三つの銃声音
「フェリシアン! 向こうもだ!」
ベルトランは飛竜に乗りながら下の地上をかける愛犬フェリシアンに、牛を追い込む方向の指示を出す。
それを聞いたフェリシアンも素早く牧草地を駆け、向かわせたい方向とは別方向に歩いてしまっていた牛達を目指している方向へと軌道修正させる。
いつもは一緒に牛を集める父と、先日から手伝ってくれているゼンがいるのだが、二人は事件に追われてて今は居ないので、遠く離れている牛を集められるのはベルトラン一人。
その為、普段の仕事時間より早く活動をして牛を集めている。
「ルールルルルル!」
ベルトランは飛竜を操縦しながら片手で器用にベルを鳴らし、牛を誘導していく。
今日は牛達も指示をよく聞いてくれているのかスムーズに誘導できているので、早く牛舎に集められる、とベルトランの機嫌は少し良かった。
「よし、いい調子だ。リュカ、このままいつも通り低空飛行で頼むぞ」
そうベルトランは相棒の飛竜、リュカに呼びかけるとリュカは鼻息をふんっと鳴らして任せろと返事をした。
どうやらリュカもベルトランと同じことを思っていた様子で、とても気分良く快調に飛んでいる。
このまま何事もなければ、いつもより早く夕飯につけるかもしれないと、ベルトランは思いながら再びベルを鳴らし始めた。
「さて、ルールルルルル!」
――――――ズガンッ!!!!
「えっ――――!?」
「ッギャゥ!!!!」
一瞬の出来事であった。
遠くもなく、近くもない距離からの銃声音。
ベルトランは何度か聞き覚えのあるその音の発生源らしき方向へと素早く視線を向けるが、振り向いた直後に体勢を崩し、重力に逆らえず落下するリュカと一緒に落ちていく。
撃たれた!? リュカが!
瞬時に状況を把握したベルトランは、地面に直撃する直前に地面を柔らかい物質へと変化させて落下の衝撃を弱める。
だが魔法の効果も空しく地面に落ちた衝撃はそれなりに強く、ベルトランは気を失うわけにはいかないと思いながら上半身をどうにか起こす。
その際に手を地面についたのだが、濡れるはずのない手がぬるっと何かに濡れて少しだけ滑った。
「っは! リュカ! 大丈夫か!?」
ベルトランが触れた何かは血液であった。
それも、今まで一緒にベルトランと共に過ごしてきた相棒のリュカの血だ。
リュカはベルトランの声に反応はあるが痛みがあるのだろう、呻き声を上げて非常に辛そうである。
「は、母上、母上に治してもらおう。リュカ、それまでしっかりするんだ!」
ベルトランは声を震わせながら仕事用に持っている手ぬぐいをリュカの傷口にあて、患部を押さえることで止血を試みる。
こんな時に、自分にも母のような力があればとやりきれない気持ちに苛まれるが、ベルトランは周りを見渡し状況を確認しようと顔を上げるが。
「――っ!? なに!?」
突如上から何かが降ってきて、その振ってきた何かにベルトランとリュカは押さえつけられてしまった。
「くそ! ……これは、捕獲網!?」
普段、猟をする際に使われる捕獲網は、ベルトランが父に山へ猟へ連れて行ってもらった際に見た物と同じであった為、見覚えがあった。
それは、網の端に付いている重しが地面などに触れると、込められた魔力で一度刺されば中々抜けない杭を打ち込むタイプで、捕らえられた捕獲目標はその場に押さえつけられて抜け出せなくなるのだ。
そして、その押さえつけられてしまったベルトランとリュカの、横と上空を駆けていく多くの飛竜と馬車。
飛んでいる飛竜の中には四匹で運ぶ檻が繋がっていたり、馬車も人を運ぶ大きさではなく確実に牛が四、五頭は乗る大きさの荷車を四匹の馬で引いている。
ベルトランはすぐに、この侵入者たちが父達が追っていた窃盗団だと気付いた。
「こいつら! どうやってここに!」
リッシュ家の敷地には魔物や悪人など、害意のあるモノは侵入できないようにパルフェットによる強固な守護魔法が施してある為、容易には害意のあるモノは侵入できないようになっているのだ。にもかかわらず、こうして侵入されてしまった事実。
自分の母が施した魔法はそんなちょっとやそっとじゃ破れない魔法であるはずなのに、それを破られたという事実にベルトランは恐怖した。
「おい、お前」
ベルトランに呼びかけたのは侵入者達の一人、おそらく最後尾を馬で走っていたであろう人物が話しかけてきた。
「調べはついてるから知ってるぞ。ここの次男だな?」
そう言うと男はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。
その汚い笑みにベルトランは鳥肌が立つが、今はリュカの傷口に手をあてている為、毛羽立ってしまった自分の肌をさする事もできない。
「お前達、ただで済まないぞ」
「ははは! 威勢がいいな。だがお前には用はない。いいのか? 持っているんだろう? 危険を知らせる笛」
「っ!?」
家族間で交わされている決まり事、魔物や危険人物などの侵入があればそれを知らせる警笛を鳴らす。
これはこの領地特有の方法で、警笛は特殊な加工をされており、魔力を込めてそれを鳴らせば周りに危険を知らせるだけでなく、領地のあちこちに散らばっている警備隊にも危険を知らせることができるのだ。
わざわざ、それを鳴らすように仕向けてくる目の前の人物。
「それを鳴らせば、お前らがどうなるか分かっているのだろう……」
「言っただろう? お坊ちゃま君。俺達の調べは終わってるんだ。それくらい対処済みさ。………………大人しくそこでパパとママの助けを待ってるんだなあ」
「貴様!!」
男はそう言うと、ベルトランを置いて仲間の後を追って馬で走って行った。
「っち!」
ビィイイイイイイイイイイ!!!!!
ベルトランは、先程の男の思惑通りに鞄から笛を取り出し、魔力を込めて思いっきり吹いた。
けたたましく鳴る笛。
笛を鳴らしながらベルトランは周りを見渡し、愛犬フェリシアンの姿を見つけるとフェリシアンもまた、同様に捕獲網に捕らえられてしまっていた。
くそ! あの男の言うとおりしかできないのか!!
ビィイイイイイイイイイイ!!!!!
悔しい気持ちなど複雑な思いを込めて、二回目の笛を鳴らすベルトラン。
それは家族に、周りに、警備隊に、危険を知らせる二回目の警笛。
男達が向かった先には、弟達とリンタロウが居る。
ベルトランは笛を吹き終わると、このままあの男の言うとおりではいられないと次の行動へと移るのだった。
*********
「ま、待って! 敵って何!?」
「わからない! 魔物かもしれないし、悪い侵入者かもしれない! でも危険なのは確かだ!」
「はぁ!? 魔物に侵入者!?」
何それ! こっちの世界に来てから魔物って聞いたことないけど、いるの!?
それに侵入者って何! 不審者ってこと!?
俺はシャルル君に手を引っ張られたまま走っているが、情報の整理がつかずに混乱しかける。
「はあ! はあ!」
混乱しかけるが、目の前を走っているシャルル君の激しくなる息遣いに、俺は一つの考えに行き着く。
俺の手を引いてくれているシャルル君はまだ子供だ。
この広い牧草地を走りきるのにも限界がある。
それに、サロモン君もプティ君もいて、牛達もいる。
一瞬、牛達を置いて、魔力で身体強化して走るのが苦手なプティ君を俺が抱えて、双子達と魔力全開の全速力で走ろうかとも思ったが……。
そもそも、子供達の頭の中には大事に育てている牛達を置いていくという手段は無いのだろう。
今もなお、魔力の無い牛隊を走らせ危険から逃がす為に、走るスピードを牛に合わせて走りながら鞭とベルを振るのに双子達は必至だ。
俺も、リッシュ家の皆が大切に育ててきた牛達を見捨てて走り去るだなんて手段は、考えてすぐで捨てたくらいだった。
逃げ切れるか分からない危険との距離。
屋敷の影は薄っすらと見えてはいるが、この距離と子供の魔力無しの足で果たして危険から逃げ切れるのか。
――――――――無理だ。
「シャルル! 後ろ! なんか来てる!」
その声に俺もシャルル君も、その場に居た人間全員が走りながら後ろを振り向く。
なにやらこちらに迫ってくる、あれはおそらく飛竜と馬らしき影。
飛竜は何匹かが何かを運んでいるようだし、馬らしき動物も何かを引っ張って向かって来ている。
こっちの世界の馬が馬で合っているかは知らんが今はそれを確かめている暇はない!
運んだり引っ張ったりしていない飛竜と馬もいるが、だんだん近づいて来るその影をよく見ると人がそれぞれ跨って操縦しているのが分かる。
どうやら俺の勝手な認識だが魔物ではないらしい、かと言ってそれが良かったとは言えない。
相手が人とはいえ、見えた数はかなりの数だったし、あの人数に襲われでもしたら、どうなるか分からない。
これが前の世界であったら。
多少の護衛術を学んでいる自分一人だったら。
と、たらればの考えをしてしまうが、そんなの意味がないし今はそれよりもやるべき事がある。
「サロモン君! プティ君! 俺の傍に!」
俺はシャルル君と走るのを止めて、息を切らしてこちらに向かって来る二人を迎える。
「はあ、はあ、リン! どうしよう!」
「リン! 追いつかれちゃう! はあ、はあ」
「はあ! はあ! っ! はあ!」
俺はまだ走れるけど、子供達の限界は近そうだ。
特にプティ君は声を出す余裕もなさそうだし、無理だ。
この笛の音がどこまで聞こえているのかは分からないけど、牛達もこれだけ走っていつもとは様子が違うのだ。きっと、パルフェット様やセリューさんが違和感に気づいて来てくれるはず。
「皆、もう少し走るけど追いつかれると思う。だけど、決して俺から離れないで。いいね?」
「「……う、うん!」」
「プティ君は俺が抱っこして走るからおいで」
声を出せないほど疲れ切っているプティ君を俺は抱き上げる。
少しで良いから、助けが来るまでの時間稼ぎを俺一人でやり遂げなければ。
「行こう! 走って!」
俺の合図で走り出すシャルル君とサロモン君の後ろを俺は走る。
やっぱり、もうだいぶ疲れてしまっているのだろう。
二人の走るスピードは速くない。
どんどん早まっていく俺達の呼吸。
それと同じく近づいてくる、地響きのような多くの足音や風を切るこれまた多くの羽ばたく翼の音。
シャルル君とサロモン君により走るように指示されている牛達は俺達より先を走っているが、牛達も逃げ切れないかもしれない。
後ろをちらっと見てみると、先ほどよりはっきりと見える影。
そのおかげか飛竜が運んでいるのが檻で、馬車が引いているのが荷車であるのが見て分かった。
あの大きさであればきっと牛を運ぶつもりなのだろう。
これではっきりと分かった。あの今近づいている連中は、きっとゼン達が追っていた窃盗団なのだ。
これは、かなりまず過ぎるかもしれない。
俺のこの考えは当たったようで、鋭く響く一つの銃声が後ろから鳴り響いた。
ズガンッ!!!
「「っひ!!!」」
「っ!! リンにいちゃ!」
「っち!」
「止まれ! そこのガキ共!!!」
そう言われなくても、子供達は音にビビって足を止めてしまっているし。
俺はすぐさま子供達に怪我がないか目視で確かめて、抱き上げていたプティ君を降ろして双子に任せ、近づいてくる敵と向き合う。
「牛の担当は盗めるだけ盗め! それ以外はガキだ!」
そう言ったリーダーらしき男の指示に従い、ほとんどの者達が牛を捕まえにかかったが残り6人の馬にまたがっている者達が俺達をぐるりと囲むように馬の脚を止めた。
馬を止めた男達は、馬から降りるとザクザクと牧草地を無遠慮に踏みしめながら俺達に近づいてくる。
まず、そいつらの顔が俺は気に入らなかった。
ニヤニヤとした気持ちの悪い笑みをどいつもこいつも浮かべてやがる。
そんな気持ち顔でこちらを見ながら近づいてくる奴らを逆に睨み返し、俺は震える子供達を庇いながら様子を見る。
「さあて、そこにいる一番小さいガキ。お前がここの末息子だなあ?」
「っひぅ」
「この子になんのようだ」
「…………そして、今喋った兄ちゃんが異世界から来た異世界人」
「っ……、だったら、どうした」
どうやら相手は俺の事も、プティ君の事も知っているらしい。
今喋っているこいつがリーダーなのだろうか、先ほど他の奴らに指示を出していたのもこいつなので、そうだとは思う。
怯えて俺にしがみついているプティ君を、汚い目をしているそいつから隠すように俺は前に出る。
「今言った二人、末息子と異世界人。俺達と一緒に来てもらおうか」
「リ、リンとプティをどうするつもりだ!」
「何かしたら許さない! もうすぐ母上達が助けに来る!」
リーダーらしき男の言葉に噛みつき飛び出しそうな双子を俺は慌てて両手で制す。
危なっかしい。
下手なことすればタダでは済まないだろう。
なんてったって相手は銃を持っているのだ。
男たちは長いローブを着ており、今誰が何を持っているのか見えないので分からないが、先ほど発砲してきたので間違いない。
サロモン君の言うとおり、異変に気付いたパルフェット様達が助けに来てくれるだろう。
だが、それもいつになるやら。
「お前らの母上様が助けに来るのは確かにまずいが、それも計画の内だ。ここに来るまで半年かけて計画を立てたんだ。それだけ長い時間かけてきたってのに、目的のモノ手に入れずに帰るわけにはいかねえよ。安心しろ、無駄な殺しはしねえつもりだ」
半年……そういえば、ベルトラン君が行ってた最初の窃盗事件は半年前だった。
それからずっと、これの為に領内の家畜を盗んで様子見をしてたってことか。
しかも狙いは家畜だけじゃなくプティ君と俺もだと言う。
だが、半年も前から計画立てていたのに、俺も狙いの一つになったのはここ最近なのか?
無駄な殺しはしないと言ったが、それは逆を言えばこちらが抵抗すれば殺すって事だろ。
そう思うとますます周りに居る男達の下卑た笑みが気に食わない。
「お前ら! ガキと異世界人を捕まえろ!」
その指示に従い周りに居る男達の中から、まず二人が近づいてくる。
その手には手錠を持っており、どうやらそれを付けて拘束するつもりなのだろう。
目の前に迫った男の一人が手錠を付けようと俺達に手を伸ばしてくる。
「大人しくするんだなあ……」
「…………そう言われて、はいそうですかとは、いかない、っね!」
一人の男が俺に触れる直前に、俺は相手の持つ手錠を叩き落とし、手ぶらになった手を捻り返して派手に地面へと叩き付けた。
「二人とも! 壁を!!!」
「「っは! ぅんりゃああああああああ!!!」」
俺の言葉を理解した双子は普段制限している力を思いっきり使ったんだろう、俺と少し離れた所に居た男達との間に土壁を一瞬で築き上げた。
しかし、すぐ近くに居たもう一人の手錠を持つ男は壁の内側に残ってしまっているが、問題はない。
「クッソガキ共!!!」
手錠を持つもう一人の男は、持っていた手錠を投げ捨てるとローブの内側からなにやら取り出そうとしているが、俺からすればそれは遅い。
俺はそいつが何か取り出そうとする前に、横っ面を肘で思いっきりぶん殴り揺らいだところを両手を組んで頭に振り下ろし、地面へと叩き付けた。
「リ、リン……」
「すごい」
双子は放心気味に俺の所業を見ていた。
こんな事ができる理由はあまり気分は良くないが、前の世界でのストーカー被害などで護身術を習い多少なりの実戦経験があったのでできたことだ。
でも、今はそんな事より。
「二人とも! 次は……っ!」
俺は次に二人に指示を出そうと言葉を言いかけたが、周りを囲んでいた壁がガラガラと崩れさっていく様を見て言葉が止まってしまった。
「…………はあーあ、言っただろう? これも、計画の内だ」
崩れ去る土壁の隙間から先ほどのリーダーらしき男が下卑た笑みを止めて、真顔でこちらを睨みつけながら銃をこちらに向けて構えていた。
良く周りを見ると壁の外に居た全員が銃をこちらに向けている。
まずい!!!
この機会を逃してしまうとこれ以上の逃げ道がなくなる。
そう思ったその瞬間。
――――――――ズガァアン!!!
先程とはまた違う銃声音。
それが響いたと思ったら、目の前に居るリーダーらしき男以外全員の銃が続けざまに撃ち落されていく。
「――っ!? くそ! こんな遠距離、どうやって!」
俺もリーダーらしき男と同じ考えを持っていたら、答えは簡単に出てきた。
「「母上!」」
「セリュー!」
どうやら助けが来てくれたようだ。




