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第百八十話 「南の勇者」

「なんで、ダリアがこんな場所に……」


「別に、あんたには関係ないでしょ」


 意外な人物が目の前に現れて、僕は思わず掠れた声をこぼす。

 一方でダリアは相変わらず冷ややかな目をこちらに向けていた。

 こんなところで人に出会うことすら珍しいのに。

 まさかそれが顔見知りで、しかもダリアなんてさすがに驚かされた。

 当然彼女のことを知らないランは、警戒心を最大まで高めてダリアを睨みつけている。

 しかしダリアはそんな視線など意に介さず、どころかランにまるで興味を示さないで自分の足元に目を落とした。


 今しがた討伐した蛇たちの死体と血が散乱している。

 次いでダリアは壁際にある、風で流れ込んできたのだろう“黒砂の山”に目を移した。

 それを行儀悪く足でいじり、血だまりの上に被せるように砂山を伸ばしていく。

 血生臭さをある程度抑えるためだろう。

 完全にではないものの、死体と血だまりを大方砂で覆うと、彼女は近くにあった岩に腰を下ろした。

 それらの所作があまりにも手慣れており、この地での活動の長さが顕著にあらわれていてまたぞろ驚かされる。


「突っ立ってられると気が散るんですけど」


「あっ、悪い」


 ダリアに睨まれた僕は、咄嗟に視線を逸らして手近な岩に座る。

 同じくランも、僕たちから少し離れたところで、手頃な岩を見つけて腰を掛けていた。

 ダリアが何もせず、ああやって大人しく座っているということは、おそらく彼女も激しくなってきた砂嵐をやり過ごすために洞窟に入ってきたのだろう。

 それで僕が魔獣に手間取っているのを入口の方で見ていて、いつまでも状況が落ち着かないから痺れを切らして加勢してくれたんだ。

 さすがにそのお礼はしないといけないと思って、僕は慎重に言葉を選んでダリアに声をかけた。


「た、助けてくれてありがとな。あのまま僕が戦ってたら、かなり時間がかかってたと思うから」


「別にあんたのためにやったわけじゃない。砂嵐が止むまで静かに待ちたかったから倒しただけよ」


「……」


 お礼の一言をスパッと斬り落とされて、会話もそこでプツリと切れてしまう。

 魔獣を倒してくれたおかげで静かにはなったけど、僕としては耳に痛い沈黙が洞窟の中を満たしていた。

 気まずい。あまりにもこの状況は気持ちが落ち着かない。

 外は強烈な砂嵐が吹き荒れていて出られない。

 図らずも、こちらを嫌悪する女性ふたりと同じ空間に閉じ込められる形になってしまったのだ。


 なんとも肩身が狭くて居心地が悪かった。

 まだ砂塵の中の方が空気が美味しいのではないだろうか。

 さすがにこの沈黙は気まずいと思った僕は、遅まきながら気が付いたこともあったので、それを確かめるためにダリアに尋ねた。


「さっきも聞いたけど、なんでダリアがこんな南の方にいるんだ? しかも見たところ“ひとり”だよな。他の奴らは、もしかして何かあったとか……?」


「勝手に殺すんじゃないわよ。今はただひとりで旅してるってだけ。何もおかしなことはないでしょ」


「ひとりで……」


 いつも一緒に仲間と行動していたダリアがひとり旅?

 しかもこんな過酷な南の大陸で?

 何年も一緒に冒険者活動をしてきたからこそ不自然だと思ってしまう。

 なんだかダリアらしくないというか。

 そんな疑念が顔にあらわれていたのだろうか、ダリアが仕方ないと言いたげにため息を吐きながら話してくれた。


「アイリスとグリシーヌは病み上がりだから、まだ気軽に出歩けないのよ。ユーストマはそのふたりを見守るためについてなきゃいけないし」


「あぁ、そういえばふたりは霊王軍の魔獣に呪いを受けたって言ってたもんな」


「それで私だけ何もしてないのは気持ち悪かったから、ちょっと鍛錬でもしようって思って旅をしてるのよ。下げられたレベルも、まだ完全には戻ってないし」


 ダリアはアイリスとグリシーヌと同じく、霊王軍の魔獣に呪いをかけられた。

 そのせいで天職のレベルが最低値に戻されてしまい、その関係でつい最近僕の育て屋を訪ねてきたのだ。

 結果的に霊王軍との戦いの中で僕が手を貸して、ある程度ダリアのレベルは戻ったけれど、まだ完全に力を取り戻したわけではない。

 だから天職の力をまた最大値に戻すために、今は危険区域で鍛錬をしているわけか。


 理由は真っ当なものだと思ったけれど、失礼ながら少し意外だと感じてしまった。

 ダリアがわざわざひとりで真面目に鍛錬をするなんて、今までのこの人だったら考えられないことだ。

 心なしか雰囲気も少し変わったような気さえする。

 柔らかくなったというわけでは決してなく、焦りのようなものが消えて心に余裕がある感じがした。

 それに……


「ひとり旅してる理由はわかったけど、なんでそれでこんな南の地方なんだ? 暑いのとか苦手じゃなかったっけ」


 一緒に旅をしていた時、よく砂漠地帯やら火山近辺で暑がっていたのを覚えている。

 寒い地方では特に文句を垂れるということはなかったけど、暑い場所では機嫌が悪くなることが多くてみんなで宥めるのが大変だった。

 だからダリアがこんな場所で鍛錬をしていることを不思議に思ったのだが、意外な理由がそこにはあった。


「このミッシング大砂漠は魔獣が多いって聞いたからよ。あと鍛錬のついでに、『南の勇者』の称号でも取れたらお得でしょ」


「南の勇者?」


「前に話したでしょ。南の勇者は竜王軍との戦いで大怪我を負ったって。それでまだ冒険者活動に復帰してないのよ」


「あぁ……」


 僕の育て屋に来た時にそんなことを言っていたような気がする。

 確か南の勇者の名前はフィザリスって言ったっけ。

 その『南の勇者フィザリス』がまだ復帰していないとなると、おのずと話も見えてくる。


「南の勇者さんが怪我して戦線離脱してるってことは、見方を変えれば南方で活躍して名前をあげるチャンスだもんな」


「そう。上手くいけば『南の勇者』の称号を奪えるかもしれないでしょ。それで私はまた勇者として再出発できる」


 そういえばダリアは、ローズに『東の勇者』の称号を取られた後、『勇者の称号を必ず取り返す』とかなんとか言ってたもんな。

 あれは本気のつもりだったらしく、今でも『勇者』という称号に強いこだわりがあるらしい。

 いや、こだわりっていうか“執着”か。

 負けっぱなしは悔しいから、何が何でも勇者の称号を取り戻したいと思っているんだ。


「本当は『東の勇者』がよかったけど、この際『南』でも『北』でもなんでもいいわ。“勇者ダリア”ってまた呼ばれるようになればそれでいいから」


「じゃあ『北の勇者』の称号を狙ってもよかったんじゃないか? 確か北の勇者って今は行方知れずになってるんだろ?」


「でも、またすぐに出てきて活躍するかもしれないでしょ。それに私が勇者時代の話だけど、四地方の勇者の中で最長歴で一番の実力者って言われてたのが北の勇者なのよ」


 だから勇者の称号を狙うなら、南方で冒険者活動をするのが確実ってことか。

 ダリアはダリアなりに考えて動いているらしい。

 するとその時、離れたところに座るランが、横目にダリアの方を見ていることに気が付いた。

 今の話から、ダリアが元勇者であることは伝わっただろう。

 だから竜王軍の使いとして、目の前に今“元勇者”がいるというのは凄まじい緊張感になっているようだった。

 警戒の目を光らせるのも無理はない。


「で、あんたは?」


「えっ?」


「なんであんたはこんな場所にいるのよ。私が答えたんだからあんたも言いなさいよ」


 そう問い返された僕は、思わず目を見開いて固まってしまう。

 その表情が癇に障ったのだろうか、ダリアが不機嫌そうに目を細めて言った。


「何よその顔は」


「あっ、いや、僕のことなんてまったく興味ないと思ってたから、ここにいる理由を聞かれてびっくりしてさ……」


「あんたには全然興味ないわよ。そうじゃなくて、あんたも私と同じで『南の勇者』の称号を狙ってきた可能性があるでしょ。だから一応聞いておこうと思ったのよ」


 なるほど、どこまでも自分のためってことね。

 僕の目的いかんでは、『南の勇者』の称号を得るのに影響が出る可能性があるし。

 なぜこの地にやって来たのか聞いておくのは自然な流れだ。

 まあ僕の目的は、ダリアの邪魔になるようなことはないと思うけど。……たぶん。


「心配しなくても『勇者』の称号には微塵も興味ないよ。てか、もし僕も『南の勇者』の称号が欲しくてここに来たって言ったらどうするつもりだったんだ?」


「ここであんたをボコボコにして中央大陸に送り返すわ」


「勇者の前に犯罪者の称号でももらっとけよ」


 ダリアは冷めた顔で、“冗談よ”と言って肩をすくめた。

 こいつなら本当にやりかねないから背筋がひやっとした。

 今のでは答えにはならなかったようで、ダリアは変わらず怪訝な視線をこちらに向けている。

 僕は少し眉を寄せて、ここにいる理由を話すべきかどうか考えた。


 ……まあ、別にこいつに話しても問題はないかな。

 僕がどうなろうと知ったこっちゃないだろうし、ヒューマスの町と無関係の人間だからどうこうしようとも思わないだろう。

 他の人に言いふらすことも、そんなことする意味もないだろうし。

 そう結論づけた僕は、お返しの意味でこちらもここにいる理由を話した。


「竜王軍の侵域を目指してるんだ」


「竜王軍の侵域……? 自殺にしては随分と斬新ね」


「自殺じゃないっての。訳あってそこに行かなきゃいけない状況になってさ」


 続けて“なんで?”と視線で問いかけられているような気がして、僕は自分が置かれている状況についてダリアに明かすことにした。

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