20.ぎゃああああああ!
「くっそー……むかつく、あのクソジュニアめ。殴っていいですか?」
「ええっと、それはマスターを? それとも俺っち?」
アルバリオンさん、貴方です。
「あのね。その当たり前でしょみたいな顔して指差さないで? 泣くよ?」
「涙腺ないのに泣かないでください。ついでに声帯ないのに喋らないでください」
「うん、冷静にツッコまないで? あと本題よりもついでの方が圧倒的にひどいね?」
もう、うるさいなぁ……えいっ。
「こらー! 勝手に頭を回すんじゃない!」
「そっちこそ勝手に戻さないでください」
もう一度回そうとしたらキレキレのバックステップで避けられた。ブーブー。
「どうしたのよ。そこまで怒るほどマスターにひどい事された?」
「いいえ別に。ちょっと考え方の相違から戦力外通告を受けてクビにされそうになった挙げ句に厄介払いされただけです」
「ほう、それはまた悲惨だねぇ。でもそれはたぶん誤解じゃないかな。マスターはすごく君を気遣ってたよ。俺っちにこんな物まで用意させたし」
アルバリオンは自分の足元に置いていた上等な革の鞄をひょいっと持ち上げてみせた。
「だから諦めないでよ。君のナビゲートへの情熱が本気な限り、マスターは君の味方さ。もちろん俺っちもね」
……くいっ。
「ちょっと! 折角良い事言ったのに頭を回さないでくれる!?」
「この世には良い事を言っていい人と言ってはいけない人がいるんですよ。そもそも人ですらないし」
「ひどい……差別だ。ガイコツいじめだ。訴えてやる!」
ふん、アルバリオンのくせにカッコつけるのが悪いのよ。ちょっとだけどキュンってしちゃったじゃない……くいっ。
「あの、お願いします。訴えないから頭回すのやめてください」
「はいはい。それで、その鞄の中身は何ですか?」
「えっと、財布と牛乳入りの水筒だよ」
……え、それだけ?
「あ、牛乳よりお茶の方がよかった?」
「そんな事で不満顔になってるわけじゃありません。良い鞄用意したわりに中がスカスカすぎませんか。近所に遠足行くだけでももっと重装備ですよ」
「お使い行くだけだろ? そりゃ遠足より軽装備だよ」
……く
「おおっと、そう何度も回させはしないぞ!」
いいいいいいいいいいっ!
「や、やめてえええええ!?」
ふん、そんな細い腕で押さえたって私を止めるのは不可能です。ナビーゲーターをナメないでいただきたい。
「回るどころか取れちゃいそうだったよ……。仕方ないだろ、他に必要な物が無い……ピピピピ!」
な、何? 突然アルバリオンが電流でも流されたかのように全身がピンッと伸びて、壊れたオモチャのようにカタカタと小刻みに震え始めた。と思いきや、数秒で普通に戻る。
「もう一つ持っていって欲しい物があるらしいから研究室まで取りに行ってくるよ」
「今のってジュニアからメッセージを受け取ってたんですか? テレパシー的な?」
「うん、そんな感じ。作られたガイコツは基本的にマスターの指令を受け取るようにできてるよ。緊急事態の時はこちらから救援信号を送ることもできるね」
なるほど。だから研究室にいたはずのジュニアがアルバリオンに鞄を用意させる事ができたわけか。
「じゃあ行ってくるから、先に馬車乗り場で待っててよ」
了解、と手を振ってアルバリオンを見送る。彼の言うとおりに洋館の出口の扉に手をかけたところでふと気付く。そういえば私って外に出るの初めてなんだと。
ごくりと唾を飲み込む。自然と手に力が入る。
「いざ…………出陣!」
意を決して扉を開くと──うわー……何もない。
よく言えばのどか。悪く言えば殺風景。ひたすら広がる野原に、ちょこんと馬車乗り場っぽい屋根付きのベンチが一つ。そこから遙か彼方まで一直線に馬車道が延々と伸びている。遠くには森やら山も見えるけど本当に遠い。後ろを振り返ればジュニアの展示場が見えるなんてこともない。なぜなら展示場の周囲は高い壁で覆われているから。
テーマパークは世界観がなによりも大事。だから中から外の風景が見えないように、ドゥリームランドも過剰なまでに高い壁で完全に外界をシャットアウトしている。なので私はこの壁を評価したい。ここが都会のど真ん中ならね。
さすがにこのスペースが無駄すぎるよ。魔力の関係でこれ以上アトラクションを増やすのは厳しいにしても、魔工芸ショップを開くとか、アルバリオンにレストランでもやらせて金を稼ぐぐらいはすればいいのに。うーん、もし私がここのオーナーだったら──。
馬車乗り場のベンチに座ってこの無駄な土地の活用法を模索して時間を潰していると、馬車道の向こうから茶毛のお馬さんが馬車を引きながらゆっくりとした歩調でこちらに向かってきた。御者席には白髪のおじいさんが座っている。
何気に本物の馬が引いてる馬車を見るのって初めてかもしれない。ドゥリームランドのパレード馬車は電動だしね。普段ならテンションの一つも上がるってもんだけど、あれだけ滅茶苦茶な魔工芸を何度も見せられた後だとワクワクもドキドキもあったもんじゃない。
「おーい。よかった、間に合ったよー」
でも安心して。あのこちらにクネクネしながら走り寄ってくるタキシードガイコツよりは全然素敵だと思うから。
「はいこれ、鞄。体には十分気をつけてね」
「ありがとうございます。ちょっと町まで行くだけなのでご心配なく」
私はアルバリオンから鞄を受け取ると馬車へと乗り込んだ。程なくして馬の鳴き声とともに、馬車がゆっくりと前進を開始した。
……静かだ。そこそこ広めの馬車内には私だけがポツンと椅子に腰掛けている。なんか急に不安になってきた。流れでこういう展開になってしまったけど、私って今すごい体験をしようとしているんじゃないだろうか。だって、たった一人で異世界の町へ行こうとしているんだよ? ちょっとした冒険だよこれは。でもその目的がただのお使いっていうのが誠に不本意でならない。
あー、やっぱりムカツク。アルバリオンはああ言っていたけど、やはりジュニアが私の事を気にかけているとは到底思えない。彼が必要としているのは私の声だけなのだ。ジュニアへの不満と苛立ちで貧乏ゆすりが止まらない。幸い馬車には他の乗客がいないので、私は恥じらいもせずに全力でゆすゆすしている。
「汝、昨日の我の忠告、忘れる事なかれ」
……へ?
「汝は嫁入り前の乙女。いつ何時も緊張感を持ち淑女たれ」
出発前にジュニアに渡された革製の鞄から聞き覚えのある声がする。自然と顔から冷や汗が吹き出て止まらない。唾をごくりと飲み込んでおそるおそる鞄を開くと……。
「我は汝に新たな忠告をするため馳せ参した。汝、例えお目当ての物が無いとしても自己解決することなかれ。もし忠告を聞かない場合──」
あ、あたまぁぁぁぁ!?
「ぎゃあああああああ、出たあああああああ!」
──あ、思わず窓から鞄ごと投げ捨てちゃった。
心臓止まるかと思った。鞄開いたらガイコツの頭が入ってるんだもの……条件反射で体が勝手に動いちゃったよ。あれって口調からして絶対トムスーザンのだよね。風呂に入る時しか動かないって話はどうなったのよ。忠告がどうとか言ってた気がするけど……まぁいいや、過去を気にしてても仕方がないもんねっ。と、思いつつも私はジュニアに対しての貧乏ゆすりを止めない。
はぁ、もう三日程一緒にいるのにジュニアの事がまったく理解できないよ。
優しいかと思えばデリカシーのない事を言ってくるし、自分の魔工芸に自信とプライドを持っているかと思えば、メルヘンチックって言われたのを気にして無理にリアルさを求めだしたり、少女趣味なわりにジジ臭い一面もあったり、何ていうか子供と大人が混ざり合ってゴチャゴチャになってる感じ?
自分も人の事をあまり言えた義理じゃないし、そういう子供っぽい大人なんていくらでもいると思う。でも私みたいに本能的、感情的に動いているというわけではなくて、常に思考を張り巡らせた結果ああいう行動をしている気がするんだよね。
まぁ、天才の考える事なんて凡人が考察するだけ無駄か。
「ああ、考え事してたら眠くなってきちゃったな……」
よく考えたら、こちらの世界に来てからまともに寝てなかった。そんなにすぐ着かないだろうからちょっと仮眠をとっておこうかな……。
自分で思っている以上に疲れが溜まっていた私は、目を瞑って数秒で夢の世界に誘われた。




