一番航路 私が艦長!?
木下みるるはいつも通り目覚めた。
と思っていたが壁の時計を見るに案外早かったらしい。外では、白い雲がたなびき、鳥が飛び交っている。
そして見える鳥の中、一匹がみるるの部屋の窓の中に入り、人の声で、
「おはよう、みるる! いつもより早いね?」
「だっておばあちゃんからの手紙が届くからよ! しかも、私に与えられる試練に関しての手紙だし!」
摺出寺にむる――それがこの赤い鳥の名前だった――はそう言うと、煙に包まれた。煙がやんだ時、そこには鳥ではなく、少女とも少年ともつかない中性的な見た目の子供がいた。そしてみるるも、にむるとそこまで歳は離れていなかった。
みるるは、友人が越えてきた窓から見える光景に目をやった。
そこは、みるるが図鑑で目にする多くの栄えている惑星とは似てもつかない。高い塔が並んでいるわけでもなく、機械やアスファルトで大地がおおわれているわけでもない。喧噪があるわけでもない。緑色の空、くびれた形の衛星イアソンが淡く浮かんでいる。
時折、この星を訪れる者たちはみなその平和さ、のどかさに感心するのだが、みるるにとってはむしろ、この変わらなさがしばしば束縛のように思えてくる。この星の住民は、良くも悪くも変わらなさすぎるのだ。そして、常に外に出ようとする者に対し時として冷たい。だからといって、そんな風潮にへこたれるものか。ことほど左様に、少女は冒険を渇望していた。
この星には、アルゴナウタという名前がついている。初めてこの惑星に入植した人々が乗っていた宇宙船の名前であり、さかのぼれば伝説の船の名前。その名前に恥じない冒険者になりたいと、ずっとみるるは思っていた。
惑星アルゴナウタを訪れる者は少ない。宇宙においては、そこまで知られている星ではないからだ。それに、あまり客人を招くことに熱心でないからでもある。
なぜあまり他人に心を開かないかというと、アルゴナウタは『魔法のある惑星』だからだ。
地球をたち、あらゆる星に人間が暮らすようになった現代、科学技術と唯物論的知識によってあらゆることを解決するこの時代にあって魔法を信じる者などどこにもいない。
だがこの星にはそれがあった。
みるるは、早くこの星を出て、宇宙をこの目で見たくてしかたがなかった。何より、おばあちゃんがそれをやっているのだから、孫娘たる者がやらなくてどうするのだ、と。
うきうきして、すぐに着替えて一階に下りた。
細く束ねた黒い髪に、濃緑色のケープを着て。スカートはひざまで届く長さ。
「おはようございます。みるる様」
そこには、樹木や煉瓦でできた空間とは不釣り合いな、球体と四角形を組み合わせた面妖な鋼鉄人形が立っていた。
牧麿はみるるが学校の課題で作り上げた人形だ。
いつも家の手伝いをしてくれている。
しかし、みるるは急にうれしい気持ちになった。
「あ、お父さん、おかえり!」
そこにいたのは、褐色のコートを着た、優しげな瞳、短いあごひげが特徴の紳士だ。
「うん、ただいま。ちょうど休みがあってね、家で過ごせるようになったよ」
大沢銀河一が、みるるの父の名前。
アルゴナウタは特定の元首を持たず、長老会議によって重要なことを決める合議制と体制なのだが、銀河一はその長老会議の末席に位置していた。長老会議のメンバーは、地位や名声ではなく、くじ引きでランダムに選出されるのが慣例となっている。国民の誰が突然国政に関わらされるかは一人も予想できず、ゆえにこの星における政治への関心は高かった。
銀河一の隣には、娘と同じように大きめのケープを着た母親、木下えりり。
「パパとこのことで話してたところなんだけどね。ちょうどおばあちゃんから手紙が届いたわよ」
超光速通信を使えばすぐ届くし、大半の人間はそうしている。しかし科学技術に頼らない古色蒼然とした生活を営んでいるこの惑星の住民はアナクロなまでに、古い技術を尊んでいた。
「うん……どんなことをしているのかとか、ずっと気になっていたの!」 顔を明るくするみるる。
みりねおばあちゃんは銀河系の遠い所にいる。
銀河一は言った。決して、手放しで喜べるとは思っていない様子だった。
「ついにこの日が来たか。正直、不安な方が大きいんだがな」
みるるに試練を与える、ということについて家族はこれまで長く議論していた。
みるるがあまりにも冒険を切望するものだから、ついにおばあちゃんが『させてあげなさい。若いときは何でも経験するものよ』と言い、これまで孫娘に試練の内容を考えていた所だったのである。だからそれが決まったとみるるの両親に伝わった時、父と母は気が気でならなかった。
「ちょっとお父さん、心配させないでよ! 私は、おばあちゃんと手紙のやり取りをすることがここ数年一番の生きがいだったんだから!」
紙を開いて、みるるは中身を読んだ。
そこには、暮らしぶりとか仕事のことが書かれていた。おばあちゃんがどういう仕事をしているかは、みるるはよく知らない。星々の平和に関わる機密事項だからだ。それでもあのおばあちゃんなら、きっと素晴らしい仕事をしているに違いないとみるるは確信していた。
そして、最後の一文に目をやる。
「おばあちゃんのいるコスモボレアという場所に、遊びに来てって」
コスモボレア。みりねが今いる、銀河の中心にある秘境。中性子星や大型の矮星が散らばる、危険な星域を越えた先にある、めったに人の訪れない場所。
アルゴナウタが加盟している宇宙連邦の施設があり、魔法と科学の融合を目指して様々な実験が行われる、人類の知の最高峰。
そこに子供が行くのは、あまりにも危険だ。しかし両親は、だからといって娘が止まるような性格ではないと知っていた。可愛い子には旅をさせるべきなのだ。
そんな親の葛藤などつゆ知らず、みるるは、目を輝かせていた。
「私、そういう冒険にずっとあこがれていたの。だって、この星に初めて着陸した人たちもそういうことを夢見て地球をたったわけじゃない?」
あまりにみるるが浮かれているので、落ち着かせようとするにむる。
「現実は映画とは違うよ。大変なこともある。死ぬことだってあるんだ」
「この星に到達する前、アルゴナウタ号内部での内乱は多くありました」 過去の事例を引用する牧麿。
「でも……私たちの先祖は、その旅をなしとげたにむるやあの大戦艦みたいな素晴らしい種族と出会うことができたわけじゃない」
にむるは、みるるの顔を見て、ふと気圧された。
にむるの先祖は、このアルゴナウタの先住民であり、人類と出会うまでは、地下で地味な生活を強いられていた。
人間と出会ったときから、彼らの感情に触れ、この星の知的生命体は一気に鮮やかな姿を手にするに至ったのである。
「本当、にむるは昔と変わらないわね。ほら、これ。手紙と一緒に同梱されていたわ」
えりりは、封筒の中から、
「これよね?」
小さな水晶をさしだす。これこそが、ずっと求めていたもの。
「うん、ありがとう!」 みるるは喜びのあまり、小躍りするのを抑えるのがやっとだった。
一同は裏庭の小穴へと向かった。そこは、みるるが何かあると感づきながらその正体を知らずにいた場所だった。
「さて、隠し通路……」
みるるは、そこがどこに通じているのか知りたくてたまらなかったのだが、誰一人教えてはくれなかった。その答えを今、ついに知ることができる。
「いや~何があるのかなあ。もしかして天国とか地獄とか……」
苦笑するにむる。
「まさか。そうだったら今頃全宇宙が大騒ぎになってるって。それに、おばあちゃんは一回この中に入ったことがあるんだよね? それなら、そんな危ない所じゃ……」
みるるがくぼみに水晶を近づけると、突然水晶はひとりでにみるるの手のひらから浮かび上がり、くぼみにはまった。
扉が光に覆われ、そして消えた。
そして三人は階段を下った。最初は冗談を交わしながら進んでいたが、あたりの薄暗さと、不安な雰囲気で次第に口数も少なくなっていた。
そして階段の最後の段、突然あかりがついた。
無機質な黄銅色の壁と天井が、数百メートルにわたって続いていた。黄色いあかりが等距離でいくつも配置されている。
そして、その空間の中心に誰かがいる。みるるがおそるおそる近づくと、それは銀髪、白い衣装を着た少女だった。
一行は、顔を見合わせた。こんなに広い空間、閉鎖された空間に人がいる? なぜ? どうやって入ってきたのだ? ……
みるるは少しためらってからあいさつした。
「こ……こんにちは……?」
やおら銀髪の少女がゆっくりと目を開き、穏やかな声で答える。
「お待ちしておりました。木下みるる様」
背後から母親の声。
「ついに、この時が来たのね」
「いつの間に、お母さん? お父さんも……」
えりりが言った。
「ティターニア様よ。四十年前のあの戦争で活躍した伝説の戦艦」
「ああ。本物を見られるなんて光栄だ」と銀河一。
冗談としか思えなかった。
「でも、この子が何で宇宙戦艦なんですか?」 怪訝なにむる。
「いえ、じきにわかるわ」
銀髪の少女は静かに言った。
「皆さん、お離れください」
突然、銀髪の床下から放射状に光の模様が走り出し、みるるは仰天した。
この広大な空間を埋め尽くすほどに巨大な魔方陣が描かれ始め、みるるは慌てて逃げ出した。にむるは再び鳥に変身し、牧麿がえりりを抱えて跳躍。
轟音が天井まで広がり、光の格子が空虚を満たし、構造を実体化させていく。
果たして数分後、そこには巨大な宇宙船が存在していた。銀色。
それはまさに、みるるが映像で見た通りのあの伝説の『ティターニア号』そのものだった。みるるもにむるも目の前の現実が信じられず、ただ口を開いたままだった。
船から、少女の声。
「みるる様、おはいりください」
壁に穴が開き、階段が展開。一行は、こうして船の中へと入っていった。
すぐ入口に、ややホログラムのような質感のティターニアがいた。両腕に腕くらいの長さ、銀色のバトンを抱えながら。
「ご案内いたします」
宇宙船というよりは、宮殿といった方がいい内装だ。
みりねおばあちゃんは、四十年前の戦争でこの宇宙船に乗り込み、かつて邪悪な魔法使いと戦ったという。
その壮麗な外観からこの宇宙船は、当時の銀河連邦軍人から俗に|MagicnoughtとかMaginoughtと呼ばれたそうだ。だがあの戦いは今では伝説のようになってしまい、事実を知るものはほとんどいない。
艦橋に来た。スクリーンを見渡す空間の真ん中に半透明の青い球体が浮遊していた。
その球体に触れると、
「わっ!」
みるるの衣装が一瞬で素朴な服から、白を基調としたおごそかな制服に変わった。ところどころに藍色の線が引かれ、肩章がかかっている。
にむるがいろんな角度からみるるを見て、
「すごい! 似合ってるじゃん!!」
「ちょっと、じろじろ見ないでよ」
思わず顔を引きつらせ、赤らめるみるる。
そこに、この船の主が近づいてきた。
みるるがはっとして姿勢を正すと、ティターニアは、うやうやしく礼をした。
「このバトンを、お受け取りください。これを所持する者がこの船の艦長としての権威を有するのです」
見た目より重いバトンだった。しかしその地位にふさわしい重みを感じさせるバトンだった。
「これより、みるる様を我がマスターとして認定いたします!」
にむるも牧麿も、この荘厳さにしばし言葉を失った。
そして何より、みるる自身が、自分に降りかかったこの重荷を、しばし受け止めきれずに困惑していた。
「……私のおばあちゃんも、こういう儀式を受けたの?」
えりりは静かに言った。
「そうよ。これがあなたのおばあちゃんが、あの日経験したことなの」
祖母の労苦に思いをはせ、ぐっとつばをのむ。
それからみるるは再び向き直り、
「えっと。私は、あなたのことを何と呼べばいいかな」
妖精の名を持つ生ける船は、微笑を浮かべた。
「ティターニアで構いません。私はすでに、あなたのしもべなのですから」
(ティターニア、かぁ。もうちょっと親しい呼び方があればいいんだけど)
そんな雑念をすぐ振り払い、
「これから、あなたと一緒にコスモボレアに行くのよね。えっと……よろしく!」
みるるは、笑顔でそう言いたかった。
だが、この言葉を言った途中から、とてつもない不安がのしかかってきた。この旅は、絶対に危険で苦しい試練に満ちたものになる。楽しい冒険などではない。にむるの言う通り、ひょっとしたら命を失うかもしれない危険な旅路だ。万一のことがあったら、どうすればいいのだろう?
えりりはこの時、みるるを、頼もしい存在としてだけ見ていたかった。だが、そんな無責任なことはしていられなかった。急に母親は目頭が熱くなった。
「……本当は、こんなことさせたくなかった。ずっとアルゴナウタの村でのどかに暮らしてほしかった。でも、おばあちゃんは、家族を甘やかしてはいけないとずっと私に言い聞かせてきた」
「ああ」 銀河一も、心細い表情だった。
「旅費なら、おばあちゃんの資産がいくらでもあるから心配はない。だが、距離はどうしようもない」
みるるも、それにつられて泣きそうになったが、自分に与えられた旅の目的を何度も反芻し、必死でこらえた。
「私、行ってきます」
三人は、熱い抱擁を交わした。
そして、両親は愛する娘に別れを告げた。ティターニアは、彼らの大切な瞬間を邪魔しないように、ふっと薄れて消えた。
そして、艦長と乗組員二人だけ――もう一人、この船そのもの――が残された。
みるるは、牧麿とにむるを交互に見た。にむるは親友に勇気づけるように微笑で答え、牧麿は表情こそ変えられないが、旅路を共にする覚悟を有しているとみるるはすぐに理解できた。
(私だけじゃない。みんなと一緒にいる責任を私は負っている)
みるるは銀のバトンを掲げて、宣言した。
「魔法戦艦マジノート、出発進行!!」
目の前の壁が左右に大きく開き、巨大な宇宙船が前進した。そして、山際から現れるや巨体を空高くへと飛翔させ、彼方へと消えていった。
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