八番航路 英雄復活
小型航宙艇から地上の様子を見ながら、ユルゲンは何とか一息ついた。
(あれが、ティターニア号か。古き英雄……しかし私にとってはまたとない投機対象! しかし、相手が相手ではどうやっても買い取れん!)
彼もまた、かつての英雄の船のことを噂では知っていた。
ユルゲンにとって、爆破装置を奪われたのは別に痛くもかゆくもなかった。こちらには、いくらでも屋敷を破壊する手段があるのだから。
ユルゲンは、小型端末を取り出し、液晶画面に表示されたメニューからいくつかの選択肢を選ぶ。
軍事衛星からミサイルが発射された。
王女たちは無事ティターニア号の中に保護された。
「あんた、確か武装はついているって言ってたよね。あれにきちんと対処できる?」
「もちろんですとも」
虚空に浮く船の精霊は、自信に満ちた顔で言った。
パヴェルはスクリーンに映る敵の姿を見て、緊張感に襲われた。
宇宙海賊として、他の船とビームの撃ち合いになったことは一回や二回ではないし、そもそも生死をかけた戦いなど今更恐怖の対象ではない。だが、この戦いはかつてのような気楽な私闘とはわけが違う。他人の命に責任を負っている。一つの星の命運をかけているのだ。自分たちが消えるだけでは済まない。野犬のように星の海を這いずり回っていた頃には感じたことのない重圧に、パヴェルは思わず身震いがした。
「撃て!」
みるるから譲り受けた銀色のバトンを前に突き出して、マリーは叫んだ。
ティターニア号の先端から砲門が開き、太い白と熱の束を繰り出した。
破壊の光を浴びて、ミサイルが爆散する。
パヴェルはスクリーンの一角を注視し、次に来る攻撃を察知。
「ドローンが飛んでくる!」
「小型ミサイル発射!」
砲台がせり出し、砲弾を吐き出した。
被弾したようだ。しかし、艦橋への衝撃はほとんどない。
「ご安心ください。私の体には、軽微な損傷はすぐに無効化する自動修復機能がございますから」
すました顔で。
マリーは、レーダーに映る敵機を見て、ため息をもらす。
バトンはさほど重い素材で作られてはいないはずだが、みるるが渡したときの顔を思い起こすと、実際よりも重く感じられた。
「しぶといね、あいつら。こうなったらもう軍事衛星を破壊しなきゃいけないようだけど」
気の毒そうに、エスメラルダの方に向き直る。しかし、王女はさほど気にしてもいない様子、
「構いません。あれもユルゲン伯爵から無理やり購入させられたものですから」
「お、うまい具合に移動してきたじゃないか。三連斉射ぁ!」
ビームはどれも、攻撃の様子を見せた軍事衛星を貫き、爆破させていた。
「やるじゃん!」 ガッツポーズを決めるにむる。しかし、
(これが生き物なのか? 下手な戦艦よりも脅威になりうる軍事兵器じゃないか)
ティターニア号の底知れない機能に、パヴェルはいよいよ感嘆よりも恐怖を感じ始めていた。
「ふーっ、ようやく地下から出られたぜ!」
ホルヘが重そうにファイルを両脇に抱えているのを見て、みるるは彼が疲れないかどうか心配していた。
「すぐにでもここから脱出しないと!」
「でもその前に、自爆装置を解除しないといけない。あれがある限り、屋敷はいつぶっ飛んでもおかしくないんだからな」
廊下には、どこまでも模様が刻まれていた。感覚を置いてかかげられる、様々な人物を描いたいくつかの肖像画。ユルゲンの先祖だろうか?
「ちぇっ、どれもこれも悪趣味な飾りに満ちてやがる!」
屋敷の執務室に入った。それは意外と簡素だった。片隅に巨大なユルゲンの肖像画がはまっていることをのぞけば。
時間がない。二人は手当たり次第に机をあさった。そして、ついに見つけた。
ホルヘは、ファイルの中にこの屋敷の構造に関する情報を載せた紙片を見つけ、読み上げる。
「これだ。ええと、建物の四隅に立つ柱が自爆装置になってんだな?」
「そうなの!? ただ、城砦っぽく見せるための飾りじゃなくて?」
「それに当たったらおじゃんだぜ。ええと、それを制御するコンソールはこの肖像画の額縁の裏にあるのか!」
ホルヘとみるるは肖像画を降ろし(ホルヘはそれをけり倒しそうにうずうずしていた)、その陰に隠れていた小さな液晶画面に目をやる。
「……どうしよう。パスワードを間違えたら爆発しないよね?」
「俺がやる!」
ホルヘは、すぐに電源を付ける。そして、ファイルに書いてあった意味深な番号を入力した。
「これを……こうか!」
すると、正しい番号を入力したことを示す音が鳴った。
「よし、これで解除だ!」
「ありがとう、ホルヘ!」
「だから――」 そんなこと言うなと、思わず吐き捨てそうになったが、すぐに態度を改め、
「えへへ」 後頭部をかく。主人には機嫌を取らなければならない、という打算もあったが、心から喜んでいた気持ちも少しはあった。
と、その直後、部屋の上で爆音が鳴り、二人は驚いた。
<ドローンが落ちた! 無事か!?>
ホルヘのチョーカーから、にむるが慌てた声で。
「だ、大丈夫!」
「おい、自爆装置は解除したぜ! あとはさっさと俺たちを助けてくれよ」
<ご安心を。すでにあらかた、敵の衛星は片づけております>
屋敷から外に出ると、すでに低い位置にまでティターニア号が迫っていた。みるるとホルヘは叫んで自分の存在を伝えた。するとティターニア号の壁から光が下りてきて二人を包み込み、艦内へと吸い込んでいった。
ホルヘは荒々しく書類をほうり投げた。
「見ろよ。ユルゲンによる不法な取引の記録だぜ!」
<ユルゲンは、追わないのか?>
書類には特に関心を示さず、にむるは問うた。
しかしみるるは、
「私たちの目的はあくまでも彼の支配を終わらせることだから。それ以上のことについては関与すべきじゃないかなって」
<ああ、それがいい。あいつのバックには民間軍事会社もいるという噂だからな>とパヴェル。
だがホルヘはもう別のことでうずうずしていた。
「それより、さっさとこの書類ばらまこうぜ。みんなにあいつの悪事を伝えないと」
ティターニア号からホルヘは、ユルゲンが取引に関する書類を次々と市街地にまいた。
こうしてユルゲンの悪事は人々の知る所となった。
城の玉座の間で、エスメラルダは、みるるに対して深く頭を下げた。
「これでユルゲンを告発できます。本当に、ありがとうございました」
高貴な人物がそんなことをする様子を見てみるるは思わず気恥ずかしくなり、
「そんな……当然のことをしたまでですよ」
エスメラルダは、少しためらってから、
「あの……良ければ、通信番号を交換しませんか? もしかしたら、みるる様の旅をお助けできるかもしれません」
「い、いいんですか?」
パヴェルがささやいた。
「人脈ってのは後々役に立つ。もらうに越したことはない」
それを聞いて、みるるは受け取ることにした。
「ありがとうございます。謹んで、いただきます」
「もし、何かあったら迷わずに連絡してくださいね。私はみるる様の訪問をいつでも楽しみにしております」
玉座の間から退出した後、ティターニアは、まるで仰ぎ見るようにみるるに。
「マスター、あなたは偉大なご活躍をなさいました」
「うん……」
船に宿る精霊は、そこで首をかしげる。
「お喜びにならないのですか?」
「いや、そういわれるのは嬉しいけどさ。でも、これからが大事じゃん。みんなが本当にこれでいい方向に進めるのかどうか」
パヴェルが言った。
「さすがにそれ以上やると、俺たちが逆に侵略者みたいになっちまうだろ。これでサンタ・クララがどうなるかは彼ら自身に任せないといけない」
その後小声、
「まあ、俺自身は、正直こうやって誰かに気に入られることなんてしたくなかったんだがな」
マリーが言った。
「あんたがやり始めたことなんだからさ。あんたがやってよかったと思えるようになんなきゃいけないんだよ」
みるるは、いつの間にか冷静になり、考え込んでしまった。
数日後、サンタ・クララの星を後にして、ティターニア号は宇宙を航行していた。
アルゴナウタの主星がもうどこにあったかも、窓からのぞきこんだだけではわからなくなっていた。
牧麿とパヴェルは機械のことについて色々と話し合っていた。
ホルヘは、ずっと外の光景を眺めていた。
みるるは、横に並んで、ホルヘにこう尋ねた。
「ホルヘは、星を眺めるのが好きなの?」
「ああ。この中のどこかに俺の故郷があるのかもしれないと思ってな」
「そういや、ホルヘは自分がどこに生まれたのか全然覚えてないって言ってたけど」
「一番古い記憶は、宇宙船の事故なんだ。どこかで住んでいたって思い出がない。最初から俺は宇宙の子だった。故郷がどの惑星であろうと、結局俺は宇宙の子であることから逃れられないんだ」
「なんだか、詩的だね」
その時、ホルヘは自分がうっかりみるるに対して心を許しすぎていることに気づき、思わず飛びのく。
「その……やめてくれるか!? 何で俺が嬢ちゃんなんかに心を許してんだよ!?」
「照れないでよ。ホルヘってそういうセンスがあるのって素敵なことだと思うよ」
ホルヘは、自分をそういう風に見る人間など今まで出会ったことがない。マリーは確かに、ホルヘのことを伊達には理解していないとはいえ、こうやって心の奥深くを打ち明けるような話はしたことがない。あくまでも彼らは本能のままに生きる野犬であり、互いに絆を深めるような関係ではなかった。しかし、みるるは違う。
ゆえに、みるるを前にするとホルヘはついつい自分の言葉を流れるように話してしまう。だがそのせいでこの娘に理解されたり共感されたりするのが嫌で、ホルヘは、みるるのことを嫌いでいようと思った。自分自身が変わりぶりが恐ろしくなり、これもまたみるるの魔法による悪影響ではないかと思い込もうとした。
みるるは、言った。
「やっぱり本当にあれでよかったのか、って思っちゃうんだ」
ホルヘは、再び永遠の星空を眺めだした。
「確かに、エスメラルダには感謝されたし、ユルゲンの悪事を暴くことはできたけど、クロドキシンで救われてた人もいたかもしれないじゃない」
後ろから視線を感じたが、みるるは構わず語り続けた。
「自分がいいことをしたなんて、そんな傲慢にはなれないな、私」
(もっと自分を誇ればいいじゃん) にむるは、みるるの背中を眺めながら思った。
しばらくしてホルヘが口を開いた。
「正義なんてのは、多くの人間が考えて行動して、その果てに現れたのをめいめいに選び取っていくものさ。それが本当に正しかったかどうかなんてのは、すぐにはわからない」
「選び取るもの?」
「ああ。正義はあるんだよ。絶対的な正義はどこかにある」
突然にむるが近寄ってきた。
「正義だなんだうるさいけど、あんたにそういうことを話す資格がある?」
みるるは怒って、
「ちょっとにむる、そこまで言うことないでしょ!」
「だってこいつは人を脅したり騙したりしてきたじゃないか」
「そうかもしれないけどさ……何が本当に良いことか、語る権利くらいあるでしょ?」
パヴェルとマリーは、思わず冷や汗をかいた。
「悪人が悪人のままでいけないのなら……この世界に善人なんていなくなっちゃうよ!」
みるるがかなりきつい態度をとってきたので、にむるは思わず気圧された。みるるははっきり物を言う方だが、自分に向けられるとこうも威圧的なのか、と。
ホルヘは、ため息をついた。
「勘違いするなよ嬢ちゃん。俺はあのスリリングな瞬間を楽しんでいただけさ。いいことをしようなんて微塵も思っちゃいなかった。あ~あ、せっかく逃げようと思ったのにタイミングがなくなっちまったじゃねえかよ」
「また逃げだそうと思っていたのか、ホルヘ」
パヴェルが後ろからホルヘの肩をつかむ。
「去る者は追わず、ですよ」とティターニア。
するとマリーが目を吊り上げ、
「ちょっと待ちな。じゃあ私とパヴェルを置いていくつもりかい?」
ホルヘは恥ずかしそうに肩をすくめる。
「いや、さすがに二人を置いていくわけには……くそっ!」
みるるは、すっかり彼らを手なずけている――ホルヘは、彼に対する嫌な気持ちを高めずにはいられなかった。
「正直こうやって仲良くなるのは不本意なんだ。あくまでこっちはいやいや従わされてるだけなんだから」
「私は、そんな風に強制しているつもりはないけど」
「そうか? にむるの目を見るとどうしてもそう思えなくなる」
「ふん……」 ホルヘを横目でにらむにむる。
「そんな顔しないでよ、にむる。さあ、二人とも仲良くして!」
せかすみるる。しばらく二人は、険悪な表情でにらみあっていたが、ホルヘの方から眼光をゆるめ、
「ああ。ちょうど見せときたかったのがあったんだ。お前、鳥人なんだろ? 俺も、亜人なんだ。純粋な人間じゃない」
「……へえ」 興味もなさげににむる。
「じゃあ、見てくれ、これ。どう思うよ」
フードを取った。猫の耳がぴくぴく動いていた。
「……そうなんだ」
「いや、少しくらい驚けよ。嬢ちゃんのために見せてやったんだぞ」
にむるが肩をすくめ、
「今の時代、ヒトとヒト以外の区別を気にする人なんていないって。私、そういうことで特に驚いたりしたことなんてありませんし」
ホルヘはしかし、
「辺境の星ならそうかもしれないが、より人口の多い都会じゃ大体種族ごとに区画で分かれているのが当然なんだ。それで外見や生活習慣の違いをめぐって争いになるのは珍しいことじゃない」
「そうなんだ」 みるるは軽い気持ちで言ったが、ホルヘは一層険しい顔に。
パヴェルは腕を組みながら言った。
「それより、今回の一件で俺たちは変に注目されちまった。ほとぼりが冷めるまで、どこか小さな星にでも滞在した方がよさそうだが」
「じゃあ、廃墟の星とか探索するのはどう?」
艦橋の中心に浮かぶティターニアは航路図を検索し、周囲の探査可能な星を紹介する。
「ここから五光年ほど離れた所にエネルギーの供給施設を備えた小惑星があります。特定の主星を持たない浮遊惑星です……かなり以前から放棄されていたようですが、詳細は不明です」
「じゃあ行ってみようよ」 迷いなく決断。
ホルヘが心配そうに、
「気楽に言ってくれるな。細菌に感染したりしたらどうしてくれる?」
「回復魔法があれば、何とかなる。まあ、宇宙服くらいは身に着けた方がよさそうだね」
星と旅人(2022)
https://ncode.syosetu.com/n5300hk/
LC:AZEのアルバムPROMINENCEのジャケット絵から着想を得て書き上げた作品。ある意味、本作もこの流れを汲んでいると言える。




