ようよう、バネッサ・リーブヘルって何者なんだよ?
「茶くれえしかねえけどよ、一息つこうや。」
見る影もない廃屋としか言いようのないメギドの家だが、収納から出した銀の食器は最高級品である。そしてまた、かぐわしい茶葉の紅茶は最高級の逸品であった。
「道具は相変わらずの最高級品ですね。ですが、私としてはもう少し家の方に手をかけてはいかがかと考えますが、どうでしょうね?」
「いいじゃねえか、趣味なんだからよ。」
穴の開いた天井から空を見上げてビーエムは呟く。
「まあ、風流と言えばそうも言えなくはないでしょうか。」
ジェーンは紅茶を一口すすると、テーブルにカップを置いた。
「早速だけど、メギド。あたしたちが来た理由は2つあるのさ。一つは<暗黒の迷宮>の事。」
「貴方の事ですから、結界はきちんと張ってあると思いますが、中の様子は調べておられますか?」
「たまにな。そろそろ新しい奴らが生まれ始めてるみたいだ。」
奴らとはメラーアベイユの事である。
「なるほど。では用心しないといけませんね。」
「だからお前たちが来たんだろ。」
「そうですね。それにしてもたった14階層でメラーアベイユが生まれるとは異常事態です。<深淵の迷宮>では44階層でしたのに。」
「迷宮にも変わり者がいるって事さね。」
彼らの世界では、迷宮はただの洞窟ではない。
魔物を産み育てる生き物と言われている。そして魔石を餌に生き物を誘い込み、魔精エネルギーを奪う猛獣なのだ。
「<暗黒の迷宮>は若いながら将来有望なダンジョンと言われています。もしかすると覚醒して15階層までも出来ているかもしれませんね。」
「その可能性はあるな。それはお前らに任せるが・・・」
「もう一つの用事の方の話だね。」
「ああ・・」
メギドはそう言うと収納から魔石の欠片を取り出した。
「ほお~~。」
ビーエムは魔石を見て感嘆の声を上げた。
それは小石ほどの大きさだが、湾曲している面から察するにソフトボールほどの大きさであろうと推測できた。ただ、色が非常に特殊だ。ほとんどの魔石は単一色なのだが、その魔石は光の角度によって色を変えるマジョリティーカラーの魔石だった。
「どう思う?」
「分からないね。こんなのは初めて見るよ。」
「じゃあ、もう一つ。デビちゃんあれを出してくれ。」
メギドの腰のあたりから蛇のような鎌首が飛び出すと、おえっ! と魔物の指の一部をテーブルの上に一本吐き出した。
「ちょっと、こういうのはテーブルに置かないで欲しいね。せっかくの紅茶がまずくなるわさ。」
ジェーンは顔をしかめて紅茶のカップを空中に浮かせた。
指の破片はまだ乾かぬ血が少しこびりついていて、禍々しい陽炎のような揺らぎを放っていた。
「塵化しないのですか?」
ビーエムは不思議そうに指を見つめ、小さなステッキでつついてみる。通常の魔物の肉体ならば、程度の差こそあれ数分以内に塵化してチリとなって消え失せる。切り離された肉体の一部も同様で、最後には魔石だけが残る仕組みになっている。
「塵化はしている。だが・・非常にゆっくりとだ。」
「塵化しにくい理由があるんだね。お前さんにはある程度検討がついてるんじゃないのかい?」
メギドは腕組みをして黙り込む。
そして重苦しい口調で言葉を発した。
「あくまで仮説だが、魔物と生物。それも人間との混合物じゃないか・・と思っている。」
ビーエムとジェーンがハッとしたようにメギドを見つめた。
「こんなことをする奴は・・・」
「バネッサ・リーブヘルかっ!」
2人とも嘆くような顔で指を見つめた。
「とうとう<最凶の魔女>のお出ましかね。」
「厄介な相手ですね。」
「サスケが調べている最中だが、どうもバロジアが一枚絡んでるらしいな。」
は~~~っとため息が漏れた。
「・・今度は帝国に鞍替えしたんですか?」
「ようよう、バネッサ・リーブヘルって何者なんだよ?」
いつの間に目覚めていたのかヒューゴが口を挟んだ。
3人はヒューゴの顔を見るなり、同時に、深く、思いっきり、ため息をついた。
「なんだよ。教えてくれよ。俺だって仲間だろ!」
=バネッサ・リーブヘル=
バネッサ・リーブヘルはウクリナ王国で生まれた魔術の天才である。齢10歳にしてS級冒険者の異名をとり、12歳にして王立魔術学院の講師、研究者として名を馳せた。彼女が開発した魔術や魔道具は100以上とも言われ、天才の名を欲しいままにした才媛である。
ところが、彼女が二十歳を過ぎたころから様相が変わって来始める。古代魔術の研究から、やがて禁呪に手を出し、裏で人体実験を行っていた事がついに発覚する。
国は彼女に死刑を宣告したが、執行前夜、牢を破って逃走。長きに渡って闇の世界で暗躍を続け、<闇の魔術師>とか<暗黒世界の女王>などと言われていた。陰謀と事件のある所には常に彼女の名前が噂され、やがて誰ともなしに<最凶の魔女>と彼女を呼ぶようになったのである。
「おっかねえな。」
「彼女の悪事は数えきれないと言われています。私も彼女と戦えば、きっと勝てないでしょう。」
ビーエムは事も無げに言う。
「それに、彼女の取り巻きも凶暴な奴が多くてね。闇世界で名を馳せた有名人が揃ってるのさ。」
「で、ジジイでも勝てねえのか?」
ヒューゴはメギドを見つめる。
メギドは腕組みしたまま目を瞑っていた。
「・・ヒューゴ。あんたは知らないだろうが、その<最凶の魔女>っていうのは・・」
その時、家の前に馬車が止まった。
「どなたかいらっしゃったようですね。」
メギドは素早く指を拾ってデビちゃんに飲み込ませると、魔石を腰のポシェットへ仕舞い込んだ。
「おっさーーん。いますかーー。」
「おー、小娘じゃねえか。俺ならいるぞ。」
傾いたドアをギギ~~ッと開けると、そこにいたのは<紅の翼>の4人だった。
「ほう、兄ちゃんも来たのか、珍しいな。」
アレンは緊張した面持ちで、メギドに深くお辞儀した。
「何の真似だよ、兄ちゃん。」
「スパカブ村での事です。あなたに助けられたのは、もうみんな知っています。本当にありがとうございます。」
「ふーん。俺は何も知らないがな。」
メギドはあくまで知らぬ存ぜぬを通すつもりらしい。
「この子たちがあんたが目をかけてる子たちかい?」
ジェーンが頬杖をついて値踏みするような目でほほ笑むと、サブリナが急に「ヒィイイイイ!!」と素っ頓狂な悲鳴を上げてへたり込んだ。他の3人が何事かとサブリナを見ると、青ざめた顔で震えているではないか。
「おや、あんたは見たことがあるね。確か66期の卒業生だね。名前は確か・・サブ・・サブリナ・モンテベルティ。」
「はい! そうです! 学院長先生!!」
サブリナはその言葉に呼応し、即座に起立すると、緊張した声で答えた。
「ふーん。オーラが大分変ってきたようだね。よくやった。私もうれしいよ。」
「誰なんだ、このばあさ・・」
「ん!」 と小声で言おうとしたシャールの顔面にサブリナの鉄拳が放たれた。
「君たちには承認式で顔を会わせているが、紹介はまだだったね。」
背を向けて座っていたビーエムは、立ち上がるとアレンたちに近づいてきた。
「私はバルドビィーノ・マインスタイン・ワルディフリード。名前が長いので友人たちはビーエムと呼びます。以後、お見知りおきを。」
「も・・もしかしてワルディフリード伯爵? あの”十傑”で有名な!」
「有名かどうかは知りませんが、魔術なら多少は心得がございますよ。」
ビーエムは微笑んだ。
「俺はヒューゴだ。ヒューゴ・テスタロッサ。強いぜ、俺は。一勝負しよ・・」
言い終わる前にメギドのゲンコが頭上に落ちた。
「・・聞いた事があるわ。<神速のヒューゴ>十傑の一人よ。」
「学院長先生も十傑の一人です!・・・よ。」
アレン以外の3人は緊張で足がワナワナと震えていた。
「ところでお前ら、俺に何の用だよ?」
緊張で口ごもる3人を見て、アレンが口を開いた。
「メギドさん。貴方にお願いがあります。僕たち4人をあなたの弟子にしてください。」
真剣なまなざしの4人の目に迷いは無いように見えた。
4人の顔を見回すと、メギドのギョロ目がスゥ~っと細くなった。




