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第百八十六話 「遅咲きの花」

 僕が立ち上がったのを見るや、レザールは不敵な笑みを浮かべる。

 そしてまたも、土煙だけを残して姿を消した。

 今度は右隣で青い角が怪しく光る。

 やはり動きが速すぎて見えない。辛うじて防御を間に合わせるのが精一杯だ。


「【耐性強化(レジスト)】」


 “奴の攻撃は避けられない”と諦めをつけ、僕はすぐさま支援魔法を発動させる。

 体を頑丈にする『耐性強化(レジスト)』で、少しでもダメージを軽減しようと考えた。

 魔法発動と同時に右腕を構えると、再びレザールの蹴りが僕の腕を強打する。


「ぐっ……!」


 変わらず衝撃に耐え切れずに吹き飛ばされてしまうが、痛みはだいぶ抑えられた。

 これなら奴が本気で蹴ってきたとしても、防いだ腕が折れたり千切れることはないだろう。

 レザールも蹴りを入れた際の感触が違ったからか、僕の変化に気が付いた。


「おっ、さっきよりちょっと固くなったか?」


 しかし奴はどこか嬉しそうに笑みを浮かべている。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように。

 僕が簡単に倒れなくなったことがそれだけ嬉しいようだ。

 戦闘狂らしいその思考に身震いしながらも、今度はこちらから攻めていく。

 耐性強化(レジスト)を使って頑丈さが増しているので、反撃を必要以上に恐れることもない。


 素早く肉薄すると、順手で握った右手のナイフをレザールの胸元に突き込んだ。

 奴はゆったりと余裕を持って左側に飛び、僕のナイフを避けてみせる。

 レザールの笑みが横目に映るが、僕は悲観することなく奴を見据え、“左手”に意識を集中させた。

 何も持っていない左手。その袖口から瞬時に“二本目”のナイフを取り出す。


「――ッ!」


 右手のナイフに意識が向いていたレザールは、後からその刃に気が付いて目を見開いた。

 けど遅い。

 レザールが避けた方へ一歩踏み込み、左手で握ったナイフを奴の腹部に突き込んだ。


 ガリッ!


「――っ!」


 今度はこちらが驚かされる番になる。

 まったく予想していなかった音が耳を打ち、絶望的な感触が左手に伝ってきた。

 ――固い!

 ナイフの刃先は奴の腹部を貫くことなく、削るように肌を撫でただけだった。

 しかもそれでいて薄皮一枚すら剥がれていない。

 鱗に覆われている腕や脚ならまだわかる。

 けど、外皮が晒されている腹部でもまったく刃が通らないなんて。

 木のナイフで岩でも小突いたような手応えだ。


「残念だったな!」


 僕が歯ぎしりする様子を見て、レザールは笑みを深めながら右手を振る。

 咄嗟に胸の前で両腕を交差させて防いだが、やはり圧倒的な膂力で吹き飛ばされてしまった。

 しかも近くに洞窟の壁があり、そこに叩きつけられて背中を強打する。


「がっ……!」


 思わずえずいて倒れそうになったところに、レザールが追撃を仕掛けてくる。

 刃物のように鋭くなっている竜魔族の爪を、貫手の形で突いてきた。

 反射的に両手のナイフを交差させて盾のようにして構える。


 ガンッ‼


 突き出された爪は、二本のナイフの中心に当たって辛うじて止まった。

 が、そのまま奴は貫手を押し込んできて、鍔迫り合いのような形になる。

 背中には岩の壁。後退する隙間は無し。

 あまりの力量差に、すぐに押し潰されそうになってしまった。


「……ぐっ、うぅ……【筋力強化(ブースト)】!」


 たまらず筋力強化の支援魔法を発動させる。

 体の内側から力が溢れてきて、少しずつレザールの爪を押し返すことができた。

 やがて一気に力を込めて、奴の体を押しのける。

 レザールが片手だったこともありなんとか抜け出せて、しかも奴は僅かによろけていた。

 それを見て、僕は左手のナイフを振りかぶって右前方へ踏み込む。


「【鋭利強化(シャープネス)】!」


 奴の隣を通り過ぎさまに、鋭さを強化した刃で腹部を斬りつけた。

 ズバッ!

 今度は確かな手応えが左手に迸る。

 振り返ってレザールの方を見ると、奴の腹部には僅かに傷が入っていた。

 糸のように細く浅い切り傷だけど、支援魔法があれば斬れることはわかった。

 そのことに安堵しながら、一方で自分の状態を今一度見て歯噛みする。


 今の一瞬の攻防で、三つも支援魔法を使わされてしまった。

 なるべく魔力は温存しておきたかったのに。

 身体能力があまりにも違い過ぎて、支援魔法がないとついていけないんだ。

 というか、それをしてなおついていくのがやっと。

 やっぱり僕は……弱い。

 レザールも僕の体たらくを見たからか、不敵な笑みを乾いたものに変えた。


「おいおい、その弱さでよく俺ら(竜魔族)の前に来られたもんだな」


 楽しめる戦いを望んでいたからか、拍子抜けしたようにレザールは嘆息する。

 好奇心を宿していた視線はすでに冷え切り、その目で項垂れるランを一瞥してから続けた。


「そこの女にはわざと捕まってここに来たんだろ。少なくともその女に捕まるような人間じゃねえってのはわかったからな。だから余計わかんねえ」


 奴はこちらに指を向けながら、怪訝な顔で問いかけてきた。


「なんでてめえ、そんなに弱いのに、わざわざその女に案内させる形で“ひとり”でここまで来たんだ」


「……」


 聡いタイプではないだろうけど、さすがにこの状況を見ればわかるか。

 僕が自らの意思で竜王軍の侵域へやって来たことを。

 向こうから見れば命知らずの馬鹿としか思えないはず。

 でもここにはひとりで来るしかなかったんだ。

 誰にも迷惑をかけたくなかったから。

 自分の手で育て屋としての日常を守るしかなかったから。

 僕の我儘に、他の人を巻き込むわけにはいかなかったから。


 ……いや、本当はそれだけじゃないのかもしれない。


「何が目的か知らねえが、その実力で俺らを倒せるとか思ってたのか? 才能がない弱者がどれだけあがいたところで、才能を持つ強者に抗えるはずがねえだろ。育て屋なら尚更わかるはずだ」


 ……わかっている。

 ただでさえ僕は冒険者の道を外れた落ちこぼれで、向こうは竜魔族でも上澄みの力を持った天才なんだから。

 才能がない弱者がどれだけあがいたところで、才能を持つ強者に抗えるはずがない。

 熱意や度胸だけで、才能の違いを覆すことなんてできるはずがないんだ。

 でも……


『ずっと弱いままの天職なんて存在しない。正しく水と陽光を与えてあげれば、必ずその芽は顔を出す』


 今負けている人が、才能を持っていないとは限らない。


 強者に才能があるのは間違いないけど、弱者に才能がないと決めつけるのは早い。

 弱いのはただ、才能がまだ見つかっていないだけなんじゃないか。

 開花の時を待っている種の状態だからじゃないか。

 そんな人たちが天井を突き破って芽を出し、綺麗な花を咲かせてきたのを僕は何度も見てきた。

 だから僕も……



『ロゼって本当は、もっと強いんじゃない?』



 ――僕自身が、まだ才能を持っていると信じている。



「――っ!」


 不意にレザールが飛びかかってきて爪を振ってくる。

 殺さないように手を抜きながら、僕の体に少しずつ傷を付けてくる。

 僕は弄ばれていると自覚しながら、必死にその攻撃を捌いていき、人知れず唇を噛み締めた。


 ローズや他のみんなに頼らなかったのは、自分でも何かできると証明したかったんだろ。

 目の前で力を開花させて逆境を跳ね除けていったみんなみたいに、自分もかっこよくなりたいって思ったんだろ。

 あんなに“かっこいい人たち”を一番近くで見続けてきたら、そんなの憧れちゃうに決まってるじゃないか。


『また困ったことがありましたら、いつでも私を頼ってくださいね。微力ながらお助けしますから』


『あんたとローズについて行って、魔獣倒すだけでしょ? 簡単な話じゃない』


 とてつもなくかっこよかった。

 ただただ頼もしかった。

 あんな頼りがいのある存在になれたらって何度も思った。

 だから、誰の手も借りずに、自分の大切な居場所を守ることができたら、大事な人たちを傷付けずに済むし……


 彼女たちにも、少しは近づけるんじゃないかなって思ったんだ。


『育て屋さんで才能を開花させた駆け出し冒険者たちを見ていると、心の中の昔の自分がこう騒ぐんじゃ。“自分もまだ強くなれたのではないか”、“自分でも英雄譚にその名を刻めたのではないか”とな』


 僕だってそうだ。

 まだ強くなれるんじゃないかって思ってる。

 英雄譚に名前を刻めるんじゃないかって信じてる。

 限界を超えてその先の強さに手をかけた、あの子たちのように。


「そらよっ!」


 防ぐだけで手いっぱいになっている中、奴が僅かに速度を上げて接近してくる。

 そして右脚を振り上げて、真一文字に振ってきた。

 防御が間に合わずに左脇腹に痛烈な一撃を食らい、地面に転がされてしまう。

 それでも僕は立ち上がり、痛みに苦しみながら再び身構えた。


『私は、強くならないといけないんです……!』


 ローズだって、何度倒されても立ち上がり続けた。

 周りから才能がないと蔑まれ続けても、戦うことを諦めなかった。

 まったく成長しない自分の天職に、自分で見切りをつけることをしなかったんだ。

 それなら僕も、自分の天職を、秘められているかもしれない才能を……

 最後まで信じ続けろ!


「はぁ……はぁ……!」


 レザールの猛攻を凌ぐだけで精一杯になりながら、僕は傍らで頭を回す。

 僕の天職は数値上、これ以上成長はしない。

 新しい力に目覚めることもないし、恩恵の数値が上がることだってない。

 天職のレベルが最大値なのだから当然だ。

 だったら、今ある手札で戦い方を考えるんだ!


 僕が持っている手札。

 ひとつは味方の神素取得量を上昇させる『応援』のスキル。

 そしてもうひとつは、身体能力の各種を上昇させられる汎用的な『支援魔法』。

 あとそれから……


 ――『神眼(しんがん)』。


 視認したものから色々な情報を読み取ることができるスキル。

 人間の天啓、心身状態、命の残量と言われている天命。

 それから魔獣の種族名や危険性、討伐した際の神素取得量など。

 僕は今までこの力を使ってそれらの情報を引き出し、誰かの育成のために役立ててきた。

 他人の天啓を見て修業方法を模索し、神素取得率の高い魔獣も見つけた。

 でも、本当にそれだけしかできないのか?


 人間の天啓や魔獣の詳細は、あくまで表面的なもの。

 育成師だからそういう情報を引き出した方がいいという先入観で使ってきた。

 でもこの力には、もっと大きな“可能性”があるように思える。

 神眼は育成のための力。その先入観を捨てろ。能力の解釈を広げろ。

 そうすれば、もっと“色々なもの”が見えるようになるはずだ。

 当然、それはとてつもなく難しいこと。

 人が本能で空を飛べないと悟っているのに、空を飛ぶイメージを完璧に持てと言っているようなものだから。


『他人の成長の手助けしかできない【育成師】はもういらないのよ』


 それに冒険者時代にも、戦いに応用できないか試そうとしたことはある。

 でもできなかった。あまりにも非現実的だと思ってすぐに諦めてしまったんだ。

 所詮僕は戦闘能力が低く、支援と雑用しかできない能無し育成師だったから。

 でも、今の僕なら……


 奇跡とも思えるような才能の開花を、あの町で何度も見てきた今の僕なら……


「おいっ! なんかしてみろよ育て屋! このまま殺しちまうぞ!」


 レザールは爪や蹴りで僕の体を痛めつけ、僕は耐えながら目に意識を集中させる。

 見えるはずだ。もっと奥まで。相手の内側まで。

 筋肉、内臓、細胞、それらの動きをすべて読み取る。

 そして相手が攻撃する際、筋肉や内臓がどのような動きをするか記憶する。

 そのパターンをすべて把握することができれば……


 相手の動きを、完全に見切ることができるんじゃないのか。


「もっと楽しませろよ育て屋ァ‼」


 レザールの笑みが映る。何かしらの攻撃を仕掛けてくる敵意だけが伝わってくる。

 また痛みを覚悟して、僕は歯を食いしばりかけた。

 刹那――


(……えっ?)


 右脚と右脇、その周囲の筋肉と内臓の動きが、透過されたように僕の目に映った。

 体の右側、それと踏ん張るためか左脚と腰にも力が集中している。

 わかる。まだ何も動作を起こしていないはずのレザールが、次にどんな攻撃を、どの角度から仕掛けてくるか。


 ――右脚の蹴りが顔に来る。


 瞬間、僕は上体を僅かに後ろに傾け、直後にレザールの上段蹴りが鼻先を掠めていった。


「――ッ⁉」


 当たると確信していた蹴りが空を切ったからか、奴は大きく目を見開く。

 あまりにも攻撃の手が早すぎて、防ぐことしかできなかった僕が、突然攻撃を“避けた”。

 偶然の一回かもしれない。それを確かめるようにレザールは再び攻撃を仕掛けてくる。


 ――次は左の貫手が右胸に来る。


 僕は右脚で地面を蹴って左に飛び、直後にまたレザールの貫手が僕の隣で空を切った。


「なっ――⁉」


 再び完璧に攻撃を避けられ、レザールの顔から余裕の笑みが消失する。

 奴は驚愕の眼差しでこちらを見据え、言葉すら失っていた。

 対して僕は、新しく広がった景色を前に、思わず呆然とする。

 今まで見えなかった内側が見える。自分の体すら透過されて目に映し出される。

 どんな強者だろうと、何かをする際には事前動作がある。

 それが筋肉や内臓、細胞の微動で示され、次の動きを読むことができるんだ。


「チッ!」


 レザールは唐突に動きが変わった僕に、苛立ちを覚えているようだった。

 先ほどよりも動きを早くし、激しさを増して攻め立ててくる。

 今まででは到底防ぎ切れなかっただろう猛攻。僕はそれを掠らせることもなく完璧に“避けていく”。

 見える、奴の一挙手一投足から次の一手が。

 まるで未来を掴み取るように、敵の次の動きが僕の眼に投影される。

 不思議と周りの空気の流れまで見えるような気がして、僕は自分の眼の可能性に人知れず戦慄した。

 最後にレザールの回し蹴りを掻い潜って距離を取ると、奴はこちらを振り返りながら声を震わせた。


「てめえ、何が見えるようになった……! なんなんだよ、その“光る眼”は……⁉」


 その言葉を遠い出来事のようにぼんやり聞きながら、溢れる全能感に意識を浸す。

 前の僕は自信がなくて、心のどこかで自分の限界を決めつけていた。

 勇者パーティーで仲間たちとの力量差に嘆き、最後には追い出されてしまった。

 あの時点で僕の成長は、完全に止まってしまっていたんだ。

 でも、あの町で駆け出し冒険者たちが自分の限界を打ち破る姿を見せてくれて……

 僕でもできるんじゃないかって、少しずつ勇気を分けてくれていたんだ。


「……そうか」


 今さらになって、僕は気付かされる。

 あの町で、本当に育てられていたのは……




 自分を蔑み続ける、弱気なままでいた僕の“心”だったのかもしれない。




「……もう大丈夫だな」


 劇的な変化ではない。

 それでも確かな自信を胸に、僕は前に歩き出す。


 自らを、ようやく開花の時がやってきた、遅咲きの花だと信じて。

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さて、もう一人の「遅咲き」は開花するのか!?
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