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チヨの総て  作者: 水上栞
Vol;2 彼女の事情・彼の隠しごと
14/77

2-3



 商店街の福引で、チヨが四等を当てたのは12月初旬のこと。賞品は、若者に人気の遊園地ペア招待券。チヨはアメリカのテーマパークで遊んで以来、絶叫マシーンのスリルにはまってしまったので、封筒の中身を見て飛び上がらんばかりに喜んだ。


 しかしよく見れば、なんと有効期限はクリスマスと年末年始を除く1月10日まで。周囲の友人に声をかけてみたものの、師走の忙しい時期に寒風吹きすさぶ遊園地に付き合う猛者がおらず、一緒に行く相手を探していた。



 そこで白羽の矢が立ったのが淳である。「遊園地まで運転させてやる」という、親切なんだか高飛車なんだかよくわからない誘いを受け、運転する機会に飢えていた淳は一瞬おおっと腰を浮かしたが、次の瞬間に戸惑ってしまった。


 遊園地など大阪時代、家族で地元の枚方パークに菊人形を見に行ったくらいしか経験がない。今どきの絶叫マシーンも未体験だ。どうしたものかと考えたが、何事も経験だと取りあえず了承の返事を送った。こういう所が多少なりともチヨの影響を受けているのかもしれない。


 とにかくそういう訳で、年末の忙しいスケジュールを縫って二人は郊外へと車を飛ばした。久々に握るハンドルに、淳はことのほかゴキゲンである。



「しかし寒いね~~、今日に限って」



 ダークブラウンのダウンジャケットを着たチヨが身を竦める。車の中はヒーターで快適だったのだが、駐車場で車を降りた途端に「今年いちばんの寒波」とやらにやられ、入場門に着く前に二人はすでにすっかり縮こまっていた。



「だいたいなぁ、この真冬に遊園地なんか来る方がおかしいねん」


「そんな事ないよ、クリスマスなんて大入り満員なんだから」


「知らんがな、そんな西洋の祭」


「おっさんくさーい」


「知らんがな」



 そんな二人の掛け合いを見て、ゲートの女性が笑いを噛み殺している。そう言えば、自分たちの会話は何故かいつも漫才のような応酬になりがちだ。これは淳が関西弁であるというだけの理由ではないような気がする。


 恥ずかしくなった二人はバタバタとゲートを通りすぎ、意味もなく広場に向かって小走りで駆け出した。






 実はこの数日前、淳は友人の水谷と駅前のカフェにいたとき、チヨに関する事で至らぬお節介を受けたところであった。サッカーの雑誌を読んでいたとばかり思っていた水谷が、いきなり本から顔も上げずに淳に突っ込んだ。



「なあ、ぶっちゃけ瀬川チヨさんとどうなの?」



 長年の修行で鉄仮面は崩さなかったが、心臓が口から飛び出しそうという表現がまさにぴったりだった。今まで何度も違うと言い続けてきたはずなのに、なぜ水谷が改めてそんな事を聞いてくるのか。視線に殺気をこめて凝視していると、水谷は「おーこわ」と雑誌を畳んだ。さすがに数少ない友人だけあり、はなから淳の返答など期待していなかったようだ。



「お前とチヨさんが車で出かけてんの、見た奴がいてさ」



 九十九里の時だ。こんな狭い学生街では、誰がどこで見ているかわかったものではない。その上、女性と一緒に車に乗っているのが誰よりもそんな事をしそうにない男とくれば、面白おかしく噂されても不思議ではないだろう。淳は内心で、チヨに迷惑がかかっていなければいいがと気が重くなった。



「運転の練習や。お前らが思うてるようなもんやない」



 練習というよりデートに近かった事は黙っておいた。しかも再びその車で遊園地に出かけるなどと言ったら、目の前の男はそれこそ交際宣言と取りかねない。


 チヨとの事はそっとしておいて欲しいというのが淳の本音だ。今は微妙でありつつも居心地のいい関係を保っているが、それが公になれば互いに気まずくなってしまうのは目に見えている。淳は水谷を目でそれとなく牽制した。



「いやいや、それならそれでいいんだけどさ。海東が女とまともに話したりすんのって珍しいからさ」


「俺かて話くらいするわ」


「付き合っちゃえよ、いっそのこと」



 軽い調子で出た言葉なので冗談みたいに聞こえるが、水谷の目は少しも笑っていない。彼は彼なりに友人の事を心配しているのだ。何しろ海東淳の女性関係といえば、2年間まったく彼女ナシ、恋愛ナシ、せいぜい向うから寄ってきた簡単そうな女と遊ぶくらいで、異性に対しては冷め切っていた。恋愛体質の水谷からすれば、これは一種の病気に近い。



「俺ら、そんなんちゃうって」


「勿体ねーな、チヨさんいい女なのにな。他の男に掻っさらわれた後で、泣きべそかいても知らねーぞ」


「アホか」



 他の男、という言葉で先日の黒い服の男を思い出した。例え淳が付き合いたいと思ったところで、チヨの方に事情があるのではどうしようもない。今のままがいいのだ。今のままの関係なら、彼女は怯えたり傷つく事はない。そして自分自身も、わざわざ古傷のかさぶたを剥がすような真似をしなくて済む。






「さて、いきますか!」



 その声で淳は現実に引き戻された。寒さで頬を真っ赤にしたチヨが、園内の地図を見ながらニコニコしている。


 黒いニット帽をしっかりかぶり、早くも臨戦態勢の彼女は、回る順番を脳内シュミレーションしているらしい。平日の午前中だけに人出はそれほど多くないが、それでも人気アトラクションは平気で1時間待つ場合もあるという。淳はチヨにそっくり任せて、自分はついていく役に徹する事に決めた。



「わー、でっかいツリーだよ、きれいー!」



 広場に立てられた巨大なクリスマスツリーにチヨは大はしゃぎだ。そこを抜けると人気アトラクションの建物があり、チヨがそれに入りたいと言うので、淳は整理券を取って列に加わった。その間にダッシュでチヨが他のアトラクションの整理券を取りに行く。


 遊びに来たのか整理券を取りに来たのかわからんと言うと、チヨは「下準備が大事なの」と口を尖らせた。その表情がまるで小さな子供のようで、淳は思わず小学生の頃のチヨの姿を連想して笑いを禁じえなかった。



「やだ、感じ悪い、何笑ってんのよ」


「ガキの頃から顔、変わってへんやろ」


「失礼ね、どうせ同じ顔だよ。そういう海東くんはどうなのよ」


「俺は……」



 そこで淳は言葉を切ってしまった。痛みの髄にいきなり針を刺され、適当な返事で誤魔化すことができなかった。そのまま無表情で黙っていたら、チヨが淳の腕をつかんでぐいぐいと引っ張った。大きな三日月の口にはビッグスマイル。何も聞かないという暗黙のサインだ。



 淳の全身を駆け巡っていた痛みが、その笑顔を見た途端に解放された。全くチヨには救われてばかりいる。淳は口には出さなかったが、心の中で「おおきに」とチヨに手を合わせた。



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