21.初めてのお使い①
暗い。辺り一面真っ暗。
そこに一人の少女がポツンと俯き佇んでいる。それは私だ。小さい私。ひとりぼっちの私だ。
小さい私しかいないわけではない。気配はする。でも見えない。違う、見ようとしていないんだ。
そんな中、突如として一筋の光が小さい私を照らす。その光の発生源から小さな手が伸びてくる。小さい私が戸惑いながらもその手を掴むと、小さな体は光の中へと吸い込まれていった。そして幼い男の子の声が聞こえてくる。
「さぁ、行こう──」
「おーい姉ちゃん、着いたぞ。起きてくれい」
「……ううーん、行こうってどこに? どこに行くの……?」
「行こうじゃなくてもう着いたんだよ。ここはルーザヌの町だよ。おーい、起きてくれー」
「──ほえぇ?」
…………ハッ、寝てた。
寝ぼけ眼を右手でゴシゴシして無理矢理こじ開けると、馬車の外に御者のおじいさんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「やっと起きたかい。夢見てたところ悪いけど、降りてくれないと馬を休ませる事ができないんでね」
「お、おはようございます。こちらこそすみません、すぐに降りますので……」
仮眠どころか熟睡しちゃってたみたい。変な夢見ちゃったし。それに何か口元に違和感が……ぎゃあ、涎垂れてる恥ずかしい。私は慌てて涎を拭き取って馬車から駆け下りた。
そうだ、馬車代払わないとね…………あ。
「あ、あのぅ、お金を落としてしまいまして……」
正確にいえば鞄ごと投げ捨てたのだけど。
私がおそるおそる上目使いで顔色を伺うと、おじいさんは予想外に笑顔で控えめな笑い声をあげた。
「ははは、別にいいよ。今回は特別に御代はいらないよ」
「え、いいんですか?」
「君はイグルーさんのところで働いている子だろ? あの人にはお世話になっているからね。たまには恩返しぐらいしないとバチがあたる」
おお……異世界に来て初めて下心のない純粋な人の好意というものに触れた気がするよ。あまりに感動した私は、おじいさんの手を握ってぶんぶんと激しい握手を交わした。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。ピュアなハートを私にありがとう!」
「あ、ああ。よくわからないけど、どういたしまして。こっちもこんな感謝されてとても嬉しいよ。残り少ない人生に良い思い出ができたよ」
「そんな悲しい事言わないでください。おじいさんなら後20……いや30年は生きられますよ!」
「ははは、そうだといいんだがねぇ……」
おじいさんの優しい笑顔はどこか悲しげだった。
「帰りも馬車に乗るかい?」
「あ、はい。そのつもりです。お金ないですけど……」
「いいよ、帰りもサービスだ。でもイグルーさんの所が休みだから今日はもう定期便を出さないんだよ。だから帰る時はそこの馬車小屋にいると思うから声をかけてくれ」
了解です、と私が頭を下げると、おじいさんと馬車は馬車小屋の方にゆっくりと向かって行った。私はその姿が見えなくなるまで大きく手を振って見送った。
「さてと……ここがこの世界の町か。想像とちょっと違うなぁ」
ジュニアの展示場みたいな中世ヨーロッパ風の町を想像してたのだけど、ちょっと昔のアフリカとかエジプトとか、どちらかといえばそっち系に近いかな。石造りの建物がズラっと並ぶ殺風景な町並みだ。適当に軽くぶらぶらと歩いてみたけど、ジュニアの作った魔工芸らしき物は全く見かけない。どうやら彼に依頼してる町ってのはここじゃないみたいだ。どんな狂気的メルヘンチックな町が出てくるかちょっと期待してたのだけど拍子抜けね。買い物済ませてさっさと帰ろっと。
道行く人にメモを見せたところ、目的の店は町の東側の市場にある事がわかった。さっそく行ってみると、そこはものすごい熱気に覆われていた。
「安いよ、安いよ、そこのお姉さん見ていってよ!」
「さぁさぁ、採れたての野菜はいかがですかー。無魔農だからアレルギーの心配もないよー!」
おうおう、皆さん精がでますなぁ。
市場は円形の大きな広場になっていた。周辺の建物が全て何らかのお店なのはもちろん、広場全体に露店が点在していて、店員の若々しい元気な声がそこら中から飛び交っている。売っている物はバラバラで食材から魔工芸、あと人……うん、私は何も見ていない。え、えっと、お、お目当ての店はど、どこかなー。
「──あ、ここだ」
歩きまわること数分。市場周辺の建物の一つに、メモと同じ文字の看板の店を発見した。さて……入らないとだめ? ジュニアのお得意先なんて嫌な予感しかしないんですけど。
「あの、すみませーん……」
「いらっしゃーい」
あら可愛い。
警戒しながら店に入った私を待っていたのは小学校中学年ぐらいの小さな少年だった。カウンターから顔だけぴょこっと覗かせて超可愛い。ああん、頭なでなでしたい。
「あら僕、お留守番? 偉いですねぇ」
「へん、何が偉いもんか。店番なんて誰でもできる事は女子供やジジババがやるのは当たり前の事だろ」
欲望のままに少年の頭に手を伸ばしたら、小さな手で強めに払われた。んまぁ、顔に似合わずナマイキなガキんちょね。謝れ、40代でドゥリームランド内の露店でひたすら光るヨーヨーを実演販売している中村さんに謝れ。
でもそう言われてみれば、外の露店も売り子のほとんどが小学生ぐらいの子供だった気がする。この世界には学校とかないのかな?
「それで何か用なの? 冷やかしなら帰ってよ」
「あ、私はイグルーさんから頼まれて、お使いにきたのです」
そう言って私はズボンのポケットからメモを取り出して少年に見せた。
「イグルーさんから? どれどれ……何だ、追加注文か。こんなのいつもの伝達術で言ってくれればいいのに。これ罰ゲームか何か?」
「え、えぇ、まぁそんな感じかな。あははは……」
クソジュニアめええええ、やっぱりただの厄介払いじゃないのよぉ!
しばく、絶対にしばく。薬品を適当に混ぜ混ぜして意味なき爆発を起こしてやる!
「あの、お姉ちゃん? 罰ゲームが悔しいのはわかるけど、うちの店を壊さないでね?」
「や、やだなぁ。そんな事するはずないでしょ」
「そう? 目がすわってて怖いんだけど……」
「うふふ。気のせいよ、少年。うふふふふ」
ナビゲーターはいつでも笑顔。スマイルスマイル、うふふふふ。
「余計怖いんだけど……まぁいいや、在庫調べてくるからウチの商品でも見ておいてよ。といっても、イグルーさんのお弟子さんが見てもつまらないだろうけどね」
私は弟子じゃありません! と口に出す前に少年は店の奥へと消えてしまった。アエリオの例があるからあまり誤解を広めたくはないんだけどなぁ。まぁいいや、気にせず商品でも拝見しますかね。
「うわぁ、魔工芸品がいっぱいだ」
この店は素材だけではなくて、魔工芸品も売っているみたいだ。むしろ商品棚に並んでいるのが全て魔工芸品なので、そっちがメインなのかもしれない。
ざっと見渡した感想は、とてもわかりやすいの一言かな。ミキサー、コンロ、オーブントースター、ライトといった家庭に絶対あるような小型電化製品に似た物が多く見られた。ジュニアの奇抜な魔工芸とは違って至ってシンプルで、それこそ動力が電気か魔力の違いしかない。自分が異世界にいるというのを忘れるほどに安心感はあるのだけど、少年の言うとおりで確かにつまらない。まったく心がワクワクドキドキしないし、これを面白おかしくナビゲートしろと言われてもさすがに困る。
でも実際に使うならこちらの方が断然いいんだろうな。やっぱりジュニアのはテーマパーク向けなんだよね。あの素敵な展示場に訪れるのがガリ勉な魔工芸師だけってのはもったいないよ。それとも何か理由でもあるのだろうか。そんな事を考えながらボーっと商品を眺めていると、奥から帰ってきた少年が元気に話しかけてきた。
「おまたせ。どうだい、イグルーさんのほどじゃないけど、うちで扱ってる魔工芸も中々なもんでしょ。もう少し待てば新製品も届くよ」
「え、えぇ……ところでイグルーさんの魔工芸はここでは買えないんですか?」
「はぁ? こんな貧乏な町であの人の高価な物を買えるわけないでしょ。大体、基本的にオーダーメイドで量産してないじゃん」
あー、そういえばそうだった。なるほど、世界に一つしかないからこそ金持ちに需要があるわけね。もちろんジュニアの実力と知名度があってこそだろうけど。うぅ、今更ながらすごいところに就職しちゃったなぁ。
「ねぇ、本当にお姉ちゃんってイグルーさんとこの人なの? 何だか怪しいな」
「ほ、本当ですって! ただ、まだ働き始めて日が浅いので……」
「ふーん、どっちにしろ届けた時に確認すればわかる事だからどうでもいいや」
「という事は在庫あったんですか?」
私の質問に対して、少年は頭を掻きながら難色を示した。
「うーん、大体はあったんだけど、ロッキンの魂だけは残念ながら今切らしているんだよね」
「ふむ、ロッキンねぇ……」
その名前は知ってる。ジュニアに声を貸してる時に何度も耳にしたからね。大体それを使用してる魔工芸って動きが軽快だった記憶がある。
「他の店にも在庫ないか聞いてみたけどダメだったよ。この時期にロッキンは厳しいよ」
「……やっぱりそうですよね。私もそうじゃないかと思ってました」
まったく思ってなかったし理由も気になったけど、また疑われるのも嫌なので適当に合わせておいた。今更弟子否定するのも面倒くさいからね。
無い物は仕方がない。私は残り素材の納品をお願いして店から出た。うーん、これからどうしよう。




