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「これ見終わったら、次のは落ちるやつだからね!重力を発見したニュートンすげ~~って思うから!」
チヨの手には、椅子に座った状態で地上数10メートルから落下するアトラクションの整理券が握られている。考えただけでも尻がぞわぞわして、淳は眉間にしわを寄せた。
「なんでわざわざ金払うて落ちんならんねん」
「日常では味わえないスリルを買うんだよ、人生のスパイス!ほら、コショウだってぴりっと刺激があるでしょ!」
休憩もそこそこに、チヨは絶叫アトラクションを片っ端から回って歩いた。引きずられる、という表現がぴったりな淳は、売店があるたびに増える荷物を持たされ、慣れない絶叫マシーンに付き合わされ、夕方になる頃にはすっかり消耗しきっていた。それでも嬉しそうに目を輝かせるチヨを見ていると、心が軽くなっていく自分を感じる。
チヨも同様に、童心に返って遊ぶことで内面に溜まった澱が洗い流されていくような気がしたし、意外にも黙ってついて来てくれる淳の存在も有り難かった。こんなに腹の底から笑ったのは久しぶりだ。留学中に学校の仲間とテーマパークに行った時より、何倍も屈託のない気持になっているのが嬉しい。
もしかすると自分は既にリセットできているのかもしれない。それを試す勇気はまだないが、少しだけ明日の自分に希望が持てただけでもずいぶんな収穫と言えるだろう。
「かんぱーい!」
夜になって一気に客が増えたのには驚いたが、チヨが首尾よく予約を入れていたので、二人は無事にパーク内のレストランで夕食にありつけた。テーブルを挟んでアイスティーで乾杯をしたのが6時過ぎ。園内はすでに夜の闇に包まれ、イルミネーションが幻想的な世界を作り出している。
ろうそくの暖かな灯に照らし出されたチヨの頬は、寒い外から暖房の室内に入ったせいか、薄く朱が差しいつもより数倍セクシーに見えた。淳はあまり目を合わせないように黙々とシーフードパスタをつついていたが、その様子を見ていたチヨが心配そうに淳の顔を覗き込んだ。
「ねえ、疲れちゃったんじゃない」
思い切り上目遣いで見上げられて、淳の心臓が小さく跳ねた。無意識でやっているのだろうが、こういう無防備な表情を見せられるとドキッとしてしまう。
先日、水谷に言われた「他の男に掻っさらわれた後で」というフレーズが頭の中をぐるぐる回る。あの黒い服の男は、チヨのこういう表情を知っているのだろうか。それとも、表情だけではなくもっと奥の部分まで――。
淳はふるふると頭を振って、身体の中から湧いてきたあれこれの厭らしい妄想を弾き飛ばした。
「別に疲れてない。腹が減ってただけや」
「そっか、それならいいけど。あ、海東くんビール飲めば。帰りは私が運転するから」
「いや、ええわ。一人で飲んでもおもんないし」
「よし、だったらケーキ食べよう!」
「話つながらんぞ」
「だってクリスマスだし!」
「俺が飲んでも飲まんでも食うつもりやったやろ」
クスクスと笑い声がしてそちらを見ると、隣のテーブルのカップルに笑われていた。また漫才の掛け合いを演じてしまったようだ。いたたまれなくなった二人は食事を黙々と詰め込むと、そそくさとレストランを後にした。
「ケーキ食べ損なっちゃった」
「ゴチャゴチャ言うから笑われたやろ」
「ちょっと、それを言うなら海東くんでしょ。でんがなまんがな、面白すぎるんだよ関西弁は」
「でんがなまんがなとか言わへんわ、吉本やあるまいし」
お互いそこで一旦ブレークし、次の瞬間に噴き出した。面白いのはお互い様だ。いや、正確に言うとこの組み合わせが面白いのだ。お笑いコンビを組んだら売れるかもしれない、とチヨは思った。それほど今日は笑いすぎてお腹が痛い。きっと明日は咽喉も腹筋もえらい事になるだろうが、こんな開放的な気分になれるのなら多少の筋肉痛くらいなんてへっちゃらだ。
それは淳も同様だったようで、眉間に手を当てて我慢しているが、肩が小刻みに揺れている。二人はその可笑しくて仕方のないテンションのまま、本日のラストイベントであるパレードに繰り出した。
「うわー来た来た!きれい、きれい!!」
「ごっつい電飾やな、しかし」
「おとぎの国みたいだよ、あっお姫様がいる!」
「菊人形とはえらい違いや」
「え、何か言った?」
「いや、何でもない」
チヨは大喜びしながらパレードを次々と撮影していたが、急にくるりと淳の方を向くと、ニヤリと笑ってシャッターを切った。
「おい、何すんねん!」
「へへー、隙あり!」
「勝手に撮んなや、ちょおコラ、消せ」
「いーじゃん、減るもんじゃなし」
ケラケラ笑いながら逃げるチヨを追いかけていると、突然パン、パンと空に大音響が炸裂した。見上げると打ち上げ花火が夜空を七色に染めている。
「おおおお~、きれい、きれい、きれい!」
飛び跳ねるチヨの髪が空中にサラリと舞って、肩から胸元に流れ落ちていく。気がつけばその様子を写真に収めようと、淳は無心にスマホを構えていた。
子供のように花火を見上げるチヨの眸と、その長い髪を染める花火の光。見ているうち、淳の内面から一種の熱い感情がこみ上げてきた。淳は過去に二度、この感情を経験したことがある。一度目は誰にでもある子供時代の淡い初恋、そして二度目は――。
過去に引き戻されそうな恐怖から逃げるかのように、淳はチヨの姿を画面の中に追い求めた。艶めく髪、上気した頬、そして三日月の口元から零れる健康そうな白い歯。目に映る全ての光と思いを凝縮するかのごとく、ただひたすらに淳はその瞬間のチヨを切り取り続けた。




