第百八十一話 「自覚と無自覚」
「僕の“育て屋”については覚えてるだろ。僕はあの町で駆け出し冒険者たちの成長の手助けをしてるんだ。で、その育て屋なんだけど、訳あって竜王軍の連中に目をつけられてさ」
その使いであるランが近くにいることに少しの緊張感を覚えながら、ダリアに対して説明を続ける。
「これ以上育て屋として冒険者を強くし続けたら、あの町に竜王軍が攻め込んでくるかもしれないんだ。だから僕は育て屋を続けることができなくなって、営業を再開させるには……」
「竜王軍を倒さないといけない。だから竜王軍の侵域を目指してるってことね」
「……あぁ」
ダリアが察してまとめてくれて、僕はぎこちない頷きを返した。
改めて自分で聞いてみても無謀なことだと思えてくる。
育て屋を続けるために竜王軍を倒すなんて。
どうやらダリアも同じ感想を抱いたようで、心から乾いた笑い声を上げた。
「ハッ! あんたが竜王軍を倒すって、さっきの蛇すら倒すのに苦労してたあんたが、いったいどうやってよ」
「……」
「それに見たところあんたひとりでしょ? そこの女が誰か知らないけど、さっき戦いに参加してなかったから戦力ってわけじゃないみたいだし。私が言った通り本当にただの自殺行為じゃない」
慈悲の欠片もなく嘲笑されてしまう。
無理もない。僕だってまだそう思っているくらいだから。
ひとりで竜王軍をどうこうするなんて、あまりにも非現実的すぎる。
だからこそ何も言い返すことができずに、僕は俯くことしかできなかった。
しかしすぐにある違和感を抱いてダリアに問い返す。
「ていうか、あんまり驚かないんだな」
「はっ? 何についてよ」
「僕の育て屋が竜王軍に目をつけられたことに。案外すんなり受け入れてるっていうか……」
「それのどこに驚くところがあんのよ。むしろ“当然”の流れでしょ」
「当然?」
何が当たり前のことなのかわからず首を傾げると、ダリアはまたも乾いた笑い声と共に返してきた。
「あんたがやってる育て屋のことを知った時から思ってたわよ。人間を早く強くできる存在がいて、冒険者たちを手助けしてるなんて、そんなの魔獣側からしたらたまったものじゃないでしょ」
「まあ、それもそうだけど……」
「魔獣側にあんたと同じような存在がいてみなさい。強力な魔獣を大量に輩出する極悪な魔王みたいなものよ。そんなものさっさと始末するに限るでしょ」
……魔王って。
でも言われてみればその通りではある。
僕みたいな存在が魔獣側にいたら、僕だって早く手を打たなければと思うことだろう。
放っておけばどんな凶悪な魔獣軍団を形成させるかわからないし。
「だからいつか、あんたは必ず魔獣側に睨まれるだろうって思ってたわ。馬鹿でも容易に想像できることでしょ。逆になんであんたはその可能性に気付いてなかったのよ」
「……」
それは僕にだってわからない。
なぜこんな簡単な可能性に思い至っていなかったのか。
……いや、本当は気付いていたのかもしれない。
育て屋がいつか、魔獣側に目をつけられてしまうと。
でも、僕はその事実から目を逸らしていただけなんだと思う。
自分の価値を低く見積もって、この日常が脅かされるはずがないって自分に言い聞かせて……
都合のいいように、変わらない平和が続くのだと思い込んでいたんだ。
「で、あんたは周りのお仲間たちを巻き込みたくないからって、全部ひとりで終わらせるために竜王軍と戦おうとしてるってわけね……。わかりやす」
「……うるさいな」
ダリアに心を見透かされるのがなんか癪で、僕は顔をしかめて睨みつける。
するとダリアは笑みを浮かべながら片手を口の前に当てて、揶揄うような仕草で続けた。
「あんたひとりで本当に勝てると思ってるの? みすみす死にに行くようなものじゃない」
「や、やってみなきゃわからないだろ。それに竜王軍を壊滅させる必要はないんだ。僕を必要以上に危険視してるのは幹部のひとりだけって話だから、そいつさえ倒せば……」
「あのねぇ、竜王軍の主力である幹部を倒したってなったら、あんた余計に竜王軍全体に睨まれるじゃない。結果的に壊滅させるしか道はなくなるわよ」
「……」
……言われてみれば確かに。
竜王軍の幹部だけを倒せばそれで解決するかと思っていたけど、幹部の席についている重要な存在を討伐したとなれば一大事。
僕はますます竜王軍の怒りを買って睨まれることになるだろう。
それこそ本当に、竜王ドランが憤って僕をどこまでも追いかけてくるかもしれない。
なんでこんな簡単な可能性に気付けなかったんだ。
……いや、これも単に目を逸らしていただけなのかもしれない。
ダリアに核心を突かれて、今一度自分が置かれている状況に絶望しかけたけれど、僕は膝の上に置いた両拳をぐっと握りしめて覚悟を決めた。
「だったら、全員倒せばいいよ。それで解決するんなら簡単な話だ」
僕を危険視している幹部だけじゃない。
他の幹部や兵士たち、なんなら竜王ドランも僕が倒してしまえばいいだけの話だ。
勝算はほとんどないと言えるけど、でも絶対に不可能というわけではない。
膨大な“時間”をかければ、できなくないことだと僕は思っている。
侵域の場所と行き方さえわかれば、後は潜伏して機をうかがって、ひとりひとり的確に処理していけばいつかは終わる戦いだ。
……父さんと母さんのこともあるしな。
改めて決意を固めていると、不意にダリアの声が僕の耳を打った。
「言っておくけど助けないわよ」
「はっ? い、いや、別に頼んでないんだけど」
ていうか、そんな期待もしてないし。
僕がどんな状況に陥っていようが、ダリアが助けてくれる場面がまるで想像できないから。
なぜ突然そんなことを言ったのだろうか。もしかして揶揄われているのだろうか?
そう思ってダリアの方を見てみると、彼女は嘲笑しているわけでも呆れているわけでもなく、至極真面目な顔で洞窟の天井を見上げていた。
「私は命を懸けてまで助けたいと思うほど、あんたを親しく思ってない。何より助けを求められたところで、私にはあんたを助けられるだけの力がないの」
「……」
……驚いた。
まさかダリアの口からそんな言葉を聞けるようになるなんて。
常に自信に満ち溢れていて、自分の力と才能を微塵も疑ったことがなかったダリア・ルージュ。
自分こそがこの時代の主人公だと言わんばかりの言動を続けてきた彼女が、初めて僕の前で自分の弱さを認めた。
いったい何が、彼女の心境にこれだけの変化をもたらしたのだろうか。
「私は強くない。本当の才能を持って生まれたわけじゃない。あんたの周りにいる強い連中を見て、私は改めてそれを自覚したわ」
僕たちが森王軍の侵域に行った時、ダリアは単身で霊王軍の幹部に復讐をしようとしていた。
それは叶わずに僕が助ける形となったのが、その時にローズやコスモス、ネモフィラさんの実力を目にする機会があった。
あの時の光景は、ダリアに痛烈な絶望を与え、同時に自分の弱さを自覚させる契機になったらしい。
「だから助けを求めるんなら、その化け物たちにお願いしなさい。どうせみんな躊躇いもなく、あんたに手を差し伸べるはずだから」
躊躇いもなく手を差し伸べてくれる。
自惚れじゃないけど、僕だってそう思う。
親しい間柄だから、ということを除いても、あの人たちは本当に優しいから。
手を差し伸べて助けてくれる光景が、容易に頭の中で想像できてしまう。
ローズなら笑いながら「いいですよ」と頷くだろう。
コスモスなら欠伸交じりに「別にいいわよ」と返すだろう。
フランなら少し自信なさげに「ボクでよければ」と言うだろう。
スイセンなら高笑いしながら「任せてくれ」と声を響かせるだろう。
他にもあの町には心優しい人たちがいて、僕が困っていたら躊躇なく駆けつけてくれるに違いない。
「……だからだろうが」
だから、あの人たちに頼るわけにはいかないんだよ。
あの人たちなら絶対に助けようとしてくれるから。
たとえ相手が竜王軍だとしても勇敢に立ち向かっていくはずだから。
「あの町で育て屋を続けたいっていう僕の我儘ひとつで、大勢の人に迷惑をかけるわけにはいかないんだ。これは僕ひとりで、なんとかするべき問題なんだよ」
「……」
僕の発言に、ダリアはなぜか目を大きく見開く。
覚悟を決めた僕に、別の何かを見い出したように目を留め続けて、やがておもむろに口を開いた。
「あんた、それってただの……」
しかしダリアは、不意に言葉を途切れさせてかぶりを振る。
「……いいえ。私が言うことじゃないわね。本当に」
「……?」
ダリアはいったい何を言いたかったのだろう?
僕の決意を目の当たりにして、彼女はいったい何を感じたのだろうか?
それはわからなかったけれど……
「でも、まあ、これだけはあんたに言えるわ」
ダリアは相変わらず冷え切った視線でこちらを見て、素っ気ない声音で告げてきた。
「あんたに助けられた人間。そいつらが覚醒させた力。すべてがあんたの成果だとは思わない。でも、その力の一片を貸してもらうくらいの権利は、あるんじゃないかしら」
「……」
……まさかダリアに、そんな言葉をかけてもらえるなんて思いもしなかった。
まるで僕を慰めてくれるかのような、あまりにもダリアらしからぬセリフ。
それが果たして打算的なものだったのか、善意によるものなのかは定かではない。
それを確かめるよりも早く、タイミングを見計らったように砂嵐が弱まってきてしまった。
ダリアは早々に岩から立ち上がって洞窟を後にしようとする。
どうしてダリアが僕に慰めるようなセリフをかけてくれたのか気になりはしたが、それ以上にまだ聞かなければならないことがあって彼女を呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれダリア」
「……?」
「最後にひとつだけ教えてほしいことがある。聖女アイリスのことについて」
「アイリス? 珍しいわね、あんたの口からあの子の名前が出てくるなんて」
確かに僕は同じパーティーメンバーでありながら、アイリスとほとんど会話をしたことがない。
だからこうして話題に出したこともなく、ダリアは驚いた顔でこちらを振り返っていた。
なぜ今聖女アイリスの名前を持ち出したのか、僕はその理由を明かす。
「アイリスと近い天職を持った人が前に育て屋に来てさ、その人がまったく成長できなくて……。だからアイリスが仲間の治療以外に何か特別なことをしてなかったか、あいつと親しいダリアに聞こうと思ったんだ」
「……」
その発言に大きな反応を見せたのは、遠巻きに話を聞いていたランだった。
彼女は驚いた顔でこちらを見ていて、どういう風の吹き回しだと言わんばかりに目を丸くしている。
でもこれは別にランのためというわけではなく、言うなれば単なる好奇心だ。
今後、同じような症状で伸び悩む駆け出し冒険者が育て屋を訪ねてくることも考えられるから、その時のために原因を探っておいてもいいんじゃないかと思った。
こんなこと聞ける機会は、もうたぶん二度と来ないかもしれないし。
そう思ってダリアを呼び止めてみたのだけれど……
「……別に、普通に私たちの治療してただけなんじゃない?」
「……?」
そう答えたダリアの顔が、僅かに引き攣っているように見えた気がした。
そこに違和感を抱いた僕は、ダリアに怪訝な視線を向けてまた問う。
「その顔は、何か思い当たることがあるんじゃないのか? アイリスがしてた特別なことに。少しでも気付いたことがあるなら教えてく……」
「ないわよ! なんにもないわ!」
なぜか声を荒げたダリアは、僕の質問から逃げるように洞窟から出て行ってしまった。
すぐにその背中は砂塵の景色に溶けて見えなくなってしまう。
何か思い当たることがあるようだったけど、それは聞けずじまいになってしまい妙なしこりが残る最後となる。
けれど……
ダリアと話して気が紛れたのか、僕の中で高まっていた緊張感が、少しだけ落ち着いたような気がした。




