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チヨを探して街中を走り回っていた淳が、ようやく彼女の居所を知ったのは、東京行きの最終電車が駅を離れた後だった。最初、チヨの家に行ったが予想通り帰っていなくて、在宅していた妹に
「チヨが帰ったら、絶対すぐ連絡して、絶対やで!」
そう念押しして他を探し回っていたのだが、慌てていたので携帯の番号を教えるのを忘れていた。そのため、チヨの妹は昼ごろ千夏子から来た連絡の内容を淳に伝えられずにいたのだ。
その間、淳は大学構内はもちろん、駅や古本屋、果てはバイト先のジェイズまで、チヨが立ち寄りそうな場所を考えつく限り探した。しかし当然ながら見つかるはずもなく、最後にもう一度チヨの家を訪ねて、やっと妹から彼女が東京にいる事を知らされたのだ。
東京にいる親友の事は、何度かチヨから聞いてはいたが、面識もなければ住所も知らない。しかし淳はどこにいようが迎えに行くつもりだったので、チヨの妹に先方の住所を尋ねた。
「教えていいか、千夏子さんに聞いてみないと」
チヨの二つ違いの妹は真美といって、学年で言えば淳と同級生にあたる。豪快な姉とは全く似ておらず、小柄でいかにも女の子、といった風貌だ。真美はパールピンクのスマホを取り出すと、千夏子に問い合わせて了承を取り、メモ用紙に住所を書き付けてよこした。
「あの、お姉ちゃんと何かありました?」
淳が言葉に詰まる。姉が帰ってこない理由が淳にある事は、真美にもわかっているだろう。しかし今は説明している余裕はない。淳はメモを受け取ると、答の代わりに約束を残して深夜の町へと飛び出した。
「ちゃんと連れて帰ってくるから、心配せんと待っといて」
チヨの家を出たものの、時刻はまもなく12時を回る。電車もローカルの最終が残っているくらいで、明日の始発を待たないと東京に向かう事は不可能だ。しかし淳は一刻も早くチヨを迎えに行きたかった。
男の勝手な言い分かもしれないが、肉体的には彼女を裏切ってしまったが、心は変わらずチヨにあることを、どんなに詰られても伝えなければこの恋は終わってしまう。いっそこのまま走って向かおうかと思ったその時、淳の頭にある人物の顔が思い浮かんだ。
「すまん、寝とったか」
「寝てた以上にバッドタイミングかも」
水谷の部屋の玄関からワンルームの室内を覗き込んだ淳の目に、ベッドに寝ている裸の女の肩先が見えた。どうやらお取り込みの真っ最中のようだ。だったら、マンションの下から電話で在宅を確かめた時に断れば良かったのに。淳は向き直ると玄関のドアに手をかけた。
「悪い、出直す」
しかし出て行こうとした淳の手首を水谷が引きとめ、パンツ一丁のまま女に向かって顔の前で両手を合わせた。
「ごめんねぇ、ユカリちゃん、また今度ね。ちょっと友達が大変なことになっちゃったみたいでさ」
その途端に何かがこちらへ飛んできた。玄関ドアに当たって落ちたそれが100円ライターだとわかった瞬間、今度は怒声が響いた。
「サイッテー!」
よく見たら昨日のコンパに来ていた女だ。そういう成り行きは自分だけではなかったらしい。女は淳がいるにも関わらず、その場で下着をつけ、スカートをはき、鬼のような形相で男二人の間を割って出て行った。
「ええんか、お前」
「いいも悪いも、海東がこんな時間に俺んちに来たってことは、本当にえらい事になってんじゃないの?」
水谷がニヤッと笑ってみせる。チヨ関係だという事はすでにお見通しという事か。図星を指されてしどろもどろする淳に、水谷が刑事よろしく決め台詞を突きつけた。
「さあ、吐け」
淳がここへ来たのは、水谷が所有する車を借りて、東京まで飛ばそうと思ったからだ。しかしその車の持ち主は、淳の話をさんざん面白そうに聞いた挙句「車は、ない」とのたまった。
「なんでないねん! お前、持ってたやろ、ボロの軽!」
「ボロは余計だっつーの、廃車にしたんだよ、この間」
「そしたら早よ言え! 俺、全部しゃべってもうたわ!」
「いいじゃないの、俺とスナオちゃんの仲なんだし」
「きしょいわ! もうええ、他を当たる!」
「待てよ」
短気になって出て行こうとする淳を水谷が遮る。そして押入れから何やら取り出し、淳に放ってよこした。バイクのヘルメットだ。淳が訝しげに視線をやると、水谷はジーンズを履きながらテーブルの上の真新しいキーを顎でしゃくって見せた。
「車のかわりにバイクにしたんだよ、新車だぞ。初めてのタンデムが野郎となんて、ついてねえけどな」
千葉から東京までは深夜だと車でも比較的スムーズに流れるが、バイクなら小回りが利くのでさらに早い。千夏子のマンションについて窓を見上げると、ほぼ全ての部屋の明かりは消えていた。人を訪問するのに不適当な時間だというのは重々承知しているが、淳はヘルメットでクシャクシャになった髪に手櫛を入れ、気合を入れてオートロックのエントランスに立った。
背後でバイクのエンジンがかかる音がする。振り向くと水谷がサムアップをして、来た道を再び帰っていった。軽くていい加減に見えるが、実は水谷が友情に厚い男であるのは知っている。だから淳も迷惑そうな顔をしながら付き合っていけるのだ。帰ったらうんと見返りを要求されるだろうが、奴が満足するまで、せいぜいいたぶられてやろうと淳は思った。




