クルセイド・ラン
■
喪失ったのはいつからか。
空をも掴めると無邪気に信じたあの頃。
苔むした石塀。茨が紡ぐ柵。
褪せた陰影を織りなす石の景観は、けれども一度陽光が射し入ればたちまちの内に精彩を取り戻す。
閑散と生い茂る樹林の環と朽ちた格式とで外界と孤絶した寺院が少年の故郷―――――――名門の傲慢と放埓が産み落とした仔らの揺籃。
「世界の子」。
聖嫡子と呼ばれた幼子ら。貴人の落胤とはいえ所詮は捨て子に過ぎぬ彼らに冠するにしてはいささか大仰に過ぎる呼び名ではあったが、それでも彼はこの名をいたく気に入っていた。
誰にも望まれないこの生であれば、自らの望みで充たせばいい。
少年にとって自由とは、何者かからの解放であるより寧ろ何者でもない自己の肯定を意味する言葉だった。
その孤独な境涯にあって、誰憚ることなく生来の資質を開花させるに至る少年。
幼くして頭角を現すに至って、血族より届いた打診に彼は耳を貸そうともしなかった。
別に手の平を返したような家の態度に腹を立てた訳でも捨てられた恨みに固執した訳でもない。
ただ己が身一つで聖院に至りうる少年にとって、家銘など鬱陶しい名分以上のものではなかったというだけの事。
結局、生家から受け継いだのは家紋に記された二枚羽の意匠のみだった。簡素な図案の章紋を提げて教会を出立した少年――――――――その手で切り拓く道程には無色の陽光が射す。
世界の子。
そう、少年はまさしく世界の申し子だった。少なくとも、この頃までは。
―――白紙を埋め尽くす預言の羅列。
その日から、少年の世界は灰に転じる。一切が意味をなし、一切が意味を失う白玉の間―――――――添えられた手が啓す「絶対」。
秘された誓約/供された聖贄/浴せる再洗礼。
反転した特別。
祝福は呪詛の言葉に、万能は無為に帰結し福音の弔鐘は従属を記す刻印として耳に残る。
動かしようもない運命にかしづいた少年は思い知らされる。
彼もまた鎖と轍に拘された存在である事を。
少年の依りどころであった聖痕は忌むべき呪創だった。そうと知れば絶望より悲嘆より、己が浅薄を笑う気持ちが先に立つ。
以来、世界を識り己を識った少年は滑稽を諦観を笑いで濁す事を覚える。
―――――――――だから。
雛鳥の巣にあって、ひたむきにこちらを向いた少女の眼に彼は気づかぬふりをした。
羨望と嫉妬と追従と畏怖が占める周囲から離れて注がれるその眼差しが真っ直ぐであるほど余計に、少年は目を合わせることが出来なかった。
少年の虚偽は彼女を穢してしまうから――――――――否、それはただの逃げ口実でしかない。
本当は怖れていただけだ。己の正体を見抜かれる事を。
彼もまたありきたりの挫折に塗れた凡夫に過ぎぬ事を。
向けられた憧憬の無垢に苦笑し、彼女の幻想を守ろうとする己の姑息を嘲笑う少年。そうして、逃げるように迎える巣立ちの時。
聖霊手、救世機関GRDNの聖鎚として選別され聖別され。
制裁し、断罪しただひたすら積み上げた空白を数える日々へ。
力を振るう度に、欠け、削ぎ落され、萎びる心の在処。
GRDN筆頭機たる金色の「ダイヴィヌス」。
かくも偉大なる王煌機を繰るはしかし、かくも矮小な我でしかなく。
喪失ったのはいつからか。
少年が立つのは鉄塵を塗した広野。
頭上には青。いつしか遥かに及ばなくなった空の高み陽の高み。「使命」が重責を増す度に器から零し落ちれていく意志。決して手放せぬ一つの想いは深く深く沈滞する……。
―――神暦988年、階層都砦「ベト・ミロ」にて起こった比較的大規模な叛乱。
戦場と変じた地構造都市の下には敵勢をただ一機で蹴散らすダイヴィヌスの眩い姿があった。
――石壁に囲われた殺風景な部屋で一人、木椅子に腰掛けたその男は黙々と精巧に組まれた寄木細工を弄んでいる。
そこへ、轟音とともに崩れた壁―――――開いた孔の向こうに覗くのは雄々しき聖魂機の威容。
「やあっと、みつけたぜ…」
噴煙の中、機体から姿をみせた少年の金色の髪は背後から差し込んだ光によって一際に映える。
「ふむ、ダイヴィヌスの新しい聖霊手か。若いね」
叛乱の首謀者であるその男は禿頭をぺたりと撫でた。
「いちおう身柄は拘束させてもらうが殺しはしない、安心しな……あんたには一寸ばかり聞きたいことがあるんだ」
「助けてくれるっていうわけかい?」
金明を負う少年―――――ウェルバ・イルは草臥れた色を隠そうともせず肩を竦めた。
「悪いがな「歴史家」殿、助けてもらいたいのはむしろこっちの方なんだ―――」
■
透けた衝立を砕き錯綜する破壊の弾道。
光条かける鉄槌。
赫奕が染め抜いた空と地に澱む山脈の縦列―――その巨躯とは裏腹の愚鈍な本能で白い機影を敵と認識した巨凶機「パトモス」。
これが、聖魂気の戦場。
これが、ダイヴィヌスの戦場。
空を鼓す衝撃音が四つ。跳躍。反転。発射。着撃。
巨凶機を切り裂く聖霊の火矢。
だが。巨獣の銃創から盛り上がる鋼肉は新たな砲門を造成する。
中途半端な手傷では逆効果。報復は大質量の魔砲光。
魔帯苛霊子砲―――繚乱する極太の火線がダイヴィヌスの周空を塞ぐ。
てんでにばらばらな火勢はしかし、確度を問題としない程広範かつ大威力。
速度の有利を塗りつぶす射線の膨大。回避し得る隙間は零無。いや、そもそも全身が砲門といっていい兆級の魔機群が相手では回避行動自体が無意味に等しいのだ。
―――――――――――ならば、避けまい。
直立するダイヴィヌス。
――――――――――――――全砲門開放及び装甲強度最大励起。
白き全身が障壁を展開する。
射ち、且つ守り。真空に染まる世界、纏った魔質が城塞をなす巨獣の甲皮を食い破る閃光。
一機を焼き一機を砕き一機を貫き。
頑強な巨凶機の装甲はダイヴィヌスの圧倒的火力をもってしても三機を駆逐するに留まった。
再び入り乱れる射閃に機体の間を縫って死角へと逃れた聖魂機は激しい過負荷に破砕した発振機ともども用を失した管を振り解く。
「あと二十っ……!」
光速の軌道を貪る火粒渦。
ダイヴィヌスが既に放った迎撃の猟弾で魔弾は反れ僅かに片の頬当てを崩すだけ。
弾幕が織り成す光柵を巨凶機が飛ばす六連の鷲爪は容易に貫く。
体表を巡るように張り付いた砲門と腕とも足ともつかぬ巨大な側柱による力押し。単純な攻撃はそれだけにこれといって有効な戦術・戦略の類は見出せず、力でもってねじ伏せるしかない厄介な相手だった。
食いかかる飛爪をウェルバは機体ごとの突進で切り崩す。
直後、衝撃に大鎚が手から離れた。
巨凶機の天地に分かたれた巨大な顎がダイヴィヌスに咬みつく。巨獣に呑まれた白影に乱立した牙の激しい重衝が両肩両足を砕かんばかりに圧し掛かった。
顎が閉じきる寸前、奔出する光燐の輪が不調和な奏音をがなりたて甲高い金管の響きは徐々に震撼伴い下顎を穿つ鎚の轟叩の爆音へと繋がる。
風穴からぬけですぐさま次なる獲物を定めたダイヴィヌス。
「あと…、十七っ……!」
ダイヴィヌスの真横から打ち付ける直光が機体を揺さぶる。
機体の左腕が飛んだ。
肉体の感覚は既に意識の端にかかるしこりとなって追いやられる。
定まらぬ射程を気力で手繰り寄せるウェルバ。残された殲滅への猛り、肉を叱咤する意気が機躯を衝く。
拾い上げた鎚は光条かいて黒い鉄壁を穿ち、銀燐が炸陣をばらつかせ輝く視界を曇らせた。
巨獣の罅に榴弾を螺子入れ、鎚で叩き込むダイヴィヌス。
一文字の灼光が巨獣の皮を裂く。
露出した鉄の腸に跨った機体が乱打するとどめの晃弾は殻を割る爆白を惹起した。
鮮血の如く飛沫をあげる瘴気が白機の羽ばたきをしとどに濡らす。
巨獣が撃ち出す魔焔は振動変換も行わぬ無垢の霊帯。いうなれば巨凶機はただその魔気を垂れ流すだけの、霊質を充溢させた火薬袋のようなものだった。よって、壊すれば壊するほど吐き散らす魔の濃度が聖機を侵食する邪毒となる。
だが、瘴炎に身を汚すダイヴィヌスの輝きは却って一層強まるかのよう。
魔としての本能のみで動く巨凶機は明確な殺意をもって襲いくる魔獣には比べるべくもない。
どれ程強大であろうとも、少年にとって魔とは常に狩り立て、逐い、滅ぼすべき餐でしかないのだ。
至近よりの砲撃――開いた口が熱を発するより疾く腕部砲紋の凱光が注ぎ込まれる。
巨獣の排出弁から侵入した天雷が内側を焼いていく。
巨凶をも圧する神聖の獰猛。
光輝の嗣衣をかなぐり捨て戦う姿はまさしく争いの化身。
しかし、これがダイヴィヌス本来の姿なのかもしれなかった。守るべき都市も鼓舞する仲間にも一切気を割く必要なしにただひたすら神敵を滅することにのみ全力を傾注する狂戦機。
比類なき煌光。
吼える閃鎚。
層鋼がくぐもった叫びを上げ。
荒々しい操縦が鉄躯を震わせ。
ぶ厚い鎧装は今や見る影もなくひしゃげ破け――――――――。
力を速度を際限なく貪る聖魂機は怒気を荒げ魔焔を散らす大獣に飛び込む。
悉皆が瞬く燃える混沌、黄金の殲鬼の姿がそこにあった。
巨獣の頭を力任せに貫きもぎり押し潰すダイヴィヌスの隻手。
――――――魔機は残り十四。
気付けば戦場は地面にまで僅か数間。上昇した僚軍とはこれで完全に引き離した。
頃合いは良し。
過負荷に破裂する大気が消音の閃きを噴く。
大槌可変砲の長大な砲身が輝きを帯び、渾身の一射を巨凶機の頭上から浴びせかけた。
零距離の直撃が落下する巨躯ごと支持機構を貫く。
直後に頭上から降り注ぐ数百万の水晶雨は浮遊場を失い落下する収束板である。硝子の雹は巨獣の背を打ち、地に突き立ちやがて珪素の大地へと変えた。
――――――――地に刺さる収束板は仕切りである。
巨獣の群れが放った魔の射閃は不可思議な歪みとともに場に滞留する。
霊性を誘引する性質を持つ晶板からなる収束場は霊性の結界。
つまりいかなる霊質とてこの場から排出される事はない。
巨獣が内包する膨大な魔質もまた然り。
機体はさながら炉に投げ込まれた薪といったところか。若しも、今此処に火を投じ入れればどうなるか――――
神聖機械の黄金砲が曙の光を呼び込む。
昇華された爆白、消散した聖性、収斂していく霊質―――空間を無際限に暴走する逃げ場を失った霊子の渦が物質の一切を蒸散させていく。
身悶えするように魔光を吐き散らす巨凶機。
薙ぎ払う光鎚砲射。
限界まで酷使された聖魂機の発振機はしかしその回転を更にあげていく―――――――。
際限みえぬ霊流の増大。
圧縮と開放を往還する力場はますますその振幅を激し増し―――此処からは我慢比べ。
どちらが生き残るか。或いは共に斃れるか。聖魂機は己が身を餌に罠に招き入れる事に成功したのだ。
荒れ狂う霊子的真空が分子を攪拌する。
いやます怒涛は分離分解分散促す滅粒の極み。
膨らみきった巨凶機の体腹を貫く光針。決壊した容器の破裂――――――――霊に貶められたる肉の消散・揮爆。
連鎖する小太陽が丘陵を削り地盤を刳り大地を消し去った。
言語を絶する無色の領域は総てを浸し、没入せしめる。薄れゆく正と負の境。
朧に霞む空・たわむ地形。
その中で蜃気楼の如く揺らめく機躯――反復する幻影は融けゆく鉄腑の無惨な蠢き。
そして、臨界を越えた霊質流が全てを伴い弾ける。瞬く黄金は膨張する死神。駆け抜ける無の波濤が何もかもを拭い去って―――――。
幾度かの瞬きの後、静寂を取り戻した大地――先程まで存在した都市の痕跡はもはやなく、ただ特大のクレーターが広がるばかり。
その底部、一体きりで横たわる巨凶機の跡形、外殻のみ残った骸からずと這い出たダイヴィヌスが地に片膝をついた。
今や灰と褪せた鎧は隈なく亀裂がはしり、罅割れ、所々崩れ、壮絶な姿を晒している。粘りおつ装甲。肩当が零れ落ちる。左足は踝の辺りからなくなっている。そして、荒み果てた聖魂機の前に痩せた孤影が降り立つ。
「……高みの見物とはいいご身分だな」
――中空に浮かぶ邪竜・竜角機。
『よくも目算を狂わせてくれたものだ。まさかあの獣群をたった一機で退けようとは』
「よくいうぜ、本当に想定外なら此処にはいないだろが?」
『ああ。読み合いはどうやら俺の勝ちらしい』
男はたかが戦艦一隻、一機あれば墜とせるとの余裕を示す。
そして、恐らくそれは事実であろう――竜角機の性能がウェルバの予測通りであるなら。
邪竜の鉄杭が強度を失った鎧を容易く裂いた。
『後顧の憂いを断ったその後で』
死灰降りつける陥孔。
互いに挙を窺う機兵が二機。
――――――これが聖魂機の戦場。
――――――これがウェルバ・イェルの戦場。
灰色にくすむダイヴィヌスが態勢を起した。
「……お前さんも「俺達」が憎い口か?」
―――第九封土。世界の外に弾かれた者たち。
『笑止。とうにくすんだ過去の因を引きずって何になる?弱者が滅ぶのは世の理だ。……だからこそ、我らには貴様等を誅する資格がある』
「…そいつを聞いて安心したよっ……」
朽ち果てた鉄躯から表出する詠唱紋。
十字の光芒が機体を割く。
「――――――――クルス=イェド、發動―――!」
―――――――そして此処からが。
聖霊手ウェルバ・イルと神聖王機ダイヴィヌス、その真なる力の発現である。
■
十字の閃煌、星辰と見紛う光芒の中から現れるダイヴィヌスの骨格。
層鋼を剥き出しにした体表には爆動する心臓からこもれた光燐がさざめき鳴く。鉄衣を脱ぎ去った痩身は放散する高熱で金に火照り、後頭より広がる霊質の鬣がなびく様はまさに金輪背負う雄獅子の偉容。執行機団GRDN筆頭足るに相応しい覇気が大気を圧する。
これこそが聖魂機の聖魂機たる所以――――――――――――「真核醒形態」。
其れは聖魂機が秘めた最終闘争手段。
故意に発振機関に過剰反応を起こして暴走させ、圧壊の瞬間得られる爆発的な導力全てを炉心に注ぐ事で限界以上の魂核励起を可能にした形態である。
無論これ程までに酷使した機体が唯ですむ筈もなく、加えて絶大な出力と引き換えに魂核炉心は発動後数分ももたずに完全停止する為に一歩間違えればこれは自滅に等しい行為となりかねない。
敵の完全な殲滅以外に生還を許されないこの形態は、クルセイドの名前どおり命を賭した神軍の歩み―――。
「――――――――切札は最後の最後まで温存しておくのが策士ってもんだ……!」
大鎚の発振機関がバラバラと崩れ残った長柄の先が光刃を点す。
重武装である通常時とは異なりクルセイド態のダイヴィヌスに付随する武装は唯一つだけ。金色の機体が一筋の光槍を構える。
だが、竜角機の主・ラコーダは目前で展開する驚異を平然と受け流した。
『ほう。まだ奥の手を残していたというのか。つくづく食えん男だな貴様は……』
重装甲重武装から一転して軽装格闘戦仕様へと変転を遂げたダイヴィヌスは通常時を遥かに上回る敏捷でもって邪竜に接近した。
『…だがな、いったろう―――――――』
対する竜角機は身じろぎもしない。そのまま槍は鱗甲を裂いて―――。
『――――――――この、竜角機の蹄に届く刃など存在しえぬと』
斬られた筈の邪竜機は粉塵に依然として無傷なままの体躯を晒している。
「…凡その見当はついてたさ」
そう。竜角機が身に宿すは邪なる奇蹟。
ラコーダが神域より賜った異能は幾つもの可能世界の束を観じる「目」。
そして、竜角機が備える「蹄」 ―――――――「変数位相跳躍基」は己が無事である可能世界を選択し跳躍する。
竜角機が移動するのは常に己が墜とされなかった世界―――――――――換言するなら、邪竜の黒蹄は撃墜という「結果」自体を回避する。
超越知覚を通してリンクした可能世界へと相移動するという、限定的な事象操作に属する奇蹟こそが邪竜の特異兵装「竜角機の蹄」の正体。
『分かっているなら諦めるがいい。どれだけ強力な武装も当たらなければ無意味、ただの悪足掻きということだっ…!』
一躍、攻勢に転じる邪竜の広翼が反り返った曲鎌を押し出す。
旋回する数十の咎刃はこれまでにない苛烈な斬撃。土を轍つ鋭い車輪がダイヴィヌスへの距離を埋めていき、一分の隙もない死の網を構築する。
「…己惚れるなよ、「紛い物」風情がっ……!」
苛烈極まる剣陣の波状へと迷うことなく機体を投じ入れるウェルバ。
片手片足、満身創痍の機躯がしなやかに跳ねる。
一撃。ほんの一撃でも加えられれば装甲纏わぬダイヴィヌスは粉々に砕け散っていただろう。
だが、破損した鉄躯の脇を、肩を、爪先を死はすり抜けていく。
狂刃の連撃全てを鮮やかに回避した黄金機は斬陣に身を隠す邪竜の正面へと俄かに踊り出た。
常軌を逸した機動性能。否、機体の問題ではない。繰り手の反応を超える予測能力はまさしく―――。
「―――――――「みえている」のがお前だけだとでも思ったか?」
咽元に突きつけられた殺気の刃。
ラコーダは直感的に把握する――――――敵もまた己と同じ「域」にある者。
金色機が再び邪竜を射程に捉えた。
意想外の事態に僅かなりとも狼狽するラコーダ。
『……! たとえそうであっても、ブースターがある限り…!』
「悪いがいい加減こっちもいい加減限界にきてるんでな……これでしまいだよっ!!」
ダイヴィヌスが射ち放つ長槍は刃先から分割し白く燃える三叉の矛となって邪竜機を襲う。
黄金捲く疾風の切迫にラコーダはいいしれぬ重圧から思わず機躯を翻すが、一瞬間遅かった。
「時に忘れ去られた奴等が――――――のこのこしゃしゃり出てきやがってッ!」
時をとめるは地を割る裂帛。
直走る螺光が邪竜に重なり。
『―――避けろっ!「竜角機」!』
同時に発動する「竜角機」の絶対回避機能。
―――次の瞬間。並行場を捉えるラコーダの「目」が垣間みた光景は。
迫る突槍――――――――――――――――――――――――――――――破壊。
刻む鋭槍――――――――――――――――――――――――――――――破壊。
切り裂く烈槍―――――――――――――――――――――――――――破壊。
抉りぬく巻槍―――――――――――――――――――――――――――破壊。
――――――全次元における普遍事象――――――――全ての可能世界における竜角機の撃墜。
「|万物を貫く黄金真理(トリスケル=フォニオスパイル)」――――――それは「絶対」を射貫いて達する死。
三叉に分かたれた刃先は存在そのものを貫く制裁。
いかなる場いかなる時に於いても対象へと届く必撃の処断の刃。
邪竜の跳躍は徒労に終わるよりなかった。
何故なら―――――竜角機が回避する可能性そのものが初めから存在しないのだから。
それでもラコーダの超越視は無意識から生存しうる可能世界を探し、邪竜機の黒蹄は転送を繰り返す。 そして、その度に待ち受ける度し難い絶望。
操者の恐るべき苦痛にも拘らず自動的に不可能な逃走を重ねる竜角機。
それは間断なく続く惨たる責め苦。
無限に等しく繰り返される跳躍の度、果てしなく変わりなく悪竜は首を刎ねられ続ける―――。
暴走の限りを尽くした黒蹄が砕け散るその時、ようやく悪夢は終わりを告げた。
ダイヴィヌスの矛先が達する刹那、ラコーダに去来したのは或いは安息ではなかったかろうか。
なぜなら、刃が届くまでの数瞬までに無限ともいえる擬似死を反復した彼の精神はとうに毀れていたのだから――――。
光源に沈む竜機種。
爆発の渦を抜け出るダイヴィヌス。
「人間死ぬのはたったのいっぺんでいいってのに、難儀な野郎だぜ」
機体は急速にその輝きを褪せさせていく。
「……恨むなよ―――お前のいった通り、力のない奴が滅ぶのは」
―――――――然り、避けようのない運命だ。
世界を回す理の歯車。彼とてまたその一片に過ぎず。
残骸の中で倒れ落ちるウェルバは痙攣する知覚の束に顔を歪め。
「なんとか、瀬戸際で保ってくれたって所か……」
余すことなく力を絞り尽くした少年の心身と聖霊の機躯は休息に飢えている。
「そっちは、任せたぜ……」
機動を止め、石くれと化したダイヴィヌス。ウェルバは空に向けて呟き、そのまま仰向けに突っ伏した。
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高空には駆け上がる艦船が三隻。
灼層うずまく天の源目指すタルシス級一番艦隊。
その途上には未だ魔機の群れがぶ厚く垂れ込めている。
何よりも。
先頭を駆る飛鐘分翅はアレオパギダの進路の延長線上にかかった一点の機影――――機兵竜蜴機の姿を捕捉する。
既にして艦隊まで届くは圧力を放っている邪竜機。
こと迎撃に関するならばこれ程脅威となる機兵もなかろう。
近づくだけで影響を受ける防壁無視の攻撃は艦隊にとって最大の障害となる―――――――あれを退けぬ限り余力僅かな聖軍の敗北は免れまい。
「けれど、私のベヌデクテなら間に合うし…あいつを仕留められる―――!」
十二の羽翅を引き連れて鉄の戦女は邪竜の元へ一直に翔けあがっていく。
『―――たったの一機でしかけてくるとは随分いい度胸してるじゃないか、』
輪を描く飛鐘分翅の群れは、しかし竜蜴機が放つ衝圧にあっさりと跳ね除けられる。
『それとも覚悟を決めて殺されにキたかよォッ?ははッ!』
邪竜の発光にベヌデクテの速度は削られ。
「こんのッ…馬鹿にしてくれてぇッ…!」
再度射掛ける飛鐘分翅の奏撃は邪機に届く前に消滅してしまう。
敵機の驚異的な力をまざまざと思い知らされるミディ。
回避も防御も反撃も不可。
『いまさら手加減をしてやる必要もないからなぁ、折角だ、お前は全開で叩き潰してやるよおぉッ!』
両腕を広げる竜蜴機の躯が一回り膨らんだように見えた。
甲鱗の継目の一つ一つから盛り上がった瘤がぱちぱちと爆ぜていきやがて。
皮膜に包まれた琥珀の半球が露出する――腕に肩に胸に背に――体表をびっしりと覆う眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼・眼――――――――夥しい邪眼の繚乱が。
「……やっぱり…こいつの攻撃って、」
―――――――――――邪眼。
そう、あまりにもケタ違いに威力が異なる為俄かには信じられなかったが、その性質だけを鑑みるなら竜蜴機の攻撃が呪力に依るものである事は明らかだった。
今や全ての力を開放した竜蜴機の邪視によって空間が歪みはじめている。
並の呪力とは質からして異なる凶悪な力は空間の変質まで招く程。
世界さえ蟲惑わす幻呪波動が空域を侵し歪ませ、一層の勢いを増しながら邪竜の周囲にいる魔機をも巻き込んで原形すら残さず粉砕していく。
宙に散じた鉄片が融けて大気を濁らせる。
視線の束によって生み出される狂鳴の輪は飛鐘分翅の制動をすら狂わす脅威を前にしては、聖魂機たるベヌデクテであっても場に留まるのが精一杯だ。
―――――――――――本来、純粋な戦闘兵器としては貧弱な呪的武装にそのスペックの全てを傾けるという異端の発想の下、竜蜴機は呪機としては有り得ぬほどの破壊力を実現し得た恐るべき機兵だった。
飛び退るベヌデクテを悪意にぬめった眼球の群れが一斉に追いかける。
『無駄だって、竜蜴機の千の目から逃げられるものかよ!』
見敵必殺――防ぎようのない呪衝の波をまともに浴びたベヌデクテから鎧衣が剥げおちていく。
『獲物にしたってこう手応えがなくちゃあつまらねェなあ!もっと俺を楽しませろよ女ァァッ!』
一方的な蹂叩を愉しむ邪竜の主に対し。
「こんの………クソガキィッ!」
ミディの憤激が機関の発振を加速させる。
「―――クルス=イェド―――」
機体が放つ十字光の元に集まる飛鐘分翅。
「―――發動――!」
十二の飛羽根が戦女を包み込み、鉄の花蕾を形成する。
魂核の励起――。
霊質の導出――。
そして、発現――。
眩い燦光が支配する一瞬に次いで、開いた蕾から現れ出ずる茜の鳥。めくれ返った飛鐘分翅の花弁が形作る二枚の長翼をしなやかに二三度羽ばたかせて――天を舞う聖鳥へとベヌデクテは転身を完了した。
『ハハハハハ!なんだそんなものか―――――――――――そんなも―――――――――――――――――――!何だ?!』
聖鳥の白翼が瞬いたその時、邪竜の繰り手プレ・イグは目標を消失した事に気づいた。
姿を消した目標を千の眼光で探す竜蜴機。
プレ・イグの鋭敏な感覚は、空域に漂う敵意を嗅ぐ。センサーの反応からみるにベヌゥは離脱した訳でも潜んでいる訳でもない。
敵機は確かに目の前にいる筈。
――――――――けれども、まるで「観えない」。
ベヌデクテのクルセイド態は認識の果てを翔ける翼。
紅の飛鳥と化した今のベヌデクテはさながら「無」を表象せしイコン―――――――眩光に輝く白翼は敵する者の意識へ強制的に介入し認識の盲点ともいうべきラグを作り出す。
機も人も捕捉することの能わない究極無比のステルス性能こそ真核醒形態が宿した極理の御力。そしてこの力こそ、邪竜最大の武器を最大の急所へと変える最後の切札だった。
認識=攻撃―――――――呪力を必殺たらしめるこの特性はしかし、裏を返せば認識しえぬ相手には全く効を及ぼせないという事。
「――――――つまり、この聖鳥は、あんたの天敵ってわけ!!」
呪渦を祓う福音鳥の祝福を謳う羽ばたきは邪なる視線を切り裂いて舞い跳ねる。
肌に感じ、音に聞き、近づく機影の重圧をひしひしと身に受けるプレ・イグ。
だというのに彼の認識は常にベヌゥを逸れてしまう。
――――――敵が近づく。敵が来る。来る。確かに。それは間違いない。だが、どこから?
いや、そもそもいったい自分は「何を」相手にしていた?知覚の綜合はもはやままならず離散した妄像が思考を撹乱し。
―――――――――――――――――――――――敵だ、敵が、敵は………
『―――――――くっそおおお!どこだ、どこだっ、どこだあああぁぁっ!!!』
迫り来る「何ものか」によって恐慌に駆られた繰リ手が半狂乱で邪竜の鉄釘をばら撒く。
射弾の霰が聖鳥(ベヌゥの白羽根を切りつける。
着弾の衝撃が機中を揺らすも、怯まず邪竜の側面へ機体を切り込ませるミディ。
飛鐘分翅の展開が出来ず決定打となる武装を備えていないクルセイド態にとっては竜蜴機が混乱に陥っている今こそが唯一の好機。態勢を立て直される前に叩かねば。
煌く翼がひときわ大きく空を撃って突撃をかけた。
邪竜の胸元に飛び込んだベヌデクテはその鋭く伸びた嘴口で邪視を無効化され丸裸になった竜蜴機の胸元を鋭く抉りこむ。
性能の全てを呪力のみに傾注した装甲は脆くも衝き破られ、骨が砕けるような鈍い爆裂を辺りに吐き洩らす。
『己ッ!貴ッ様あ!女ごときがあああああぁッ!!』
「―――――――墜ちなさいよ!女を嬲るような餓鬼なんてのはねぇッ!」
飛鐘分翅の集合によって構成されていた二枚の大翼が弾ける種子のように飛散し、全身に生えた邪竜の目玉を悉く引き裂き潰し――――――。
『あぁ…この俺が……俺の竜蜴機がぁ……!』
内外を焼く爆炎に四散する竜蜴機。
それを見届けた聖鳥もまた、やがて機動を停止し直下の闇へと吸いこまれていく。
「…あとは、上手くやんなよ……ダネル―――」
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ディキオスは盾となって立ち塞がる機屍を踏み越え竜蛇機へと切りかかった。邪竜機の頭部を薙ぐ音無しの剣―――三度目の撃破。
『無駄無駄……何度やったってね…』
竜蛇機は従僕の躯を憑依にすぐさま再生を果たす。
「またかよっ…!」
ある意味で飛触分屍は竜蛇機そのものと等しい存在といえる。
触糸を通して分体と共有する操り手の生体情報までをも即時、再構築する超機能が邪竜の消滅を阻んでいる。
飛触分屍がいる以上、本体への攻撃は無駄に終わろう。
さればと飛触分屍を斃した所で事態は一向に好転しないのは分かりきっている。
こうしている間にも黒霧に滞留した死霊機の残骸を拾い上げた飛触分糸は新たな僕を造り出していた。
『この通り、材料は幾らでも転がってるから、ね……』
―――切りがない。亡者と繰広げる果てない輪舞を逃れようと弾幕の間隙を縫って離脱をかけるダネル。
「これ以上、付き合っていられるかっ」
死角にみえた一点を綾なす飛触分糸の鋼線が埋め尽くしディキオスの足を掴んだ。前後から同時に巻きつく蛇触の数束。
(誘い込まれたっ…!?)
ディキオスが頭部から放つ光滴で断ち切った触手を、瞬発の飛翔で素早く払った。
『残念……』
睨む邪竜。
戯れにも似た口調とは裏腹な狡猾に過ぎる手管でもって、邪竜の繰り手は平常を欠くダネルに更なる揺さぶりをかけようと試みる。
『一人きりで寂しいのなら、』
失った機屍を再構築する邪竜機。しかし、その素材に選んだのは魔機ではなかった――。
「こいつはっ……!」
飛触分糸が拾い上げたのは空に漂白していたオムネイの残骸。ずぶずぶと蛇鞭の侵食を受ける機体の頭部に目玉の刻形がはっきりと浮かび上がる。聖属機までも自らの走狗へ変える邪竜機の異能にダネルは動揺を隠せなかった。
『ほうら、お友達がいれば少しは気が紛れるでしょう』
飯事に興じる少女のように邪竜の主は無邪気な笑いを漏らす。
「………!」
襲い掛かる僚機の成れの果てを止むを得ず切り払ったディキオス。
『あらあら大切なお仲間でしょうに容赦のないこと……真世界の人間は冷たいのねぇ、ふふっ』
バラバラに砕けた機体が宙に散じた。
「貴様あッ!死者を辱めるのかッ!」
『関係ないわねぇ。これはもう私の人形なんだから……』
電光が目の端に迸る。
戦士を愚弄する竜蛇機にダネルの怒りが爆発する。
「貴っ様ああっ―――!!」
結果からみれば、チルの挑発は逆効果だった。彼女の所業は少年にとって最も触れ難い悪夢の記憶を呼覚ましてしまったのだから――――――――。
「―――クルス=イェド、――――――ラン!」
昂る意識が引き金を引く発振機関の暴走。
こすれあう黄鱗の爆砕が喚び寄せる十字の星瞬を導標にして。
旋回する大盾がディキオスの手元へと戻り――閃光とともに分割し――機体の各部を覆い――白銀の鎧装を形成するに至る―――。
追加装甲を身に纏って、張り出した双肩、より鋭角を厚みを増したフォルム。
背に突き出た光の旗条をはためかせるその勇姿は見紛うことなきディキオスの核醒形態。
『たとえ衣装を変えたところでねぇ!』
ディキオスは新たに備わった爆発的な推力で機屍を近づけない。
直線的に奔る機動に蛇鞭の射弾は掠りもせず、機屍の追弾を次々に回避する度に透光の旗が機体の幻像を残していく。
間合いから退いた敵機をすかさず追尾する竜蛇機。
『残像なんかにそう何度も惑わされはしな…!……っ?!』
刹那、チルは背後から飛触分屍を見舞う砲撃を察知した。
『まさか、増援……?!』
辺りを確認するチルだが周辺にはディキオス以外の反応はない。であれば射撃の主はディキオスとしか考えられない。しかしいかにして――――?
疑念の答えはすぐさま目前につきつけられた。
ディキオスの旗条が残した白塵が紡ぐ幻像をすり抜ける飛触分屍はすれ違いざま左右から串刺しにされる。光条が紡いだ煌く残影は虚像、だが繰り出される攻撃は間違いなく実体を帯びていた。
虚像であるはずのディキオスの迫撃が激しい光滴を散らす。
これこそがディキオスが備えしクルセイドの秘蹟――――――――「存在並置機能」。
暗空を裂いてはためく旗を目印に、コンマ数秒単位の過去影が現在時に追いつく。
後方に下がる機影に合わせて突撃する飛触分屍は場に残された幻影に斬りおとされる。重なる残影の刃に足を断たれ、直上から届く火線に没し――。
時を惑乱する神秘の光幻。
多重影が織り成す逆行カノン。
攻撃のほんの一刹那だけディキオスに追従する残影は本体と同時に存在する実体となる。
一言でいってしまえば、幻像の数だけディキオスの手数は増えるという事だ。
側面より両断された機躯が上下からの撃閃に呑まれる。
蛇鞭を掴んで手繰った機屍を射ち貫く。
一機による完全同時連携加撃という端倪すべからざるディキオスの理力が形勢を一挙に覆した。
『私の人形達が……どうなっているの…?!』
事態の一変に愕然となるチル。今や翻弄されるのは彼女の番だった。
火花を溢し、流閃かける霞の怒涛と驚乱。
居並ぶ分影が放った連射連撃が機竜の群れを縦横に交錯し刺し断し斬り薙ぎ、軽々といなして疾駆する二刀二門を構えた機騎士の一群。
打ち込む剣迅が鋭さをいや増す毎に続く分影も一体、また一体と数を連ねていく。
濃霧を割する幻朧の舞。
邪機の張り巡らした巣網を裂き乱れる射線と斬刃がいとも容易く薙ぎ払った。
復元した端から次々に撃破される飛触分屍―――――――――躍り狂う聖霊の虚と実が十二の屍兵と竜蛇機を追い詰める。
空身を破る術などなく一方的な攻撃に守勢に回ったチルは、動揺の余りディキオスの誘導にも気づかなかった。
破竹の勢いで攻め寄る機騎を阻む為、全ての機屍に己を囲ませるよう布陣を敷いた竜蛇機。
だが其処は既にディキオスの手中。
円陣をなす飛触分屍を更に外側から包囲した全てのディキオス。
十一の幻像と本体、十二の「ディキオス」が各々一体ずつ飛触分屍の正面に立つ。
十二×二門の振動帯砲が飛触分屍各機に、そして其の奥に位置した邪竜本体に向けられていた。
「―――――――――全部一片に撃破されれば……代えは効かないよなッ…!」
戦慄にチルの漏らす吐息は悲鳴にもならなかった。
放たれる二十四の砲射。
機屍の全てを貫き、放射状に収束していく苛光が邪竜を呑み込んだ。
「…すぐにいくからな…耐えてくれフィーラ……!」
竜蛇機を掻き消した光球を尻目にダネルは先を急ぐべく機躯を飛び立たせた。
黒霧を貫いて真闇を墜落していった竜蛇機の残骸。上半身だけとなった機体は収束板を失った搭身周囲に骨組みのように点在した側壁の一つにひっかかっていた。
『ふふっ、つめが甘いねぇ……』
九死に一生を得た邪竜の繰り手はほくそ笑む。
彼女は直ぐに残骸となって側壁に転がっている死霊機を目聡くも発見していた。憑代となる機体さえあれば、そこから本体を再生することが可能な竜蛇機である。
こちらが健在だとは夢にも思っていないだろう聖魂機の背中を衝いてやるのも一興か……。鉄の骸を支配すべく邪竜は辛うじて一本残った触糸をそろそろと伸ばしたその途端。
機動を停止していた筈の死霊機の単眼に狂光が再び宿る。
『…何を……?ちょっと、や、止めなさいッ……!』
もとより大した頭脳もない木偶は朽ち果てた今、ぎしぎしと軋む音を鳴らしながら贄を求める魔の本能のままに邪竜へと圧し掛かり。
『そんな…人形に……たかが人形が私に……』
もがく邪竜の腹腔へとゆっくりと近づく鉄の腕。
『…ひぃっ……』
竜蛇機のコックピットへ向けて死霊機は深々と斧を叩き込んだ――――――。
一秒一刻を争って目指すのは陰府の劫炎を映した天空―――災禍の中心へと飛突する蒼翼だが、しかし。
能う限りの全速でディキオスを奔らせるダネルのその眼に飛び込んだのは、周空の漆黒を拭う散華の灯光だった。
「――――――――――まさか……タルシス級一番艦が沈んだのか……!?」




