燻る心
「ははっ! 速い速い! リンタロウ! 列車ってこんなに速く動く物なんだな!」
「俺も前の世界で車とかに乗ったりしたけれど、こんなに揺れが無くて進んでる感覚が無い乗り物初めてだ。すごく不思議な感覚」
「乗り心地もなかなか良いだろう? 出発と到着に揺れがあるくらいで、他に不便というか居心地が悪く感じるのは歩く時に重力を感じるくらいか」
「へぇ! ちょっとこのフロア歩き回ってもいいか?」
「動き回ってもいいけど、さっきみたいに他の人の迷惑にならないように、はしゃぎすぎるなよ」
「わかってるって!」
「ヨル、動き回るならあそこにバーカウンターがあるだろう?」
ゼンがそう言って指をさした先には確かにバーカウンターがあり、ドリンクを頼んでいる他の客も見受けられる。
「あれはなんだ? 飲み物を買う場所か?」
「一般的に他の町とかであればバーに入って飲み物とかを注文したら支払いは必須だが、このタグを見せればだいたいの飲み物や軽食デザートは無料で貰える」
「「無料!?」」
「あぁ、ここだけじゃなくて。三階のレストランや一階のカフェの食事や飲み物もだいたいは無料で飲み食いできる」
「そんなので生産性はとれるのか? というかこのタグがますます大金に思えてきた」
「お、おぉぉ俺、う、生まれてから今までそんな贅沢した事ないぞ」
俺の言葉の後に、ヨルが声を震わせてそう言うのも仕方がない事だろう。
俺も震えそうだ。
かろうじて震えてないだけで。
「くっははは、そんなに怯えなくていい。ここのフロアに入れる人間は皆そうなんだ。他がいろいろと無料な分ここの二階はカジノブースになっていてな。そこは全て有料だから、そこと一部飲食物を有料化することで生産性を取っている」
「それを聞いても、首に大金ぶら下げてる気がして落ち着かないんだが」
俺の言葉にヨルも大きく、何度も頷いて肯定している。
すれ違い際に盗まれでもしたらどうするんだよ。
俺の心が透けて見えているのであろう。
ゼンは俺達の様子を見て更に笑いそうになるのを我慢しつつ説明してくれた。
「そもそも、このタグが無い者はこの一両目と、宿泊用二階建て車両の二両目までには魔法で入ってこれない仕組みになっている。万が一にもこのタグが無い者は入っては来れない」
「へ? どういう仕組みなんだ?」
「簡単だ。チケット購入時にチケット売り場の前に置いてあった魔法石に触れただろう?」
「あぁ、なんかゼンが触れるだけでいいからっていうから触れたやつ」
「あれは触れた者の魔力を検知して、車両ごとに入れる者の区別をするための登録をしていたんだ」
「はー……、なるほど。だからこのタグを目当てにこっち側の車両にわざと来る奴もいないってわけか」
「ここは各国の要人が居たりする場だからな。警備設備も入念に行われている」
「ということは、どういう事なんだ?」
俺はゼンと話して納得し、気持ちが少し軽くなったが、ヨルはいまいち理解がまだ追いついていない様子で最後に質問をしてきた。
「ここの飲食物が無料なのは、列車のサービスで、他にはきちんと有料のモノがあるから気を付けろってこと。俺達の部屋の車両からここまでは安全性が高いからタグが盗まれる可能性は無いに等しいけど、間違っても無くすなよっていう事。この二つを守って置けば大丈夫ってことだ」
「そうか! なら有料のモノは貰ったりしなければいいってことだよな? せっかくゼンが俺の貯金を使わず楽しめるように気を使ってくれたんだ。わざわざ有料のモノを欲しなくても十分に楽しめる! タグも無くさないように肌身離さず付けておくぞ!」
俺の答えにようやく納得がいったヨルは、大切そうにタグを握りしめて満面の笑みで返事を返してくれた。
「じゃあ、さっそくバーカウンターに何があるか見てくる!」
「はしゃぎすぎるなよー」
「楽しんでこい」
楽しそうにバーカウンターに向かうヨルを横目にゼンは単独行動しないのかと聞いたら、俺と一緒に周ると言うので一緒に行動することに。
とりあえず先頭からの景色をもっと近くで見たかったので先頭に向かう事に。
この判断が後に俺の心に陰りというか、もやもやした感情を灯すとも知らずに。
「おやぁ、さっきの美人なお兄さんじゃん。何? やっぱり俺に会いに来てくれた?」
向かった先で会ったのは、先程塩を振りまくりたくなった派手男であった。
誰か塩ぉ!!!!
派手男はゼンしか視界に入っていないらしく、俺の事を気づいていないのかわざと無視したのか俺の横をスルーして、またゼンに近づいている。
やっぱりあの時、ゼンの静止を無視してでも塩を撒いておくべきだったか。
つい先程の出会いの様に、派手男は片手に持ったドリンクを溢さないようにゼンに触れて肩を組み絡んでいる。
派手男が行ってたオープンフロアってのはここの事だったのか。
少しアルコールでも回っているのだろうか、派手男はさっきよりテンション高めでゼンに絡んでる。
「お兄さん何飲む? 欲しいのがあったら言って、俺持ってくるから」
「いや、連れと来ているから遠慮させてもらおう」
「その連れって……」
派手男が、ゼンと肩を組んだままするりと俺へと目を滑らせる。
はっきり言うとその瞬間なぜか、胸の鼓動が跳ねあがった。
「な、なんだよ。連れが俺で悪いのかよ」
「いやあ? でもちょっと、せっかくのこんなにも美しいお兄さんが連れてるのが、こんなにもひょろっこい子だと夜たいへんじゃない?」
「どういう意味だよ」
俺がそう言った瞬間、今度はゼンがするりと動いて、派手男の手の中から抜け出していた。
「すまないが、彼をそういう言い方をするような男とは仲良くできないな。悪いが去ってくれ」
「えぇ? 俺の方が絶対お兄さんのこと楽しませてあげられるって」
派手男がそう言った瞬間、ゼンは俺から背を向けてしまったのでゼンの顔は見えなかったが、その向こう側にいる派手男の表情はまる見えで。
先程までゆるゆると余裕綽々な態度と表情で会ったのが一瞬で青ざめた顔に変わっていた。
「去れ、これ以上言うことは無い」
「……っ、これはお邪魔しました」
背中越しからでも分かる、ゼンの圧迫されるようなオーラ。
こんなに怒りと言うか、感情を出している所を見たのは、この世界に来て初めてかもしれない。
派手男は、顔を青くさせたままゼンから離れ、俺達の前から去っていく。
「ゼ、ゼン」
「リンタロウー!! 見てくれ! この飲み物!! 凄く綺麗で飲むのが勿体ない!!」
「ヨル……」
余りにも硬直した空気に俺はゼンに声をかけるが、空気が固く時が止まっていたその場の雰囲気を、ヨルの明るい声が柔らかく解いてくれた。
「ん?? なんかあったのか?」
「いや、なんでもないよ。それよりヨル、それの上に乗ってるのはアイスだろう? 速く食べるか飲むかしてしまわないとせっかくのドリンクが台無しだよ」
ゼンの言葉にヨルはこれはいけない!
と、慌ててドリンクグラスに付いていたスプーンでアイスを口に含む。
「んー!! 冷たくて甘くて美味しいぞ!」
「それは良かった」
ゼンは先程までの圧迫感のあるオーラがなくなり、いつものゼンだ。
あの圧迫感のあるオーラを初めて感じた俺としては、少し呆気にとられる。
「リンタロウ! お前も同じの頼むか?」
ヨルが『美味しいぞ』と言いながら俺にドリンクを進めてきてようやく自分が息をするのを忘れてたかのような感覚に陥っていた事に気づく。
それほど、先程のゼンの様子に圧倒されてたのだ。
「あ、あぁ。俺も冷たいの飲みたいし、貰ってこようかな」
ようやく息を吸えた感覚を抱きながら、俺はバーカウンターへ向かう。
そんな俺の後ろをついて来るゼンとヨル。
ヨルはアイスに夢中で、ゼンは先程の事なんて無かったかの様に、いつも通りの振る舞いだ。
なんだったんだ、さっきの圧迫感……。
俺は少し先程の事を気にしつつも、バーカウンターで飲み物を注文することに。
「すみません。何か冷たい飲み物のメニュー貰えますか」
「アルコールにされますか? ノンアルコールカクテルもご用意ございます」
「ノンアルコールで」
「俺はアルコールの方のメニューをくれないか」
俺はノンアルコール。
ゼンはアルコールをそれぞれ頼んでバーテンダーがドリンクを準備するのを待つ。
「なあ、ゼン」
「どうした? リンタロウ」
「その……、俺やヨルの事気にしなくても良いんだぞ」
「……どういう意味だ?」
「だって、ゼンだって子守ばかりじゃ愛想ついちゃうだろ……」
俺がそう言った瞬間、ゼンに顎を掴まれ俺はゼンの深い紫炎の瞳にのまれた。
「リンタロウ、冗談でもそういう事は言うもんじゃない。俺は俺のしたいようにしている。リンタロウの側に居たい。ただそれだけだよ。わかったね?」
顎を掴まれ、至近距離にあるゼンの顔が今まで見た事のない表情をしていて俺は素直に頷くことしかできなかった。
「わかったならよし」
その言葉と一緒に顎を掴まれてた手を離されて。
「なんだなんだ? 喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩してないよ。ドリンク貰って向こうのテーブル空いてるから寛ごうか」
「そうか? 俺、席取って来る!」
お…………。
おっっっっっっっっかねぇえええ!!
なんだよゼンの奴!
だって、ゼンだって俺みたいなこの世界じゃちょっと顔が良いだけの俺の相手ばかりするより、もっと大人と接した方が良いかなって、ちょっと思っただけじゃねえか!
まあ、あの派手男はどちらかというとゼンの事良からぬ目で見てるのは理解できる。
俺も前の世界じゃ、そういう経験良く受けてたから……。
あんな扱いされるのは俺も嫌だし、ゼンがもし、あいつの方に行ったらって思うと…………。
あぁぁああああもう! 思うとってなんだよ!
ゼンは俺の後見人! 俺の保護者みたいなもんだろ!
なんだよ、俺、ゼンがあいつの所に行かなくて良かったって。
何安心してんだよ。
何、あの派手男がゼンに対して馴れ馴れしくしてるのを見て、ちょっとムカついてんだよ……。
意味、わかんねえ…………。
「おーい! リンタロウ! 席こっちだぞー?」
「おいで、リンタロウ」
ゼンが俺に向けて手を差し伸べてくれるのは、永遠じゃねえんだから……。
ゼンもまた、いつか…………。
「どうしたリンタロウ。ドリンクがそんなに重たかったか?」
クスリと微笑みながら、俺のドリンクを持ってさり気なく俺の手を引いて席へと連れていくゼン。
「……うるせっ、こんなの重いうちにはいんねえから」
ゼンの手を振り払い自分のドリンクを持って、席取りしてくれているヨルの元へずんずんと足音がなりそうなほど大股で歩く俺は、なんて滑稽な事だろう。
でも、それでもそんな俺の後ろを微笑みながらついて来てくれるゼンに俺はモヤモヤした気持ちが晴れないでいる。




