七番航路 あぶない脱獄
ティターニア号の中で、みるるとエスメラルダは、互いの衣装を交換した。
「これが、アルゴナウタの服なんですね。ちょっと肌寒いかもしれません」
「ごめんなさい。星の気候が合ってないのかも」
二人は、一瞬見ただけではほとんど見分けがつかなかった。
パヴェルは言った。
「……そこまでして、俺らはこの星の事情にこだわらないといけないのか? コスモボレアに行くのが最優先なんだろ?」
「コスモボレアには、賢く、勇敢な者しか入れないといいます。単に旅行で行ける場所ではありません。苦難を耐え忍び、心を鍛えた人間だけが入ることを許されるんです」
みるるは静かな声で言った。
「ですから、私たちも、この試練に耐えねばなりません。そうしてこそ、私はおばあちゃんに胸を張って会えるんですから」
にむるは頼もしげにみるるの顔を見た。牧麿も、音を立てずにうなずいた。
みるるは仲間たちの視線に安心を覚えつつ、ホルヘに尋ねる。
「さっき、役に立てるかもって言ってたけど」
「ああ。このチョーカーとか腕時計とか、一見ただの道具にしか見えないけど、色々と隠れた機能を仕込んでるんだ。まあ、後でわかると思うから、楽しみにしてろよ」
(ちぇっ、この仕事が終わったらさっさと別れたい所だぜ)
みるるはバトンを両手に持って、マリーに見せる。
「マリーさんに、艦長としての責務を託します」
信頼、か。もしこれに背けばどうなるか。
マリーは、険しい顔を浮かべずにはいられなかった。
(お人よしもここまで来ると……もはや脅迫みたいなもんだ)
「分かった、あなたの命令に従う。くれぐれも死ぬんじゃないよ」
みるるは笑った。
「死にませんよ! じゃあホルヘ、道案内をお願い」
こうして、二人は作戦を開始した。
ホルヘはみるるの手を縄で縛り、街を巡回していた黒服の男たちに言った。
「王女様を連れてまいりました!!」
「よし、こっちに来い」
みるるは、こうしてユルゲンの前に突き出された。ホルヘは、みるるの目の前で必死に、憎たらしい様子を演じていた。
「なぜ、お逃げになったのですか?」
事前に、エスメラルダに言われた徹に答える。
「私は、この星の民を愛している。しかし愛が欠けている人間のもとにいたくなどありません」
みるるは、怒りに任せて叫んだ。
「あなたは不正な富を使って、この星をむしばもうとしている。私はそのようなことを、許しません!」
この少女は、そんな勝気な人間ではない。となると、この女はエスメラルダではない。
ユルゲンは叫んだ。
「違う。貴様は何者だ!?」
「ティターニア号の艦長、木下みるる!」
「誰かは知らないが、投獄してしまえ!」
ユルゲンの部下たちが、両側からみるるの腕をつかんだ。
みるるはこの時、魔法を使ってこらしめようかと考えていた。だが、まだそれには早い。彼の罪を世間に暴露するのが一番の目的だからだ。
「私は、あきらめませんよ……」
内心、みるるは、恐怖がないわけではない。だが、もしここで少しでも失敗すれば、おばあちゃんとの約束を果たすこともできなくなる。
艦長がいなくなった後で、ホルヘは、彼が率いる者たちのことを伝えた。
「そんな奴らがこの星にいるだと? では潰さねばならん」
宇宙海賊を仲間にしていることも。さすがに、自分自身の氏素性まで明かすわけにはいかなかったが。
「それで、報酬をおいくらくらい、もらえるんです?」
「お屋敷、非常に立派でございますね! 私、田舎者ですからあれほど豪華なのは見たことがなくて」
気を良くするユルゲン。
「うむ。あれを建てるのは私の念願の夢だった」
「じゃあ、事業をより進めればもっと豪華にできますよね」
伯爵は得意げに語る。
「クロドキシンで、辺境の星系同士で戦いを行わせるつもりなのだよ。兵器を売りつけるための手筈も整えているんだ」
「ちょっと待て! そりゃ――」
すると、ユルゲンの目が一気に吊り上がった。
「貴様も奴らの一味だな? ぶちこめ!!」
二人は、地下牢に閉じ込められた。灰色の、薄暗い空間だ。
高さ。壁や床の材質。あらゆる情報をホルヘはこの狭い中でも集めようとしていた。
「あれ? ホルヘもここにやってきたんだ」
「嬢ちゃんもこっちにやってきたか。あいつに関してのやばい情報を手に入れてしまってな、やっぱり牢屋に入れられちゃったよ」
みるるは、まだそれに関しては詳しく聞かないようにした。まず、ここから脱出するのが先だ。
「で、こっから勝ち筋はあるのか?」
「大丈夫。こんな牢屋なんて私にとっては怖くもなんともないよ」
電撃を、檻の目の前のコンソールに向けて放つ。たちまち誤作動が起き、檻が上がる。
「よし、行くよ!」
みるるはすぐにホルヘも助け出し、二人は走り出した。
「さっきユルゲンから聞いたんだが、どうやらこの城の地下は奴の屋敷をつながっているらしい」
「じゃあ、それなら屋敷の中にも潜入できるんじゃ!」
「だといいんだが、どうやって移動するんだ? まさか繋がってるわけじゃ――」
「ねえ、エスメラルダ、城の中、広いんだけど!」
ホルヘの、チョーカーを模した通信機から王女の声が聞こえる。
<城は広大ですから、私もすべてを知っているわけではありません。それに、伯爵が勝手に城を改造したなんて、そんな……>
地下牢の通路は薄暗く、数メートル先ですらよく見えない。しかしホルヘにとっては、そうではない。
「俺は夜目がきくからな。ここを左に曲がろう。よし、次は数メートル先を右だ」
「ありがと!」 みるるは屈託のない明るい声で言った。
ホルヘはむしろもやもやしてしまう。
(なんか調子が狂うな)
『ありがとう』という言葉をマリー以外に言われるのはこれが初めてだからだ。
(おかみもまんざらでもないような顔をしていたが……こんな気持ちだったのか?)
そして、さほど時間もたたない間に、
「あれか? 遠くに扉が見えるようだが」
「え、本当に?」
「ひょっとしたらあの向こうに屋敷につながる通路があるかもしれねえ! 急ぐぞ!」
だが、向こうから黒服たちが数人、迫ってきた。
「ここからは通さんぞ!」
みるるは呪文を唱え、彼の手からほとばしる電撃が男たちを感電させた。
「ごめん……なさい」
みるるは、人を傷つけることなど好きではなかった。魔法をこんなことのために使うのは、忌まわしいことだ。窮地を切り抜けるために使うか、人知を超えた怪物を相手にするならまだしも。
「へへっ、ざまーみろってんだ!」
ホルヘが、喜んだ声をあげた。
しかし、みるるはそれを少しもうれしいとは思えなかった。
チョーカー型通信機から聞こえる雑然とした声や音に耳を澄ませ、マリーは言った。
「ティターニア。こりゃ、私たちは様子見を決め込むわけにはいかないようだね」
ティターニアは泰然とした様子で、
「今やマリー様は副艦長なのですから。職務を果たしてもらわなければ」
「あんた、どういう武装がついているの?」
「誘導ミサイルや600mmビームです。また、人間と融合して立体的な戦闘も(ここで一同は怪訝そうに顔をしかめたが、ティターニアはよどみなく話し続けた)。今はありませんが、装備6式があれば本艦単独でアルゴナウタ地上を防衛可能です」
パヴェルが感嘆。
「そんな高性能な船を、みるるの祖母は指揮していたのか……」
「あいつの屋敷に隠れているのを洗いざらいさらけ出さなきゃいけないってわけだけど、さすがに外側から攻撃をしかけるわけにはいかないものねえ」
<つまり、内側から破壊しなきゃいけないってことね>
パヴェルは冷や汗をかいた。
「破壊行為とみなされるかもしれないが、いいのか?」
(このチャンスを逃せば、次はもうない)
エスメラルダは重々しい口調で言った。
「……私が、認めます。これは、この星の平和を左右することですから」
<わかりました。あなたの意思を信じます>
みるるの言葉が、王女の心に重くのしかかった。
「思うんだが、嫌な予感がする」
「おかみ、こんな土壇場で言ってくれるな」 片手で頭を抱えるパヴェル。
「ああ、もしみるるに何かあったらどうすんだよ!」
「だから、さ。あの金持ちが無策でいるはずはないからね。ちょっと一計案じようと思って」
「何をなさるつもりなのですか?」
マリーは、低い声で言った。
「騙すには、まず味方だからね」
扉が開いた。二人が足を踏み入れると、ベルトコンベアとなっていた。
別の地下室につながっていた。
書庫のような場所だった。棚が左右にびっしりと並び、ファイルが詰まっている。
適当に引き抜いたファイルに目を通して、
「これ……もしかして不正な取引の記録じゃないのか!?」
「なんですって?」 驚くみるる。
しかしファイルの内容にくぎ付けになったままホルヘはページをめくり、
「だって……見てみろよ。テロ組織に対する資金提供……汚職の隠蔽……やべえ記録ばかりだよ。こんなのが世に知れたら――」
<さすがだよ、木下みるる!>
ユルゲンの声が響きわたる。
<まさか私が無策で君たちをそんなところに招き入れると思っていたのか? まさに私の思い通りだよ!>
「どういうことなの!?」 叫ぶみるる。
<いかにも、そこにあるのはすべて私が裏で稼いできた記録だ。世間に暴露されたら到底ただではすまない情報ばかりが隠されている。そしてそれに目を通した今、君たちには死が待ち受けている!>
「おい、まさか――」 ホルヘの顔色が絶望に染まる。
<今からその屋敷は爆破するさ。こんな田舎の惑星に建てた別荘など惜しくもなんともないからな。この時に備えて自爆装置を備え付けていたのだ。その記録も間もなく闇に消え、私はさっさとこの星を去る。それで万事解決さ>
みるるは震え上がった。このままでは、何もできずに、何も果たせずに死んでしまう。
「おい、逃げるぞ。瞬間移動でなんとかなんねえのか!?」
「できるわけない。あれは開けた所じゃないとうまく使えない」
「じゃあ、どうすんだよ!」
ホルヘはいてもたってもいられず、そこから逃げ出そうとした。
<では、今から起爆するぞ!>
みるるは、視界が暗転しかけた。
宮殿の玉座の部屋で、ユルゲンがリモコンを起動しようとしたとき、エスメラルダと、よく分からない機械人形が目の前に立っていた。
「そうは、させません!」
「小娘!?」
マリーが、通信を切っておいたのは賢明だったと王女は思った。いつ敵に聞かれるかわからなかったからだ。
「私は、みるる様が地下室に向かっている最中に城に向かい、あなたの計画を阻止するために急いでいたのです」
エスメラルダは激しく憤っていた。
「あの方々が窮地に陥ることは予測のうちでした。しかし、想像以上に悪辣なことを思いつくとは……!」
「ふん! だがもう――」
しかし、牧麿の背後から何かの獣が現れ、ユルゲンの腕がつかんでいたリモコンを弾き飛ばした。
獣はすばやく牧麿の隣へとひるがえり、人間の姿をとる。
「もうこれで証拠を隠滅なんてさせないよ!」 にむるが得意げな笑顔、片手にリモコンをつかんでいる。
「貴様らが木下みるるの手先か。言った通り、下賤な奴らだ!」
扉の後ろから隠れていた男たちが一斉に光線銃を向け、ビームを発射した。
「私に、お任せを!」
牧麿がエスメラルダを抱きかかえた。牧麿は、光線銃を浴びてもびくともしなかった。
すでにユルゲンは、彼らに構う必要を感じなかった。たとえ一時的に悪事を暴露されたとしても、名前を変え、遠い所でやり直せばそれで済むことだ。
(こうなっては、もうこんな星に用はない。逃げるが勝ちだ)
ユルゲンはすでに階段を降り、一人乗りの小型航宙艇がある場所へと急いでいた。
そしてそれに早いか遅いか、ティターニア号が牧麿たちの背後の窓へとその威容を示した。
「ティーたん!」 喜ぶにむる。その直後に、ティターニア号の表面に光が走り、彼らを包み込む。
刺客たちが驚いている間に、彼らは光ごと戦艦の内部へと吸い込まれ、城から脱出。
「よかった……みんなが助けに来てくれて」
ホルヘは、安心した後、照れを隠すように厳しい声。
「多分この指示をやってくれたのはおかみだ。感謝しろよ」
「もちろんです!」 食い気味にみるる。
「あいつは爆破装置をしかけてたって言ってたけど……一体どこだ? どこに付いている?」
<聞こえる、みるる?> にむるの声がした。
「聞こえるわ!」
<あいつが屋敷に爆薬をしかけていたことは聞いたよな?>
「うん! 解除しなきゃいけない所だけど……」
すると今度は、
<パヴェルだ。今、ティターニア号はユルゲンの屋敷の上空にいる。あいつはおそらくただではあきらめていない。ミサイルやドローンが飛来して攻撃してきている>
余裕がないように、早口で。
<おかみがティターニア号を指揮している。艦長は屋敷の内側から爆破装置を解除してくれ>
「了解!」
そして実際、爆発の音が聞こえていた。
いつの間にか、両脇にファイルを抱えているホルヘ。
「とにかく、集められるだけの証拠は集めないとな」
極北の攻防戦(2021)
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新しき侵略者に対抗しようと、人は古の歴史にすがるものだ。




