海耕
「ところで、3人はそんなに慌てた様子で、どうしたの?」
「もちろん、リュカ君が急に連れ去られたことにびっくりしたのもあるんだけど…」とマリーさんが一通の手紙を手渡しながら言う。
手紙の主はリゼ皇女だった。「お久しぶりです。リュカ殿。さて、南国にあなたが連れ去られた直後に、デッシュの発議が議会で審議されています。デッシュは、南国の独立を承認すべからざる強硬論を唱え、ーーまるで、この事態を待っていたかのように。もし南国の連邦離脱ともなれば、軍を動かすことも暗に示唆しております。また、それに帝国の貴族層の多く、特にユニマル・サンクロウの両国の貴族層が賛成に転じております。引き続き情勢を注視し、何かあれば送ります。リゼより。」
「理由はよくわからないけど、南国の独立を阻止すべく、強硬論が沸き上がっているみたい。」とマリー。
「困ったね。」非常に困った。南国の要望を形にして、これから議会で可決できれば、万事順調に運ぶと思っていた。しかし、そうは問屋が卸さなさそうだ。特に、南国への派兵が実現すれば、南国の離反が決定的なものとなる。そうすれば、双方の国に戦火が包みかねない。
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「とりあえず、整理しましょう。」とリルが提案する。「私達の目的は、南国の離反を防ぐこと。そうよね?」
「いや、そうではなく、南国の要望に沿って海底農場を進めることじゃない?」とマリー。
「とりあえず、本国に使いを送って、本国の方針に従うのは?」とヘレナ。
「いや、それは反対。事態は一刻も猶予がないわ。」とリル。
ヘレナはそれを受けて、少したじろぐもすぐさま答えを切り返す。「そう。だったら、マリーの案に賛成かなぁ。郷に入っては郷に従えというじゃない。」
「ありがとう。ヘレナ。リュカ君、南国で、改革を振るうチャンスだよ。改革の歩みをこの新天地・南国から始めよう!」
「マリーは、なぜ、海底農場にこだわるの?リュカ君の案だから?」とリル。
「そうじゃないのよ。南国の人々の困っていることを解決しないと、南国の不満は解消しない。そうでしょ?」
「じゃあ、まずは本国に奏上しにいかないとね。」とリュカ。
「それでは、送迎はわれらにお任せあれ。」とナーガ。
そのあと、南国国王・ナーガの乗せてくれたタツノオトシ号という潜水艇に乗って、僕達は無事カトゥル帝国の王都に帰還できた。帰還後すぐに、テレサ女帝からの召還要請を受ける。
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「ふむ、海底農場か。」
「まず、まず荒れている海藻森林の再生を目指します。」
「海藻森林とな?」
「はい、ランドゴンの海底は、海藻でできた森林があります。その再生のための植樹計画をユニマルからの補助金で行います。」
「海藻でできた森林か。どのような海藻を植えるのだ?」
「できる限り、南国独自の生態系に元からあった在来種を用います。また、生育にあたり強い品種を選別することも肝要ですね。枯れてしまっては元も子もありませんから。」
「海藻の森林がある程度育ったら、どうなるのだ。」
「おそらく、それらを食べる生き物やプランクトンが寄り付くようになります。また、海藻を隠れ家にする小さな生き物も集まるでしょう。南国の経済と生態系の両立を図ることが期待できます。」
「それをより大きな魚が食べると。」
「そうです。彼らを捕食する大型生物の繁殖に繋がることも期待できます。」
「しかし、汚染問題も解決せんとのう。」
「はい、ユニマル王領と南国との国境線にあたる地域で激しい汚染問題が残っております。これを放置したままでは、せっかく海藻を植えても意味がありません。」
「海を綺麗にし、海藻を増やし、南国の経済発展につなげるか」
「はい、南国の生態系を回復させつつ、新しい漁業や産業を生み出せます。この一石三鳥の案を、議会に宰相案として付託してもよろしいでしょうか?」
「かまわぬ。」と、テレサ女帝の言質を得た。
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さて、この海底農場構想を、どのように議会に通過させるかがカギとなる。
現在のリュカの派閥は、前任の宰相を務めたカルロ閥と、皇運会、それにリルとヘレナの実家である。いずれもあまり爵位の高い家柄ではなく、議会において圧倒的少数でもあることから、法案の通過は厳しいと言わざるを得ない。
カトゥル帝国では、収入の総額を毎年1月に見積もり、その収入の予定額から政策に必要な資金を引き出すシステムをとっているため、従来、予算案の審議というものはなく、専ら法律案の審議をするのが議会の役目である。要するに、法案が廃案となれば、予算もつけようがないのだ。
リュカは、早速リルに相談してみた。「ねぇ、リル。議会を説得するには、何が必要だと思う?」
リルが言うには、「ともかく、この法案の良さを説明して、理解してもらうことが重要じゃない?」
「それをするには、どうすればいいかな。」
「たとえば、環境問題をより理解してもらうためのワークショップを開くとか?」とリル。
「なるほど。議会での説明にあたって、模型を用意しようか。」
「模型の材料の調達については、私に任せて。」とマリー。「ありがとう。いつもの伝手で?」「そうそう。」彼女は、いつもどこからともなくお金や物資を持ってくる。商人と伝手やつながりがあるのかもしれない。
「それじゃあ、ワークショップを行うための根回しと宣伝を、リルと私で行うわね。」
「わかった。」
そして、議会でのワークショップを開催する当日が来た。
「お集まりいただき感謝いたします。今回は、ランドゴン王国で発生している環境破壊問題を議論していただくために、体験型の施設をご用意いたしました。」
「では、こちらをご覧ください。」リュカが指し示したのは、大量の廃棄物を再現した展示である。
「これは、カトゥル帝国各地から運ばれる廃棄物です。ランドゴン王国では、これらを埋め立てることによる環境問題が深刻になっています。」
「これほどの量を、毎年?」
「はい。次はこちらです。」
別の展示には、海の中で暮らす魚や小さな生き物の模型が並べられている。
「海に捨てられたゴミを、魚が餌と間違えて食べてしまうことがあります。また、海岸をむやみに埋め立てたり、ゴミを投棄したりすれば、魚達が暮らせる場所そのものが失われてしまいます。」
「つまり、魚が減っているのは、単に魚を獲りすぎているからだけではないと。」
「そうです。魚たちの住む場所そのものが減っているんです。」
「では、海を守れば魚も増えるのか?」
「必ずとは言えません。ただ、海の環境を守ることが、魚を増やすための一助になることは間違いありません。」
展示を見ていた東国の軍人が、ふと顔を上げた。「…これほど広い海が、まだほとんど利用されていないというのか。」
北国の外交官も、海の模型を眺めながら呟く。「魚だけではない。海には、われわれがまだ知らない資源が眠っているのかもしれん。」
そして、西国の商人は目を輝かせた。「これはいいビジネスになる。」彼は早くも、南国の人々に取り入る方法を考え始めていた。
ワークショップは大盛況だった。ここで問題が発生する。リュカが発案したはずの海底農場構想を、こともあろうにデッシュが主導したいというのだ。結局この案は、テレサ女帝の裁断により、デッシュの意見が却下されたが、このことがデッシュに遺恨を残しはしないだろうかと、一抹の不安を抱えるリュカであった。




