6 『魔女ブラムシリカ』
出口が消えてた。
正確には出口になる場所の注連縄が何者かの手によって燃えていた。
犯人は誰だ!
「暗い火の言葉で焼かれてる」
少女が小人をじっと見る。
小人はおいどんじゃないどすよ! と抗議してる。
心当たりはなくはない。マッチぐらいの炎でも燃えるものは燃えるのだ。
次からは火の始末は気を付けようと心に誓った。
うん。心に誓った。
少女と抱っこから降りた小人が燃えた注連縄のチェックを延々と続けている。
実に気不味い。
「あのさ、それ犯人多分俺だわ……」
懺悔した。かっこよさ+1。素直に反省できて凄いですね!
地面を調べていたエイプリルが無言で立ち上がると距離を詰めてきた。コワイ!
腕を引っ張る。
「ごめんなさい!! ゆるしてください!」
「黙って。……ここに居て」
「なんか来たどすな……」
場の雰囲気が変わった。耳鳴りがした。
ドラのような地鳴りがする。
白い霧の下からタールのような泥がぬったり、ぬったりと染み出てきた。
「なんだこれ?」
「口を閉じて。今から作る結界の中に居て」
エイプリルが空を見上げて緊張した声。
釣られて見てみる。
小学校の学級文庫でニューネッシーの吊り上げたクレーン写真を見たことがある。
(知らないならばネットでぐぐると良い。世界はあなたに開かれている。)
それを連想させる光景だった。
黒い黒い泥が木のように立ち上がって頭を垂れてそこからボタボタと泥を落としている。
それが霧の下に新たな沼を作っているのだ。
泥が口を開いた。ぼたっと口から蛆が落ち、ハエが飛んだ。
「エイプリル。それにコボルトの君。こんな所までわざわざ朝の遠出かえ?
おやおや。隣の男児は可愛らしいのう」
俺可愛いって言われてる、と笑おうとした。
すると顔の代わりに膝が笑った。
止まれ、止まれ。
膝の笑いが止まらない。
泥がしゃべる。霧の清涼な空気と違って重い。
ヘドロの臭い。
今までどこか浮ついた夢見心地で過ごしていた。
生々しいゾンビを見た時もうわあグロイなあとどこか他人事で接していた。
が。見上げる黒い壁が人の顔をして話しかけている今、言いようのない恐怖がこみ上げてきた。おぞましいなにかが無数の目で見つめている印象がする。
膝の震えがどこか冷静な頭の部分と違って全く収まらない。
足の下にはエイプリルの作った魔法陣が輝いている。
そう冷静に分析できるのに体の震えは止まらない。
こちらを見る黒いヘドロに浮かんだ顔の目がくりぬかれた眼窩からミミズが涙のようにボタボタと落ちていく。
感情のない死が見つめていた。
たーん。
少女が石づきで地を叩いた。
膝の笑いが止まった。
「あーゆーおっけー?」
小人が心配して声を掛けてくる。英語になってる。
続いて頭の中に小人の声が響く。
びびび「あれはエイプリルに任せて、お前さまは受け答えしたらあかんどすよ」
あれは何だろう。泥田坊? 田を返すやつ?
びびび「魔女やな。たしか六月だったかのう」
ヘドロは問う。
「おお、かわいらしい子。お前がエイプリルのマスターかえ?」
ヘドロの口から蛆虫がぼたぼたと落ちる。蛆虫はカブトムシの幼虫ぐらいある。
エイプリルが答える。
「ブラムシリカ。この人は違う。ただの迷い人。去りなさい、ブラムシリカ。まだゲームは始まっていない」
ヘドロが答える。
「おお。エイプリル。私の名を呼ぶ余裕があって?」
「貴方は先ほどから私の名を呼んでいるね、ブラムシリカ」
「力ある者は情けを示すものよ、エイプリル」
小人が解説してくれた。
びびび「魔の者の名前を呼ぶと相手は力を増すべ。お前様は相手の名を知り、はっきりそれを恐れる」
だからエイプリルがブラムシリカと呼んだのは良くない事なのだ。
びびび「そして魔の者は人間の名前を喰う。お前様は受け答えしてはあかんし、名前を知られてもいけないどすよ」
「そうね。エイプリル。お前のマスターが早く決まる事を楽しみにしているよ。
今度は置いていかれないと良いねぇ」
「……! 黙って。余計な事を言うお前の口は呪われれば良い」
「ひひひ。おお、これ以上蛆が湧くかえ? ハエが産まれ、わらわの頭の中を賑わすかえ?」
「お前の口を鉄の糸で縫って釜の煉瓦に埋めて毎日火であぶってやるよ、ブラムシリカ」
「ほほほほほ」
おほほ笑いにちょっと感動した。
ヘドロが立ち上がった。今まで中腰だったのか、足の部分がにょっきり現れた。
「また後で会おう、エイプリル。
だけども魔女の贈り物を、おせっかいを受け取っておくれ」
「不要」
「いいや、きっと気にいるだろうさ。
お前を煩わす、下賤な生まれの男がいる。美しいお前にふさわしいのは尊い血を持つ麗しい王子さ」
次の瞬間、水取はヘドロに潰された。
ヘドロ? 否、コンクリートか岩のような重量を持った黒い塊だった。
結界の上から潰された。
「水取くん!!」
エイプリルが叫ぶ。
おお、最後に良い奴になる権利を使うまでもないのか……。
女の子に心配されながら死ぬシチュエーションはかっこいいな……。
ごめんよ。おかあ、
……。死んでなかった。あぶね! 体が点滅しているようだ。
そういえばダメージ制の体になっていた。
視界は真っ暗だ。何も見えない。
2秒間が切れてさらにもう1ダメージ追加。
コンクリートじみたヘドロの中をもがく。無敵時間が発生しているからだろうか腕がするすると抜ける。追加でまたダメージ1。
腕が外から掴まれた。勢いよく引っ張られる。
するりと抵抗がなく引っ張られ終えた。勢いがあまってそのまま倒れ込む。
「……どいて」
少女を押し倒していた。仮面が外れていた。青い瞳の美しい少女だった。
白い滑らかな肌に無表情の完璧な顔。状況を忘れて見とれる。
その無表情の少女の頬がふいに赤く染まった。
「……手」
しばらく呆然としたが手が少女の薄い胸をふにふにしてたので引っ込めた。
ラッキースケベという奴だけども、焦りの方が大きい。
「これはこれは」
魔女ブラムシリカが感嘆した声をあげた。
そう、ラッキースケベを味わっている場面じゃない。
ヘドロの魔女が待っている間に体を放して起き上がる。
少女は外れた仮面を拾ってまた付け直した。
少女は全く汚れていない。
フッ素コーティングのフライパンの上の水滴のようにヘドロが痕跡を残さず落ちる。ずるい。
こちらの方は無敵時間のおかげか服の汚れは思ったより少ないけども泥まみれだ。あとで洗濯しよう。
小人がハイタッチを求めてきたので応えた。ぱーん!
ヘドロが小人にもぱしゃっと掛かる。様式美。
小人がタオルを取り出して渡してくれた。気遣いのできる男よ。
全身の泥を拭く。
「……なるほど。コボルトの君のお気に入りですか。
おお、我が君。貴方様はこたびのゲームには中立を貫くのでは?」
「おいどんはプレイヤーに肩入れしてない。つまり、セーフどすな!」
愛らしい小人がタオルで顔をごしごし拭いている。
「ほほほ。プレイヤーに力を渡した訳ではないから良いと。
それでもわたくし共が不利になりましょう。贈り物をねだっても?」
「話すと良いべ。過ぎた願いならばお前を滅ぼすが適切ならば叶えるべ」
小人は偉いみたいだ。お地蔵さんみたいな顔だからかな。お地蔵さんは菩薩でえらいらしいな、とか思いながら推移を見守る。
震えは止まってた。
いつのまにか少女が服を握ってくれてる。心配かけたようだ。
ちらちらと結界をチェックしている。結界を失敗した事の後ろめたさなのかもしれない。
考えないことにした。
――手が綺麗だな。
エイプリルの手をじっと眺めた。ほんのり赤みがついた白い手はビスクドールを連想させる。
人間と同じ手なのに整いすぎていてそれでいて作りものの嘘くささが全くない。
すごいなあ、きれいだなあ。
エイプリルの手が裾に引っ込んだ。
ぷいっとよそ方向に仮面を向けてる。
今の行為、手をじっと見るのはセーフかアウトかドキドキするね!
束の間忘れた黒い気はまだ去っていない。
「そちらの水取というお方に与えた能力を私どものプレイヤーにも与えてもらいたい。
これは過ぎた願いになりますでしょうか、コボルトの君、力の王よ」
ヘドロに水取、と呼ばれた瞬間にぞわっとした。
視界の端のゲージの横に『呪い』とか文字が現れて黒いバーがなんか増えた。
うわ、あかん奴っぽい。
なんかさらに呪いバーの上に数字がでてカウントダウンしてる。
60、59,58……
「それは公正な要求である。
同じ能力では味気がないどすな。コマンド魔法は別の力を与えるべ。
ライフゲージ、流浪の名の元で放たれる魔法のコマンドを1つ、3つの残機。取扱い説明書。
勝者は敗者の能力を獲得できるようにしよう。ほれ、この宝石をプレイヤーに飲ませると良いべ」
「おお、感謝いたします、王よ」
すごい前向きな回答だ。
小人さん……、断って……!
というか、俺戦う流れなの? 元の世界へドナドナされるはずじゃ。
びびび「出口壊したのは多分こいつやな。お前さんが弱そうなんでチェンジできねえようにしたっぽい。
おいどんに言えるのは、勝てとしか。お前様の魅惑的な宝石飴に釣られて迂闊じゃったわい」
この呪いもどうにかして。15,14,13。
びびび「呪いの追加が無かったら消えるべ。消えた?」
ほっといていいのか。
「ほほほ。失礼。呪いを解いて差し上げます。まだ時期ではありませんものね」
ブラムシリカがそう言うと何か引っこ抜かれてカウントダウンが消え、続いて呪いゲージも消えた。
む。カウントを確かめる前に解除された。小人はまあ同じだから良いじゃろうという。
ゲージはMAXまで溜まったら呪い発動らしい。へえ。時間内に追加されなければokだとか。
本当はゲージとかカウントとかなく、もっと厄介な事になったらしいけどもゲームな体になってるおかげで助かったようだ。魔女に蛙にされるとかそういう昔話的な事になるらしい。
しかし名前呼ばれるだけでこれか。連呼されたら終わりじゃ?
びびび「呪いが黒い蠅の形をして飛んでいったべ。次からはかわせ、撃ち落とせ!
まだフルネームを把握されてねえから弱い呪いやで」
全然気づかなかったよ!
蟻に足の上を通られた時みたいな無茶ぶりだ!
話している間にヘドロの魔女ブラムシリカは去っていた。
エイプリルが身じろぎもせずに腕組みして立っている。
仮面の下はきっと難しい顔。いや無表情なのかもしれない。また見たい所だ。
「水取くん。一度城に拠りなさい。帰る計画を立てる」
あれ! まだ帰る計画なの。
諦めてなかった。




