見えてなかった陰
「ぅーん……、これは?」
「それだと少し大きいから扱い慣れるまで時間がかかると思うな。……こっちの方が小さいが、切れ味も悪くないみたいだしリンタロウの手の大きさにも合うだろう」
『ふーん』と俺はゼンからオススメされたナイフを手に取ってみる。
いろいろ買い揃えないといけないのは主に俺で、ゼンは冒険者だから旅装束などは元々揃っているので薬ポーションなどのアイテムを二人分買い加えるくらいでいい。
それにしても初ポーションを見れて『でたよ、ファンタジー』とちょっとだけ感動した。
だってポーションの効果を店の人の好意でお試しさせてくれたのだ。
店の人が自分で手の甲を軽く切って傷をつくり、それをポーションを一滴垂らしただけで綺麗に治ったのを目の前にしてみろ?
魔法のマの字も知らなかった俺からしたらそりゃあ感動モノだ。
でもパルフェット様の治癒魔法を目にしてるから感動が半減したのでは? と思うだろう。
そんなもん、それとこれとじゃ話は別なんだよ。
この市場には農業関係がメインではあるものの、冒険者向けの品も結構出店している店も多かったのでゼンが言うには買い揃えるのには問題がないそうだ。
もう今の時点でいくつか買っているが、俺は何をどこまで買い揃えないといけないか全く分からないので、その辺はゼンにお任せしっぱなしだ。
とは言えども!
ゼンは、ああ言ってたけど、本当に良かったのかなあ。
*********
「兄ちゃん! 旅に出るならこれは必需品だ! どうだい? この世界に帰ってきた記念に安くするぜ!」
「ん? バッグ? ……えぇ、旅用にしては小さくない?」
今より少し前の時間、別の出店で品物を物色していたら商売根性逞しい店のお兄ちゃんと言うよりかおじちゃんが俺に一つの鞄を差し出してきた。
シンプルで使いやすそうな鞄だが、旅用にしては小さいし、色も乳白色というかクリーム色、もしくはアイボリーと言われる色で旅をしているとすぐ汚れると思うし落としきれなかった汚れが目立ちそうだ。
「何言ってんだ、兄ちゃん! これは魔法の鞄だぜ! 見た目に騙されちゃあいけねえ。小さく見えても中の収納力は見た目の数倍! たくさん入るのに重さもほとんど感じないっていう優れものだ! 異世界人ってのは本当に何も知らないんだなあ」
「お、おぉー……これが、マジックバッグ!」
「お? どうやらちょっとは知ってるみてえだな。どうだ? 旅には必需品だろう!」
おじちゃんが言うには、マジックバッグはやはり特殊な品物らしく手に入れるのには苦労する事もあるみたいで、今回おじちゃんの店にあるのも二点のみ。
しかも、その中でも一番の収納能力で別性能も付いている良品を安値で売ってくれると言う。
まだ数店しか出店を見れていないが、他の店ではマジックバッグなんて無かったし、おじちゃんも今回の市場で出品しているのはここくらいだと言う。
こ、これは買うべきなのでは?
「……ちなみに、おいくらで??」
この世界でのお金の感覚は、ゼンがかけてくれた感覚共有の魔法により数字の数え方や金銭感覚は一緒で、名前だけ違ってこちらの世界のお金の名前はゲールだという。
一番大きいお金が一万ゲール札、その次が千ゲール札、百ゲール金貨、十ゲール銀貨、一ゲール銅貨とお金の種類が分かれている。
ちょっとしたプラス知識だが、教えてもらった通貨より大きな金額を取り扱う場合は、貴金属や宝石など一つ一つが価値が高いもので取引をしたり、貯金をしたりするらしい。
「そうだな! 今回は……、四十万ゲールでどうだ!」
「げっ! よ、四十万!!!」
さすがに高い!!!
でも貴重なマジックバッグというし、安い方なのかな……?
かと言って、支払いは全てゼンが払ってくれているので、自分で支払うわけではない俺としては買うとは言い出せない金額だ。
「元値の半分以下にはしているが……高いか?」
「えっ!? そんなに値下げしてくれてたの? むしろ大丈夫?」
「無事こっちに帰ってきた祝いでもあるからな! 本当は無料と言いたいところだが、さすがにマジックバッグは無料ってわけにはいかなくてな」
『すまんな!』とおじちゃんは言うが、そもそもそんなに高額な品を無料にしようという話はそりゃあ無理な話だ。
半分以下にしたと言って四十万ゲールだろ? ということは元値は約八十万ゲール以上。
だって前の世界でいうハイブランドのボストンバッグ並みかそれ以上だぞ。
考えただけで震えがくる。
ただ、おっちゃんの好意も嬉しい。
これは、どうしよう…………。
かと言ってゼンに相談するにしても勇気がいる。
俺はマジックバッグを見つめながらうんうんと唸った。
「――――確かに、妥当な値段を更に半額以下にしてくれているのはとても嬉しいが……」
「っ! ゼン! ……あの、これ」
いつの間にか、俺の後ろにはゼンが居た。
ゼンは、言い淀んでいる俺の肩を気にするなという風に軽く叩く。
「ご主人、すまないが、既にマジックバッグは別で作ってもらっているところなんだ」
「なんだ、特注品か? それならこれ以上に性能がいいはずだ! 良かったな! 兄ちゃん」
「ぇ……えぇ!? そうなの!?」
なんと既にゼンによってマジックバッグだけでなく、その他にも旅装束なども手配済みで作成中であるという。
その辺の品を買うより、マジックバッグや旅装束などは特注したほうが長持ちして性能が良いし、なにより一生ものになるので厳選した素材で用意しているだとか。
でも、厳選した素材で特注してるということは、このマジックバッグより値がかなり高くなるのでは!?
「ま、待てよ! ゼン、俺そんな高価な品受け取れない!!」
「うん、リンタロウはそう言うと思ってたから勝手に注文した」
ケロっと、こいつ全て解ってますって顔でしれっと言いやがった!
めっちゃいい笑顔しやがって!
この野郎! ありがとよ!!!!
*********
とまあ、そんな事があったので俺がこの市場で買う品は、小物やその他消耗品などがメインだ。
今思っても高額であろ品を作成中って事が頭にチラつくが、気にしすぎたら俺の胃がいかれそうなのでほどほどにしないとな。
「確かに持ってみると持ちやすいかも」
「じゃあ、これにしよう。俺はこのナイフを買ってくるから俺の目の届く範囲にいるんだぞ」
「その、俺を心配しているのか子供扱いして揶揄ってるのか分からない絡みやめろ」
「はいはい、噛みつかない、噛みつかない。でも他を見てもいいが本当に俺の目の届く範囲で頼む」
「わかった」
今見ていた出店がかなり大きく広くて、テントを四つ繋げている出店であったので購入する為に店員に話しかけるのもちょっと一苦。
なので、ゼンは俺とはぐれないように念を押して言っているのだろう。
そして、品物を買いに行くゼンの後姿を眺めるのを止めて俺は周りを見渡した。
この市場を見ているとやはり目に入るもの全てが物珍しいと思ってたら、たまにふと目に入る品が前の世界で見たことある品があったりして思わずおっ、と視線を止めることが間々あった。
例えばだ、前の世界で共通の皿とか人形とかそういう品は見慣れてはいるが、やはりこっちの世界のテイストに変わっている物もあって、中にはこの領地の特徴であるデフォルメされた牛さん人形があったりした。
思わず手に取って見て見たが。なかなかに触り心地が良かったので聞いたら本物の牛の毛を使っているとの事。値段を聞いてそっと元に戻したが。
その他にも驚いたのはなんと、前の世界での某ご当地玩具が置いてあったのだ。
赤くなくて白かったが、病魔を払う縁起ものだという。俺はまんまあの玩具じゃん! と心の中で突っ込んだがその玩具の名前は全然違うものだったので黙っておいた。
「おにーさん、おにーさん」
「…………ん? え、俺?」
「そーそー」
俺は他に面白い品がないかと近場を見渡していると、突然向かい側に居た出店の人、好かれそうな良い笑顔をしているお兄さんに声を掛けられた。
おいでおいで、とそのお兄さんに手招きされるので、俺はそのままスルスルと引き寄せられて行ったのだが。
「おぉ、これは」
そのお兄さんの出店には前の世界でいう中華風の品々がいろいろと広げられていた。
今までどちらかというと洋風の品ばかり見ていたのでちょっと新鮮。
良い笑顔のお兄さん曰く、お兄さんは行商人らしくこの領地の前にこの世界の三大国のバイリュン国で商売をしていて、今回はそこで仕入れた商品を販売しているそうだ。
バイリュンという国は中華風な国なのだろうか、ちょっと興味が湧く。
「そういえば聞いたよ、異世界から来たんだって? 良かったら店の品見ていってくださいな。ご帰還のお祝いにプレゼントしますよ」
「ぁ、いや、そうですね異世界から来たのは確かですけど、今いっぱい贈り物貰っちゃってて……お気持ちだけ頂きます」
「おや、そうかい? そうかぁ…………、それは
………………、残念だ」
残念だ。そう言った時に薄められていたお兄さんの目が開いて元の形に戻った時に、背筋に走った気持ち悪さに思わず鳥肌が立った。
「………………」
「ん? どうしたの、おにーさん。具合が悪い? さっき一緒に居たおにいーさん呼んでこようか?」
「いえ、結構です」
「――リンタロウ、どこに居る?」
気持ち悪い鳥肌に思わず腕をさする俺の耳に、ゼンが俺を呼ぶ声がタイミング良く入ってくる。
「すみません、呼ばれているので行きますね」
「そっか、また気が向いたら寄ってー」
「…………はい。では」
「…………ゼン」
「あぁ、リンタロウ、そこに…………。
どうした? 顔色が悪い」
「何でもない。ちょっと変なこと思い出しただけ」
こっちに来てあまり見せたことないくらい顔色が悪かったのだろう。
ゼンは心配して俺の頬を優しく撫でてくる。
いつもなら触るなと払うところだが、今はそれができないほど俺はショックを受けていた。
何故なら、あのお兄さんの一瞬だけ開かれた目は……。
前の世界で常に向けられていた。
人を値踏みする、汚い瞳だった…………。
こちらの世界では一度も感じなかった不快感。
みんな優しくて温かくて、勝手にそんな人いないと思ってた。
けど、久しぶりに感じた不快感は、油断していた身にはとても何とも言えないおぞましさがあった。
「リンタロウ、本当に顔色が悪い。どこかで休もう」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ……」
「「リーン!」」
「リーンにーちゃー!!」
「リンタロウ様ー! お買い物は進んでますかー!」
「ぁ…………おぉ! 皆! 買いたい物は買えたかー!」
ゼンが俺を心配している顔をしているが、今はこちらに向かってくる天使達とその執事さんを出迎えよう。
もちろん、暗い顔なんてこちらに向かって来てくれている皆には見せはしない。
「リン! 良いモノ買えたぞ!」
「買えたぞ!」
「おぉー! そうかそうか、見てみたいなー」
「「はっ!!」」
「それはだめぇええ!!」
「えぇ? なんでダメなのプティ君」
「「ひ、ヒミツだもんねー……ひゅーひゅひゅー」」
「ヘタクソな口笛だな、おい」
「リンタロウ様にお願いされてもこればっかりは見せられません。俺達兄弟の大事な秘密なのです」
珍しい。
隠し事とか悪戯とか大好きで、楽しければ割とぶっ飛んだことする双子お兄ちゃんズと、そんな双子お兄ちゃんズを見て育った真似っこ大好きプティ君が秘密を隠すのは分かるのだが。
まさかのリッシュ家の良心、且つ常識人のベルトラン君まで秘密とな。
えぇー、めっちゃ気になるじゃん?
でも、兄弟の秘密って言われるとそれ以上聞きにくいじゃん?
…………聞くけどね!
「ベルトラン君そう言わずにちょっとだけ! すこーしでいいから!」
「駄目です!」
「「ダメです!!」
「だぁあめです!」
「そっかぁ……俺だけのけ者かあ、兄弟にならないかって言われたんだけどなあ……」
「「「「っう!!」」」」
必殺!!! 泣き落とし!!!
なあんて、これ以上は可愛い天使達を追い詰めないけどね。
俺って良心的ー、なんつって。
とか思ってたらプティ君が。
「リンにいちゃ! えっとね! 買ったのはぅむぐっ……」
「「プティ! めっ!」」
「あぶないあぶない…………」
普通なら、プティ君以外の兄弟が今口止めしたと思うだろ? 違うんだなー!
なんとあのセリューさんが素早く優しくしゅぱっと白い手袋を付けた手でプティ君の口を塞ぎ、それに続いてお兄ちゃん兄弟ズがわらわらとプティ君を止めにかかったのだ。
なんともまあ、セリューさんの行動はスマートでスピードがありました。
「プティ坊ちゃま、それ以上は楽しい秘密が台無しになってしまわれますぞ」
「……ぷはっ! ぅー、ごめんなしゃい」
「はは! わかったよ、もう聞かないから!」
「でも、そのうちお教えしますから」
「「リン! ビックリ!」」
「いや、お前たちのビックリは怖いから!」
きゃはははと笑う双子お兄ちゃんズとプティ君、それに便乗してベルトラン君も笑ってる。
あー、癒される。
本当に、さっきのなんて何かの幻覚だったのかもしれない。
「――――何か、ございましたか?」
「……ほんの少し、目を離してしまった時に」
「リンタロウ様はなんと?」
「大丈夫だとは」
「では、リンタロウ様を信じましょう。あまり過保護でもリンタロウ様に嫌われてしまいますし、そのお顔では皆様を不安にさせますぞ」
「あまり顔には出ないほうなのですが……ふっ、そうですね」
「――ゼン、何話してるんだ? 今から子供達とさっき行けなかった出店に行こうって話になったんだけど、行っていい? まだ買い足すのある?」
「いや、必需品は買えたから大丈夫だ」
「そっか、じゃあ……皆! さっきの出店に行こう!」
「「「うえーい!」」」




