獲算〜予算争奪戦 ヴァルハラ〜
本国に帰還したリュカは、ワークショップを開催した。ワークショップは大盛況であった。たとえば、海底を模した模型を作り、いかにゴミが海底まで漂流するのか、いかにゴミが海の生態系に悪影響を及ぼすのか、について目で見て実感できるようにした。また、魚や海藻などの海洋資源を永続的に活用できるために維持するにはどうすればいいかも考えてもらうため、魚の一生にまつわるサイクルを展示形式でわかりやすく説明した。
これで、海洋生態系や持続可能な漁業についての、臣民の理解が少しでも深まっただろう。
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「ふぅ~。終わった。。」一息つきたい気分のリュカであるが、そんなリュカにリルが次の作業を促す。
「さあ、リュカ様。今回行う予定の南国の開発整備計画のために、補正予算を議会で通さなくてはいけませんよ。」
…そうだった。カトゥル帝国では、例年1月から帝国議会を開会し、3月には閉会する。しかし、議会での議論がそれで終わることはなく、ほぼ一年を通して何かしらの会議は行われる。議会を開催するには1月に始まる定例議会の他に、3つ手がある。ひとつは、議会の4分の1の賛成で皇帝に奏上すること。2つ目は、内閣全員の輔弼(≒助言)により、皇帝が開会すること。3つ目は、皇帝の緊急勅令により開会すること。
この開催方式の違いごとに会議の格が異なる。後に下るほど重要性は低いとされてしまい、そのため議員の士気や意気込みにかかわる。そのため、皇帝の勅令での開催よりも、議会の4分の1の賛成を何としてでも取りたいところだ。
しかし、リュカを大逆罪にするときは、多くの貴族がナッシュから離反したために阻止できたものの、少数与党から出発したリュカ派は現在議会の4分の1すら占めていない。
「では、議会でどのように通過させるかだけど、まず南国の議員は賛成に回りそうだよね。」
「はい、それは我が父君が取り計らってくれるはずです。」とクシイナダがリュカに話す分には、南国出身の議員の票田は得られそうだ。しかし、それはあくまで議会の一部に過ぎない。具体的には、帝国議会の議員の半数が旧・ユニマル王国領から選ばれ、残る半数を4分の1で割った数つまり8分の1ずつ(12人)で東西南北の諸国の議席が与えられる。
つまり、リュカ達も合計10人なので、100人定員の議会では、この案に賛同するのは、22人にしか達しないことになる。
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そこでリュカが目を付けたのが、「環境党」と称される超党派議員連盟の存在であった。しかし、不安材料もある。この議案に反対する勢力も環境党に接近しているというのだ。
リュカは、ヘレナと相談して、議場で環境党に接触することとした。とある定例会議の終了時に、リュカは環境党の席に近づく。「超党派議員連盟・グリーンデイの皆さま。お初にお目にかかります。宰相のリュカ・チェザーレです。」
グリーンデイとは、通称「環境党」と称される議員連盟の正式名称である。なお、このグリーンデイは、超党派の議員からなるため、他の論点ともなると必ずしも主義主張が一枚岩ではない。ここの世話人は、デッシュさんという方らしく、彼が迎えてくれた。
「宰相閣下、よくぞおこしくださりました。ささ、こちらへ。」
デッシュは柔和に笑った。しかし、その眼は笑っていなかった。まるで、こちらを値踏みするように。
「今回の目的は、南国の開発整備計画について、ブリーフィングに参りました。」
「開発整備計画というと、環境汚染の懸念がある。」と一点張りの議員さんたち。リルもマリーもヘレナも、この議員を説得するのは無理だと言っていたけど、僕は違うと思う。むしろ、大同小異。「海の豊かさを守ろう」とする点においては、同じ志を持っている方々だと信じているから、反リュカ派閥からこの環境党を切り崩すのが最善の策だと思う。
「考えてもみてください。海の豊かさを守るためには、その海のなすがままに任せてもいいのでしょうか。我々、人間はすでに魚を獲るという形で、手を加えてしまっているのです。」リュカの懸命な説得に、或る一人の議員が立ち上がって言う。「しかし、さらに人の手を加えてよくなるというのは本末転倒ではないか?」
「それについては、こちらの模型を用意しました。」と僕の合図で、リルが幕を取る。
「こちらは、南国近海の海底を模型にしたものです。」とリルが説明する。
「南国近海の海底は、現在汚染問題や魚獲量の減少などの苦難にあえいでおります。」
「そこで、この度南国にお越しくださったリュカ殿発案である海底農場計画を、南国に導入し、さらに南国を農業特区に指定していただく法案の成立に向けて、御助力をお願いに参りました。」
「汚染問題や漁獲量の減少は、海洋生態に悪い方向に人の手が加えられために発生しています。が、これを海底の生態系に寄与する形に手を加えやすくしたいと思いました。」
「ナーガの三男・クレソンと申します。南国では、ドゥラス伯爵の進めている開発プロジェクトが並立しています。」
「それで、十分ではないのか。」との質問が、議員たちから寄せられる。
「ドゥラス案には、南国の生態系を顧みる姿がございません。開発と称して単に箱物の建設を進め、観光都市として使えなくなれば南国は、都市とともに国ごと放棄されてしまう危険性があるのです。」と反論するのは次男のミントである。
環境党の議員達がざわめきだした。従来の貴族が発案し、王がそれを裁可する貴族議会制で、いままではうまくいっていた。しかし、貴族から出されるアイディアが、必ずしも有効だとは限らない。時代が風雲急を告げるいま、有為な意見を広範な身分層から集める必要があるかもしれない。奴隷であるリュカの宰相就任と、ナッシュの乱の鎮定は、そのような意識の変化を貴族層に与えるインパクトとなった。
「なるほど。南国の海を守るという理念については、我々も賛同いたします。」「今日のブリーフィングは、有意義でした。」「皆さん、環境党の政策にかなう政策だと理解したことでしょう。」とデッシュさんが議員会館の門まで見送ってくれる。
「それでは、1週間後の採決では、よろしくお願いいたします。」とリル。
「ところで、リュカ殿は巷でとある歌が流行っているのは、御存じですか?」
「いや、どのような歌でしょうか。」
「五つに分かれる 川の瀬を ついにつなげる 低い谷 四人の魔人を従えて 丸くおさめる 都かな」
リュカ達は、この歌をだれも聞いたことがなかった。不思議なことに、その歌は最近になって急に広まり始めたものだという。「不思議な歌ですね。どのような意味があるのですか。」ヘレナは思わず尋ねた。
デッシュは、フォッフォと笑って、「その意味はリュカ殿ご自身が見つけるのがよろしゅうございます。」というばかり。
この場の主導権が、完全にデッシュ側にあることを、リュカは否応なく思い知らされていた。
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それから5日後、問題が起きた。なんと、協力を約束してくれたはずのデッシュさんが、法案への反対を言い出したというのだ。しかも、その演説は環境党の総意として発表されたという。
その日リュカの政務室を訪れて、デッシュの寝返りを通報したのはリゼ殿下であった。なんでも、リュカの法案の穴をあげつらう演説をテレサ女帝の前でぶったらしい。
「いったい何があったのかしら…」と、リゼは悲嘆にくれる。なんでも、「デッシュも帝国譜代の直臣の家系でリュカへの反発はあるかもしれないが、どちらかといえば代々の家柄は改革を志向しているため、リュカの改革にむやみに反対するナッシュとは違う」というのが、リゼの見立てらしい。
「しかし、デッシュさんが反対するとなると困ったことになるね。僕が直々に説得に行ってくるよ。」
その翌朝、デッシュさんの屋敷にアポイントメントを入れると、その日のお昼に訪問するなら予定が空いているとのことだった。
お昼に、リル、マリー、ヘレナとともにデッシュ宅を訪れる。
「単刀直入にお聞きします。デッシュ殿は、なぜ法案への支持を撤回なさったのですか?」とリュカは尋ねる。
「リュカ殿は、まっすぐな御仁じゃ。されど、柳のようなしなやかさが足りぬ。」と、デッシュは白髭を撫でながら、ふぉっふぉと笑う。
「とぼけないでください。あなたもリュカ様に楯突こうというのですか。」とリゼ。
「まあ、姫様。なぜ我々が採決の前に不支持を表明するのか。考えても見てくだされ、何もなかったかのようにちょうどばれない程度の票を入れるなり、棄権するなりして、リュカ殿の法案を廃案に追いやるのはたやすいことでございます。」
「そうです。わたしもそれを一番恐れておりました。しかし、そうではなくてあなた方は、我々に助けを求めるこの手段を取られた―。その意図は、デッシュさんが僕に警告するとともに、要求があるからですよね。」
「警告、どんな?」とヘレナ。
「この法案には問題点があること。もうひとつは、うぬぼれていると足元をすくわれるぞ。という心構えかと思います。違いますか?」
デッシュさんの脇にいたメルマという議員が言う。「おっしゃるとおりです。この法案は、南国の生態系を維持するために、南国だけで完結しております。それ自体はいいのですが・・・宰相殿は”下流”だけをご覧になっている。南国の生態系を維持するためには、東国の河川の環境問題にも気を配る必要があると思うのです。というのも、東国の河川の多くは南国の海に繋がっているからであります。」
なるほど、それは盲点だった。南国の要望で、南国の環境をよくするのには務めていたが、東国の河川の環境問題を解決しないと根本的な解決にはならない。たとえば、東国の河川で起こる不法投棄に規制をかけるなどが必要だ。
「それでは、これを帝国全体の問題として適用するように修正を…」とマリー。
「お待ちください。それでは、この法案の内容をよく理解できていない残り2ヶ国。特に利に聡い商業国・西国の反発を招きかねません。」
「そこで、南国に加えて、東国にもこの法案を適用する技術的解決を考えております。」
その時、コンコンとドアがノックされた。「よう、ここにいたか。婿殿!」
「いや~久々だな~」とパンチ陸相は入って来て早々に、リュカに頬ずりをする。髭が濃いパンチなので、リュカは頬が痛い痛い。
「それで、パンチ殿は僕に会いに来るのが目的ですか?」とリュカ。
「いや、今度南国の法案が審議されるだろう?そこに、東国の河川の清浄性を保つ努力義務を入れてくれねぇかなぁと思ってさ。」
「そういうことなら、いまこちらのメルマさんが話していたことですよ。もちろん、お引き受けします。」
「おお!話が速い。」
「(…出来過ぎている。)」東国の河川の話が、あまりにも自然に出てきたからだ。
リュカは一瞬だけ、そう感じた。
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しかし、3日後の審議の時に暗雲が立ち込めた。この前は、賛成派の先頭で音頭をとっていたはずのデッシュさんが、反対派の急先鋒として質問台に立ったのだ。そのせいで、環境党の内部は動揺が走る。
ただ、デッシュさんの議論は、精彩を欠いてはいなかった。いわく、海底農場にはどのくらいのコストがかかるのか、例えば、餌代や施設の維持費はどのぐらいかかるのか。
「海底農場という新プロジェクトを構想するにあたり、さまざまな諸経費が掛かると思います。たとえば、魚介類への餌代や施設の維持費はどうなさいますか。」
それに関して、マリーの試算によると現在の帝国予算の20%を占める。6兆エルが必要だということになった。
ちなみに、カトゥル帝国の通貨制度は、1ゼリア=100ツール=10000エルである。
「その施設を運用する主体はどこになさるのか?」
「当初は本国と南国の共同運営としますが、的確な事業体が見つかり次第、本国が担当する業務は随時民間に委託していくことになります。」
その日の午後に採決が行われた。結果は、50対49で可決(棄権1)。結果的に、本当に薄氷を踏む戦いだった。議員ごとの投票結果は公表されなかったため正確な内訳は分からないが、おそらく、リュカ派10人。東国12人。南国12人。環境党16人である。反対派のデッシュさんに法案の欠陥を突かれ、それを修正した結果、環境党の大半が賛成に回った。怪我の功名である。
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その日の夕方、リュカ達は執務室に行く。すると、そこで待っていたのは、クシイナダだった。「本日は、法案の可決おめでとうございます。加えて、南国のために御助力いただき、ありがとうございます。」とクシイナダが御礼を申し上げる。
「例には及びません。お困りの皆様のことを、お助けするのが、僕の役割ですから。」
「しかし、時には大局的見地も必要になりますよ。」とクシイナダはソファからスクっと立って、リュカの元に駆け寄る。
「ねえねえ!私もここで暮らしていい?」
「え?」と耳を疑う。「ここでって、この帝都で?」と訊くと、
「いや、この部屋で、そうするといつでもリュカ君と会えるんでしょ?」
と言うので、冷や冷やする。公私混同も甚だしいし、なによりリル、マリー、ヘレナ、リゼの嫉妬が怖い。
「私だって、リュカ君といつでも暮らしているから言えないけど、、嫉妬します。」と、リル。
「そういう私は、そんなこと思ったことないです!発想がうらやましい。」とマリー。
「そんな、うらやましいこと認めるわけないでしょ!」とヘレナ。
と口々にみんなが言う中で、ポンっと手を叩いたリゼ。
「それなら、皆で住んじゃいましょう。」
ということで、リゼが斡旋してくれたのは、なんとシェーブルルンの離宮であった。これをテレサ女皇からの使用許可をもらってきたのだ。こうして、夏の日差しが強まる中、僕とリル、マリー、ヘレナ、リゼ、クシイナダの6人による共同生活が始まった。




