第二十九話
カニスマヨルを倒したあと、俺は城の奥へ進んだ。
さっきまでとは違う。
敵の姿がほとんどない。
たまに黒灰色の服を着たカルト教団の者がいる程度で、向こうもこちらに気づくと距離を取っていく。
俺も無理に戦おうとはしなかった。
回復薬は、残り一本。
これ以上の戦闘は避けたい。
長い廊下を進む。
大きな窓から湖が見える。
遠くに街並みも見えた。
さっきまで激しい戦闘をしていたのが嘘みたいに静かだった。
そして。
廊下の先に、大きな扉が見えた。
「……ここか」
俺は足を止める。
この先にいる。
星霜の女王。
セイスベール。
ゲームでは、ここからがボス戦だった。
俺は長刀を握り直す。
そして、扉を開いた。
ギィィィ……。
「……来たのですね」
部屋の奥。
そこに、一人の女性が立っていた。
長い髪。
女王らしい装い。
そして、その手には魔力が集まっている。
明らかに臨戦態勢だった。
「……!」
俺も反射的に長刀を構える。
女性は俺をまっすぐ見据えた。
「我が名は、星霜の女王セイスベール」
凛とした声。
そこには王臣としての威厳があった。
俺は長刀を構えたまま、彼女を見る。
……でも。
何かがおかしい。
ゲームで見たセイスベールより、かなり幼い。
もっと大人びた姿だったはずだ。
それに、こうして実際に目の前にすると……。
なんというか。
普通に可愛らしい。
女王というより、少し背伸びをしている少女のようにも見える。
「あなたは何者です?」
「俺は……」
そこで俺は、部屋の中を見回した。
おかしい。
何もいない。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや……」
俺は目を疑った。
ゲームでは違った。
この部屋に入った瞬間、セイスベールの周囲には大量の精霊がいたはずだ。
火。
水。
雷。
風。
様々な属性の精霊がセイスベールを取り囲んでいた。
そして、それぞれが魔法を放ってくる。
精霊を倒して、ようやくセイスベール本人に攻撃できる。
それが、このボス戦だった。
なのに。
「……精霊は?」
「え?」
「いや、周りに……精霊とか」
「いないですけど?」
セイスベールが首を傾げた。
「……」
やっぱり、おかしい。
カニスマヨルもそうだった。
あいつもゲームでは、ただの中ボスだった。
喋らなかった。
なのに現実では喋った。
そして今度は、セイスベールの周囲にいるはずの精霊までいない。
「……セイスベール」
「はい?」
「あなたは、俺と戦うつもりなのか?」
セイスベールは少しだけ困ったような顔をした。
「そのつもりではありますけど」
「なんで?」
「王臣ですから」
「……」
その答えも、ゲームと同じだった。
でも。
何かがおかしい。
俺は長刀を下げなかった。
「一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「カニスマヨルは、あなたを見張っていた」
セイスベールの表情が変わった。
「……あの子と会ったんですね」
「ああ」
「そうですか……」
少し俯く。
俺は続けた。
「カニスマヨルは、あなたがカルト教団に魔法を教えていると言っていた」
「……」
「王のための魔法軍団を作るために」
セイスベールは黙っていた。
しばらくして。
「……そうよ」
小さな声だった。
「どうして?」
「どうしてって……」
セイスベールは俺を見る。
その目には、さっきまでの戦意がほとんどなかった。
「教えたくて教えてるわけじゃないし」
「じゃあ、何で……」
「子供たちを、人質に取られてるの」
「……子供?」
セイスベールの目に涙が浮かんだ。
「私の子供たち」
「……何人いる?」
「八人」
「八人……?」
「そう。八人」
セイスベールは涙を拭う。
「私、一応女王だけどさ」
そこで、急に口調が変わった。
「子供八人育ててるシングルマザーなんだけど?」
「……え?」
「いや、マジで大変なんだからね?」
先ほどまでの威厳は、どこかへ消えていた。
「今の王なんて、ぶっちゃけ大っ嫌いだし」
「……大嫌い?」
「大嫌い。マジで無理」
俺は思わず黙った。
女王の口から出る言葉とは思えない。
「じゃあ、どうして王のために魔法を教えてるんだ?」
「だから子供たちが人質なの!」
セイスベールが少し声を荒らげる。
「次のエリアにいる黒灰のカルト教の教皇に捕まってるの!」
「教皇……」
「そう。あいつらが子供たちを返してくれない限り、私は逆らえないの」
セイスベールは拳を握った。
「だから仕方なく教えてるの。あいつらに魔法を」
「……」
「本当は、そんなことしたくない」
涙が一粒、頬を伝った。
「でも、子供たちを見捨てるなんてできないじゃん」
俺は何も言えなかった。
ゲームでは。
こんな話はなかった。
セイスベールは敵だった。
倒すべき王臣だった。
ただ、それだけだった。
でも。
目の前にいる彼女は違う。
八人の子供を人質に取られて、嫌いな王のために魔法を教えさせられている。
「……じゃあ」
俺は長刀を少し下げた。
「俺が子供たちを助けたら?」
「え?」
「子供たちを取り返したら、どうする?」
セイスベールは、しばらく俺を見つめた。
そして。
「……その時は」
涙を拭って、小さく笑った。
「私の王証、持っていっていいよ」
「……王証を?」
「うん」
セイスベールは頷く。
「子供たちを取り返してくれるなら、私はあなたと戦わない」
俺は長刀を完全に下ろした。
「……分かった」
頭の中では、まだ整理できていない。
ゲームとは違う。
何もかもが違っている。
だけど。
一つだけ、はっきりしたことがある。
この世界では、王臣をただ倒せばいいわけじゃない。
俺はセイスベールを見る。
「まず、子供たちを助ける」
「……本当に?」
「ああ」
セイスベールの顔が、少しだけ明るくなった。
「……ありがと」
そして彼女は、涙を浮かべたまま笑った。
「ほんと、助かる……」
俺は思った。
この女王。
なんか……。
「……ギャルだな」
「何か言った?」
「いや、何でもない」
俺は視線を逸らした。
とりあえず。
話を聞くことはできた。
次にやることも決まった。
八人の子供たちを取り戻す。
そのために。
俺は次のエリアへ向かうことになる。




