第二十三話
街へ入る。
その瞬間、旺樹は足を止めた。
「……人がいる」
道の両脇には白い壁の建物が並び、店先には商品が並べられている。
街の中を、人々が行き交っていた。
買い物をする者。
荷物を運ぶ者。
立ち話をする者。
どこにでもある、普通の街の光景だった。
「……ゲームじゃ、こんな場所じゃなかったよな」
旺樹の知っている『王環』では、この街に普通の住人はいなかった。
ゲームを進めるための場所。
そこにいるのは、ほとんどが王を崇拝する黒灰のカルト族だった。
彼らは王を心から信じていて、王に害をなすものなら誰であろうと襲ってくる。
旺樹も、ゲームの中では何度も戦った。
だからこそ。
目の前を歩いている男を見た瞬間、旺樹の手が長刀へ伸びた。
黒と灰色の長い衣。
胸元には、王の紋章。
「……黒灰のカルト族」
ゲームでは敵だった。
だが。
男は旺樹を見ることもなく、そのまま店の中へ入っていった。
しばらくすると、店から出てきた男は買った物を抱えて、何事もなかったように歩いていく。
「……襲ってこない」
旺樹はしばらく男の背中を見つめた。
すると今度は、同じような服を着た小さな子供が走ってきた。
「お母さん!」
少し離れた場所にいた女性へ駆け寄る。
女性は笑いながら子供を抱き寄せた。
「遅かったね」
「うん!」
二人は手を繋いで歩いていく。
旺樹は言葉を失った。
ゲームでは、この子供たちも敵だった。
何度も倒した。
それが今は、ただの子供として暮らしている。
「……そっか」
旺樹は長刀から手を離した。
「服が同じだからって、敵とは限らないんだな」
ゲームの中では、敵か味方かが決められていた。
でも、ここは違う。
ここにいる人たちは、それぞれ意思を持って生きている。
改めて、それを思い知らされた。
街の中央へ進むにつれて、旺樹は何度も空を見上げた。
街の遥か上。
雲にも届きそうなほど高い場所に、巨大な建物が浮かぶように建っている。
城というより、大きな教会のような姿だった。
「あれが……セイスベールのところか」
ゲームで何度も見た場所。
星霜の女王、セイスベール。
この国を治める王臣の一人。
ゲームでは、ここへ辿り着けばセイスベールとの戦いが始まる。
話し合うことなんてなかった。
敵として現れて、戦う。
それだけだった。
「……でも」
旺樹は巨大な建物を見上げる。
「ここなら、話くらいはできるかもしれないな」
そのまま街を歩いていると、少し開けた場所に出た。
そこに、一人の大男がいた。
普通の人間よりも、はるかに大きい。
手には大きな槌を持っている。
「……もしかして」
男が旺樹に気づいた。
「おう。旅の者か」
「鍛冶士?」
「ああ。モロトフという」
旺樹はモロトフを見て、少しだけ目を細めた。
ゲームでも、この街には鍛冶士がいた。
武器を強化するために何度も訪れた場所だ。
「……やっぱり、いるんだ」
「何がだ?」
「いや、なんでもない」
旺樹は腰の長刀へ目を向けた。
モロトフも、その視線に気づく。
「その刀、見せてみろ」
「これ?」
旺樹が長刀を差し出す。
モロトフは刀身を眺め、しばらく黙っていた。
「悪くない刀だ」
「強くできる?」
「ああ。まだ伸びしろがある」
旺樹は少しだけ驚いた。
「……ゲームと同じか」
「何?」
「いや」
思わず口に出してしまった。
『王環』では、鍛冶士に必要な鉱石を渡せば武器を強化できた。
当然、この世界でも同じ仕組みがある可能性は考えていた。
でも、実際に目の前の鍛冶士から聞くと、少し不思議な気分になる。
「それで、何が必要なんだ?」
「鉱石だ」
モロトフは湖の方を指差した。
「湖の近くに洞窟がある。そこで採れる」
「洞窟……」
「ああ。だが、簡単な場所じゃないぞ」
「何がいる?」
「死者に、巨大な魔物だ」
旺樹は少し考える。
ゲームでも、湖の周辺にはいくつかの洞窟があった。
もちろん、敵も多い。
「分かった。探してみる」
「鉱石を持ってきたら、刀を見てやろう」
「ああ。頼む」
モロトフと別れ、旺樹は湖の方へ歩き始めた。
湖は相変わらず綺麗だった。
風が水面を揺らし、遠くでは鳥が飛んでいる。
そんな景色を眺めながら歩いていると、街の外れにある丘が目に入った。
「……あれ?」
丘の上。
三本の高い塔が並んでいる。
その中でも、一番高い塔には見覚えがあった。
「大魔女マリの塔……」
ゲームで何度も見た場所だ。
その近くには、レイヴァンがいる塔もある。
そして、もう一本。
ゲームでは中に入ることのできなかった塔。
「そういえば、マリにも会えるんだったな」
旺樹は少し考えた。
鉱石を探すのも大事だ。
だが、この世界について知るためにも、知っている人物と話しておくのは悪くない。
「……まずは、マリに会ってみるか」
旺樹は三本の塔へ続く道を歩き始めた。
しばらく進んだところで、地面が淡く光った。
「……!」
反射的に横へ飛ぶ。
直後。
空から一本の光が落ちてきた。
ドンッ!
旺樹がいた場所に、魔術の光が突き刺さる。
「うわっ!」
続けて、少し離れた場所にも光が落ちる。
そして、さらに一本。
「そうだった……この道か」
ゲームでも何度も通った道。
空から魔術の光が降り注ぐ危険な場所。
旺樹は空を見上げ、次に光が落ちる場所を予測する。
走る。
避ける。
また走る。
ゲームで覚えた道を、今度は自分の足で進んでいく。
やがて光の間隔が長くなり、旺樹はようやく足を止めた。
「……よし」
目の前には、三本の塔。
その中でも一番高い塔を見上げる。
「まずは、マリに会ってみるか」
旺樹は塔へ向かって歩き出した。




