第三十二話
夜。
俺は霊馬に乗り、赤き荒野へ向かっていた。
セイスベールから聞いた話が、頭から離れない。
八人の子供たち。
教皇グレイスラットに人質として捕らえられている。
その子供たちを助けるために、俺は次のエリアへ向かっている。
「……早く助けないとな」
街を離れてしばらく進む。
辺りに明かりはない。
月明かりだけが、夜の道を照らしている。
やがて、前方に何かが見えた。
「……ん?」
道の真ん中に、黒い塊がある。
最初は岩かと思った。
でも。
それは、ゆっくりと動いた。
「……馬?」
黒い馬だった。
しかも、かなり大きい。
その上に、一人の騎士が乗っている。
全身を黒い鎧で包み、手には巨大な薙刀。
「……まさか」
月明かりに照らされた姿を見て、俺は息を呑んだ。
「黒騎兵アーク……」
ゲームで何度も戦った敵だ。
そして。
こいつが落とすアイテムは、かなり有用だった。
ゲームをやっていた頃、何度も欲しいと思っていた。
「まさか、こんなところで会うとはな……」
俺は霊馬から降り、長刀を抜いた。
黒騎兵アークは、何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
そして。
巨大な薙刀を構えた。
「……来るか」
黒い馬が地面を蹴った。
次の瞬間。
凄まじい勢いで迫ってくる。
「速っ!」
アークが巨大な薙刀を横薙ぎに振る。
俺は身を低くしてかわした。
薙刀が目の前を通り過ぎる。
風圧で髪が大きく揺れた。
そのまま薙刀が地面を削る。
ザァッ!
「……やっぱり強いな」
ゲームで何度も見た動き。
それでも。
現実になると、迫力が違う。
俺は長刀を握り直した。
アークが再び馬を走らせる。
巨大な薙刀が、今度は上から振り下ろされた。
俺は横へ飛んだ。
地面が大きく抉れる。
「危なっ……!」
続けて横薙ぎ。
後ろへ下がる。
さらに突き。
紙一重でかわす。
アークの攻撃は、一撃一撃が重い。
まともに受けたら終わる。
でも。
動きはゲームで知っている。
攻撃の後に、わずかな隙がある。
「そこだ!」
俺は踏み込み、長刀を振る。
鎧に刃が当たった。
ガキンッ!
浅い。
でも、効いている。
アークが馬を止める。
「……」
俺は距離を取った。
アークは再び薙刀を構える。
今度は、さっきより慎重だ。
「なるほど……」
俺は長刀を構え直す。
「やっぱり、ただ強いだけじゃないな」
アークが馬を走らせた。
俺も踏み込む。
巨大な薙刀と長刀が交差する。
何度も攻撃をかわし、隙を狙う。
少しずつ。
少しずつ。
俺が押していく。
そして。
アークの攻撃をかわした瞬間。
俺は長刀を振り抜いた。
ガキンッ!
アークの鎧が大きく揺れる。
黒い馬が後退した。
「……!」
アークが初めて動きを止めた。
俺は長刀を構えたまま、息を整える。
すると。
「……なぜだ」
低い声が聞こえた。
「え?」
アークがこちらを見ている。
「なぜ、お前はそれほどまでに強い?」
「……」
喋った。
ゲームでは。
こいつは一言も喋らなかった。
「俺の名はアーク」
黒い騎士は名乗った。
「お前は?」
「……旺樹」
「旺樹殿か」
アークは薙刀を下ろした。
俺も長刀を少し下げる。
「一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「お前は、これから赤き荒野へ向かうのか?」
「ああ」
「何をしに行く?」
「……セイスベールの子供たちを助ける」
「……!」
アークの動きが止まった。
「セイスベール様の……?」
「ああ。八人いるらしい」
アークはしばらく黙っていた。
「そうか……」
やがて、静かに口を開く。
「俺は、セイスベール様を知っている」
「知ってるのか?」
「話したことはない」
アークは月を見上げた。
「前の教皇に仕えていた頃、一度だけお見かけした」
「……」
「その時からだ」
アークは少しだけ間を置いた。
「俺は、セイスベール様に惚れている」
「……」
思わず黙ってしまった。
まさか、そんな言葉まで出てくるとは思わなかった。
ゲームと現実では、こんなにも違うのか。
ゲームでは、黒騎兵アークはただの敵だった。
それが現実では。
一人の女性に惚れている騎士になっている。
「まあ……」
俺は少し考えてから言った。
「確かに、セイスベールは可愛いもんな」
「……分かってくれるか」
「いや、そこじゃないけど」
思わず苦笑する。
アークは少しだけ嬉しそうだった。
でも。
その表情は、すぐに真剣なものへ変わった。
「先ほど、旺樹殿から聞いた」
アークは赤き荒野の方を見る。
「セイスベール様の子供たちが、人質に取られていると」
「ああ」
「それなら……」
アークは巨大な薙刀を握り直した。
「セイスベール様を悲しませている教皇を、俺は許せない」
その声には、強い怒りがこもっていた。
「だから、俺も行く」
「赤き荒野へ?」
「ああ」
「子供たちを助けるために」
俺はアークを見る。
ゲームでは、こいつは敵だった。
何度も戦って。
何度も倒した。
欲しいアイテムを落とすから、倒したかった。
でも。
現実のアークは違う。
セイスベールを想い。
その子供たちを助けようとしている。
「……分かった」
俺は頷いた。
「一緒に行こう」
「感謝する、旺樹殿」
アークは巨大な薙刀を背負った。
そして、黒い馬に乗る。
俺も霊馬に乗った。
二頭の馬が、夜の道を進んでいく。
その先にあるのは。
赤き荒野。
そして。
セイスベールの子供たちを人質に取る、教皇グレイスラット。
「……絶対に助ける」
俺は前を見た。
こうして俺は。
黒騎兵アークと共に、赤き荒野へ向かうことになった。




