世界を還す熾火
■
バルネアⅣ周空、成層の高み―――。
敵群を貫いたダイヴィヌスの砲光は鏡搭の先端部に届く前にあえなく散じる。
噴き上がる大量高密の霊波流に聖質は全て分散し昇華されてしまった。
「質量が違いすぎる、やっぱ直に叩かなけりゃ駄目ってことか…」
湧出する霊流に巻き上げられた黒霧が白機の進路を覆う。
『そうそう近づけるかよ!』
魔機の暗幕から突出する竜蜴機。
左方から視えずの攻壁が白機を圧する。
「歩兵機隊は下がってろ、あれに近づけきゃ問答無用で落とされる…っぐ!?」
どこからともなく延びてダイヴィヌスの腕を絡めとる蛇鞭を飛鐘分翅が剪断した。
「ちょっと!いった自分がやられてりゃ世話ないっしょ」
「わりぃミディっ」
「あれは私の相手だからねっ…」
収束版付近、水晶の鍵盤を滑るように跳ね撃つ飛羽と蛇手。
『今度こそ逃がさないわよぉ…』
「あの時とは違うっていってるでしょ。飛鐘分翅が揃ってる限り、あんたに勝ち目はないんだからッ」
上方から回り込む飛触分糸を打ち落とす飛鐘分翅。
遠隔操作である従霊兵装の決め手となるのは速度でも精度でもなく構想力。
空間を創出る想像力とそれを具現化する経験。
配置の巧妙。
時即の絶妙。
選形の精妙。
――――――――先読み。
三手に分かたれた蛇手に張りつく羽翅。
――――――――囮。
ベヌデクテを襲った飛触分糸は二基の飛鐘分翅に横合いから払われる。
――――――挟撃。
小刻みな軌道を一転、直線的な動きで一気に飛突する飛鐘分翅全基。
畳み掛ける束射に竜蛇機はたまらず距離を離し、
「うううう、蛇じゃない蛇じゃない!こんなもん……縄かなんかあぁっ!」
ベヌデクテの弦糸が残った飛触分糸最後の一本を鮮やかに切り刻む。
『いうだけの事はあるわね…けれど、何度やられても飛触分糸は―――』
『範囲に入ってくるなチルっ、巻き込むだろうが!』
『!?』
飛鐘分翅の猛攻に気をとられていた彼女は僚機の位置を誤っていた。
いや。錯覚させられたというべきか。
接近しすぎ、互いに動きを止めた邪竜機の繰り手達は気づく。魔機の先陣もまたいつの間にか飛鐘分翅の砲撃によって誘導されている事に。
「ドンピシャだミディ、よく揃えてくれたっ…!」
一箇所に集められたその空域は既にダイヴィヌスの間合い――――――ベヌデクテが繰るのは飛鐘分翅だけではない――――制御するのは敵の動き、戦場そのもの。
撃ち出される数百閃が飛触分糸と魔機群ごと一斉に焼き払う。
その刹那。
砲撃と同時にダイヴィヌスを見舞う鋭い衝撃。
「!ウェルバ!」
ダイヴィヌスを見やるミディ。
邪機竜角機の背から反り返った鎌刃がダイヴィヌスの装甲表面を僅かに削りとった。すんでの所で逃れたダイヴィヌスは大鎚で強引に振り払う。
「この間を狙ってやがったな…!」
『――これを凌ぐとはな』
「仲間を囮にしやがって…いちいち嫌らしい奴だよ……!」
『褒め言葉と、受けとっておこうっ!』
竜角機とダイヴィヌス、両機の戦闘に加わろうとしたベヌデクテは再生する蛇鞭の群れに阻まれた。
爆煙から浮かび上がった竜蛇機の凶影。
『少し見縊っていたかしら、ね。ならこういうのは、どう?』
触手が僚機である筈の死霊機を貫く。
「何を…!?」
変態を遂げる死霊機の機体は邪竜に似た姿に。
膨張した単眼は蛇鞭のそれと同じもの。竜蛇機が漸くその本性を露にする――おぞましき屍機使いとしてのそれを。
飛触分糸を通して竜蛇機と繋がれた分身機影が飛鐘分翅を弾く。
「速さまで…同じ!?」
飛触分糸と同化した機体は竜蛇機本体と性能的に同等。
触手に操られる傀儡機群・飛触分屍―――――――狂乱する十二の蛇行機動がベヌデクテに強襲をかける。
後退した機兵隊は既に勢いを取り戻した魔機の第二波に構え――邪機と聖魂機とのぶつかり合いは徐々に戦線全体に波及しつつあった。
爪先が弾く火榴の界域を長槍で押し開き驀進するディキオス。煌く疾風に立ち塞がった死霊機の群れはしかし触れる事さえかなわぬまま次々と爆光に消え散じていく。
「邪魔だっ!」
戦闘の最中、ダネルは宿敵の異常を看破していた。ディキオスの連撃を苦もなくあしらう魔獣の動きは依然として脅威的なものではあるが、前回に比べれば明らかに劣化している。
(…!…そういうことか…)
彼の目に留まるのは魔獣の黒甲に刻まれた細い断線――浮界で受けた傷は未だ癒えていない。肉深くに入り込んだ異物の影響を排除できずに、ゲフェンノームはその暴性を確実に弱めている。
「だったら、つけ入る隙はあるっ……!」
『―――舐めるなよ。この程度の手傷!』
魔獣がばら撒くのは一帯をさざめく空裂の透刃。
掻い潜る隙は一切無し。されどディキオスは止まらない――。
白帯の一条が切り裂く斬海に架ける橋を渡る蒼機――奏翼瞬かすセイリオスの庇護を信じての突撃。
三重に連ねた槍射に合わせて魔獣の翼は赤い火熱を乱れ飛ばす。
衰えているとはいえゲフェンノームの機動力はディキオスを凌駕している。
長槍の懐に入られた騎士機は爪撃を交わしつつ、すれ違いざま背部帯刀砲門が光翼となって魔獣を薙ぐ。
更に距離を詰めようとするディキオスを、主を庇うべく敵機の渦が取り巻く。
数を頼みに八方を埋める敵影。
「――――――煩さいッッ!」
槍の一突きで二機を串刺し、機体をぶら下げたまま射撃。旋回する砲光が魔機を払う。
「まだです!ダネルっ」
尽きせぬ魔群はディキオスだけでなく間近に控えるセイリオスにまで押し寄せた。
「くっそ…!」
長距離振動光射槍・重装架霊子展開盾。どちらも強力な武装ではあるがディキオス本来の持ち味である運動性を削がれるのは痛手だった。
次の瞬間、ダネルは背後から支援砲火が黒嶺を蹴散らす様を捉えた。
『こちらでも露払い位はやってみせる』
『いいから、雑魚なんぞには構いなさんな!』
機動の不足を埋めるのは歩兵機隊の支援。
「皆―――悪いっ!」
弧線が二つ、垂直に閃く緋の閃と水平に煌く蒼の閃との衝突。小尾に絡めとられたランスをへし折られながらも、魔獣の視界を塞ぐ大盾を残して飛ぶディキオス。抜きすさる二本の大剣が打ち下ろし、斬り上げ、交差する魔獣の両爪と目も眩む戟閃を散らす。
「そうまでして憎むかよっ…「D」!」
『それこそ俺が今ここに在る意味だからな…お前になら分かるだろうよ…GRDNの剣よッ!』
――――――――渾々と絶え間なく死が撥ね死が爆ぜ死が奔る大地――――。
荒涼の堆土を塵と散る鉄片と砲火の怒号が瞬き続ける。
「鏡」の砲搭最低部。敵影が一段と濃い地上面は最も凄惨を極める戦場となっていた。
艦砲の火が前面に押し寄せた魔機を浚う。
『左舷、ぼやっとすんな!とりつかれるぞ!』
艦体に迫る敵機。
魔機の塊、捩れた柱が幾条。弧を描き侵攻を圧縮された虹の束でもって堰き止める聖導歩兵隊。
戦艦三隻による同時砲撃は凄まじいの一言に尽きるが、敵勢はそれを遥かに上回っている。
いかに火力の優位で局所では圧倒しえても、面で迫る圧倒的な物量の前には遠く及ばずにじりじりと敗色を濃くしているのが現状だ。
『数に差がありすぎるじゃないか…』
『畜生っ、まあだ増えてやがる!どうなってんだ!』
バルネア中心近郊部はさながら溶鉱満ちる火窯と化していた。
解けた建造群の成れの果てから泡立ち生える鉄の芽が魔機を次々に産み落とす。
『――どうやら、鏡搭を生産プラントに流用しているらしいな』
『じゃあ、幾ら倒しても無駄って事か!?』
『その分「鏡」の発動時間が遅れる訳だ、無駄ってことはなかろう』
『馬鹿いえっ、こっちがやられちまえばどのみちおしまいだろうが!』
波打つ壁を前にして、雲波の一条から降る魔機は数知れず。
ディクテの律句が指から伸びた銀の一糸一糸を伝って時差なく僚機の状態を整える――――――伝身を受けた共導砲台、十字の砲身が割れて矩形の光盾へと変型する。
攻防一体兵器である共振武奏を駆使して怒涛の攻撃を凌ぐ弐式小隊。
『っぐぉ!』
僅かに気を緩ませたその瞬間、土を割って荒地に突き立つ無数の剣山。
魔蟹機の鉤爪が一機の弐式の脚部を貫き。足を止められた機体は見る間に無数の機腕に引き摺られ埋もれていく。
『――オエンッ!』
機躯の手に足に突き立てられる戦斧の束。
死霊機が生贄を求め歩兵機の腹装に指をこじ入れる。みしみしと剥がれていく鉄膚の音を聞きながら、操者は最期の望みを同胞に叫ぶ。
『早くっ…やってくれ……頼むっ!』
埋もれゆく僚機ごと。
『くっそおおおおお!!!』
共振砲の光が敵団を灼き払う――――――。
タルシス級一番艦艦内。
凄絶酸鼻を極めるこの状況下にあってなおケイルブは平静を保っていた。
「バートルビが突出しすぎているな。回せる隊はないか」
何十と届く声を処理する通信手が苛立たしげに報告する。
「どこも一杯一杯ですよ、下手に動かせば総崩れってことにもなりかねません」
「状況は、どうなっている」
「全体での損耗率は二割、いや、三割を超えました…」
「考えていたより、大分早い…」
戦況は予想以上の劣勢。
今のままではいずれ戦力差に押しきられるだろう。そう。今のままでは。
黒く粘る濃霧の中、戦局を窺う邪悪な影―――ルードゥス。
ふと、彼は何事かを察知し別方を一瞥する。
「相も変わらず小賢しい真似を…。まあいい、今となっては貴様にはどうする事も出来まい…」
廃都を舞う囀りの輪に再び耳を傾ける男。
「愚かな「兄弟」よ、其処でようくみていなさい。私がこの手に神を収めるその瞬間を―――――」
仮面の男は血末に向かって直走る赤昏き戦場で人知れず、滅亡を囃す狂想のタクトをさも愉しげにうち振るう……。
■
作戦開始より溯ること数時間前。戦艦アレオパギダ艦内の別室に集めた三十余名の隊員達に対し、ウェルバは徐に話を切り出した。
「部隊の機兵乗りの中でも一番腕が立つのが諸兄等だ」
いつもの軽口を挟まずただ淡々と任務だけを告げるウェルバ。主長を除いてその場で最も位階の高いツェト・ボイエン律士が口を開く。
「出来る奴がやるのは当然でしょう。任務、確かに受け賜りました」
「此処まで来たからには誰だって同じ気持ちの筈です」
「そういって貰えると、助かる」
少年はそれ以上は口にせず、ただその眼差しだけが物語っていた。
―――「すまない」と。
通廊には床を叩く靴音の列だけが響く。
「やっと運が向いてきたと思ったんだがな…」
垂れ込める沈黙を破って、そうぼやくナンバ・ケフはこの中で最も年嵩ではあるがGRDNには入隊したての外様隊員だった。 元々ADAM所属であったのが、その腕を買われて機関へと栄転を果たした矢先であり 今回のゲフェンノーム討伐が初仕事ということになる。
「ま、失敗すりゃ一切合財おしまいなんですから、自分で賽をふれるだけましだって思いましょうよ」
「そういうこった。それに万が一ってこともあらあな。 これまでだって奇蹟然とした場面には何度も出くわした訳だし、今回だって案外上手くいくかもしれん」
ナンバの明るい調子は所詮気休めにしろ、幾分場の雰囲気を和ませるに足りた。
「へストゥスは、子供が生まれるんだったな」
ボイエンの問いにまだ顔立ちに幼さを残す青年は軽く頷く。
「生まれてくる場所くらいは守ってやれなきゃ、どうにも格好がつかないでしょう」
下を向くボイエンの口元が僅かに緩んだ。
「そうだな―――」
現在。
鏡塔中層部地点―――作戦開始から六時間経過。激しく剣戟を舞い散らすディキオスへ歩兵機を駆るボイエンが促す。
『時間だ、いってくれ』
「セイリオス」の牽制に合わせて後退する蒼機。
『!この期に及んで逃げるというのか!?』
「先に「鏡」を破壊させて貰う!貴様をやるのはその後だっ「D」!」
魔獣の追撃を払い除け、機を翻す少年は自分に言い聞かせる。浮界の二の轍を踏んではならない。機体同士のすれ違い様、言葉を交わすダネルとフィーラ。
「―――待ってろよ。直ぐに戻ってくる……!」
「はい。待っています――――」
光翼を全開し一気に場を離脱する聖魂機の後ろを守るように魔獣と対峙する歩兵機隊。
―――――鏡の破壊までのほんの一時、ゲフェンノームをこの場に留めおく。それが彼らに課せられた使命だった。
『(この手勢、戦力で……こいつら正気か……?)』
「D」の困惑は至極正しいものである。
セイリオスの守護つきとはいえ、聖魂機すら凌駕するゲフェンノームと通常の機兵ではまさしく絶望的な程の格差がある。
湿った木屑で果たしてどれだけ火嵐の勢いを押しとどめられるものか。魔獣の放つ濃密な瘴気が機体を燻すのを感じながら砲撃を続ける歩兵機の搭乗者達。
しかし、どれだけ無謀な試みであってもやらねばならない。
『用意はいいか兄弟!』
『おうともさ、一秒でも長く保ちこたえてやる……』
『なぁに同じ機兵同士だ、与しようはあるってもんよ!』
『そう楽にやらせると思うなよ……化け物めッ!』
恐らくは戦いの趨勢を分かつであろう、たった数分の時を稼ぎ出す為。戦士達はその生命を灼熱荒れ狂う窯の中に自ら進んで投げ入れようとしていた―――。
同刻。搭頂周空域。
『ほらほら、押されているじゃない…!』
完璧な連携で暴威を振るう邪竜擬態機十二体をベヌデクテは紙一重で捌く。
吐きかける毒液に腕ごと銃砲を溶かされる歩兵機機。怯んだ機を頭ごと噛み砕く歯牙。邪竜機に等しい性能を発揮する飛触分屍は戦局を傾けるに足る脅威であり、部隊は魔機の猛攻にハピツェンツ付近まで防戦を余儀なくされていた。多勢に無勢、守勢に回った時点で突破は不可能となったとみていい。
―――しかし、作戦全体からみてこの場は捨石。
弾幕の間隙を縫ってダイヴィヌスの躯を引き裂いた邪竜の主はその手応えに戸惑う。次いで、粒状の光霧となって掻き消える白機の断片。
「分身ならこっちだって作れるんだから。ていっても、実体なんてない子供騙しだけどね…」
飛鐘分翅の作り出したダイヴィヌスの蜃気楼。何時の間に摩り替わったのか、ダイヴィヌスは周遊する飛鐘分翅が映じた幻影であった。子供騙しとミディはいったが、霊質反応すらトレスする錯像生成は人後に及ばぬベヌデクテならではの絶技といえよう。
まして敵味方入り乱れる混戦であれば見抜くのは至難の業。
『まやかしだと……? ―――なら…奴は何処だっ!?』
動揺をみせた竜蜴機は直後、弾霰に包まれた。
歩兵機隊の斉射と艦砲が邪竜を見舞う。
『無駄な事を!』
『どうだかな、原理は不明だが貴様は攻撃している間は動きが鈍るらしいっ』
果たしてその通り、邪竜の動きは静止したままだった。防壁無視の必殺兵装とて充当な距離をとれば抗いようもある。
「っち、虫ケラ風情がっ…小賢しいんだよっ!!」
狂ったように猛突する魔甲機十数機を、切り分けるアドエス級「ハピツェンツ」の直線砲火。突撃艦たるアドエス級は、機首前面への火力だけならタルシス級艦にも決して見劣りするものではない。
戦線を下げたのは戦艦間際まで敵を引き付けその足を止める為の策。
『やってくれたものねぇ…この私を謀るなんてっ!』
艦体側面より忍び来るグールを射す飛羽の連舞。
作戦通りであればこれから数分内に大局は決する筈。
「それまでは、絶対にいかせないよっ!」
砲搭に沿って一気に急降下をかける光速。
ダイヴィヌスの疾速を追迫する機兵は邪竜が一機、竜角機である。
「―――まぁた、お前か!勘のいい奴だ!」
「貴様等のやり口など察するに容易い……!」
邪竜機に捕まったダイヴィヌスに、上昇する機影の波が迫り寄る。
「――ウェルバ!」
鎖された進路を双刀の一旋が分け拓いた。
――疾駆する蒼翼。颯然と現れるディキオスの姿。
迎撃へと反転するダイヴィヌスによって、竜角機は挟み撃ちの形となる。
下方からからはダイヴィヌス、上手からはディキオス、邪機に逃れる隙は残されていない。
「おっし、ダネルっ決めるぞ!」
「おぉっっ!!」
ダネルとウェルバ、いささかの乱れもない一心同戟。
交差する鎚剣の鼬風は邪竜が苦し紛れに吐き出す鉄鋲を掻い潜り斬線の斜十字を空に奔らせる。
「……っ!」
成す術なく光芒に没する邪竜。妨害を切り伏せた二機の聖魂機は目的地点へと急ぎ馳せる。
鏡搭中層。
ディキオス不在の今、魔獣の虐火はあまりに一方的な蹂躙を続けていた。
「―――身の程も弁えない奴等が……俺の前に立つなっっ!」
轟火に沈む歩兵機がまた一体。
『――これで弱っているというのは、冗談としか思えんな……!』
三十機の使令機はほんの数瞬で見る間に数を減らし、既に十機を切っていた。
一直に、まったく回避動作をとらないゲフェンノーム。
恐らくは避ける要も感じないのであろう。実際、対魔獣用に配備された特殊抗霊子弾も体躯に触れる前に装表から常に放散される瘴機の熱圧に摩滅してしまうのだ。
かといって接近し過ぎれば。
魔獣の背後から羽交い絞めにかかるヘストゥス機。
「離すものかよ…!」
魔獣は動じる風でもなく熱線を閃かせる。ただの一瞬。一瞬で火箸に当てられた氷のように溶け落つヘストゥス機。
『ヘストゥス…馬鹿野郎がっ…!』
追い撃つナンバの歩兵機、執念の一撃が魔獣に肉薄する―――ヘストゥス機の残滓、こびりつく灰鉄の粘鎖が魔獣の動きをほんの僅か鈍らせていた。
ゲフェンノームの頬を焦がした轟爆の代償は長爪による機体両断。
『果たしたぞっ…!!』
焔鳴に霞むナンバ機は寸前に装弾全てを面前に撒き散らしていた。鋼弾は炸爆を放って魔獣の纏った炎巻を消し飛ばす。
続く迫撃はボイエンの歩兵機。
残存部隊の支援砲火を背にして赤熱に染まる機体にも構わず彼は、至近からの砲撃を遮二無二射かける。
『俺の街も…エシャロも、トリンスも、こんな風に焼いたかあぁっ!!』
絶叫するボイエン。
大都市帯区「ベト・ダルコン」。魔獣が滅ぼした九つのユニットの一つ。彼の故郷。彼の家族が待つ場所―――否、待っていた筈の場所――――――。
黒甲の瑕疵、一条の亀裂に捻り込む射鋼。
二度、三度、四度、砲身が腕が融けおちて尚寄る辺を失くした男の叫びは止まず。
遂に、怒頂に達した魔獣は数条もの黒閃を雄叫び敵である歩兵機はおろか魔群をも灰燼へと還す。
狂墳を吐き散らした機体に生じた僅かな動作の空白。それは、セイリオスの聖律障帯が魔獣を拘束するには十分な間隙だった。
「―――――どうか、どうか識って下さい…貴方がそうであるように、誰もがかけがえない想いを抱いて生きるものだという事を……!」
『分かっているさ、そんな事は……だからこそ、許せないんだろうが…』
聖女の哀哭も少年の頑なには届かない。
『―――唄うなセイリオス……!その囀りは………俺の頭を灼くんだよッッ!!!』
聖縛を力任せに引き千切らんとやにわに震える紅い広翼。
魔性と聖性の拮抗は引き合う両者の機躯を封じる。
あと少し。このままもう少しだけ押さえ込めれば―――――――。
「――――――――そう。君等の勝ちでした。惜しかったですねぇ、本当にあと一歩だったのに」
―――――――希望を断つ一閃。
セイリオスを背後から襲う激しい衝撃。
制動を失う機体と共にフィーラの意識は闇の底へと落下してゆく。
耳に遠く、ざらついた笑いを聞きながら。
ダイヴィヌス、ディキオスが至った先はバルネア地上部、鏡搭の根元。意図に勘付いた敵集団はバルネア表層に向け恐ろしい速度で集勢しつつあったが――
「―――射ちまくれ!」
「分かってるってさっ」
――時既に遅し。聖魂機でも屈指の突破力を誇るディキオスとダイヴィヌス両機の一気呵成に乱れ撃つ閃光が霧裂く断爆を起す。
束の間焼尽する魔群の壁霞。
立て続く数珠光が拓いた空白が戦艦アレオパギダの最終到達地点までの最短進路を確保する。
「有効範囲内に入る…用意はいいな…!」
ケイルブの号に合わせて浮上する艦船。
「いつでもいけますっ」
「ブレヴェイルの明鏡」に準ずる禁忌の兵装ならばこちらもまた備えている。
「全艦、障輪・展開!」
黒霧を押し開く三重なす大天使輪。
行く手には聖魂機すら突破は難しいであろう魔群が湧出する巣窟。
そして、その先に聳える霊柱の底に辛うじて覗く小丘―――鏡搭を浮かせる支持機坑の輪郭。
「射出、用意―――」
文様彫度を施された真鍮の筒がアレオパギダの両舷から顔を出す。
劣勢に投じる必勝の一擲。
「――――――――射てッッ!!」
――――――――――――「禁弾」、射出。
聖魂機すら及ばぬ破極の殲滅兵器は直撃すれば障害となる霊流ともども鏡塔の支持機構を根こそぎ奪い去る違いない。漆黒の領野へ吸い込まれてゆく弾頭が六つ…。
―――――――――その時だった。
「――――何故ゲフェンノームが此処にいるっ…!?」
ケイルブの声が戦慄に上擦る。
凍りつく時。
眼前にに立ちはだかる漆黒は、時と場を捻じ曲げる虚孔から這い出ずる魔獣の姿。 漆黒の躯は弾頭全てをその身で受け―――。
起爆する弾頭。
聖霊子の崩壊場から得られる甚大な純エネルギーのとめどもない奔騰は―――拡がりかけた鎖なる爆発が漆黒に呑まれていく―――「ゲフェンノーム」の相転移機関にとって格好の食餌。
禁弾の極大エネルギーを余す所なく平らげた魔獣。
膨れ上がる瘴気は伝う空気を焔と変え更なる狂化を遂げていく機躯。
突き上げた牙。
逆巻く焔の鬣。
めくれあがる装甲の襞からは烈しい尖角が伸び、異形の姿を更に奇怪に禍々しく変貌させていた。
「何と……いうことか……」
ケイルブは目の前の光景に言葉もなく。
彼の前に張り巡らされた計告器の象報図盤はそのどれもが異常な指数を示していた。
「霊質量、なおも増大中……!」
茫然自失の態で解析結果を順次読み上げる通信手。
「ゲフェンノーム一機の帯びる霊質は恐らくブレヴェイル発動時の最大出力に匹敵するものと思われます…」
忌まわしさと憤りに駆られてモノクルを床へと叩きつけるケイルブ。
「私は…奴らの手助けをしてしまったのか……!」
――――――――――――絶えざる永劫火。
現前せる深遠の主。
これこそ地獄を冠する聖魂機。
これこそがゲフェンノームの真なる性。
漏れ出る咆哮が天と地を衝き、業火とたなびく大翼が跳ねた。
それは、魔獣にしてみれば単なる跳躍でしかなかった。
「がっ…!!!」
「なん・だっ…!?」
だがそれだけで、爆発的な衝圧が生む重い灼熱はそれぞれ接近するディキオスとダイヴィヌスを弾き飛ばす威力となった。
「―――礼をいいますよGRDN諸君。おかげで幾分手間が省けた…」
薙刀に吊るしたみるも無残な歩兵機の骸を虚宙に放り捨てた機兵・赤衣兵。天頂部に降り立った真黒き悪夢の姿を端倪し、ルードゥスは鋭い哄笑を放った。
せりあがる背面より露出したゲフェンノームの魂核炉心。
ブレヴェイルの明鏡の砲門とえる螺旋盤は融かされ紅翼と同化していき、宇宙に生え広がる根がざわめいて魂核を囲むように円筒へと変貌する。
ルードゥスの言葉通り。
魔獣そのものが砲門と化した今、最早ブレヴェイル鏡砲の起動を待つまでもなかった。
―――――滅びの火は今この瞬間にも放たれよう。
昏く輝く魂核の球が下天に狙いを定め膨らむその時、唯だ一機、突忽として射線上に向かい合う機兵があった。
時季を逸した花弁の如く、しとどに舞い散る大翼の羽根。
裂かれた衣を纏った乙女機躯はさながら磔刑にかかる殉難者を思わせる。
――――――――聖女機セイリオス。
コックピット内。痛めつけられ朦朧とした意識の中。
「―――あなたにそれを、させる訳にはいかない……」
血の入り混じる吐息に喘ぎながら目の前に在る狂獣へきっと視線を定める少女。
――――――消え去れ消え去れ消え去れ消え去れ消え去れ消え去れ消え去れ消え去れ―――。
憎悪に焼かれ濁り果てた少年の目には何ものも映さない。
それでも。
――――――――――聖者の使命。
――――――――――被造物の役割。
そして、彼女自身の祈りを賭して――――――――――純潔の立像は敢然と灼熱に向かい合う。
衝撃から立ち直り態勢を戻したディキオス。
「―――フィーラっ……ああ…駄目だ……!」
セイリオスが何をしようとしているのか察したダネル掠れた嗚咽を漏らす。
緋ずむ咆煌が星天を消した―――反転した世界には奈落の坩堝が天空に広がる。
鉄躯を劈く爆震が大地を礫き裂き。
厖大極まる霊質に圧され、敵味方の別なく軍勢は悉くが高空から撥ね落とされた。
万象を無に還らせる滅火はしかし、未だ地に注がれはしない。
一斉に可視化する詠律の氾流はセイリオスの奏唄輝光。
句は律を生成み、律は韻を躍り、清唄を祝ぎあげ―――。
赤く哭く空にかかる白き雲耀の輪濤。
セイリオスは十二の大翼に姿態を埋め世界を灼く焔を其の身をもって受けとめる。
容赦なく降り注ぐ荒れ狂う殲光に表装を剥ぎ取られていく機体。先端から融解していく銀羽。
眩い業熱は白肌をじりじりと焦がし。極限にまで引き絞られた奏唄は悲鳴にも等しい。
溶けつつあるのはその命。
灼かれつつあるのはその魂。
フィーラ・アンフィルエンナ――――――守るものは獄火の狂憤を鎮める為、己が全てを散らしながら最後の調べを紡いでいく…。
聖唄の虹彩と灼熱の轟紅が入り混じる空をディキオスは飛疾する。
「――――――くそッ、フィーラッッ!!」
爆発的な霊圧が生む気流に逆らって搭頂目指しひたすらに上昇する蒼機を遮った触手の輪欄。
『今度は此方がいう番のようね……ここから先には行かせないわ』
―――――響く女の声。
幾つもの水晶板に映じた竜蛇機とその分身たる従僕の狂影。
「どけよっ!」
縦横を囲む飛触分屍が放射する毒霧を素早く剣迅で巻き上げるディキオス。
『ここで眺めてなさい、セイリオスが飴みたいに溶けていくのをさ…』
「!お前えはぁッッ!!」
挑発に容易く乗るダネル。
焦りが生む死角より迫る屍機影。蜘蛛の巣を描く触手の網に突進するディキオスは腕を掴まれ、絡めとられた大盾が空に落下していく。
『怖い怖い…』
いきつく間もなく背を胸を、両腕、両足を咬む鋼刃。群がる擬態竜機に取りつかれ蒼機の姿が完全に埋もれる。
歯噛みをするダネル。
どれ程数がいようが分身はあくまで分身、本体は唯だ一体―――。
グールを一体両断し戒めを機動の瞬発で押し破ったダネルは、勢いを保ったまま機体を竜蛇機本体の胸元に撥ね上げた。構える暇も与えずディキオスの双刀が邪機を袈裟懸けに薙ぐ。
「これでっ……」
『流石、聖魂機ね…少うし、油断したみたい…』
――女の声。
少年の総身に怖気がはしる。一体の機屍が苦しげに唸り、変貌しつつあった。みしみしと生え広がる骨皮、突き出る顎牙……。
『見ての通り。この子達がいる限り、落せやしないの竜蛇機はね…』
そこに在るのは既に分身ではなく、紛れもない竜蛇機本体の姿だった―――。
ルードゥスは天上に舞う白翼を、絶えざる魔性の赤嵐に今にも消え入りそうな幻煌を哀れむように見詰めていた。
「かくも希望にしがみつく姿は美しくはあるが……それ故に忌々しい…!その芽を摘み取らせてもらいましょう…出来るだけ無残にね…」
男は伸ばした手を静かに中空へかざす。すると、既に用を失した鏡搭に滾る霊質が逆流を始めた。と同時に、地表に紫玉の煌きが線形を描き、結び合った公線は「バルネアⅣ」を丸ごと押し包む方陣を浮かび上らせる。
方陣の妖輝に呼応するかのように脈打つ建築群は、形を変え魔機の鉄身を分解し吸収し肥大化し……波紋とともに堆く隆起する鉛の泡となって地表を覆い尽くす。
一つ、二つ、三つ、四・五・六・七……。
円陣より次々に顕現する通常機兵の十数倍はあろうかという機躯。
煙る魔気に揺らいだ陽炎を踏んで、立ち現れる忌むべき鉄の輪郭。うっすらと滴を滲ませた体表は鈍た鉛碧に照り映える。
最早バルネアに都市の面影は微塵も残っていなかった。
代わりに大地を充たすのは巨鯨にも似た異容の影群。
召喚されし機獣―――巨凶機「パトモス」。
観測数が極めて少なく本来であれば一体に対して機兵一個師団をもってあたるべき 神世に於いても最大級といえる魔災。
―――――その数は、実に二十を超える大群。
忽然と現れた巨獣の群れは腹中より突き出た嘴で上空を捉える。
花弁のように開く嘴に怪光が綻び出でて――――。
「―――――――その位置は……まずい、避けろッ!」
ウェルバの短い叫びも虚しく。
突然の襲来に不意を衝かれた低空一体の聖軍を地から放出される熱流が覆う。
凄まじい凶光にくずおれる無数の機影と二隻の戦艦。
あまりに凄まじく、あまりに呆気ない崩壊の寸劇。
『弐番艦中破…!参番艦は……沈黙しました…』
項垂れる通信手の報告を黙して聞く参謀。
この時、独立して先行していた一番艦だけが寧ろ被弾を免れ得たのは皮肉というほかない―――巨凶機の破格に過ぎる攻撃は瞬く間にタルシス級艦を含む地上部隊の半数を壊滅に陥れた。
一度の蹂躙に飽き足らず犇き合う山脈は獲物を残らず屠り去る為、その巨体を宙に舞わせた魔の群れ。 終告の地に、更なる絶望が浮上を開始しつつあった。
■
一番艦甲板に飛来したベヌデクテは同じく艦上に立つダイヴィヌスに機を並べる。
「――――こっちはもう、滅茶苦茶だよウェルバ!」
機中にて悲鳴をあげるミディ。
三部隊中、最も天頂に近い所にあったハピツェンツァ隊は留まる事を知らない魔機の猛攻を凌いでいたのだが、追い撃ちとばかりに魔獣が放った霊瘴の煽りをまともに受けては抗し様はずもなく、ここまで位置を下げる形となった。
天のゲフェンノームと邪竜の軍勢。
地上からは巨凶機複数機。
上下からの挟撃に合う形で総崩れとなったGRDN陣営は図らずも戦力を一箇所に集結させつつある。
戦局は一変、傾いだ天秤は今や釣り合いようもない。
ここまで手詰まりの状況下であればミディのいつにない取り乱しようも無理からぬ事ではあった。
「どうすればいいの!? このままじゃ部隊も、早くいかなきゃフィーラだって…」
『少し冷静になれミディ』
「だって!」
『……これからアレオパギダが単独で先行する。意味はわかるだろ?」
「……!」
「まっとうできるよう、援護してやってくれ」
そう、もはやこちらの秤に載せられる重石はたった一つだけなのだ―――。
「―――無事なのかっアレオパギダは!」
『こちらはなんとか、バートルビは継戦不能と判断しました。負傷者・非戦闘員を収容後この場を離脱させるつもりです』
全隊の状況を確認したウェルバは不意に空を見上げ険しく顔を曇らせる。
「見えてるか?あの様子じゃ、セイリオスはいくらももたない…!」
大体において、現時点まで世界を焼き尽くすほどの膨大な魔気の照射を「セイリオス」が防ぎ得ていること自体 奇蹟といっていい所業なのだ。
世界の滅びを蓄えた果実はいつ弾けてもおかしくはない。一分先か五分先か、それとも今この瞬間か…。
『いずれ、この場で時間切れを待つ訳にはいかぬでしょう。……主長、本艦はこれより残存部隊とともに搭頂へ向かいます』
切り札は失われ、離脱する機体を除いて50を割る手勢はそのどれもが消耗した有様。
「……そうか、アドエス級を援護に回す。……健闘を祈る」
「主長も、ご無事で」
退くも惨、進むも惨。であるならば、身命賭した最後の一矢にかけるよりなし―――もとより覚悟の上で臨んだ戦であった筈…。
『――――――そういう訳でさ、そっち方面はお前に任せた。俺は、殿につかなきゃならん』
眼下には迫る巨凶機の機影があった。
『あんなもんにケツを突かれちゃ一溜まりもないからな』
「まさか、あんた一人やるつもり?」
『ああ、使える戦力は全部一番艦につける。というか他は足手まといだし』
「……私も、」
ミディの言をウェルバは遮った。
『ダネルが例によって突っ走ってる。フォローを頼めるのはお前しかいないだろ?』
「……」
『それに「あれ」の正体が予想通りならそれこそベヌデクテが適役だ』
口を噤んだ少女にウェルバはいつものように笑ってみせる。
「ダイヴィヌスを、いいや、ウェルバ・イルを信じないのか?」
「……信じない」
『ありゃ』
ごく小さな声で彼女は云った。
「――けど、いいわ。許可してあげる。……に免じてさ、」
『ああ?すまん、最後聞きとれなかった』
「なんでもないよっ、いっといで!」
飛び退るダイヴィヌス。
回線を閉じた少年は一人呟く。
「―――やぁっと、格好いいとこみせてやれそうだなッッ……!」
タルシス級一番艦。
全乗員にケイルブは避難を呼びかけていた。
「これよりアレオパギダは最後の攻勢を試みる。乗員は速やかに退避、<弐番館>に移動せよ!」
「それと、セネック補佐官には後始末を任せる。早く行け」
「しかし!」
「ここにはもう君の仕事は無い。……煩わしい仕事ばかり押しつけてしまって、済まないな」
強張った面持ちで頭を下げて駆け出したセネックを尻目に、ケイルブは他の面子にも脱出を促す。
「お前たちも急げ。時間がない」
だが艘舵手以下、席を立つ者は誰もいない。
「参謀一人じゃ艦を真っ直ぐ飛ばすのだって難しいでしょう」
「これでも神の徒を名乗る者です、はじめから腹くらいは括ってます」
ケイルブの平生と同じ感情を示さぬ両眼は居並ぶ面子をひとしきり見渡す。
「……私と一緒ではとても天には昇れそうにないぞ」
「なぁに、あれをやったとなればどんな悪業だって精算してもお釣りがきますよ」
「それに」
そういって艘舵手は鼻を掻き、轟きを増す偽りの暁天をみやる。
「あそこで頑張ってる嬢ちゃんを見殺しにするのはあまりに酷というもんでしょう」
暫し目を瞑ったケイルブは咽をくと鳴らし、低く通る声で言い放つ。
「―――では、往こうか。我等が女神を救い出し、見事神命を全うする為に……!」
――鏡搭低層部。
歩兵機隊が巨凶機に打ち込む弾砲の雨は厚い装甲に阻まれ無為に終わるよりない。
無理もない、疲弊を重ね先刻の打撃を辛うじて逃れるのに余力を使い果たした機体が殆どだ。絞りかす同然の振動砲撃では真世界最大最悪の巨獣に到底通用する筈がなかった。
かちいって、後退を選べるはずもない。なんとしてでも此処で食い止めなければ、帰るべき場所さえ失う事になろう。
『―――――全機、なるべく離れていろッ!』
必死の牽制を続ける歩兵機隊に回線が入る。
上空より燦然と翔けるは眩揮の白金機影―――――。
四肢に巻き付いた複数の管は背にぶら下げた剥き出しの発振機に直結し、重厚でありながら流麗極まるフォルムにある種異様なまでの迫力を加えている。
「ここはもういいお前ら下がれッッ!―――――後は、ダイヴィヌスがやるッ!」
神聖の猛りを内包した鋼鉄が猛々しくも輝翼を羽ばたかせる。
唸りをあげる追加発振機は唯でさえ強大な機体出力を更に底上げし、装甲より漏れ出る霊質を周囲に飛沫かせ染め。
断罪の鉄槌ダイヴィヌスは降下の勢いをかって、地表埋め尽くす巨獣の列に金色の神罰を力の限り振り下ろす――――――。