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チヨの総て  作者: 水上栞
Vol;4 もう、後戻りできない
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4-7



 決意表明から間もなく。淳の22歳の誕生日がやってきた。


 去年は淳がやらかして、チヨが親友の千夏子の家に逃げ出した。しかしチヨを追ってきた淳がようやく心を開き、めでたく二人の思いが通じた。あれから1年が経ってしまったことを、チヨは信じられない思いで振り返った。まるで昨日のことのようであり、しかし様々な思い出が詰まった日々でもある。



 記念日にこだわらないチヨではあるが、何か思い出に残ることがしたいと考えた。形に残るより、記憶に残る何かが良い。チヨはスマホを取り出すと、年末に友達登録した、あるLINEアカウントを呼び出した。






「えっ、なにこれ、なんでなんで」



 リアクションからすると、サプライズは大成功と思われる。テーブルに並んだチヨ手作りの誕生日メニューを見て、淳が戸惑っている。そこにはチヨに教えたことのない、淳が子どものころから好きなおかずが並んでいた。



「なんでこれ知ってんの、言うたことないやんな」


「じゃーん」



 チヨがスマホの画面を見せつけた。そこにはアカウント名「八尾のおかん」とチヨのLINEトーク記録が残っていた。



「おかんに聞いたんか!いつの間に友達になっとんねん」


「いや~、実に親切に教えていただいたよ。お礼を言っといてね。さ、食べよ」



 まずは小鉢にきゅうり、にんじん、ボンレスハムを入れたマカロニサラダ。淳は生玉ねぎを入れると嫌がるので、かわりに練り辛子でパンチを加えている。その横が肉じゃがの残りで作るコロッケ。残り汁に白ねぎを加えて炊き、粗くつぶしたじゃがいもと合わせるのが八尾のおかん風である。


 そしてメインはひき肉のオムレツ。玉ねぎ、にんじん、ピーマンとひき肉を炒めて卵で包み、ウスターソースでいただく。小さいころ、にんじんとピーマンが嫌いだった淳だが、これだけは喜んで食べたそうだ。たっぷりの千切りキャベツを添えれば、海東家の食卓そのままである。



「なんか、家で食うてるみたいや。一度にこれだけ好きなもんが並ぶことはなかったけど」



 淳はまず動画に感動を収め、心ゆくまで大好物のパレードを堪能した。ケーキは淳が家で作ってきたロールケーキで、ちょっと歪んだ円形なのでろうそくが真っすぐ立っていないのがご愛敬だった。素朴な家庭料理と手作りケーキ。ロマンチックには程遠いが、チヨが願った通り思い出に残る日となった。




 食事の後にチヨは黒い革の手帳を淳に贈った。スマホでスケジュールは管理できるが、アナログでメモを残すこともクリエイターには必要だろう。淳はこの手帳をいたく気に入り、リフィルを差し替えながらボロボロになっても延々と使い続けた。






 その深夜、淳は母親にお礼のメッセージを送信した。すぐに折り返し電話がかかってくるのはお約束である。文字を打つのが面倒なのが3割、息子の声が聴きたいのが7割。おかんは淳の誕生日を祝う言葉もそこそこに



「チヨさん、ええ子やな。捨てられんように頑張り」



 それだけ言うと「おやすみ」と電話を切った。とりあえず誕生日に好物を作ってくれる彼女がいるだけでも安心できるようだ。昔よりはいくらか親孝行できているかもしれない。


 それもこれも、チヨのおかげである。彼女は男の好物で点数を稼ぐような魂胆は持たない。離れて過ごす息子の誕生日に母親を引っ張り込むことで、ぎくしゃくしている親子の仲立ちをしてくれたのだ。食べている最中に撮っていた写真も、きっと今ごろ八尾の実家でみんなが見ているはずだ。淳はつくづくチヨの存在が自分にとって何にも代えがたいものだと感じた。




 一方チヨも、最近は淳に対して新しい考えを抱き始めていた。実は淳が映像の仕事がやりたいと言い出す前から、チヨは彼には特別なセンスがあるのではないかと感じ始めていた。淳の撮る動画は、スマホで日常を切り取る簡単なものであったが、アングルや光の取り入れ方が個性的で、次のシーンに意識が引っ張られるような訴求力がある。


 小説で言えば、ページをめくる手が止まらなくなる感覚だろうか。彼の撮る映像にはストーリーがあり、画面に没頭させる魅力があった。最初は、ひいき目だろうと思っていたが、チヨも映画で鍛えた目を持っている。淳が制作を重ねるうち、だんだんとそれが確信に変わっていったのだ。






 そんなある日、チヨは一計を案じた。「60秒で伝える青春の主張」というスマホ動画のコンテストに、淳の作品を出してみてはどうかと持ち掛けたのだ。プロの目から見て、淳の作品はどのような評価が下るのか確かめたかった。淳は最初、興味がなさそうにしていたが、審査員には制作会社やディレクターの名が並んでいる。映像方面に就職を希望するのであれば、エントリーすることで多少は有利になるかもしれない。



「ほんならダメモトで、受け狙いはせんと好きに作ってみよか」



 結果的にこの「好きに作った」作品は、1500本を超える応募の中から最優秀作品に選ばれた。受賞の理由は「独創的なカメラワーク」「明確なテーマ」だったそうで、技術的に上手な作品は他にもあったが、人を惹きつける力があると評されたのである。チヨが感じたことを、映像のプロも同じように感じたことで、ますますチヨは確信を深めた。



 この賞は規模としては小さなものではあったが、業界紙の片隅に記事が掲載され、それがアルバイト先の人々の知るところとなった。同じアルバイト仲間や外注スタッフたちは皆おめでとうと讃えてくれたが、岸社長と2浪の先輩はいい顔をしなかった。なんとなくわかっていたことではある。






「監督デビューおめでとう」



 背中からかけられた2浪の声に、祝福のムードは欠片もない。よりにもよって、機材をあと10分でバンに積み込まないといけない忙しい最中で、淳は「どうも」と言ったきりガン無視を決め込んでいたのだが、それが相手の癪に障ったらしい。



「あれ~、冷たくない? やっぱり表彰されたら塩対応になるんだね」



 2浪がニヤニヤしながら後をついてきた。人が見ていると途端に手を動かすが、そうでないときはグダグダと無駄口をたたいてばかりいる。この様子では3浪君になるのは決定だろう。淳がなおも無視を続けていると、「偉そうにすんな」と言って、足元の段ボール箱を蹴ってどこかへ行ってしまった。



「おいっ、機材を蹴んな」



 慌てて中身を点検した。どうやら無事だったようで一安心したが、大事な道具を足蹴にするなんて許せない。淳がムカムカと怒りを湧き立たせているところに、バンの中から声がした。



「ねえ」


「はい?」



 そこにいたのは今日の撮影モデルだった。機材と一緒のバンで移動するべく、後部座席で待機していたらしい。横になっていたので淳たちからは見えなかったが、途中から2浪の声に気がつき「何ぞもめごとか」と起き上がって成り行きを観察していたという。



「ねえ、今の動画に撮っちゃった」


「え?」


「あいつ、機材の箱を蹴ったよね。これ証拠になるよ」



 彼女のスマホに、さっき2浪が箱を蹴ったシーンがばっちり収められていた。彼女はにやっと笑うと「送信っ」と言ってスマホの画面をタッチした。どこかへ動画ファイルを送ったようだ。



「いま、何したんですか」


「うん? Twitterにアップしたの。撮影機材を蹴るクズ野郎、って。ちなみにお宅の社長、私のフォロワーだから見るよ、これ」




 彼女が言った通り、岸社長はその日のうちに動画を見たようだ。2浪はすぐさま呼び出され、アルバイトの契約を切られた。チクチク嫌味っぽい社長は苦手な人物であったが、機材に対する考えはさすがにプロである。



 この件によりうざい2浪が視界から消え、一件落着だったはずなのだが、そこから派生した問題がずっと後になって淳を悩ませた。物事はすべて連鎖している。特に人脈の絡みやすいこの業界では、忘れていたことが思わぬ火種になることが往々にしてあるのだ。



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