、そうさ! どうせ私は亜人なんだ! せっかくある星の富豪に生まれながら、人間の父親のもとに生まれたせいでいじめられ、迫害され……ついにはこんな身の上に落とされてしまった」
それから、相棒の二人をちらりと見て、
「でも、この二人だけは私を対等な存在として見てくれた。家族みたいなもんさ。この二人まで失うなら、死んだ方がましだよ!!」
彼の感情に、噓偽りなどなかった。人間同士の混血が進み、地球時代の民族や人種はほぼ完全に解体されたが、一方で地球人と非地球人の間に生まれた子供への風当たりは強い。
みるるの顔は暗くなった。にむるも、彼らなりの事情を察すると、そう高圧的には当たれなかった。
ティターニアは冷淡に言った。
「どうします、マスター? 司直に突き出しますか? それともここで宇宙空間に放り出しますか?」
「ちょっと待って、ティターニア。私は三人がどうして宇宙海賊になったのか知りたいし、どうすれば三人が改心してくれるか知りたいの」
今度はホルヘが憤る番だった。
「改心だと? 俺たちみたいな人間のくずが今更改心なんてできるか!」
「誰が俺たちに」
みるるは、悩んだ末に決断を下した。
「分かりました。では、皆様方を――」
少し、間があった。女とホルヘはもはや死を覚悟している様子だったが、パヴェルだけはまだこの少女が何を言い出すか気にしている様子だった。
「この船の乗組員に任命します!」
「は、はあ!?」
牧麿とティターニア以外の全員が驚きの叫びをあげた。
牧麿だけは機械人形のため、顔についた細長いスクリーンの中でいくつかのランプを点滅させた。
ティターニアは、みるるの決断に、不審な様子を見せながらも、冷静に、
「それはなぜですか、マスター?」
みるるは、
「だって、もしこの人たちを牢屋に入れたとしても、きっと一層世の中に対する恨みを募らせて悪くなってしまうかもしれない。だったら、私たちの仲間にして、悪さをできないようにした上で居場所を与えた方がいいんじゃないかって」
ホルヘが慌てる。
「おい、ふざけんな! 俺たちをどうするつもりなんだ!?」
「私たち、コスモボレアという所に行くつもりなんです。皆さんも、この旅をしていく間に、もしかしたら考えが変わるかもしれない」
パヴェルはその場所の名前に聞き覚えがあった。
「宇宙の秘境か。なんだか面白そうだな」
ホルヘは、
「冗談じゃねえぞ。こいつらに従うなんて」
褐色の女だけは、みるるの真意を知りかねた。
(どうせ、こいつらも同じだ。絶対、私たちを見捨てるに決まってる)
だが、みるるは急に女の顔に注意を向けると、頭を下げ、それから笑顔で、
「すみません、まだお名前を申し上げておりませんでしたね。私、木下みるるっていいます!」
女は、当惑した。誰かに頭を下げられたり、ましてや申し訳なさそうな顔をされるのは初めてだったからだ。そんなことは、自分がさせられたり、他人がやるのを見るだけだったから。
「マリー。マリー・ンブク。それが私の名前だ」
みるるは言った。
「分かりました。……詠唱解除」
三人は自由になった。マリーは腕をさすり、先ほどまでのツタが消え去ったことに驚いていた。
ホルヘとパヴェルは恐怖を覚えた。再び襲おうとしたら、あの魔法の力で今度こそ何をされてもおかしくない。
二人の主人は。
「みるる、いいのかい? まだこいつらが襲ってこないとは限らないんだぜ?」
「いいじゃん、私が艦長なんだから!」
「はっ、飛んだ変わり者だね。いきなり襲ってきた奴らを許して、その上仲間にしようとするなんて……」
パヴェルとホルヘは顔を見合わせた。確かに荒くれ者で、秩序の埒外にいる彼らだったが、さすがに敬愛する姉貴分に逆らえるほど落ちぶれてはいなかった。当然ながらこの少女にも従わねばならない。不本意ではあるが。
「で……みなさんのお得意なことは?」
パヴェルは素直に言った。
「俺はメンテナンスができる。一応軍のエンジニアだったもんでな」
するとみるるは自慢げに、
「実はこの船、ただの機械じゃないんです。ティターニア号といって、生きている生き物なんですよ」
「じゃあ、本当にあの『マジノート』なのか? まさか四十年前の……」
ティターニアは微笑を浮かべた。
「はい。そしてこの私がこの船に宿る命でございます」
パヴェルは驚いた。
「噂話でしか聞いたことがないが、本当にあったのか」
「自慢じゃないんですけど、私のおばあちゃんが英雄なものですから!」
みるるはポーズを決めた。
ホルヘは、ただあきれるしかなかった。
「あいつ、すっかり俺たちを信じちまってるぜ」
マリーは途方に暮れた様子で言った。
「違う。信じてあげることで、裏切った時の報復を考えさせてるんだ」
いよいよ真相を知りたくてたまらなくなったパヴェルは、
「だったら聞かせろ。ばばあについてお前が知っていること全てを」
その言葉を心を開いた証拠と受け止めて、いよいよ目を輝かせるみるる。
「いいんですか!? この話になると私、何十分でも止まらなくなるんで!」
ホルヘは、こんな会話を続けるのが嫌らしく、
「もういいさ、嬢ちゃんが俺たちみたいなあぶれ者じゃないってことはわかった。こんな連中と一緒にさせられてたまるか!」
「生き残るためにはこちらからも情報を集める必要がある。しばらく奴らについてきた方が賢明だ」
パヴェルは言った。
だが、みるるは彼らが思うようにおしゃべりであり、すでに宇宙海賊たちはくたくたになっていた。
にむるは時折彼らをにらみつけ、もし少しでも変な真似をしたら容赦はしないと沈黙のうちに警告していた。
牧麿がすぐそばで見下ろしてきた。
そして、みるるとティターニアの会話に耳を傾けていた。
「私、思うんだ。ティターニアって呼んでるけど、やっぱりそれだとちょっと堅苦しい」
「恐れ多い……あなたは私のマスターですから、ある程度の距離感は必要ですよ」
みるるは、しかしなれなれしいくらいに、
「でも、せっかく旅を共にしてるんだから、ある程度の親しみは必要でしょ。だから、あなたのためのあだ名を考えてたところなの」
ティターニアは、まごついていた。
「『ティーたん』ってどうかな」
「『ティーたん』ですって?」
ティターニアは本気で困惑したようだった。
「な……なりませんわ! 威厳がなさすぎます!」
年頃の女の子のようなふくれっ面を浮かべる。
「でもさ、友達みたいな距離感でもいいじゃない。だって私もティーたんも、新人みたいなもんだし」
「そ、それはそうかもしれませんが、礼儀があるでしょう!?」
にむるは、笑いをこらえきれなくなった。
鉱物生命体は、もっと情味に乏しい、植物みたいな精神性の生き物だとばかり思ってたし、彼が目にしたことのあるティターニアの同族は、いずれもそうだった。だがこのティターニアが、種族の中では若いとはいえ人間よりずっと長く生きているこの船が、これほどまでに喜怒哀楽を表現できるとは思わなかったのだ。
「あいつら、どうも裏があるわけじゃなさそうだな」
ホルヘは言った。彼らはひたすらに警戒心がなさすぎるだけだ。
「アルゴナウタなんて、滅多に人が出入りしないかなり閉鎖的な惑星だと思っていたが、そんな所にもこんなもの好きな奴がいるなんて予想もしなかった」
懲りた様子で、パヴェル。
「ああ。手ごわいのも分かった」
「言っとくけど、まだ私はあんたたちに心を許してないから。もしまた何かやらかそうとしたら――」
にむるは早口で何かをつぶやき始めた。
するとその足元に魔法陣が描かれ始めた。
「ちょっと、にむる! 何やってんの!!」
きつい声で叱るみるる。
「もう~、魔法使いじゃない人にむやみに使ったらだめでしょ! それより、マリーさん、お願いがあるんです」
「何だい? もう何を言われようがもう驚かないよ」
マリーは、観念したように。
「決めました。マリーさん、どうかこのマジノートの副艦長になってくださいませんか?」
マリーは、はっきりと答えるのをためらった。
(一緒にいていいのか? こんな奴らと私が)
だが、嘘だと思いたくなかった。ずっと歩いてきた同じ道に、突然できた分かれ道だ。この分かれ道を行かない理由などなかった。それが彼らの生き方だったのだから。
「あんたの言うことだ、好きにしな」
「ありがとうございます!」
「いいんですか、おかみ? こんな得体の知れない連中と一緒になって」
パヴェルが言った。
「おかみの主人なら、俺たちの主人だ。やむをえん」
そして、いよいよ次の星へ向かうことについて彼らは話し合い始めた。
一同は、スクリーンの片隅に表示された、白い点と線で構成される航路図に目を向けていた。
にむるが説明。
「この航路の先にあるのは……機械人形が多くいる惑星」
牧麿の声に、少し気になる、と言いたげな感情が乗った。
「私の同族がいる星ですね? それは気になります」
パヴェルが言った。
「そう言ったら聞こえはいいが、実際には機械人形がゲームにために争い合わされてる不毛な星さ。行ってみれば、それがよくわかる」
肩をすくめるにむる。
「なんか、治安悪そうだけど」
顎に手を当ててみるる。
「う~ん、物資を集めるためには、最寄りの星を頼るしかないよね」
「まじか。嫌なことが起きそうな予感」
ホルヘはみるるをにらんだ。
(こんな奴が艦長なんて、たまったもんじゃねえぜ)
パヴェルは無言でたしなめる。
(よせ。宇宙海賊としてこれくらいの危機はいくらでも経験してきただろ)
マリーだけは、何を思っているのか口角を上げていた。
少年と少女(2017)
https://ncode.syosetu.com/n6658eg/
ひたすらに降りかかる理不尽で誰が正気を保てるのか。




