第二十四話
塔の入口には、扉らしい扉がなかった。
壁に沿って歩いていると、足元に淡い光が浮かび上がる。
「……これか」
ゲームで何度も見た転移装置。
旺樹は迷うことなく、その光の上に乗った。
次の瞬間。
視界が白く染まり、身体がふわりと浮いたような感覚に襲われる。
そして目を開けると、そこは塔の最上階だった。
円形の広い部屋。
本棚には分厚い本が並び、壁際には見たことのない道具や瓶がいくつも置かれている。
中央には大きな机。
その向こう側に、一人の女性が立っていた。
白いローブ。
大きな魔女帽子。
赤い瞳が、旺樹を見つめている。
「……来たか」
「マリ」
大魔女マリ。
ゲームで何度も会った人物だった。
けれど、実際に目の前にいるマリは、記憶の中とは少し違って見える。
ゲームでは、決められた場所で決められた言葉を話していた。
今は違う。
マリはしばらく旺樹を見つめていた。
「お前……本当に、あの男を倒したのだな」
「ああ」
旺樹は頷く。
「なんとかね」
「そうか」
マリは小さく笑った。
「ならば、少し頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「ああ」
マリは机の上に置かれていた杖を手に取った。
「私を、ある場所へ連れて行ってほしい」
「俺が?」
「そうだ」
旺樹は少し考えた。
ゲームの中で、マリからこんな頼みをされたことはなかった。
「どこへ行くんだ?」
「それは……」
マリは一度、言葉を止めた。
「まだ、お前には話せぬ」
「そうなの?」
「ああ」
マリは静かに頷いた。
「知らぬ方がよいこともある」
旺樹は少しだけ眉を寄せた。
ゲームで知っているマリとは違う。
やはり、ここは『王環』の世界であって、ゲームそのものではない。
「じゃあ、どうすればいい?」
「その場所へ行くには、地下を通らねばならぬ」
「地下?」
「ああ」
「普通の道じゃ行けないのか?」
「行けぬ」
即答だった。
「なら、地下を通るために何か必要なの?」
「地下を治める者に、道を開けてもらう必要がある」
「地下を治める者……」
旺樹は考えた。
地下。
その言葉には聞き覚えがあった。
『王環』には、地下へ続く場所がいくつか存在していた。
ただ――。
旺樹は一度も、そこへ行ったことがない。
何周もしてきたが、攻略するうえで必要な場所ではなかったからだ。
だから、そこに何があるのかも詳しくは知らない。
「……地下に、そんな場所があったのか」
「ある」
マリは短く答えた。
「そこへ行く必要がある」
「その地下を治めてる人と話をするってこと?」
「そうだ」
「分かった」
旺樹は少し考えた。
知らない場所。
知らない相手。
何が待っているのかも分からない。
けれど、マリがそこへ行きたいというのなら――。
「連れていくよ」
マリが少し目を見開いた。
「……よいのか?」
「ああ」
旺樹は頷いた。
「ただ……」
少しだけ考えてから続ける。
「今すぐじゃなくてもいい?」
マリは一瞬だけ旺樹を見つめた。
そして、穏やかに笑った。
「もちろんだ」
「いいの?」
「お前にも、お前の都合があるだろう」
「助かるよ」
「準備ができた時に来ればよい」
マリは快く頷いた。
「その時に、私も準備をしておこう」
「分かった」
旺樹も頷く。
地下へ向かう。
そう決めたからといって、今すぐ向かう必要はない。
まだ、この国で確認したいこともある。
それに――。
ゲームでは知らなかった場所へ行くのだ。
準備くらいはしておきたい。
「じゃあ、また来るよ」
「ああ」
マリは笑顔で答えた。
「待っているぞ」
旺樹は転移装置へ向かって歩き出す。
ふと、振り返る。
白いローブを着たマリが、こちらを見ている。
ゲームで何度も見た姿。
それなのに、今はまるで別人のように感じた。
旺樹は小さく笑う。
「……やっぱり、現実なんだな」
そう呟いて、塔を後にした。




