俺の名前を言ってみろ!
メギドの一日は夜明け前から始まる。
暗いうちに目覚め、ゆっくりと体をほぐす。それが終わると清浄な水を飲み、外へ出る。そして二つの水桶を持って500m先の水場へ行くのだ。
しかも道なき道を駆け足で登ってゆく。時には樹上を飛び跳ねていくこともある。帰りもまた同じ。そして同じ道を極力通らないようにする。木の枝や地面の窪み、岩や茂みを難なく通り抜ける。帰りは水の入った水桶の水を零さぬように運び、家にある水瓶が満杯になるまで繰り返す。
それが終わると武術の訓練。
そして息を整え、1時間ほど瞑想をする。
それからようやく食事の支度をして食事をとるのだ。
で、そのあとどうするかというと、畑仕事か、ダンジョンへ行く。鎧を付けて野良仕事をする姿を見て近くの村人は変人と嗤ったが、メギドは意に介さない。
その日も畑に出ようとすると、遠くに土煙が見えた。
メギドは鉄棍を手元に寄せると、こちらに向かって来る何かに備えた。
土煙の何かはメギドの数メートル手前で止まった。
土埃が晴れてくると一人の金髪の青年がハアハアと荒い息をしてい屈みこんでいた。
「・・・おい、大丈夫か?」
「ハアハアハア・・へ、平気だぁ。ハアハアッハア。」
「水、飲むか? 青年。」
その一言にその青年は切れた。
「いらねえ! このモーロクジジイ! また俺の名前を忘れたンかい!!」
「・・・・・え・・と。やだなあ、忘れる訳ないじゃないか。」
「だったら、俺の名前を言ってみろ!」
メギドは太陽を見て手をかざす。
「今日は太陽が眩しい。素敵な一日になりそうだ。」
「はぐらかすんじゃねえ! 毎回毎回、何度忘れりゃ気が済むんだジジイ!」
「アハハハハハ・・・ごめんごめん。冗談だよ、じょう~~だん。やだなあ、忘れる訳ないじゃないですか。。。え・・と。」
「ヒューゴをからかうのもそのくらいにしておきな。」
いつの間にかヒューゴと呼ばれた青年の後ろに二人の人物が立っていた。
一人はゴツイ体躯だが、背の高い上品そうな男で、着ている軍服にはいくつかの勲章が飾られている。髪はウェーブのかかった栗色の髪を丁寧に撫でつけている。そして立派な口髭は左右にピンとそそり立っていた。
もう一人は年配の女性で、気品のある顔立ちに白髪をきれいに纏めあげて大きいつばの帽子を載せている。黒のローブのいでたちと楡の木で出来た大きな杖はまさに魔法使いそのものといった体である。
「まったく、馬車から飛び降りて急に走り出すから追いかける羽目になってしまいましたね。」
「馬車でゆっくり来りゃあいいじゃねえか。」
「あなたとメギドの漫才を見逃すのは少々もったいないでしょう。」
「ざけんなよ! ビーエム!」
ヒューゴは怒ったが、ビーエムと呼ばれた男は無視してメギドに近寄った。
「お久しぶりですね、メギド。お元気そうで何より。」
そう言うと、メギドに握手を求めた。
「いや、お前さんも元気そうで何よりだ、ビーエム。」
(ムキーーーッ! と横でヒューゴが吠えている。)
メギドはしっかりと握手を交わすと、女性にも握手を求めた。
「やっぱりお前さんが出て来たか。変わり無さそうで安心したよジェーン。」
(ムキーーーッ! と横でヒューゴが吠えている。)
「遅くなって悪かったね。こちらも色々あったからね。こんなに時間がかかっちまった。それにしても相変わらずの筋肉バカなんだね、あんた。」
どうやら、彼らを呼び寄せたのはメギドらしい。いずれにしてもただ物ではなさそうだった・・。
「まあな。俺にはそれしか取り柄がねえからな。」
ジェーンの表情が変わって、真顔になった。
「大体の話はブルーノから聞いちゃいるけど、まずはあんたに詳しい話を聞いとかないと・・と思ってね。」
「悪いな。忙しいだろうに。こんなところで立ち話もなんだ。あばら家だが中に入ってくれ、話は中でしよう。」
「ちょっと、待てジジイ!」
歩きかけた3人の足が止まった。
「その前に俺と勝負しろ!」
ヒューゴは木製の棍を構えて仁王立ちしている。呼吸の乱れはもう止まっているらしかった。
3人は顔を見合わせると、ビーエムが仕方なさそうにメギドに言った。
「本当に愛されてますねえ。ヒューゴはあなたに会いたい一心で我々について来たんですよ。」
「えー、そういう趣味は無えんだけどなあ・・・」
「俺だって無えわ、耄碌ジジイ!」
「子犬がじゃれるのと一緒さね。少しだけ相手してあげなさい。メギド。」
「・・ったく、しゃあねえなあ・・・。」
メギドは木の棍を持ってヒューゴに近寄る。
「ク~~ッ! とうとう恥を濯ぐ時が来たかっ! いいか、俺はもう以前の俺じゃねえぞ! 今度こそ地面に這いつくばるのはてめえの方だ!」
はしゃぐヒューゴとは対照的にやる気の無さそうなメギドである。
「やるのはいいが、魔法無しだ。」
「えーーー! せめて二重くらいにしようぜ、魔法無しじゃかったるくってしょうがねえぜ。」
「ダメだ。加速でやったら。ここら一帯メチャクチャになっちまうだろうが。」
「これでどうです。」
話に割って入ったビーエムが杖を振ると、メギドとヒューゴの周りに巨大なドーム状の防御結界が現れた。(しかも二人は、いつの間にか遠くに離れてるし!)
「これなら三重までは耐えられると思いますよ。」
と、ビーエムが言い終わらないうちに・・・
「加速三重!」
ドームの中が土煙で一瞬で見えなくなった。
そして五秒後。
ドームの天井が突き破られ、土煙は爆煙となって辺り一面に土埃を撒いた。
「バカヤロー! ビーエム! 何てことしやがる! 危うく殺しちまうとこだったじゃねえかっ!!」
飛び出したメギドが真っ赤な顔をしてビーエムに詰め寄ったが、彼はにこやかに笑いながらポケットから手帳を取り出した。
「オッホホホホ。さすがですねメギド。私の防御結界を難なく打ち破るとは。見事なものです。」
「バカ! そんなこと言ってんじゃねえ!」
「殺さなかったんだろ。手当は必要かい?」
ジェーンも落ち着いたものである。
「まあ、なんとかな。けど、まあ、強くなったな。」
「7869戦7869勝ですね。どこまで更新できるか見ものですな。」
はっはっはと大笑いしながらビーエムはメモ帳に印をつけている。
ヒューゴは晴れてきた煙の中で正座したような状態で気を失っていた。頭にたんこぶが出来ているが、特に命にかかわるような状態ではなさそうだった。
確かにメギドが言ったように、地面はでこぼこになり、ドームの中にあった草木や建造物は欠片も無くなって、さしずめ荒野になったと言ってよかった。
「ヒューゴはあたしが運ぶからあんたはさっさと体を洗いな。」
ジェーンが杖を振ると、彼女の黒いローブから何本かの黒い蔦のようなものが生き物のように伸びて気絶したヒューゴを担ぎ上げた。
メギドは苦笑しながら水の呪文で汚れを落とし、温風で乾かす。乾くと鎧を脱いで肩に担いだ。
「まったく・・敵わねえな、お前らにはヨオ。」
すると馬車の音がして、3人が乗っていた無人の木馬の馬車がようやく着いたようである。
3人は何事もなかったように笑みを浮かべてメギドの家へと向かっていった。




