第十五話
トロールが動く。
旺樹は、その動きをじっと見ていた。
大きく振りかぶる。
ゲームで何度も見てきた動きだ。
「……まだ、いける」
振り下ろされた武器を、横へ飛んでかわす。
地面が大きくえぐれ、土が跳ね上がった。
旺樹はすぐに距離を詰める。
長刀を振るい、トロールの脚を斬る。
深追いはしない。
一撃。
そして離れる。
トロールが振り返る。
再び武器を振るう。
旺樹はそれをかわし、また距離を取った。
何度も繰り返す。
攻撃して、離れる。
隙を見つけて、また攻撃する。
それだけだった。
派手な戦技を使う余裕はない。
持久力もかなり消耗している。
それでも、少しずつ変化が出てきた。
「……遅くなってる」
トロールの動きが、明らかに鈍くなっていた。
最初に見たときほどの勢いがない。
武器を振る動作も、足取りも、わずかに重くなっている。
毒娥が残してくれた効果も、まだ効いている。
完全に動きを止めるほどではない。
それでも、この僅かな差が大きかった。
「もう少し……」
旺樹は長刀を握り直した。
トロールがこちらを見る。
そして、大きく武器を振り上げた。
「来る!」
旺樹は横へ飛んだ。
巨大な武器が、すぐ横を通り過ぎる。
そのまま地面へ叩きつけられ、土煙が舞った。
旺樹はその隙を逃さない。
一気に踏み込む。
長刀がトロールの脚を斬った。
「これで……!」
トロールが大きくよろめく。
旺樹は一度距離を取ろうとした。
だが――。
トロールの身体が、さらに前へ傾いた。
「……!」
体勢が崩れている。
ゲームで何度も見てきた動き。
今なら――。
「ここだ!」
トロールが前のめりに倒れていく。
ドォンッ!
巨大な身体が地面へ叩きつけられた。
大地が揺れる。
旺樹は迷わなかった。
一気に駆け寄る。
そして――。
倒れたトロールへ、長刀を突き込んだ。
致命の一撃。
長刀が深く食い込み、トロールの身体から力が抜けていく。
しばらくして、その巨体は完全に動かなくなった。
「……」
旺樹は長刀を抜いた。
荒い息を繰り返しながら、倒れたトロールを見つめる。
「……勝った」
その言葉が、自然と口からこぼれた。
ゲームでは、何度も倒した。
何度も同じ動きを見て、何度も同じ場所を攻撃した。
けれど、今は違う。
目の前にいるのは、画面の中の敵じゃない。
自分が本当に戦って、本当に倒したトロールだった。
「……俺、ゲームじゃなくて……本当に、こいつを倒したんだ」
旺樹は、ゆっくりと息を吐いた。
そして、ふと周囲を見る。
「……毒娥」
もう、そこに姿はない。
敵の攻撃が少しでも当たれば消えてしまうほど、あまりにも脆い。
それでも戦っている間、ずっとトロールの周囲を飛び回っていた。
動きを鈍らせてくれた。
その僅かな助けがなければ、もっと苦戦していたはずだ。
もしかしたら――。
勝てなかったかもしれない。
「助かったよ」
旺樹は、もういない毒娥に向かって小さく笑った。
「ありがとう」
返事はない。
けれど、旺樹はそれ以上何も言わなかった。
一度だけ深く息を吐く。
「……よし」
長刀を握り直す。
「一つ、越えたな」
だが、まだ終わりじゃない。
この先には――。
最初の王臣。
忌鬼の戦士、イメイが待っている。
旺樹は、前方へ視線を向けた。
「……次だ」
そう呟いて、ゆっくりと歩き出した。




