第三十三話
赤き荒野。
俺たちは、夜が明ける頃にはその入口まで辿り着いていた。
目の前に広がっているのは、名前の通り赤く染まった大地。
草はほとんど生えていない。
遠くまで続く地面は赤茶色で、ところどころに黒い岩が突き出している。
「……ここが、赤き荒野か」
ゲームでは何度も見た景色。
でも。
実際に見ると、思っていた以上に何もない。
「静かだな」
俺が呟く。
「油断はするな」
隣を走るアークが答えた。
「この土地は、見た目以上に危険だ」
「やっぱり知ってるのか?」
「ああ。以前、教団の騎士として何度か来たことがある」
「なるほど」
アークは辺りを見回している。
その様子を見る限り、俺よりもこの場所に慣れているらしい。
俺たちは、そのまま荒野を進んだ。
しばらくすると。
遠くに何かが見えた。
「……人?」
赤い大地の上を、何かが歩いている。
最初は人間に見えた。
でも。
近づくにつれて、違和感が大きくなる。
腕が異様に長い。
身体は不自然に曲がっている。
顔も、人間のものとは思えない。
「……人間だったもの」
アークが呟いた。
「元は人間なのか?」
「ああ」
それだけ答えると、アークは薙刀を構えた。
「来るぞ」
異形がこちらに気づいた。
そして。
四つん這いになったかと思うと、一気に地面を蹴った。
「速っ!」
俺は長刀を構える。
異形が飛びかかってくる。
横へ避ける。
そのまま振り返り、長刀を振る。
腕を斬り裂いた。
だが。
「まだ動くのか!」
異形は止まらない。
傷口から黒い液体を流しながら、再び襲いかかってくる。
俺が距離を取った瞬間。
横から巨大な薙刀が振り抜かれた。
ズガンッ!
異形の身体が吹き飛ぶ。
「……すご」
アークの薙刀は、やっぱり重い。
一撃で敵を大きく吹き飛ばしている。
「旺樹殿!」
「ああ!」
俺は踏み込む。
倒れた異形に長刀を振り下ろした。
今度こそ動かなくなった。
「……ふぅ」
俺は長刀を振って血を払う。
「これが人間だったのか……」
「この土地では珍しくない」
アークが答える。
「教皇の影響か?」
「それは分からない」
アークは倒れた異形を見る。
「だが、昔からこの土地にはこういうものがいる」
「そっか……」
俺は先へ進んだ。
しばらくすると、今度は遠くから何かが走ってくる。
「今度は何だ?」
「犬だ」
「犬?」
その姿を見て、俺は思わず目を見開いた。
「いや、でかすぎるだろ……」
普通の犬の何倍もある。
牙を剥き出しにして、こちらへ向かってくる。
「来るぞ!」
アークが薙刀を構える。
犬が飛びかかった。
アークが薙刀を振る。
だが、犬は空中で身体を捻って避けた。
「速い!」
そのまま俺へ向かってくる。
俺は横へ飛び、長刀を振った。
犬の胴体を浅く斬る。
着地した犬が振り返る。
俺と目が合った。
「……怖いな」
犬が再び走る。
今度は俺が前へ出た。
攻撃をかわし、懐へ入る。
長刀を振り抜いた。
犬が倒れる。
「……よし」
俺は息を吐いた。
「やっぱり、この辺の敵も強いな」
「まだ序の口だ」
「え?」
アークが空を見上げた。
「……大鴉だ」
「カラス?」
上空を、一羽の大きなカラスが飛んでいる。
そのまま俺たちの頭上を通り過ぎていった。
「なんだ。襲ってこないのか」
俺がそう言った瞬間。
遠くから、別のカラスが飛んできた。
そして、また一羽。
さらに一羽。
「……ん?」
気づけば、空に黒い影が増えていた。
一羽。
二羽。
十羽。
二十羽。
「……おいおい」
どんどん増えていく。
空が黒く染まっていく。
「アーク」
「ああ」
アークが薙刀を構える。
「来るぞ」
次の瞬間。
カラスの大群が一斉に急降下してきた。
「うわっ!」
俺は長刀を振る。
一羽を斬り落とす。
だが、別のカラスが横から飛び込んできた。
「多すぎるだろ!」
俺は身を低くして避ける。
頭上を何羽ものカラスが通り過ぎる。
アークの巨大な薙刀が横薙ぎに振り抜かれた。
ズガァッ!
何羽ものカラスが吹き飛ぶ。
「すご……」
巨大な薙刀が、こういう相手にはよく合っている。
だが。
まだ来る。
次々とカラスが襲いかかってくる。
「いったい何なんだよ、こいつら!」
俺が叫ぶ。
「死体を狙っている!」
「死体?」
俺は足元を見る。
さっき倒した異形。
そして、その少し先には倒した巨大な犬の死体もある。
「……なるほど」
カラスたちは俺たちを食べたいわけじゃない。
死体を食べるために、邪魔な俺たちを襲っている。
「だったら……」
俺は長刀を握り直す。
「さっさと倒して通るか!」
アークが頷く。
「承知した!」
二人でカラスの群れを迎え撃つ。
俺は一羽ずつ狙いを定めて斬り落とす。
アークは巨大な薙刀を振り回し、まとめて吹き飛ばしていく。
しばらくすると。
カラスの数が減ってきた。
「……よし」
最後の一羽を斬り落とす。
残ったカラスたちは、仲間の死体を見ていた。
そして。
一斉に空へ飛び上がった。
「逃げた……?」
俺が空を見上げる。
黒い群れが遠ざかっていく。
「いや」
アークが言った。
「目的を変えただけだろう」
「え?」
俺が振り返る。
カラスたちは、少し離れた場所にある死体へ向かっていた。
そして。
群れになって死体を啄み始めた。
「……本当に死体を食べるのか」
俺は少しだけ顔をしかめた。
「この土地では、それも珍しくない」
「……そういう場所なんだな」
俺たちはカラスの群れを背に、さらに荒野を進んだ。
歩いても。
歩いても。
景色はほとんど変わらない。
赤い大地。
黒い岩。
遠くに見える山。
そして。
時々、何かの鳴き声が聞こえる。
「……ゲームで見ていた時は、もっと簡単に感じたんだけどな」
思わず口に出す。
「何か言ったか?」
「いや、何でもない」
俺は前を見る。
すると。
遠くに、何かが立っているのが見えた。
「……あれは?」
人の形をしている。
でも。
動かない。
黒い鎧を着ている。
「騎士……?」
アークが足を止めた。
「……いや」
その声が低くなる。
「近づくな」
「え?」
「様子がおかしい」
俺も長刀を構える。
少しずつ近づいていく。
黒い鎧。
兜。
手には剣。
だが。
鎧の隙間から、黒い霧のようなものが漏れている。
「……瘴気?」
その瞬間。
騎士が動いた。
ガシャッ。
ゆっくりと顔を上げる。
そして。
こちらへ向かって歩き始めた。
「旺樹殿」
アークが薙刀を構える。
「こいつは……普通の騎士ではない」
黒い霧が、さらに鎧の隙間から溢れ出す。
その姿を見て。
俺はゲームで見た情報を思い出した。
「……腐敗の騎士」
俺は長刀を握り直した。
目の前の騎士には。
中に、人間が入っている気配がなかった。
ただ黒い瘴気だけが。
鎧を動かしていた。




