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チヨの総て  作者: 水上栞
Vol;4 もう、後戻りできない
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4-4



 数日後、チヨ宅で特製肉だんご入り鍋を食べながら、淳が動画についての顛末を報告した。基本的に淳はチヨには隠し事をしない。二人に関わることなら、どんなに小さなことでも共有したいと思っている。抱えて生きる苦しみは、もう十分に経験してうんざりしたからだ。



「はあ、鬱陶しい人がいるわね。その浪人も社長も、人のプライバシーをいじくりまわして面白いのかね」


「俺がおらん所でこそこそ話されてるんが腹立つわ」


「みんなで動画ながめて、あれこれ言ってるんだろうね」


「動画、ひっこめよか」


「だめよ、見せつけてやんなさい。ガタガタぬかすなら、お前もこれくらい撮ってみろって。私が言ってやるわよ、画面の中から」



 チヨが怒りの仁王モードになっている。淳はつくづく「この女を敵に回さなくてよかった」と思った。






 そうこうしている間に、あっという間に日が経った。今日は12月30日。チヨと淳は新宿バスターミナルにいた。今から二人で淳の実家に帰省するのだ。いつもは新幹線で帰っていた淳だが、「贅沢じゃ!」というチヨの一声で高速バスになった。料金は新幹線の1/3。深夜に出て翌朝には大阪のなんばに着いている。



 夜食と飲み物を買い込み、備え付けの毛布をひざにかけてスタンバイばっちりのチヨが、急に淳の方を振り向き、心細さを目に浮かべた。



「なんか緊張してきちゃった。ほんとにご迷惑じゃない?」


「親がかまへん言うてるんやし、気にせんとき。逆に向こうが好き嫌いはあるんかとか、やいやい言うて来てうるさいわ」



 二人掛けのシートを倒し、淳がチヨの手を取ってきゅっと握った。こうなった発端は12月の半ば。今年も帰る家がないチヨを、淳が「一緒にうち来るか」と誘ったのだ。そのときは自然に口から出た言葉だが、後で考えれば親に紹介もしていない彼女を、正月にいきなり連れて帰るなどサプライズすぎる。


 しかも親とは何年もちゃんと会話をしていないひねくれ息子である。最初、チヨも「とんでもない」と遠慮していたが、意外にも淳の親が食いついた。



「試しにちらっと言うてみたら、連れてきなさい言うてる」


「いや~、先に普通にご挨拶して、それからでしょ、正月は」




 しかし、常識人のチヨが辞退を申しあげる前に、海東家のオカンが客用布団を購入してしまった。こうなればもう行くしかない。チヨはバイトの帰りに銀座へ土産物を買いに走り、淳はなれそめをどう説明しようかと脳内でシナリオを練った。こうして二人はバスに揺られて、3人と1匹の待つ海東家に帰ることになったのだ。



「まあまあ、遠いところを。ごめんね、古い家やからあちこち傷んでるけど、気にせんといてね」



 淳と目元がそっくりのお母さんが、駅まで車で迎えに来てくれた。家に着くと大きな茶色い犬が玄関で歓迎の舞を披露し、それをがっちりした体格の弟が抑えて「いらっしゃい」と笑う。無骨そうなお父さんは、ぺこりと頭を下げて茶の間へ消えてしまった。


「こんにちは、瀬川チヨです。お招きありがとうございます。お正月なのに、図々しくご家族の中にお邪魔して申し訳ありません」



 チヨが深々とお辞儀をし、長い髪がさらりと流れる。その光景が淳には誇らしかった。礼儀正しい立派な彼女がおるんやで、あっちでちゃんとやってるんやで、と胸を張りたい気分だ。実際にはチヨがしっかり者なだけで、淳は出席日数の危うい就職浪人予備軍であるのだが。






「あんた、こんなええ娘さん、どこでつかまえたんや」



 すき焼きをつつきながら、大晦日の質問攻めバトルが始まった。オカン砲と弟砲が炸裂し、途中でオトン砲が駄洒落ですべる。体験したことのない大阪の下町の漫才トークに、チヨはただひいひいと笑いながら砂糖を肉にかける関西風すき焼きを楽しんだ。



 淳は「知らんがな」「やかましわ」で返していたが、食後に食器洗いの手伝いをしていたチヨに、お母さんが嬉しそうに「今日はあの子、明るいわ」と教えてくれた。少しでも自分の存在が、淳にとってオープンマインドになれる手伝いになれたのなら、それはチヨにとって何より幸せなことだ。



 やがて少々アルコールが過ぎてしまった淳が元旦になった早々に撃沈し、自室に上がって行ってしまった。チヨには仏壇のある四畳半があてがわれ、そこには真新しい花柄の布団が敷かれている。自分が1月1日のこの瞬間に、海東家の布団で寝ていることが信じられない思いだ。そのせいかチヨはなかなか寝付けず、キッチンへ水をもらいに立った。




「チヨさん、まだ寝てなかったの」


 パジャマにカーディガンを引っかけた淳のお母さんが、トイレから出てきた。お父さんもまだ起きているようで、テレビの音声が小さく茶の間から聞こえてくる。



「お水をもらいに来ました。もう休みます」


「そう」



 にっこり笑う顔に、もじもじした気配が感じられた。何か言いたいことがあるのかとチヨが待っていると、「あの」と前置きして話し始めた。



「淳は……、ちゃんとやってますか」


「はい、ちょっと最近はバイトに力を入れ過ぎですけど、元気にやってますよ。友達もいっぱいいます」



 本当は水谷を含む数人しかいないが、エンジョイしているように伝えた方がいい。お母さんはなおも、もじもじした。



「あのー、あの子のことですけど……」



 チヨは彼女が本当は何を聞きたかったのかを瞬時に悟った。



「聞きました、本人から。わかったうえでお付き合いさせていただいています」



 お母さんが目を丸くした。きっと淳の両親にとっては、そのことがずっと心に刺さったままであっただろう。バカなことをして心を閉じてしまった息子が、また元のように笑えるのか。彼女ができたからといって、手放しで喜べるような心境ではなかったはずだ。



「あなたは、それでいいの」


「確かに、知ったときにはびっくりしました。でも大丈夫です。淳くんはすごく感情が豊かで、それを抑えるのが下手なだけだから」



「そう、あの子は優しい子で、ほんとはとっても優しい子で」



 お母さんが泣き出してしまい、チヨがそっと肩に手を置いた。



「優しいですよね、わかってますよ。私、親が離婚して実家がないので、一緒に来るかって言ってくれたんです。私、そういう淳くんの優しいところが好きです」



 彼氏の親の前で愛を語るのはちょっと恥ずかしかったが、こうなったら勢いである。チヨは淳を大いに持ち上げた。せいぜい親孝行の片棒を担いでやる。



「それに、きっとご両親を安心させたい気持ちもあったと思うんです」



 お母さんがコクコクと頷く。チヨも涙があふれそうだ。



「きっとそのうち、お父さんともお母さんとも、本音で話ができる日が来ると思います。前に進みたいって、そう言ってましたから」



 茶の間から盛大に鼻をかむ音が聞こえた。どうやらお父さんもふすまの向こうで泣いていたらしい。こんなに両親に愛されて、淳は幸せ者だ。またいつの日か、海東家の家族が元通りになる日が必ず来るとチヨは確信した。






 海東淳がさんざん迷惑をかけた両親に、心からの詫びを入れるのはそれから約1年後。この日のチヨの言葉が、遠く離れて暮らすドラ息子の両親にとっては、何より心強かったことは言うまでもない。



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