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そこからしばらくは、アルバイトよりも就職活動の方が忙しかった。映像系や制作系の会社に的を絞ってトライした淳は、何とか数件の面接にまではこぎつけたものの、現場というより営業や広報など内勤の業務が求められている場合が多く、せっかく受賞した肩書も役に立たないことが多かった。
「現場に出られへんのやったら意味ないんや」
「そんなら、スタジオの助手やるしかないよね。カメラマンとか音声とか、具体的な方向性が決まればアプローチもしやすいだろうけど」
「そこがようわからんねん、現場の空気と、映像が出来あがってつながる感じ好きなわけで。逆に言えば、それができるなら何のジャンルでもええんや」
淳の話を聞きつつ、チヨがカップ入りの「白くまアイス」をシャクシャク食べている。半分こと言いながら、甘いもののシェアは大抵7対3で彼女が多い。嬉しそうにスプーンを咥える恋人を微笑ましく眺めながら、淳はさらに言葉を継いだ。
「8月やし、もう後がない。卒業もヤバいし、わややわ」
出席日数はとりあえずギリギリ足りている。レポートや補習も頑張れば何とかなりそうだが、情熱がないのでエンジンがかからない。目標が決まったところで、かんたんに状況が好転するほど世の中は甘くないのだ。淳はもう一度「わやや」とつぶやき、チヨから残り少ない白くまアイスを取り上げた。
事務所に足を踏み入れたときの空気で、淳は自分が何かヘマをしてしまったと感じた。その理由は最初わからなかったが、岸社長が手に持っている台本を見て「あれか」と理解した。赤でメモが書き込まれている、もう終わった仕事の台本である。
淳はいつものように、編集の終了後ラッシュを見ながら「自分ならこう撮る」メモをびっしりと使用済み台本に書き込んで監督ごっこを楽しんでいたのだが、それをうっかり会社に置き忘れてしまった。そして、運悪く探し物をしていた岸社長に見つかってしまったというわけだ。
「海東君、この書き込みは何?」
「勝手に書いてすいません、もういらないものだと思ったので」
「そういう事を言ってるんじゃない。この演出が気に入らなかったっていうこと? 自分ならもっとうまく撮れるっていう意味?」
どうも岸社長は、それを作品への批判だと受け取ったらしい。その作品は岸社長が台本を書いて監督も自ら手掛けた。それに赤で別案を書き込まれたらいい気はしないだろう。しかも、たかが大学生のアルバイト風情にである。淳は頭を下げた。
「すいませんでした。批判するとか、そういう気は全くないです。勝手に想像して遊んでただけで、別に」
「受賞したからって、いい気になるなよ」
淳の言葉を遮って、岸社長からきつい一言が飛んできた。全く見当違いなのだが、ここは黙ってやり過ごした方がいいだろう。淳は反論せずに、黙って耐えようと思った。
「どうせ子役で売れてちやほやされてたんだろうが、スマホの動画がちょっとうまく撮れるくらいで、この世界で通用するなんて思わないことだな。だいたいうちは、そういうの求めてないから。学生のアルバイトは、ただ言われたことやってくれればいいんだ」
事務所内にいた数人のアルバイトも、居心地が悪そうにしているが、巻き込まれるのが嫌なのだろう。我関せずと言った風に作業を続けている。しかし岸社長の怒りは収まらないようで、とうとう台本を真っ二つに裂いてゴミ箱に放り込んでしまった。
「海東君、そういうことしたいんだったら、大手の制作会社に行けよ。コネいっぱいあるだろ、天才子役だし、受賞歴あるし。うちみたいな末端の制作会社で働かなくてもいいじゃないか」
このあたりで、淳は何を言っても無駄だと判断した。スポットライトの当たった人間に対する羨望が、卑屈に歪んで噴出しているのだ。彼がどのような仕事をしてきたか知らないが、淳のような人間が気に食わなくて仕方がないのだろう。これ以上はしがみついても得る物はない。淳はもう一度ぺこりと頭を下げた。
「すいませんでした。これ以上ご迷惑をおかけするわけにいきませんので、アルバイトは今日限りにさせていただきます」
そう言うと、岸社長はふっと鼻で笑う。
「あっそう、簡単でいいよね、アルバイトは。まあ、せいぜい頑張って」
あとは淳の方を見もせずに、隣の資料室へと消えていった。帰ってくる前に私物をまとめて出て行った方がいいだろう。事務所内にいたバイト仲間と目が合ったが、みんなうつむいてしまった。明日は我が身と思ったのか。どちらにしても、もうここには何の用もない。
釈然としない思いを抱えたまま、淳はチヨのバイト先に向かった。今日は20時までのシフトのはずだ。近くのカフェで待つとLINEで送り、駅の改札を抜ける。あんな理不尽な言いがかりなど気にする値打ちもないのだが、あからさまな悪意をぶつけられて気分が悪かった。チヨの笑顔で中和せねば、今夜はどうにも眠れそうにない。
「まあ、仕方ないんじゃない。次いこう、次」
思った通り、チヨは三日月の口でニカッと笑い、淳のもやもやを洗い流してくれた。手近な定食屋でしょうが焼きを食べながら、バイトなんていくらでもあるさと、せいせいした気分になったところで、淳のスマホが着信を知らせた。カメラマンの福井さんからである。淳がクビになったのを誰かから聞いたのかもしれない。
「海東君、ちょっと明日でも出てこれる?」
そう言われて何の用かと出て行った待ち合わせ場所の喫茶店で、淳は思いもよらない提案を受けた。後から思えばこれが、真っ二つの分かれ道だった。
「聞いたよ、Σのバイト辞めたんだってね」
「はあ」
福井さんは詳細を知っているようだ。なぜなら彼の手には岸社長が引き裂いた台本が握られている。そんなもん拾ってくるなよと思ったが、何か言いたいことがあるようだ。こんなバカなことをしてと説教されるのかと思ったが、福井さんの口から意外な言葉が出てきて驚いた。
「辞めて、よかったよ」
「え」
「岸さんとこ、辞めてよかった。あの人、若い人を潰すんだよ。見込みがあるほど、そう」
福井さんは会社勤めのころから岸社長を知っているが、仕事のできる後輩には攻撃するタイプだったそうだ。要領がいいので独立して何とかやっているが、業界の横つながりではあまり良い評判ではないという。そういう所は淳たちアルバイトにはわからない世界である。
「それより、海東君。まだ映像をやる気ある?」
「一応……、そっち方面に就職したいとは思ってるんですけど」
プロの人に進路を告白するのは勇気がいる。ひよっこのくせに、考えが甘いと思われないだろうかと思ったが、福井さんの顔がぱっと明るくなった。
「それなら、ちょっと紹介したい仕事があるんだけど」




