第十三話
準備を終えた旺樹は、地図を片手に門へと向かっていた。
腰には長刀。
身につけているのは、動きやすさを重視した軽装。
そして、二つの護符。
一つは技量を高めるもの。
もう一つは持久力を高めるものだ。
これまで集めてきたものを確認しながら、旺樹はゆっくりと歩く。
「……ここから先か」
目の前には、巨大な門。
その向こうには、ゲームの中で何度も見た場所がある。
そして、その先には――。
「トロール……」
旺樹は一度だけ深呼吸した。
何周もしたゲームだ。
攻撃パターンも知っている。
どの攻撃の後に隙ができるのかも、ある程度は覚えている。
けれど。
「ゲームじゃないんだよな……」
そう呟いて、長刀の柄を握る。
今回は、一度死んだら終わり。
なら、知っているからこそ慎重にいく。
門を抜ける。
その瞬間だった。
ヒュッ。
「!」
風を切る音。
旺樹は反射的に横へ飛んだ。
ドンッ!
目の前の地面に矢が突き刺さる。
「弓兵……!」
門の上を見る。
やはりいた。
ゲームと同じ場所。
弓を構えた兵士が、こちらへ向けて次の矢を番えている。
「そうだった。こいつ、動かないんだよな」
弓兵はその場から動く様子がない。
まるで巨大な砲台だ。
射程内にいる限り、こちらを狙い続けてくる。
「まずは、こいつをどうにか……」
その瞬間。
地面に大きな影が落ちた。
「……え?」
旺樹が空を見上げる。
何かがいる。
巨大な何かが――。
「うそだろ」
次の瞬間。
ドォォォン!!
凄まじい衝撃とともに、巨大な身体が目の前へ落下した。
地面が揺れる。
土煙が舞う。
旺樹は思わず後ろへ飛び退いた。
「……トロール」
五メートルはある巨体。
ゲームで何度も見た姿。
その手には巨大な武器。
旺樹は長刀を構えた。
「いきなり上から落ちてくるのも、ゲームと同じかよ……」
トロールがゆっくりと顔を上げる。
そして。
旺樹を見た。
「……来る」
巨体が動いた。
速い。
「っ!」
振り下ろされた一撃を、旺樹は横へ飛んで避ける。
しかし――。
完全には避けきれなかった。
風圧のような衝撃が身体をかすめる。
「ぐっ!」
身体が吹き飛び、地面を転がった。
「痛っ……!」
腕が痺れる。
たった一度、掠めただけ。
それなのに、今までの敵とは比べ物にならない。
旺樹はすぐに立ち上がった。
「……今ので、これかよ」
腕を見る。
幸い、大きな傷はない。
だが、もし今の攻撃がまともに当たっていたら。
そう考えた瞬間、背筋が冷たくなった。
「一発食らったら……死ぬな」
ゲームの中でも、トロールの攻撃力は高かった。
何度も殺された。
だからこそ、その威力は知っている。
だが。
ゲーム画面越しに見るのと、実際に身体で感じるのとでは全く違う。
「まともに食らったら終わりだ」
トロールが再び動く。
旺樹は長刀を構え直した。
「……よし」
逃げることもできる。
門の外まで引っ張り出せば、弓兵の攻撃も届かなくなる。
だが、その前に確認しておきたいことがある。
「ゲームと同じ動きをするのか」
旺樹はトロールから距離を取った。
攻撃しない。
ただ見る。
トロールが武器を振り上げる。
「来る……!」
振り下ろされた。
旺樹は横へ避ける。
ドォン!
地面が大きく抉れた。
「同じだ」
次の攻撃。
今度は横薙ぎ。
旺樹は後ろへ下がる。
「これも同じ」
さらにトロールが身体を捻る。
ゲームで何度も見た動き。
「ここだ!」
旺樹が踏み込む。
長刀を振る。
ザシュッ!
刃がトロールの脚を捉えた。
「入った!」
だが、深追いはしない。
すぐに距離を取る。
トロールが振り返る。
「やっぱり……」
攻撃の後には隙がある。
知っている。
なら、そこだけを狙えばいい。
「ヒットアンドアウェイだ」
旺樹はそう決めた。
攻撃する。
離れる。
観察する。
また隙ができたら攻撃する。
一撃でも食らえば終わるなら、欲張る必要はない。
しかし、その戦い方を続けるには一つ問題がある。
ヒュッ!
背後から矢が飛んできた。
「危なっ!」
旺樹は慌てて横へ避ける。
矢はトロールの身体のすぐ横を通り過ぎ、地面に突き刺さった。
「……あいつが邪魔だな」
門の上の弓兵を見る。
弓兵は動かない。
ただ、こちらを狙っている。
トロールとの戦いに集中すれば、今度は矢が飛んでくる。
弓を避ければ、トロールの攻撃が迫ってくる。
「このままじゃ無理だ」
旺樹は周囲を見回した。
そして、思い出す。
ゲームでは、この先に広い場所があった。
「……外まで引っ張る」
旺樹はトロールの攻撃を避けながら、少しずつ門から離れていく。
「こっちだ!」
トロールが追ってくる。
旺樹は振り返らない。
ただ走る。
背後から巨大な足音が迫ってくる。
ドォン。
ドォン。
ドォン。
そして――。
ヒュッ!
また矢が飛んできた。
しかし、今度の矢は旺樹のすぐ横を通り過ぎた。
「……よし」
門から十分に離れた。
振り返る。
トロールはまだ追ってきている。
門の上の弓兵は、こちらを狙っているものの動かない。
「思った通りだ」
旺樹は長刀を構えた。
ここなら、弓兵を気にする必要はない。
広い。
逃げる場所もある。
そして何より。
「一対一なら……まだやれる」
トロールが咆哮する。
旺樹は足を止めた。
その横で、淡い光が浮かび上がる。
「出てきてくれ」
光がゆっくりと形を変えていく。
羽音のような微かな音。
姿を現したのは――霊媒毒娥。
小さな身体を宙に浮かせ、静かにトロールへ近づいていく。
「頼むぞ」
毒娥から、細かな粉が舞い始めた。
旺樹は長刀を握り直す。
「ここからが本番だ」
トロールが武器を振り上げた。
旺樹はその動きを見つめる。
次の一撃。
その隙だけを狙う。
そして、決して欲張らない。
――一度でも直撃すれば、終わりなのだから。




