闇を切り裂く刃の音
耳にしっかり届いたその声は、声量の大きさで声の主との距離が俺とあまり遠くないことがすぐに分かる。
声が聞こえた方向。
俺はその方向に条件反射で目線を向け、次に首を回して顔を向け、肩を向けて、ほぼ半身をその方向に向けた時。
プティ君の優しい体温で回復していた俺の体温が、全身から一気に温かみが消えゆくのを感じた。
「よくも、やってくれましたねぇ!」
逃げる足の速度を落とさず聞こえた声の方向へと顔を向ければ、そこに居たのは怒りに顔を染めているシェイと呼ばれていたリーダーの男であった。
「――――っくそがああ!」
とりあえず逃げる選択肢しかない俺は、罵声を吐いて無駄だと分かっていても走る足を止めずに苦し紛れのスピードアップをするしかなかった。
視界に入ったリーダーの男は普通の馬じゃなくて、角が二本あったバイコーンと呼ばれていた馬に乗っていたので、そいつのせいで追いついてきたのだというのはすぐに分かるけど!
魔力酔いはどうしたんだよ!?
どう考えても意識はっきりしてなきゃあんなにしっかり馬を走らせるなんてできねえだろ!
そりゃあぱっと見しかしてないけど、リーダーの男の顔色はすごく悪いって言葉で収まり切れないくらい複雑な顔色だから、今もノーダメージではないと思うし。
もっと付け加えれば表情なんて怒り通り過ぎて、なんか暗黒の化身でも呼び起せそうなくらい悪い顔になってた!
もう一回捕まったら今度は絶対無傷で済まないよな!!
そう思ってあらん限りの魔力を使って足を速めて逃げていたものの、俺基準からしてモンスターと呼べる風貌のバイコーンに速度で敵うはずもなく。
俺の進行方向へと回りこんで、行く道を塞ごうとするバイコーンに乗るリーダーの男を、一回は不意を突いて別方向へと逃げ進めたけれど、またすぐに追いついてきたバイコーンの足が鋭く襲い掛かってきた。
けど、リーダーの男はバイコーンの足を俺にぶつける気は無かったようで。
鋭く振り下ろされたバイコーンの足は俺が足を付けるはずだった地面をただ抉るだけで、本命は崩された地面に足が付けれずに体勢を崩した俺をバイコーンの太く硬い首で叩きのめすことだった。
「っう! ぐぅっ!」
まるで鋼鉄の様に感じたぶつけられた首は、上手くカバーすることはできなかったけど。
その後の受け身は上手く取れたおかげで、全くないとは言い切れないけれど背中に居るプティ君に大きな怪我は無いはずだ。
その分俺はズタボロになったけど、名誉の勲章にするか。
……名誉の勲章って、こんな大怪我の事を言うんじゃないと思うけど。
「………………っくぅぅ!」
あぁ、やっちまった。
これたぶん腕折れてる。
あと思いっきり耳から肩にかけて、あのぶっとい首にぶちのめされたから耳鳴り止まないし頭ぐわんぐわん揺れて視界定まらない。
肩も脱臼? までは言ってないと思うけどちょっと動かすのは無理っぽい。
身体の前面や受け身取るために使った手や脚まで全身傷だらけ。
これだけの傷受けてたら普通は気絶するんだろうけど、そこはやっぱり日本人お得意の気合と根性だよね。
前の世界の現代社会で嫌われモノっぽい気合と根性だけど、こういう時にはありがたい。
「ははっ! 良い格好になりましたねぇ!」
「げほっ、ぅ゛……ぅるぜぇ」
起き上がれない。
目の前のクソ野郎から逃げなきゃいけないと思っても、身体が言う事を聞かない。
意識を保ってるのでやっと。なんて言葉、漫画アニメでよく聞くセリフだけど、こんな感じだったんだな。
くっ…………そ悔しい!!!!
身体の前面を地面に付けて伏せてる体勢のまま、どこか動かないかと頭の先から足の先まで全部を動かそうと試してみてもピクピク反応するだけでそれ以上動こうとしない。
気合でできたのはさっきのリーダーの男への暴言くらい。
身体は一ミリも動かせないくせに、悔しさやなんやかんやで高ぶった感情が涙になってぼろぼろ出てきやがるのがまた頭にくる。
こんなに涙がでるなんて何時ぶりだよ。
もう記憶にねえよ。
「油断はしたつもりはないんですけど、異世界人ってのは厄介だ。
おかげでしなくていい怪我までしてしまいましたよ」
こんなの計画の予定にはなかったんですけどねえ。
俺は自分の顔も動かせないので、リーダーの男がそう言いながら、乗っていたバイコーンから降りてこちらに向かって来るのが気配と音で分かる。
けど、こちらに向かって歩いて来る足音が、規則正しくなくて不自然だ。
しなくていい怪我をしたと言っていたから、足に怪我をしたのか?
俺とリーダーの男の間隔は大して距離が無かったため、俺の頭のすぐ先に足を止めたであろうリーダーの男は、不気味に一拍、無言になったあと、俺の髪を思いっきり掴んで顔を上げさせた。
「……っぅぁ!」
「ほらぁ、見てくださいよー。この足」
顔を引っ張り上げられたことでようやく視線が合ったリーダーの男の表情は、それはもう冷えたもので。
その冷えた顔に浮かび上がっている血管の数が、こいつの怒り度数を表しているのは明らか。
まあ、俺がその怒らせた張本人ではあるけれど、謝る気は一切ないし、むしろざまあみろ。
そして、男の言葉の誘導の通り目線だけを足元に向けると、男の右足の太ももには小さなナイフらしき物が刺さっていた。
逃げる前に男を気絶させたときには見られなかったそれ。
おそらく、魔力酔いでぶっ倒れているリーダーの男とフードの男を発見した仲間が、起きない男に刺して無理矢理起こしたか。
もしくは、どうにか仲間に起こしてもらった男がはっきりしない意識を取り戻すために自分で刺したか。
仲間がやったか自分でやったかどっちにしろ、意識戻すためとはいえ、ちょっと意識戻すためにぶっさすなんて発想が頭おかしいけどな!!!
いやだ! ファンタジー物騒!
「あなたの変な魔力のせいでこうするしかなかったんですよ。どうしてくれるんです?
ていうか、何なんですか。あなたの魔力。今もダダ洩れですし、今こうやって近づいて意識保つのもこれがないとやっていけないんですけど」
えっ……、俺、魔力漏れてる?
「なんですか、その顔。自覚無いんですか? こんなにダダ洩れなのに。あなたの味方に見つけてもらうためにわざとしているのかと思いましたよ。 まあ、おかげでこっちはあなたが逃げた先を追いかけることができたんですけど」
うっそ……。
俺、今魔力出てんの?
……ぁー、くそ。
だからいつまで経っても、このヘンテコな森から抜け出すことなんてできなかったのか。
俺のダダ洩れの魔力のせいで、どんなに移動しても移動した先で魔力によって森がヘンテコに変わっていってたらそりゃあ抜け出せないわ。
しかもそのせいで、敵さんに逃げ道案内までしてしまって。
まじで、俺ってくそ。
どうしようもねえ。
「で、どうやって手錠ぶっ壊したんです?そういう性質変化の魔力? それにしては、この森の変わりようとこのくっさい人を酔わせる匂いの魔力も性質変化の一つでしょうし……。 そんな設定盛りだくさんな魔力持ってた種族なんて聞いたことないんですけど。
異世界渡る異世界人の中には見る事もあるって話の、カリファデュラ神からおかえり特典でも貰えるんですか?」
いや、そんな特典貰った記憶ないし、どういう魔力かなんて俺が一番聞きたい。
切実に。
手錠ぶっ壊したのは、破壊神と呼ばれ加減しないで放出した俺の魔力せいだから、それは性質変化ではないと断言できるが。
「ぃぁ……、け……んぅぁ…………」
「あ、はい。もう喋れる気力もなさそうですね」
はい。もう喋れる力残ってません。
痛みの感覚もなんか通り越して鈍ってきたような?
まじで意識保つのがやっとです。
目線の合っているリーダーの男の目は、語らずとも呆れや苛立ちなどがたくさん混ざった感情がバッシバシと溢れてて俺の事を侮辱してるのが分かる。
目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。
っていうか俺が喋れないのそちらさんのせいですが。
「あの手錠が効かないとなると困るんですよ。あれ、古いとはいえ持ってきた中でもかなりの効力を持つ制御装置なんで。
あのレベルがまた壊されたらたまったものじゃないんですけど」
お?
ということは、今捕まって手錠付けられてもまた壊せるのか。
でも、こんな身体じゃ逃げようと思ってもすぐには逃げ出せない。
意識保つために全振りしていた気力を、少しだけ分けて逃走方法について少しだけ考えてみる。
一番の問題はこの身体だ。
ズタボロの身体を治す方法を、俺は持っていないというわけでは全くないのだが。
パルフェット様から教えてもらった治癒魔法は俺以外の何かを癒す方法だったし、未熟すぎてたいした治療できないのが問題で。
「あとその変な背中のふくらみは? ……、あぁ、こんなとこに子供隠してたんですか。よくこんなところに隠して移動できましたね」
俺の首元を引っ張って背中に居るプティ君を確認するリーダーの男。
相変わらず俺の頭を掴む手は離れておらず、ギリギリと力強く掴まれているので劇的に痛いから少し力を弱めてほしい。
でも、この力の入れ具合からして、こいつの怒り具合がすごく分かるけど。
「ていうか、あなた大丈夫なんです?」
「…………ぁ?」
「そんなに魔力ダダ洩れで。死にません?」
ぇ……、え? ……、えぇ!?
死ぬ? え? どういうこと?
「知らないんですか? あなたがどれだけ魔力を持ってるかなんて分かりませんが、魔力には限度があるんですよ。使いすぎれば最悪死にます」
は……、まじで? 死ぬ?
何それ。
ていうか、逃げてる時から魔力ダダ洩れな自覚ないんですが?
俺なんで魔力ダダ洩れしてんだよ。
最近では無意識でも出し入れはできてたつもりなんだけど。
試しに逃走方法に使っていカスみたいな気力を自分の魔力を収めるために使ってみる。
が…………。
……………………ん?
ぁ、れ……? 思い通りに魔力が収めきれない?
「もしかして、魔力がオーバーシュートしてるんですか? んー、どうやらその反応はその通りっぽいですね。まあ、それならそれで好都合ですね」
オーバーシュート?
確かそれって株とかだったら相場が予想以上の変動を起こすことだったり、感染症患者が爆発的に増加する事、とかいういみじゃなかったっけ?
…………いや、待てよ、もう1個なんか意味があったよな。確か。
あー、くそ、こんなボロボロの時に頭使わせんなよ。
……………………あ、そうか。適正地が超過するって意味だ。
そーか、俺の魔力は今暴走して通常の魔力制御できる値を超過しちまってんのか。
ったく、こんな時に使えねえファンタジー設定もいらないっての…………。
んで、リーダーの男が好都合な理由は。
「んぐ!」
俺がリーダーの男の考えを当てようとしたら、ぐいっと引っ張られた掴まれている俺の頭。
遠慮なしにリーダーの男は、俺の髪と頭を無造作にがっしりと掴んだままズルズルとモンスター馬の方向まで引きずっていくので非常に痛くて頭皮が剥がれそう。
ていうか、片足負傷してんのによくそんな力あるな。見た感じめちゃ細身なのに。
あれか? 魔力操作で身体の力を調節してんのか?
…………まじで頭皮と言うか、頭蓋骨から持ってかれそうなくらい痛い。
もう遠慮なしに苦痛を顔にも声も表に出してる。
「このままあなたがボロボロのまま、抵抗できずに魔力が枯渇してしまえば勝手に死んでくれるから面倒が減って大助かりです」
そうそう、それ。俺が当てたかったあんたの考え。
やっぱり合ってたか。
「大変残念なことに、死んでしまう事で大事なあなたの売値は大幅に下がってしまうでしょうが、もう一人はその熱をどうにかすれば健康のまま売り出せそうですし」
プティ君にも言ってたもんなあ、死んでも別の買い手に売ればいいって。
俺にそれを言うのは構わんが、プティ君にそんなこと言ったのは恨んでるから死んだら呪ってやるからな。
ファンタジーな世界だから呪いとかできそうじゃん?
にしても、そろそろ俺の意識も限界に近い……。
プティ君だけは助けたいのに、それができない現状が悔しい。
俺、本当にこのまま魔力が枯渇して死んでしまうのか?
なんだかんだ、ファンタジーもうやだとか子供みたいなこと叫んだけど、この世界に来てからが人生で一番、周りが彩り鮮やかに見えて充実してたんだよなあ。
パルフェット様に叱られたり、双子お兄ちゃんズにからかわれたり、ベルトラン君にいろいろ教えてもらったり。
プティ君は俺を気にかけてくれて構ってくれて、そんな俺達を暖かく見守ってくれたドゥ―ス様や、細かなところまでサポートしてくれてたセリューさんが居てくれて。
………………楽し、かったんだよなぁ。
ほんっとうに自分が情けない。
やっと手にできると思った新しい人生。
自分の自由で生きれる世界。
こんな見ず知らずの俺をあたたかく迎え入れてくれたリッシュ家の皆。
その末息子であるプティ君を守れず。
前の世界までは、自分は他より優れていて、何でもできるとか思っていたのは、本当に馬鹿が思い上がっていただけで。
実際はこんな大事な時に何もできない、ただの役立たずで。
俺の人生、こんな終わり方しちまうのかよ……!
悔しくて、情けなくて、そんな止められない感情がもうすぐ意識を飛ばしそうだっていうのに、目から溢れて止まらない。
ごめん、プティ君。
ごめんなさい、パルフェット様、ドゥース様、ベルトラン君、シャルル君、サロモン君、セリューさん。
ごめん……! ゼン!
せっかく、こんな俺に皆、優しくしてくれたのに、たくさん教えてくれて助けてくれてたのに。
俺、何にもできなかった…………!!
「おっと、そろそろ意識も飛びそうですね。意識が飛んでしまうと重くなっちゃうんでもう少し耐えてくださいねー」
運ぶの大変になるんで。そう言ってズルズルと俺を引きずるのを止めないリーダーの男。
こんな奴に捕まってしまったのが、ゼンに面目付かなくて悔しい。
でも、リーダーの男の言う事を守るつもりも何もないのだが。
本当にもう、意識が、遠のいて…………。
目の前が暗くなる。
音が遠のく。
意識が、沈んでいく。
そんな時、まるで舞い降りるかのような一つの鋭い音と、何かが発砲されたような破裂音が俺の傍で大きく響いたんだ。
「シェイ! 逃げろ!!」
「――――――ぅ、ぐぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「っち、武装解除魔法か」
突然、全身に激痛が走ったかと思ったら、いつの間にかリーダーの男の手から解放されていた俺の頭。
そうか、リーダーの男が手を離したから俺は地面に落ちたのか。
「リンタロウ! しっかりしろ! まだ意識はあるか!?」
………………? この声は、ゼン?
「遅くなった。もう大丈夫だ」
ふわりと温かい何かに包まれて、ふわりと香るこの香りは、ゼンの匂いだ。
ゼン、そこにいるのか?
暗くなりかけた目の前を、必死に目を開いて見てみると。
目の前には眩しい輝きを放つイケメンの顔が見えた。
あぁ、この眩しいイケメンはゼンだなあ。
はは、来るの、遅いっての。
「まず――、リ――ウ。聞こえ――――?」
安心したらもうダメだ。
目の前も見えなくなるし、耳ももうほとんど聞こえない。
意識も、もう切れそうだ。
「――――すまない」
なぜか、そこだけはっきりと聞こえたゼンの言葉の後。
唇にあたたかい何かが触れたと思ったら、そこからさらに優しいあたたかい《何か》が俺の中に流れてきて。
まるで砂漠の様に干上がっていた身体の中がその《何か》で満たされていくのを感じる。
…………そうだ。これは、ゼンの……。
俺の意識はそこで、ぷつりと切れてしまった。




