birthday 1
兄の弥生が突然電話してくるのは珍しくない。何の用もなくとも思い付きで電話してくる。
「ミレナの誕生日が明日なんだよね」
玄嗣が電話に出てから弥生は開口一番にそう言うと、「じゃあ今日の12時にいつものところで」とだけ言って電話を切った。
受話器を置くと、玄嗣は時計を見る。11時30分。
ため息をついて出掛ける準備をしていると、ソファに座ってお菓子を食べていたミレナが「出掛けるの?」と尋ねた。
「ああ。すぐ戻るよ」
「わかった。帰ってきたら本を読んで」
「分かった」
最近、ミレナは玄嗣が読む本に興味を持ち、午後は偶に読み聞かせていた。
玄嗣がリビングで読書をしていると「何読んでるの」と傍により、本を指でなぞってくる。
当然、点字などないのでミレナには分からない。
玄嗣はそこにある文字を声に出して読み聞かせると、ミレナはじっと佇んで聴き入った。
しばらく読み聞かせ、「今日はここまで」と玄嗣が本を閉じると、ミレナは「続きは明日」と微笑んだ。
ミレナが1番喜ぶ物語は動物や魔法、家族や友人が登場する児童向けの物語だ。玄嗣はミレナに読み聞かせる本を選んでは買ってくるようにもなった。
玄嗣は約束の12時丁度にいつものカフェについた。
弥生は言い出しっぺにも関わらず、まだ来ていない。
窓際の席に座ってコーヒーを先に注文する。
「ミレナの誕生日が明日なんだよね」
電話の弥生の声を頭の中で反芻する。
誕生日…。そんなもの自分のも他人のも気にしたことがなかった。
いや、子どもの頃は祝ってもらっていたかもしれない。
玄嗣は窓の外を眺めながら記憶を辿りはじめる。
確か子どもの頃に1度、弥生が突然ケーキを焼いたことがあった。ところどころ焦げていて不格好なケーキだった。
生クリームもイチゴもない。
ただの丸いスポンジケーキの上にチョコレートで玄嗣の名前が、平仮名で書いてあった。
多分あれは、俺の誕生日ケーキだったんだろう。弥生もあの頃はまだ10歳ぐらいだった。
そんなこともあったな…
玄嗣が窓の外を眺めながらケーキのことを思い出していると店のドアが開く音と共にやっと弥生が顔を見せた。
「お待たせ」
弥生は玄嗣の前の席に座ると、店員を呼びいつものように次々と甘いものを注文していく。
「それでさ」
弥生は注文を終えるとまるで話の続きを語るように言った。
「ミレナに何か買わなきゃでしょ、誕生日なわけだし」
「そうか?」
「そうだよ。まあどっか連れてくって手もあるけど」
「…」
兄のこういうお節介に玄嗣はこれまで何度も振り回されてきた。また始まったという思いで玄嗣は黙ってコーヒーをすする。
構わず弥生は続けた。
「友達もいないしさ。寂しいと思うしペット飼うなんてどう?それかどっか連れてくとしたら同い年ぐらいの子が沢山いそうなクラブとか」
「ペット、クラブ」
玄嗣は聞きなれない単語をただ繰り返す。
「買うとしたら犬とか猫とかさ。クラブとかでぱーっとはじけるのもあのぐらいの歳の子には必要じゃね?酒でも呑んで友達作ってさ。」
「…そもそもあいつ歳いくつなんだ」
玄嗣は酒という単語を聴いて弥生に尋ねた。
「本人も知らないけど20くらいだろ」
どうやら弥生も定かでないらしい。弥生には20に見えるということに少し驚く。
玄嗣はミレナはまだ子どもで15,6と思っていた。
「本人も知らない?」
「あいつは施設に来るまでの記憶が断片的だから本当の年齢は分からないよ。誕生日も施設に来た日」
「そんな日を祝われて意味があるのか…?」
玄嗣の言葉に弥生が呆れた顔をする。
「お前なあ…生まれた日なんか重要じゃないんだよ。生まれたこと自体を祝ってやることに意味があんの。そんぐらい分かれ」
なるほど。
そういうものか。
「まあ、弥生に任せるよ」
玄嗣はそう言ってまたコーヒーをすすった。
すると弥生は玄嗣を睨み、「まったくお前は」と呟く。
「お前がやらなきゃ意味ないだろ」
弥生の言っている意味がわからない。
「なんで俺がやらなきゃ意味ないんだよ」
「ミレナは俺よりお前に、生まれてきたことを喜んで欲しいからだよ」
玄嗣は弥生の言葉の意味がまだよく分からなかった。




