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淳が「知らんがな」と斬って捨てた西洋の祭が間近に迫った。町のあちこちにはツリーが飾られイルミネーションが輝く。こうなるとイベント好きの水谷が黙っているわけもなく、恋人募集中の男女各10人を集めてクリスマスパーティーをしようと言い出した。
要するに彼が今フリーであるという事が最大の理由なのだが、この時期に一人で過ごすのは精神衛生上よろしくないなどと、およそ淳が理解できない理屈をかざしてメンバーを募っているようだ。
もちろん相手がいない筆頭格である淳も誘われたが、言下に断った。しかし相手も学習しているらしく、ふふんと笑っておもむろに切り札を出してきた。それも強烈な一発を。
「チヨさんも来るってさ」
学食で塩やきそばセットを食べていた淳の箸がぴたりと止まる。しまったと思った時には目の前に水谷の顔が来ていて「毎度あり」と不気味な笑顔とともに掌が差し出された。
箸が止まったままの淳は3秒ほど意識をどこかに飛ばしていたが、血に飢えた野獣のような男メンツを思い浮かべてぞっとした。あのメンバーの眼前に無防備なチヨを単独で晒すわけにはいかない。淳は渋々と箸を置き、尻ポケットの財布からなけなしの五千円札を一枚水谷に投げつけた。
チヨにパーティーの話を持ちかけたのは、酒癖のいただけない悠花だった。彼女はとにかく宴会好きな上に、彼氏もいないとあって水谷の誘いに二つ返事でOKしたのだが、その時チヨもぜひ誘うように頼まれたのだ。
チヨは最初、コンパ系の宴会には気が進まなかったが、バイトが休みだったし会場が気になっていたエスニック系の料理屋だったので、食べ物目当てで参加を承諾した。
そのため、まさか淳が来るとは思ってもおらず、当日店で彼の姿を見かけた時は何だか気恥ずかしい思いがした。彼氏欲しさにノコノコやってきたように思われては心外だ。チヨはそわそわと普段は滅多にはかないスカートの裾を気にしながら、どうか勘違いされませんようにと心で祈り続けた。
パーティーは個室を貸しきりにして行われ、前菜からデザートまでアジアンなメニューが女子に好評だった。チヨもデビルチキンや生春巻など食べて飲んでパーティーを楽しんだが、隣に座った男が薀蓄の帝王でなかなかチヨを放さない。はじめは仕方がなく話に付き合っていたチヨだが、途中でうんざりして化粧室に立った。
その時、同じく手洗いから帰ってきた淳とバッタリ出くわし、無視するのも変なので、とりあえず当たり障りのない言葉をかけてみた。
「海東くんが来るとは思わなかったよ」
「えらい気合入ってんな、いつもと全然ちゃうやんけ」
やっぱり男狙いだと思われているのかと、チヨは少々落ち込んでしまった。たまたま今日はクローゼットを整理していて、一度もはいていないスカートを見つけただけなのに。普段ジーンズばっかりはいているせいか、たまにスカートをはくと「今日は何かあるの」と聞かれてしまう。
しかし私だって女の子なんだよ、と主張したい日もあるわけで、それがたまたま今日だったに過ぎない。断じて言うが、1ミリだって彼氏狙いではない。何故ならまだチヨには彼氏を作るまでの心の準備ができていないのだから。チヨはため息をつくと、しょんぼりと黙ってしまった。
「何や、おもろないんか。それとも飯が不味かったんか」
「違うよ、別にそんなんじゃない」
結局、そのままチヨは手洗いに行ってしまい、淳は部屋に戻っていつもの仏頂面を貫き通した。
その仏頂面がアクションを起こしたのは、店を出た後。さっきの薀蓄男が嫌がるチヨをしつこく二次会に誘っていたのを発見し、淳は「帰るで」と声をかけてさっさと駅方面に歩き出した。
実を言えば、その男がスカートからすんなり伸びたチヨの脚を凝視しているのが気に食わなかったのだ。背後で抗議の声をあげる薀蓄男に「ごきげんよう~」と挨拶を残してチヨが淳に追いつき「サンキュ」と一言礼を言ったので、淳は黙って頷いた。チヨがついて来なかったらどうしようかと思ったが、とりあえず奪還成功だ。
しかし本当の危機は帰宅後にあった。何とマンションの正面玄関に、またあの黒いプジョーが横付けされていたのだ。
「あの車、この間の」
「海東くん、ダッシュするよ!」
言うが早いかチヨは走ってエントランスを抜けようとした。しかしドア前で待ち構えていた例の男の腕が、彼女をがっしりと捕まえてしまったのだ。どうやら車に連れ込もうとしているようで、これは見たまま判断するなら犯罪だ。淳はすぐさま側へ駆け寄り、チヨを押さえ込んでいる男の横っ面にパンチを入れた。
「ぐっ……」
さすがに男はチヨから手を離し、顔面を押さえて隙を見せた。そこにもう一発、今度は鳩尾めがけて渾身の蹴りをお見舞いする。いくら淳がヒョロいとはいえ、ノーガードで2発喰らえばしばらくは動けない。その隙に淳はチヨを引きずるようにして、マンションのドアに突進した。
「早う開けえ、しっかりせんかい!」
チヨの身体はショックで震えている。それでも何とかオートロックを開けさせて、彼女とともにマンション内に転げ込んだ淳は、内側からロックがかかるのを息を止めながら見守った。
「大丈夫や、もう来られへん」
「海東くん、あのね……」
「ええから、とにかく帰るで。話はそれからや」
淳はチヨを家に連れ帰り、妹に簡単に挨拶をするとリビングでなくチヨの部屋に入ってドアを閉めた。初めて入るチヨの部屋は女性にしては素っ気無く、出掛けにバタバタと服を選んだ形跡がリアルな生活感を表している。
「やだ、散らかってるのに」
「そんなん言うとる場合とちゃうやろ、何か飲むか」
「……冷蔵庫に、何かあると思う」
チヨが立ち上がろうとするのを制して淳がキッチンに向かい、スポーツドリンクのペットボトルと濡らしたタオルを持って帰ってきた。ボトルをミニテーブルに置いた淳は、タオルで拳を冷やしている。
「ごめん、手が痛かったよね」
「ちょっと腫れただけや。それより自分の心配した方がええんちゃうか、顔が引きつっとる」
チヨはそのままじっと自分の膝を見つめていたが、やがて思い切ったようにボトルに手を伸ばすとゴクゴクと一気に咽喉に流し込み、ハーッと大きな溜息をついた。目にいつもの力が蘇ってきている。どうやらショック状態から自力で脱出したようだ。
「ごめんね、また迷惑かけちゃって」
「別にそれはええ、問題はこの後や。俺、殴ってもうたけど、警察沙汰になったらすまん」
「それはない、揉め事になったら困るの向うだもん」
チヨはきっぱりと言い切った。そして数秒間じっと空を見つめて決心したように言葉を吐き出した。




