2-11
淳からの電話はきっちり正月三日の夜に届いた。しかも開口一番何を言うかという台詞まで予想通りだったので、チヨはたまらず大笑いをしてしまった。
「帰ってきたで」
「ぶはははは」
こうして昨年に引き続き、淳いわくの「けったいな」関係が再スタートしたのだが、やはり年末に森脇との一件があったせいか、どことなく最初はぎこちないムードが漂っていた。
友人の家に避難していたチヨが、自宅に戻っているのも心配の種だ。あの様子では、森脇は納得したようには思えない。触れにくい話題ではあったが、避けて通るのも不自然だと思い、淳は状況を尋ねてみる事にした。
「家に戻って大丈夫なんか」
「ん、今んとこ大丈夫」
「そやけど、あの男また来るんちゃうか」
「来るでしょうね。この間は不意打ちだったから慌てたけど、次はガツンと撃退するから大丈夫。ありがと」
そう言われてしまえば、淳にはそれ以上何も言えない。チヨにしても淳がいてくれて助かったとはいえ、これ以上は個人的な問題で他人に迷惑をかけるわけにはいかないし、森脇があくまでも強行にチヨを説得しようとするなら、今度は正面から理論で対峙しようと覚悟している。
もともと森脇は感情より理屈が勝っているタイプの人間なので、話し合いで決着をつける事にはやぶさかでないはずだ。逃げて解決するような問題ではないのなら、潔く立ち向かいたい。
とはいえチヨには今まではその勇気がなかった。それがこうして腹を括れたのも、隣のシートで仏頂面を決め込んでいる淳のお陰だ。溜め込んでいたものをぶちまけ、それを冷静に受け止めてもらえた事で、客観的に自分の問題のアウトラインが浮き上がって来たのは大きな前進である。
「おっ、始まるで」
上映を告げるブザーの音で、それぞれが頭の中の問題を一旦手放し映画に集中した。チヨが予想していた通り、内容は胸をえぐられるような問題提起の連続で、怒りと悲しみ、そして主人公の勇気に心を揺さぶられるうち、あっという間に時間が過ぎた。
やがて彼らの意識が再び繋がったのは、エンドロールが終わって館内に照明がついた時だった。客席のシートに残っているのは二人だけで、思わず顔を見合わせて苦笑してしまう。チヨが意見を求めるように淳を横目で見ると
「目をそらしたら、あかんことがあるよな」
無表情ではあるが、それでもぼそっと要点だけは吐き出した。やはり一緒に映画を見に来たのは正解だったと、チヨは思った。何やら正月らしく清々しい気分である。勢いよく立ち上がり、チヨは淳のセーターの肘を引っ張った。
「さあっ、次は初詣いくぞっ!」
神社は三が日ほど混んではおらず、ものの10分ほどで参拝が終わってしまった。時刻は午後6時前。真冬の空はとっぷりと暮れてはいるが、まだ夜というには少々早い時刻だ。
二人とも露店をひやかす趣味はないので、そのまま神社の参道を出てしまい、さてこれからどうしたものかというムードになった。いつものように映画の批評大会をカフェで行おうにも、近くには適当な店がない。かと言って解散するのも、せっかく正月から待ち合わせて出かけているのに芸がないような気がする。そんな中、先に提案をしたのはチヨだった。
「暇だったら、ちょっとジェイズに寄ってみない? 今日から店開けるからおいでって言われてたんだ」
「ああ、行こか」
チヨのバイト先のジェイズに淳は一回行ったきりだが、店主が個性的で料理もうまい。お世辞抜きにいい店だと思っていたので、チヨの提案に乗ることにした。雪が降りそうな激寒の外から暖かい店内に飛び込み、サミュエル・アダムスのボストンラガーと熱々のサルサ・ポテトで一杯やるのはきっと最高だろう。二人はコートの襟を立て、ジェイズ目指して半ば駆け足でバス停に向かった。
「Happy new year!」
店に入ると新年用だという富士山が描かれたTシャツ姿のジェイが、二人を熱烈なハグで歓迎してくれた。男に抱擁されるのは勘弁して欲しいと淳は思ったが、これもアメリカ式なのだろう。チヨは頬にキスまで受けてニコニコしている。その様子を見て淳は少々ムカついたものの、ここは黙っておくことにした。心の狭い島国人間と思われたくはない。
席につくとチヨが淳にメニューを差し出し、「ご注文は?」と訊ねてきた。今日は客で来ているはずなのだが、いつものクセが抜けないらしい。淳は出されたメニューをさっと一瞥し、すぐに閉じてチヨに返した。
「おすすめを適当に頼んでくれるか」
「でも、また味の好みが違うって言われそうじゃない」
「醤油が濃くなかったら大抵食える、あとあのビールな」
「ほーい、了解」
チヨが頼んだのは、例のサルサポテトとアボカド&シュリンプのサラダ、グリルド・チーズ・サンドイッチ、南部風フライドチキンだった。さすがに従業員おすすめだけあって、どれも旨い。
特に最後に出てきた骨付きのチキンは、スパイスと共に牛乳に漬け込んだチキンを、小麦粉とコーンスターチ、そして細かく砕いたコーンフレイクスの衣でカリカリに揚げた絶品で、かぶりつくとクリスピーな衣の中から肉汁が溢れてくる。淳はそれをおかわりしてジェイを大いに喜ばせた。
加えてサミュエル・アダムスが合計8本。さっき観た映画の話をしながら、二人は豪快に飲んで食べて大笑いしたり討論したり、とにもかくにもエキサイティングなひと時を満喫した。




