第六話
森を抜ける。
木々の間から差し込んでいた光が、少しずつ強くなっていく。
「……抜けたか」
霊馬を走らせながら、俺は前方を見た。
そして――
「……あった」
目の前に、古びた街道が現れた。
かつては整えられていたのだろう。
けれど、今では石畳のあちこちが壊れ、土や草が隙間から顔を出している。
道の両脇には、古びた家が並んでいた。
壁は崩れかけ、屋根もところどころ抜けている。
人の気配はない。
静かだった。
その先に――
大きな門が見えた。
「……」
俺は霊馬を止めた。
ここは知っている。
何度も見た。
何度も通った。
そして――
何度も死んだ。
「この先が……」
イメイの待つ城へ続く街道。
ゲーム序盤。
最初の王臣へ向かうために、必ず通ることになる場所。
「最初の関門……」
俺は小さく呟いた。
ゲームを始めたばかりの頃。
何も知らずにこの道を進んで、何度も痛い目を見た。
いや。
痛い目どころじゃない。
何度も死んだ。
「……懐かしいな」
今なら笑って言える。
けれど。
ここが現実になった今は――
笑えなかった。
俺はゆっくりと街道へ入った。
その瞬間。
遠くに人影が見えた。
「……兵士」
鎧を身につけた兵士たち。
一人。
二人。
いや。
もっといる。
石畳の上に、何人もの兵士が立っていた。
王直属の兵士。
ゲームでは、この街道に大量に配置されていた敵だ。
「やっぱりいるか……」
俺は長刀に手を添えた。
その姿を見て、少し違和感を覚える。
ゾンビ型の魔物とは違う。
当たり前だ。
見た目からして違う。
でも、それだけじゃない。
「こいつら……」
兵士の一人がこちらを見る。
目が合った。
そして。
兵士が剣を抜いた。
「……」
別の兵士もこちらを向く。
さらに、その隣にいた兵士も。
次々と俺へ視線を向けてくる。
「……やっぱり」
こいつらには、ちゃんと知識がある。
武器を持っている。
周囲を見ている。
こちらとの距離を測っている。
ただ突っ込んでくるだけの敵じゃない。
「ゲームじゃ、こいつらもただの敵だったけど……」
現実では違う。
目の前にいるのは、武器の使い方を知っている人間だ。
戦うことを知っている兵士。
そして。
「……あれは」
兵士たちの後ろから、何かが飛び出してきた。
「嘘だろ……」
牙を剥き出しにした犬。
身体は普通の犬よりも大きく、目は血走っている。
「ゾンビ犬……」
兵士の一人が、その犬へ手を伸ばす。
犬は唸りながらも、その場から離れない。
まるで命令を待っているようだった。
「従えてるのか……」
ゲームでは知っていた。
兵士がゾンビ犬を連れていることも。
その配置も。
攻撃のパターンも。
全部覚えている。
でも。
「実際に見ると……怖いな」
俺の手に汗が滲んだ。
ここまでなら、まだいい。
兵士と犬。
数は多いけど、俺はゲームで何度も倒している。
問題は――
その先だ。
俺は大きな門を見る。
あの門をくぐった先。
「……弓兵」
門の上。
そして、その向こう。
ゲームでは、門を抜けた瞬間に矢が飛んできた。
気を抜けば一瞬で体力を削られる。
さらに、そこを抜けても終わりじゃない。
「……」
俺は一度、深く息を吸った。
頭の中に、嫌な記憶が蘇る。
大きな身体。
長い腕。
地面を揺らす足音。
そして――
「トロール……」
身長は五メートル近く。
人間なんて簡単に踏み潰せそうなほど巨大な身体。
ゲームでは、巨大な身体に似合わないほど素早く動いた。
「こいつには……何回やられたっけ」
思わず苦笑する。
遠距離から攻撃しても距離を詰めてくる。
逃げようとしても追いつかれる。
大きな身体から繰り出される攻撃は、一発が重い。
ゲームを始めたばかりの頃は、何度も何度も倒された。
それどころか。
「最初の頃は、こいつのところまで辿り着くことすら大変だったんだよな」
今なら敵の配置も分かる。
どこから矢が飛んでくるのかも。
兵士がどこにいるのかも。
トロールがどこから現れるのかも。
全部知っている。
知っているはずなのに――
「……怖い」
口から自然に言葉が漏れた。
身体が震えている。
自分でも分かる。
「震えてる……」
ゲームの画面を見ているのとは違う。
目の前にいる。
本当に生きている。
斬られれば痛い。
噛まれれば痛い。
矢が刺されば痛い。
そして――
あのトロールに殴られたら。
「……死ぬ」
その言葉が、妙に現実味を持っていた。
一度死んだら終わり。
もうやり直せない。
ゲームのように、何度でも挑戦することはできない。
「……」
俺は長刀の柄を強く握った。
手の震えを止めようとする。
けれど、完全には止まらない。
怖い。
逃げたい。
そう思ってしまう。
でも――
俺は前を見た。
この先に、最初の王臣がいる。
忌鬼イメイ。
王環を手に入れるためには、避けて通れない。
「……ここからか」
俺は小さく息を吐いた。
ゲームでは何度も越えた。
何度も死んで。
何度も覚えて。
何度も挑戦して。
そして、いつか突破した場所。
でも今回は違う。
ここで死ねば、本当に終わる。
俺は霊馬から降りた。
「ここは……自分の足で行こう」
長刀を抜く。
刀身が陽の光を反射した。
目の前には、王直属の兵士たち。
その後ろには、ゾンビ犬。
さらにその先には、大きな門。
門の向こうには弓兵。
そして――
トロール。
「……」
俺は一歩、踏み出した。
怖い。
身体はまだ震えている。
それでも。
「行くしかない」
長刀を構える。
「俺の……最初の試練だ」
古びた石畳の上。
最初の関門を越えるための戦いが――
始まろうとしていた。




