不安と期待は天国か地獄か
不安と、期待と。
子供達とのお勉強会の際にひたすら走り回ったりしていたおかげで、元から自信があった自分の体力に磨きがかかっていたので、俺の魔力で出来上がった変な森の風景なんて、ある程度走れば抜け出してしまうだろうと思っていた。
でも、そんな俺の考えが甘かったのか、この複雑な心情が渦巻いてる中で、走っても走っても俺の魔力で変化した森を抜け出せる気配がない。
「はっ……はっ……」
おかしい。
俺が変えてしまった森はこんなに広いのか?
加減なんて考えずに魔力を放出したとはいえ、こんなにも抜け出せないほど広大な範囲を俺は変化させてしまっていた?
実を言うと、俺は無闇に走っているわけではない。
薄暗い中でも馬車から降りた際、自分達の居場所の把握のために馬車の向きや月の方位。
道がどの向きに伸びているかなど確認し、荷馬車の定位置から離れる際も道の方角と距離も把握して、着いた川の流れの向きや幅など。
もし逃げられる状況になった時はリッシュ家の方向へ逃げられるように必要な情報を集めていた。
例え俺が前の世界の同年代と比べたら知識などは豊富であったほうだとはいえ、こういう時に役立つサバイバルや地理学などの深い知識を知っていたかというとそうではない。
では何故、今こうしていろんな知識を駆使して逃げることができているかというと。
実はゼンが教えてくれていたのは、魔力の事ばかりではなかったからだ。
今思えば、ゼンはこういう展開も見越していたに違いない。
ゼンが身分証を発行する旅に出る際に役立つからと、俺にリッシュ領やその周辺の地図、方角の確認の仕方、もし森で迷った時に元の道に戻る方法など、メインの魔力操作の勉強の合間やおそらくゼン自身の自由な時間などを削ってまで様々な知識を俺に与えてくれていたんだ。
それはまだ、俺がゼンの事をイケメンという渾名で呼んでいた頃。
異世界から転移してきたばかりの俺にいらぬ負担が重ならないようにと、あいつは気を使ってくれてこちらの世界での生活に慣れるまで、魔力操作以外の難しい知識などを教えないようにしてくれていて。
出会ったばかりの俺の事なんかまだよく知らないはずなのに、こちらの生活に慣れた絶妙な頃合いを見計らって、そろそろ魔力操作以外の知識も覚えれるくらい余裕も出てきたみたいだなと、それから後の旅に必要な様々な知識をゼンが先生となり教えてくれたのだ。
ゼンは必要な知識をとても丁寧に、しかも俺の気持ちなども考慮して教えてくれて、とてもありがたかったから最初は気づかなかったのだが、ゼンが様々な知識を教え始めてくれて数日も過ぎれば日に日に明確になっていく違和感に気づいたのは偶然ではなく。
魔力操作は、子供達と一緒に勉強会と称して教えてくれているのにもかかわらず、何故かそれ以外の旅の知識などに関しては俺だけに教えているのだと気付くのは必然だった。
初めは魔力操作の勉強会の休憩時やパルフェット様達と出掛ける時など、周りに子供達やパルフェット様達など誰かしらいる状況で、普通の日常会話などをしている合間にさり気なく豆知識として話しくるので気づきにくかったのだが。
教えてくれる内容が難しくなっていくにつれて周りに誰もいない、ゼンと俺が偶然にも二人きりの状況で教えてくれる回数が増えていき、更に詳しく資料なども使って説明が必要な時は、必ず屋内で説明されることが増えた。
この屋内で旅について教えてくれる場合は、子供達が一緒に行くと言ってもパルフェット様が別の用事を子供達に与えたり、時にはゼンがはっきりと断りをいれて俺だけを連れて行くこともあり、明らかに意図して俺だけに教えようとしているのでそりゃあ気づく。
「なあ、ちょっと気になってたけど、こういう旅の知識とかは俺だけじゃなくて子供達には教えないのか?」
「ん?」
俺が、ゼンとリッシュ家の皆と一緒に市場へ行くより少し前の話。
ゼンがリッシュ領の地理について地図を見ながら教えてくれるとの事で、リッシュ家の屋敷内にある図書室へと向かっていた時に、それまで不思議に思っていた違和感の事を何気なく聞いてみたのだ。
「特にベルトラン君は、将来冒険者になるのが夢だって言ってたから、ついでだし一緒に勉強しようぜ」
「あぁ、それなんだが。下の子供達の年齢では、リンタロウに教えている内容は難しい話だからまだ必要ないし、ベルトラン君も来年15歳で一番上の兄上と同じ都心部の学園に通うことになっていて、そのうちいろいろと学べるようになる。それに、彼は勉強熱心だからリンタロウより先にその辺の知識は少しずつ勉強しているらしい」
下の子供達に関しては、そりゃそうかとすぐに納得した。
あの子達本人に聞いた年齢はまだ二桁もいっておらず、双子が文字書きを今年から本格的に学び始めたくらいで、プティ君に関しては、遊んだり自分ができることを少しずつ増やしていくのが彼の一番のお勉強というくらいだし。
それに俺は日頃、ベルトラン君にたくさんの常識などを教えてもらっている身なので、彼の勉強熱心な面はたくさん見ていて。
だからゼンの言うとおり、勉強熱心な彼が俺より先に必要な勉強をしているなら、俺が教えてもらっているレベルではつまらないかもしれない。
「それにこの家の子供達は物心つく頃から、ドゥース様やパルフェット様の様々な手伝いをしているうえ、あれだけ元気に外を遊びまわっているのだから、この辺の地理などは俺よりも細かく、豊富に知っているだろうさ」
「う゛っ……、確かに」
どうして俺だけが旅に関する勉強をするのか。
子供達に関してはゼンに論破された通りだし、ドゥース様はこの領地の領主様でその奥様のパルフェット様や執事のセリューさんがこの土地とその周辺について詳しくないわけがないし、パルフェット様に関しては元冒険者だ、旅に関して知らないわけがない。
むしろパルフェット様は上級冒険者だから、絶対俺みたいな異世界人よりベテラン中のベテランだ。
ということは、今一番旅の知識が必要な人物は俺ぐらいしかいないってわけかあ。
とまあ一度は納得したものの、なんか上手いこと丸め込められた感が否めないのは勘違いじゃないと思う。
ベルトラン君は確かに俺よりいろんな知識はあるだろうけど、現役冒険者で上級冒険者であるゼンから知識を分けてもらえる機会なんてそうそうないかもしれないし、ゼンに一緒に行くことを断られた時のベルトラン君の表情なんかあのうるさい双子よりもショックを受けてたぞ。
なあんか、納得いかないんだよなあ……。
なーんて、あの時は思っていたけど。
そりゃあリーダーの男の言っていたとおり、悪意ある者達から狙われやすい俺みたいな異世界人を守らないといけない立場のゼンからしたら、今回の事は決して起こらないとは言えないわけで。
そんな存在を守るためには、あらゆる対処が必要だからこそ、打った手の内の一つがこれというわけか。
旅に役立つから、なんて言われた通りを半ば鵜呑みにして素直に学んでいた俺は、こういう危険な状況に陥った際の対処法などを知らないうちに教え込まれていたわけで。
掌の中身が分かったいまでは、あの時納得いかなかった事なんて馬鹿らしい考え。
けど、それを気づかせないくらい自然に、ゼンは俺に様々な知識を教え込んでいくものだからすっかり騙されてしまっていたわけですけども。
教えてもらっていた知識の難易度に関しては、こちらの常識がまだ把握しきれていない俺とって覚えている知識が一般的にどれくらいのレベルに相当するかは定かではないが、教え込まれる量とスピードは今思えば子供がついていけるレベルではなかったと思う。
ゼンはそれだけ早く、できるだけ多く、危険から身を守る対処法を俺に覚えさせておきたかったんだ。
子供達がもし、魔力操作以外の勉強にも参加していたら、俺にこれだけたくさんの知識量を教え込ませることはできなかっただろうし。
そう思えば、俺の感じていた違和感やなんやかんやなんて大したことではない、何度でも思ってしまう本当に馬鹿らしいちっさい考え。
…………まあ、ちょっと、ゼンの掌に転がされすぎている感じがするのは、ちょっと悔しいけどな。
でも、ゼンはどれくらい先を見越していたんだろうか。
今俺はいつまで経っても自分が変化させた森を抜け出せない謎の状況に混乱しかけているし、追手が追い付いて来るのが早いか、助けが見つけてくれるのが早いか、俺の体力が切れるのが早いか。
そもそも、助けが来てくれるのかも分からないこの状況に不安を抱えている。
けど、これほどの先を見越していたゼンならば俺を探してくれているに違いないし、様々な状況や可能性から俺達を見つけ出してくれるのではないかと期待もしているのだ。
「……っにしても! なんでこの景色変わんないんだよ!」
これだけ走り続けているから、息も上がっているし体温も上がって汗も止めどなく流れている。
なのに、身体中を駆け巡る悪寒のせいで手足の先が震えて仕方がないのは何なんだよ。
この悪寒の正体は、走り出してからずっと思っている不安か? それともこれが恐怖というやつなのか?
いくら考えても、初めて感じるこのむず痒いような、身の毛のよだつというモノに当たるのかも分からない不快な感覚の解消方法は分からない。
そりゃそうか。
これもまた“初めて”なのだから。
でもそんな思いの中でも唯一の救いは、背中に感じる柔らかいぬくもり。
その心地良いあたたかさが俺の不快な感覚をじんわりと溶かしてくれている。
………………あたたかい。
そのあたたかさをもっと感じたかった俺は、ツナギで姿は見えないけれど自分の背中に存在しているプティ君を、後ろ手でこれ以上傷つかないようにと、この子を守るという決意と願いを込めて強く抱き寄せた。
もちろん、ただでさえ衣服の中という息苦しい状況下にあるプティ君が、これ以上苦しい思いをしないようにと気遣いつつ。
もっと、もっとと、その体温がより一層自分に沁み込んでいくのを感じながら。
「はぁ、……はぁ!」
俺がさっきまでぞわぞわと強く感じていた不快な感覚も、プティ君の優しいあたたかさのおかげで徐々に消えていくのを感じる。
…………感じるけど、それと同時に正常な意識もどんどん帰って来てくるわけで。
そのせいで、別に戻ってこなくていいモノも戻ってきてしまいまして。
まあ、前の世界の人が聞いたら理解してくれる効果音が鳴ってしまったんですよ。
ぶちっとね。
「――――――っとに! どこまで続いてんだよ! このヘンテコ森!」
この異世界に来てからというもの、ファンタジーてんこ盛りの展開が続く続く。
ストレス発散の目的もあったんだろう、パルフェット様の気遣い光る息抜き企画などのおかげでこれまで俺のストレスが爆発することはなかった。
けれども、僅かずつ残っていくストレスのせいで、日が過ぎ去っていくごとにストレス溜まっていくなーという自覚あったんだよ。
はっきり言うと、耐え切れなくなる前にどこかで一度吐き出したかった。
更に加えて言えば、ほんの少し前まで一般人だったんだぞ? それも戦争をしなくなって平和が普通になってしまっていた国の!
確かに使える知識はたくさん詰め込まれたが、実際の訓練をしっかり受けたわけでもない! ちょっといろんな道具の使い方とか教えてもらったけど!
なのに! このはちゃめちゃな危機的状況で! ここまで考えが鈍らずに教え込まれた知識を活用できた俺の事を褒めてほしい!
これ以上は! 本当に!
「もう! ファンタジーやだぁあああああああ!!!!」
目まぐるしい非現実的な状況でも、ギリギリで理性を保てていたくらい強靭であった俺の気持ち。
それがいとも簡単にぶちっと切れてしまえば、自分の走る勢いでふわりと遥か後方に置き去りにできてしまうくらい重量は軽かったらしい。
理性という名の枷が無くなり、自由になったストレスという塵が積もって山となった存在は、住処にしていた腹の底から開放されて喉を通り、声と共に飛び出してしまう事を俺は許してしまった。
この絶叫が、自分の未来を担っているともつゆ知らず。
「見つけた!!!」
その声は、天国からの救いの手か、地獄へと引きずる手か。
理性の無い大きな声を出し終えたばかりの俺には、一瞬判断がつかなかった。




