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「Studio Kaito」設立1年目は笑えるほどの大赤字だった。かろうじてチヨの収入で事務所の家賃と生活費は賄えていたが、どうやら初年度のみならず5年先くらいまでマイナスが続きそうな気配である。
その理由は、淳が持ち前の不器用さを如何なく発揮したことにある。空気を読んで商業ベースの流れに合わせるという、大人の世渡りが全くできない。それは同時に彼の芸術性を支える武器でもあるのだが、実績のない新米では無用の長物である。
中でも、広告代理店が企画したドキュメンタリー映像は、心折れる経験であった。テレビの特番に挿入される30分もので、アジアの貧困児童に募金を呼び掛けるためのツールとしてインターネットでも同時配信される。
「このプロジェクトのKGIは、単なるインプレッションだけでなく、SNSともリンクさせることで、リアルタイムでエンゲージメントがコンファームできる、シナジー効果です。ステ-ションブレイクがないので、Aタイムから外れたゾーンのGRPも上げていきたいという――」
茶色くて先のとがった靴を履いた代理店マンが、呪文のようなコンセプトを唱えるのを「はあ、そうですか」と聞いてみたものの、淳の頭では半分も意味がわからなかった。取りあえず、企画の枠組みや狙いは決まっていて、その中でどう映像を組み立てていくかを任されているらしい。
……と、思っていたのだが、どうも撮影が始まると様子がおかしい。
1週間の予定でロケを組み、フィリピンのスラムで現地のリアルな様子を拾うはずが、行ってみるとロケ地も出演者もセッティングされていて、脚本通りにカメラを回すだけ。淳の仕事は「確認してください」と言われたモニターを覗いて、せいぜい角度や背景に細かい指示を出す程度であった。たまに図が気に入らなくて注文を出すと
「いや、もうクライアントからこのコンテでOKもらってるんで」
そう言ってプロデューサーから押し切られてしまう。クリエイティブの「ク」の字もない、お飾り監督であった。要するに番組に話題性を添えるため、淳の名前をクレジットしたかっただけである。
これは淳にとって、初めて経験する種類の屈辱であった。ぽっと出の若造監督など、大きな渦に飲み込まれれば、ワカメの切れ端ほどの価値もないということを知った出来事だ。
しかしその一方で、短い滞在中に素晴らしい出会いもあった。
撮影をしたマニラのトンド区には、以前スモーキーマウンテンと呼ばれるごみ集積所があり、多くの低所得者がそこに住んでスラム化が進んだ。そのため区域を政府が閉鎖し、人々を仮設住宅に移住させたのだが、またその仮設住宅の界隈がスラム化してしまった。
淳がたまたま出会った少年カルロも、そのスラムの住人であった。撮影中、何度も現場にやってきては、興味深そうにカメラやモニターを覗き込んでいる。15歳くらいだろうか。通訳さんに「面白いか」と聞いてもらうと「Yes」と言う。その目があまりにキラキラしていたので、出来心で撮影終了後に食事に誘ってみた。
「フード、えーっと何や、ユー イート?」
妻は翻訳家だが、淳本人は英語はからっきしダメである。仕方なく電話でチヨを呼び出し、スピーカーにして通訳をしてもらうことにした。ハンバーガーを食べながら話をしたところによると、カルロは14歳。本来ならこちらでは高校生に当たるが、学校には行かず一家の生活を賄うため金属ゴミを集める仕事をしているそうだ。
「カメラに興味あんのか」
「うん、カメラにもパソコンにも興味があるよ。いつか金持ちになったら買いたいな」
そう言ってカルロは流暢な英語で夢を語った。洗濯の仕事をしている母親と弟の3人暮らしで、彼が一家の大黒柱であるせいか、年齢よりもしっかりした印象だ。小学校では学年トップの成績を取り、拾った本や新聞で歴史や政治、プログラミングの基礎原理までも理解しているらしい。
「日本のコンピューターやカメラは世界で有名だよね。どこかに落ちてないかなって探してるんだけど、まだ発見できてない」
屈託のない顔でカルロが笑う。儲けが多かった日にはネットカフェでゲームをするのがいちばんの楽しみらしい。日本の同年代なら絶望しそうな生活だが、彼の瞳は希望でキラキラしている。
今回の番組もそうだが、日本のテレビで知るスラムの生活は、悲惨で陰鬱なイメージだった。しかし実際に中に入ってみれば、みんな実にエネルギッシュである。確かに、衛生や教育、インフラなど、支援が必要な部分は大きい。しかし、人間の底力はひょっとして今の日本よりあるのではないか。
カルロにしたって、そうだ。賢くて明るくて家族思いで、有望そうな少年である。テレビ局で集めた支援金がいくらになるかは知らないが、果たして彼の将来をサポートすることができるのか。きっと優先順位の高い病院や児童施設に贈られるだけで、彼には届かないだろう。多くの子どもたちは、親と同じくスラムで埋もれていく。
「ミスター、もうポテト食べない? ママに持って帰っていい?」
日本で待つミコちゃんの顔が目に浮かび、胸の奥がチクチクする。その痛みが、淳をある行動に走らせた。もちろん、彼一人を救ったところで、問題の根っこが解決するわけではない。偽善であるということは重々承知している。ただ、映像を生業とする人間として、淳はある種の可能性をカルロに見出していた。ロケ最終日の撮影終了後、スラム近くの誰もいない裏道で、淳は小さな紙包みをカルロに手渡した。
「オープン、開けてみ」
今日はチヨの通訳はない。言ったら怒られそうなことを今からするので、小言は帰ってから聞くことにする。袋を開けて中を見たカルロの目が大きく見開かれた。
「Seriously !? (マジか!)」
袋の中には中古のスマートフォンが入っていた。カルロのコミュニティでは、スマホを所持している子どもは少数だ。淳は翻訳アプリを立ち上げて、音声入力を始めた。
「お前にやる。盗られんように気をつけろ」
「ありがとう。でも、なんで僕にくれるの」
カルロも翻訳を通じて返事をする。やはり賢い。見ただけでツールの仕組みを理解してしまった。淳は、取りあえずメールやLINEの使い方だけ教えて、明日帰ったら連絡するので、詳しい話はその時にと伝えた。
「お前にやって欲しい仕事があるんや。引きうけてくれるかわりに、このスマホを渡す」
「やるよ、ありがとう、ミスターカイトウ。連絡を待ってる」
翌日、帰国した淳はチヨにすべてを話し、「勝手なことしやがって」と〆られた後に、カルロにメールを送った。と言っても、文面はチヨが代理で英語入力してくれたのだ。もうチヨも淳のやることにいちいち驚かなくなっている。
カルロへ
君に頼みたいことは動画の撮影です。そのスマートフォンでスラムの人々の生活を撮ってください。普段、君たちがどんな物を食べ、どんな家に住み、どんなことに幸せを感じるのか、ありのままを教えて欲しいのです。
私は君たちの暮らしを取材しましたが、それは私たちから見た客観的なイメージです。募金を呼びかける助けにはなりますが、現実とはあまりに違います。私はスラムの人たちをかわいそうとは思いませんでした。むしろ、とても逞しく生きているように思いました。
私はそれを、君たちの言葉で発信して欲しいと思います。外から勝手に押し付けられるのではなく、自由に自分たちのやり方で表現してください。私がそれを世界に届けます。
スナオカイトウ
その日から、日本の駆け出し映画監督とスラムの少年の、不思議なリレーションシップが始まった。スマホなど高価な品物は売り飛ばしてしまう人間も多いが、カルロは賢いだけでなく、誠実で義理堅い少年だった。
彼は親友のジョシュアとタッグを組み、翌日から撮影を開始した。驚いたのは、とにかくやり方がスマートで無駄がないことだ。彼らはプリペイドのデータをなるべく消費しないようフリーのwifiを拾い、無料で充電できる場所を見つけた。さらには仕事の合間に公立の図書館で本を読み、ファクトチェックをした上で動画のナレーションを行った。
「うぉお、すごい。これ俺の動画より再生回数が多いんちゃう」
「英語、日本語、中国語、スペイン語で視聴できるから、全世界の人が見てくれてるんだよ。嬉しいね」
カルロたちが送ってくる動画は、予想をはるかに上回るキレのいい内容で、それらをいくつかつなぎ合わせて、淳が開設している動画サイトのチャンネルにアップロードした。その際、オリジナルの英語をチヨが日本語に、アメリカにいるチヨの友人ロザリンダがスペイン語に、さらに最近チヨが公園で友達になった中国人ママの趙さんが北京語に翻訳を行う。
チヨとロザリンダはボランティアとして。趙さんは語学の勉強のためである。この4か国語配信が、大きく再生率アップに貢献したのは言うまでもない。そして、陽気なカルロとクールなジョシュアのコンビが描き出すスラムの暮らしは、過酷な中にも温かな笑いがあふれ、今までテレビ番組などで刷り込まれたイメージを払拭するものとして、瞬く間に国内外の視聴者を惹きつけた。
「ミスターカイトウ、僕たち高校に行きます。勉強をします!」
動画サイトの広告収入が月5万円に達したころ、カルロたちは復学宣言をした。もちろん動画だけで家族の生活には足りないが、学校に行きながら働く余裕ができたのだ。最初は淳のアカウントの収益だからと遠慮していた彼らだが、「お前らが映像を撮って稼いだ金やろ」と淳が説得し、念願の高校生活が始まった。そして、ちゃっかり者の彼らはスクールライフも動画のネタにしてしまったのだった。




