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チヨの総て  作者: 水上栞
Vol;6 私たちの生き方
64/77

6-2



「このまま、やられっぱなしじゃ済まさない。それがチームの総意だってことでいい?」



 いつもの制作会議室こと居酒屋。レモンサワーで勢いをつけたチヨが、ジョッキを握ったままメンバーの表情を伺う。みんな討ち入り前の赤穂浪士のような顔をしている。ひとり泣いているのがハナちゃんの彼氏の嘉助くんで、心優しい彼には今回のことが相当なショックだったようだ。



「取りあえず、キャンセルした施設には何を言っても無駄やな。どこか、他で上映してくれるところを探した方がええやろ」


「そう思って検索しといた。これ、会場のリストね。私が片っ端から当たってみるよ。もとはと言えば私のしょいこんだトラブルが原因だし」



 淳の提案を受けて、チヨが候補リストを配布する。相変わらず仕事が早い。リストには東京と大阪を中心に、全国30か所ほどの会場が並んでいた。



「チヨちゃんが責任を感じることはないよ。そのトラブルがあったからこそ、この作品が生まれたわけだし。私も当たってみるからリストを分けよう」



 チヨに負けず劣らず仕事の早いハナちゃんが、リストに印をつけていく。チーム海東の女性陣は、やり手である。この二人の指示に従っておけば間違いない。そんな中、遠藤さんが情報の公開についてみんなに意見を求めた。



「妨害があったことは正直に伝える? 候補にあげた施設も、なんで決まってたハコがキャンセルになったか知りたがるだろ」


「全部はっきり言うた方がええと思います。じゃないと、相手に迷惑がかかる可能性がある」



 このことに関しては、淳の中では方針が決まっていた。例え会場側が上映を了承してくれても、告知をすればまた圧力がかかる恐れがある。そこでまたキャンセルされるくらいなら、最初から正直に言って断られた方がいい。「妨害に負けない」と言ってくれる会場でしか、きっとこの作品は上映できないだろう。



「まあ、それで全部ダメなら、最後はネットで流すか」


「ネットで見るにはちょっと尺が長すぎるけどな」


「サーバーに妨害かけられたらどうする」



 それぞれが今後起こりえることを挙げながら、閉店間際まで会議は続いた。みんな儲けや名声などはどうでもいい、この作品を一人でも多くの人に見てもらいたいし、その中にあるメッセージを受け止めてもらいたいのだ。しかし、そんなメンバーたちに世間の風は厳しかった。






「結局、上映をしてくれる会場はゼロ。妨害の件を話した途端、みんな丁重にお断りをいただいちゃった」



 キッチンのテーブルに突っ伏して、チヨが嘆く。ハナちゃんと手分けして全ての施設にアタックしたが、結果は見事な玉砕だった。やはりどこも面倒ごとは避けたいようだ。こうなればネットの動画サイトで流すか、街中でのギャング上映しかないかと考えていたら、脱力から回復したチヨがガバッと顔を上げた。



「ひとつ、考えが浮かんだんだけど」



 目が爛々と輝いている。チヨがこういう時は、素晴らしいアイデアか無謀な見切り発車のどちらかだ。やや不安を感じながらも、淳はその考えとやらを尋ねてみた。



「要するに、奴らの手の届く範囲はダメってことでしょ。北海道から沖縄まで、全部で断られたからね。だったら、それを逆手に取るのよ。国外でブレイクさせて逆輸入する。いくら政治団体が力を持っていようが、外国のメディアまでコントロールできないわよ」


「外国ぅ?」



 淳が素っ頓狂な声を出すと同時に、チヨは立ち上がって部屋に飛び込み、猛然とパソコンのキーを叩き始めた。そして何やら英語で検索をしていたが「ある、ある!」と叫んで淳を呼んだ。



「アメリカにも、ヨーロッパにも、自主製作映画のコンテストがいくつもあるよ。これにエントリーしてみない?」


「出すのはええけど……俺らの作品は日本語やで?」


「私が翻訳する。字幕をつけよう!」



 チヨのアイデアをまとめるうち、壮大な計画ができあがった。まず、チヨが日本語を翻訳し、それをジェイがネイティブスピーカーの視点で添削する。これに関しては、ジェイも上映のキャンセルに心を痛め、何かサポートしたいと言っていたので頼めるそうだ。


 そして映像に英語字幕を流し込んでコンテストに送る。アメリカで2つ、イギリスで1つ。インターネットでファイルをアップできるとはいえ、最も短い締め切りが1か月後である。相当ギリギリのスケジュールだ。



「急げば何とかなるよ、私いま無職に近いし。それしか道がないなら、やるしかない!」



 とりあえず、チームのメンバーにもLINEで伺いを立てたが、全員ゴーサインである。みんな、ダメもとでやるだけやってやろうという気構えだ。そして、首尾よく外国での受賞が叶ったら、今度こそ日本で再挑戦を行う。国内外で評価された作品なら、メディアも取材しないわけにはいかないだろう。それでも上映会場が見つからないなら、大々的に告知を打ってインターネット公開を決行する。



「サーバーに圧力かけられへんやろか」


「アメリカにサーバーを置こう。留学してたときの友人が、LAでプログラマーをやってる。彼女に頼んだら協力してくれるはず」



 いつしか淳の考えも及ばないところまで話が転がっていったが、作品の権利は淳のものだし、今や世界はつながっている。言葉の問題さえ解決すれば、チヨの言うように突破口はあるかもしれない。第一、失うものは何もない。チヨは早速、友人にチャットの伺いを立てた。これがまた、とんでもない方向に話が転がるきっかけとなったのである。






「そういうことなら、一肌脱ぐわ。私のサーバーを使えばいいし、配信もサポートする」



 チヨの元ルームメイト、「ロージー」ことロザリンダ・モレノは頼もしく援助を約束してくれた。彼女はヒスパニック系でチヨより一歳年下。在学中は二人とも勉強の虫だったので、非常によいコンビネーションだった。現在はLAでプログラマーをしており、季節のカード交換くらいの付き合いだが、友情は静かに続いている。チヨの身に起こったことや、映画の内容を説明すると、ロージーは自分のことのように憤ってくれた。



「すごくシンパシーを感じるテーマだわ。私いま、女性の社会的地位向上を助けるグループに参加しているの。自分が被害者だったことをエネルギーにしたくて」


「素晴らしいよ、ロージー。前に進んでいるのね」



 ロージーはチヨが日本に帰国した後、ボーイフレンドとの間に子供ができて結婚。子育てと大学を両立していたが、夫のDVで離婚した。その後はひとり娘を育てながらプログラミングの腕を磨き、現在はフリーランスとして活躍している。



「ねえ、チヨ。近々こっちに来ることはない? 私たちのグループは全米に50か所以上の支部があって、定期的に集会を開いているの。あなた、そこでスピーチをしたらどうかしら」


「スピーチ?」


「映画は女性の権利に関する内容だし、日本でのジェンダーギャップについて話してくれると、みんな興味を持つんじゃないかな。残念ながら、日本はジェンダー・パリティの推進については最悪の評価なのよ」



 映画を紹介できるのは嬉しいが、アメリカは気軽に行ける距離ではないし費用もかかる。「考えておくわ」と言ったものの、無理な話だと思っていたチヨの頭に、何かが下りてきたのは、その夜のこと。翌朝にはすっかり行く段取りを決めて、淳とチームメンバーを驚愕させた。






「クラウドファンディング?」


「そう、たくさん日本にも募集サイトがあるし、英語だともっとたくさん。支援のリワードは、映画の無料配信にするの。期間限定のパスワードを発行して、ダウンロードするようにすればいいって、ロージーが言ってた」


「もしかして昨日の夜のうちに打ち合わせたんか」


「うん、欲を言えば制作費をペイできるくらい支援が集まればいいんだけど、とりあえず私の航空券代を稼ごう。今はまだ注目度は低くても、海外で受賞したりアメリカで話題が広がることで、支援者は増えていくと思うんだ。ただネット配信するより話題性があるしね」



 発想を即座に実行に移す、チヨのスピードとバイタリティに恐れをなしつつ、淳はチームのメンバーにお伺いを立てた。返事は一律に「チヨすげえ」であった。そして本当に彼女は1か月後に翻訳を英語字幕に落とし込み、アメリカのコンテスト2件にエントリー。さらには自分のパート先である英会話教室の校長、イギリス人のヒューズ氏に頼んでクイーンズイングリッシュの字幕も作ってしまった。



 そして、梅雨が明けてセミが鳴き始めたころ、世界5つのサイトに登録したクラウドファンディングが50万円を超えた。大迫監督をはじめ、怒れる映画人がSNSなどで拡散してくれたのが大きい。チヨは職場に半月の休みを申し出、意気揚々とアメリカ行きの格安航空券をポチった。




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