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『王環』―独りぼっちの死にゲー攻略―  作者: 玉葱将軍


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第八話


俺は霊馬を走らせていた。


「まずは……商人のところまで戻ろう」


 街道から離れ、来た道を引き返す。


 霊馬の背に揺られながら、俺はさっき噛まれた足を見た。


 もう傷はほとんど残っていない。


 回復瓶のおかげだ。


 でも。


「……痛かったな」


 思い出すだけで、足が疼くような気がする。


 あの瞬間。


 本気で地面を転げ回りたかった。


「ゲームじゃ、あんな痛み感じなかったもんな」


 当然だ。


 ゲームなんだから。


 敵に攻撃されても、画面の中で体力が減るだけ。


 死んだって、またやり直せる。


 何度でも。


 何十回でも。


 何百回でも。


「……俺、まだゲームの感覚でいたんだな」


 思わず苦笑する。


 商人から、あの若者が死んで戻ってこなかったと聞いたとき。


 頭では分かったつもりだった。


 一度死んだら終わり。


 この世界では、そういうことなんだと思っていた。


 でも心のどこかでは。


「もしかしたら……」


 本当は、死んでも戻ってこられるんじゃないか。


 ゲームと同じように、どこかで復活するんじゃないか。


 そんな気持ちが残っていた。


 だから、あの街道でも。


 どこかでゲームのように考えていた。


「……馬鹿だな、俺」


 もしあの兵士たちに囲まれていたら。


 もし、あの街道で無理に戦い続けていたら。


 もし、回復瓶を持っていなかったら。


 今こうして霊馬に乗っていることすら、できなかったかもしれない。


「死んだら終わりなんだ」


 今度こそ、ちゃんと理解した。


 知識がある。


 敵の場所も知っている。


 攻略法も知っている。


 でも、それだけで勝てるわけじゃない。


 身体は本物。


 痛みも本物。


 そして命も一つしかない。


「……もっと慎重にならないとな」


 俺は前を向いた。


 まずは回復瓶。


 できるだけ多く買っておきたい。


 戦うための準備を整える。


 それから、もう一度あの街道へ向かう。


 そう考えているうちに、空が暗くなってきた。


 夕日が沈む。


 森を抜ける頃には、辺りはすっかり夜になっていた。


「……もう夜か」


 俺は霊馬をゆっくり走らせた。


 やがて。


 見覚えのある遺跡が見えてきた。


「あそこだ」


 最初に訪れた遺跡。


 商人がいた場所だ。


 俺は霊馬を降りた。


 そして、遺跡の入り口へ向かう。


 そのときだった。


「……ん?」


 入り口に誰かいる。


 一人の女性。


 真っ白なローブを羽織り、頭には大きな魔法使いの帽子。


 夜の暗闇の中でも、その姿だけがはっきりと見えた。


「……あれは!」


 俺は思わず声を上げた。


 知っている。


 知りすぎている。


「大魔女……マリ」


 『王環』で一番人気がある魔法使い。


 ゲームをプレイしたことがある人間なら、知らない人はいない。


 俺も何度も会った。


「確か……」


 記憶を辿る。


 初めて『王環』をプレイしたとき。


 夜にこの遺跡へ来たことがあった。


 そのときにも――


 こんなイベントがあった気がする。


 マリが、こちらを見る。


「……王を目指す者で間違いないか?」


 落ち着いた声。


「あ、ああ」


 俺は少し驚きながら答えた。


「そうだ」


 マリは俺の隣にいる霊馬へ視線を向ける。


「それは……霊馬か?」


「そうだけど」


「彼女が君に託したのか?」


「彼女……」


 あの女性のことだろう。


 俺は頷いた。


「ああ。そうだ」


 マリは少しだけ目を細めた。


「そうか」


 そして、静かに笑う。


「なら、期待できそうだな」


「期待?」


 俺が聞き返す。


 マリは答えず、懐から何かを取り出した。


「私からは、これをやろう」


 差し出されたもの。


「これは……?」


「霊媒だ」


「霊媒?」


 俺は受け取った。


 小さな容器のようなもの。


 中には――


「クラゲ?」


 透明な身体をした小さなクラゲが浮かんでいる。


「霊媒クラゲだ」


 マリが言った。


「それを呼び出せば、君と共に戦ってくれる」


「一緒に?」


「ああ」


 俺は霊媒クラゲを見つめた。


「これ……ゲームにもあったな」


 思わず呟く。


 霊媒。


 敵と戦ってくれる存在。


 自分の代わりに敵の注意を引かせることもできる。


 マリは続けた。


「私が作った霊媒は、この地のあちこちに散らばっている」


「他にもあるのか?」


「種類も様々だ」


 そう言って、マリは立ち上がった。


「興味があるなら、探してみるといい」


「分かった」


 俺は霊媒クラゲを大事にしまう。


 マリは俺を見る。


「この先、また会うこともあるだろう」


 そして、少しだけ間を置いて。


「その日まで、生きていればよいな」


「……」


 俺は苦笑した。


「生きてるさ」


 さっきまで死ぬことを考えていた自分とは、少し違う気持ちだった。


 マリはそれ以上何も言わず、夜の闇へと姿を消していった。


「……」


 俺はしばらく、その場に立っていた。


「霊媒か」


 手元の霊媒クラゲを見る。


 そういえば。


 ゲームを始めたばかりの頃は、かなりお世話になった。


 敵が強い場所では、霊媒を呼び出して戦ってもらう。


 敵の注意を自分ではなく霊媒に向けさせる。


 その隙に背後へ回る。


「そういう戦い方もできるんだよな」


 ゲームでは、霊媒の種類もかなり多かった。


 人型。


 獣型。


 魔物。


 そして――


「これ……」


 俺は霊媒クラゲを見つめた。


 これから先。


 俺は何度も戦うことになる。


 だったら。


「使えるものは、全部使ったほうがいいよな」


 俺は霊媒クラゲを握りしめた。


 そして、遺跡の入り口へ目を向ける。


 明日は商人から回復瓶を買う。


 その後、もう一度街道へ向かう。


 今度は――


 さっきとは違う。


「……最初の試練、まだ終わってないからな」


 俺は夜の遺跡を見つめた。


 そして、静かに息を吐いた。

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