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19.対立

 ──爆発したああああ!?


「くそっ、また失敗だ。この防護布の耐久性だとマナ同士の反発力に耐えきれないか。別性質の風を使ってみるか、いやしかしそれでは……」

「考え込んでる場合か!」


 それは私が着替えを終えて研究室に訪れた直後の出来事だった。

 机上で突如起こった小さな爆発。その跡地で血気盛んに燃えている布に、私は必死で息を吹きかける。そんな無駄な努力を見かねたジュニアがそっと手をかざすと、何事もなかったかのように炎は跡形もなく消えてしまった。


「そんな慌てなくてもこの程度なら魔力で制御すれば簡単に消せるだろ。俺を手伝う気ならこれぐらいはしてもらわないと」


 ぬぐぅ、いきなりハードルの高い要求をしてきよる。さっきから失敗続きでイライラしてるのはわかるけど、私に当たられても困るんですけど。


「努力でどうにかなる事なら何でもしますけど、魔力を持ってないのはどうしようもないでしょ。無茶言わないでくださいよ」

「そういえばちゃんと調べてなかったな。これをちょっと握ってみてくれないか」


 ジュニアがどこからともなく取り出して机に置いたのは、手の平サイズの綺麗な無色透明の水晶だった。私は素直にそれを握ってみたが、特に何も起こらなかった。


「おお、無反応というのも珍しい。君には魔術の才能はひとかけらもないね」 


 なんと! 奇跡の無才能、八代結衣ちゃんここに誕生。きゃぴーん。


「って、やかましいわ! そんなにはっきり言わなくてもいいでしょ」

「急に変なポーズを取ったり、怒りだしたり、本当に君は存在が騒がしいな。そういう結果が出たのだから仕方がないだろう。とりあえず今は君が手伝える事はないから静かに見学してなよ」


「……はぁい」


 言われた通り素直に従うのではなく、要求以上の事をするように心がけろというのがドゥリームランド支配人の口癖だったが、さすがにこの状況でその教えを実行する勇気は私にはない。

 布に液体2種垂らしただけで爆発するような環境だよ? 無理無理、周り全ての物が危険物にしか見えないもん。さっきから私の周りを脳天気に飛び回っている白い翼の生えた豚も、殺戮兵器か何かに違いにない。


「そんなに警戒しなくても、まだそれには何の能力も与えてないよ」


 あ、そうなの。たんぽぽ椅子の影に隠れて損した。


「どうだい、見た目の印象は?」

「臭い」


 単刀直入に思った事を言ったら、空飛ぶ豚はぶひぃって鳴きながらどこかへ飛んでいってしまった。ジュニアが操ってると思ってたら自立してたのか。ごめんね、本当に少し臭ってたの。


「あーあ、泣かせた。ひどいじゃないか、見た目を聞いたのにニオイの事を言うなんて」

「じゃあはっきりいって可愛くない。翼が綺麗な分、本体の醜さが際だってます」

「……さっきそれを言わなかった事だけは評価してあげるよ」


 ジュニアは溜息をついて作業に戻ろうとした。おおっと、逃がしませんよー。私を何の考えもなしに悪口を言う女だと思ったら大間違いです。


「あの子があんな姿になってしまったのはジュニアさんが全部悪いんですからね。反省してください」

「はぁ? 俺のどこが悪いっていうのさ?」


 ひぃ、声だけじゃなくて顔までジュニアになってしまった。でも負けちゃダメ、あの子のためにもビシッと言ってやるのよ。


「あの豚さんは本物じゃなくて作り物なんですよね? それならあんなリアルに作らずにもっと可愛らしくデフォルメしてあげればいいじゃないですか」

「だめだ、そんなことしたらファンタジーじゃなくなる」


 この頑固ジュニアはまだそんな事を言ってるのか。

 ファンタジーにだって可愛いモンスターとかいっぱい出てくるじゃないの。そもそもすでにファンタジーというよりホラー映画に出てきそうな合成獣みたいになってるんだってば。


「俺だって可愛い方がいいに決まってるだろ……」


 ん? 何か言いましたかな?


「え、ええい、ジロジロとこっちを見るな。とにかく君とこれ以上見た目の事で論議するつもりはない。それよりもあれにどういう能力をつけるのか何か案はないか?」

「ほう、能力ねぇ……」


 これはチャンスだ。もし私の案が採用されたら、あの子を助けることができるばかりか、ナビがとてもしやすくなる。考えろ、考えるのよ私。


「……飛ぶ際に翼が取れてお尻のジェット噴射で飛んでいくってのはどうでしょうか」


 これは我ながら名案と言わざるを得ない。

 衝撃的だし、ツッコミやすいし、豚ちゃんも翼の呪縛から脱却できて万々歳だ。一石二鳥、いや三鳥よ。意味不明なのも愛嬌ってもんよ。


「却下」

「えー、何でですか。これならあのガリ勉くん達も笑いますって。絶対に面白いナビしてみせますよ!」


 引かない。ナビゲーター八代結衣、無理を通してみせます!

 が、そんな熱い私とは裏腹にジュニアの反応はもの凄く冷めきっていた。


「君が最初に俺にナビゲートさせて欲しいって言った時、俺の魔工芸の魅力を引き出してキラキラさせるみたいな事言ってたよね?」

「はい、確かにそういう風な事を言ったはずですけど。それがどうかしました……?」

「君の言うキラキラっていうのは人を笑わせる事なのか?」


 私はその問いに対して、こくりと頷くことしかできなかった。

 人は笑って楽しい気分になれば周りが輝いてみえる。そんな事は当たり前で私は間違ってないはずだ。でも声に出して答えることができなかった。それはジュニアの真剣な眼差しが、それは違うと強く訴えかけている様な気がしたから……。


 少し間を開けて、ジュニアは実際に異を唱えてきた。


「そうか、どうやら君と俺ではキラキラっていう表現の捉え方がまったく違っているようだ。それなら君のナビゲートは本格的に必要ないね」


 え、それって……。


「私はクビってこと事ですか……?」

「いやそれは困る。君には声を貸してもらわないとダメだからね。でも君は何度チャレンジしても俺の魔工芸をキラキラさせるなんて絶対に無理だ。可能性があるなら試せばいい。でも0パーセントなら即刻諦めた方がいいに決まってる」

「はぁ!? 何ですかそれ、貴方みたいな魔工芸バカにナビゲートの何がわかるっていうのよ!」


 椅子から立ち上がって机を力強くバンッと叩く。近くに置いてあったビーカーから紫色の液体が少量こぼれて机の一部分を溶かしてしまったけど、そんな事はどうでもいい。ナビゲーターとしての私を完全否定されて黙ってられるか。


「そう熱くなるなよ。たしかに俺は魔工芸と牛の飼育ぐらいしか能の無い男だよ。そんな俺でもわかるぐらいに君は迷走している」

「迷走? ええ、してますよ。得体の知れない異世界に迷い込んで、わけもわからないまま突っ走ってますよ。だってそうするしかないでしょ。私だって好きでここにいるわけじゃない!」


 再び机をバンッ! すかさずジュニアがビーカーを持ち上げて液体と机を守る。


「得体の知れない異世界……か。わかった、君はまずこの世界を知って来る必要があるな」


 何かを思いついた様で、ジュニアは紙にすらすらと文字を刻んでいく。当然、私には解読できない。


「何を書いているのか知りませんけど、私がこの世界の文字を読めないって事だけは忘れないでくださいね」

「大丈夫だよ、これは君に見せるために書いているんじゃない。むしろ君はこれを見せる側だ」


 そう言って手渡された紙は、上から下までビッシリとミミズのような文字で埋め尽くされていた。


「君には今から町に行って魔工芸作成に必要な素材の買い付けに行ってきてもらう」

「つまりそれは、私にお使いにいけと?」

「そうだよ。このメモの一番上に書いてある文字と同じ看板の店を見つけて、店番にこのメモを渡すだけでいい。そうすれば後は向こうがここまで配達してくれる。どうだ、簡単だろう」


 はい、とても簡単ですね。小学生でもできちゃう程に。


「なんだ、すごく不満そうだね」

「そりゃ不満ですよ。私には魔工芸の作成過程なんて見せても仕方ないから、子供みたいに初めてのお使いでもしてこいって事でしょう?」

「はぁ、また君はそうやってネガティブに考える……。お使いだって立派な仕事だ。誰かが行かなきゃ行けないんだから。できる事なら何でもするんだろ。ほら、さっさと行った行った。お金とか必要そうな物はアルバリオンから受け取ってくれ」

「ちょ、ちょっと待ってください。まだ話は終わって──」


 反論の一つもできないまま、私は研究室から追い出されてしまった。

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