第6話 この気持ちは
シェランがアクアの店に雇われてから数ヶ月が経っていた。いつしか寒さは和らぎ、かわりに熱気が肌に擦り寄るようになる。シェランは日の当たる街道を歩いていた。腕には日用品の入れられたビニール袋が掛けられている。アクアが料理に専念できるよう、食料品以外の調達はシェランがやっていた。それだけでなく、店の掃除など彼が手伝えることはすべてやっていた。シェラン自身、音楽に専念しろと言われればそれまでなのだが、ちょっとした出来事が作曲のヒントになることも多い。散歩を兼ねて、買い物に出掛けているのだ。
けれど今、彼の心にあるのはたった一つのこと。タイムスケジュールに縛られ、せわしなく動いていたあの頃とは違う、穏やかな日々。その場をくれたアクアに、シェランは感謝せずにはいられなかった。いや、感謝という言葉では足りない、何か強い感情を抱いている。この気持ちを、どうやって伝えようか――シェランはいつもそのことを考えていた。幸い、自分は音楽家だ。音楽を媒体とした気持ちの伝達ができる。しかし、どうすればこの気持ちを伝えられるのか、分からなかった。どんな詞も、どんな旋律も、自分の心を捉えているように思えないのだ。シェランは探していた。だから、街を歩いて言の葉が舞い降りるのを待っていた。
「お帰り、シェラン。なんだか悪いね、買い物に行かせちゃって。でもありがとう。助かるよ。」
「いいって。俺は数え切れないほどの恩義を受けたからな。」
店へ帰ってきたシェランを迎えたのは、アクアの可愛らしい笑顔だった。その顔を見ると、いっそこのままでもいいように思えてくる。その反面、彼女を強く求める気持ちもあふれ出しそうになる。両者はいつも拮抗しているが、結局決定打のない後者が負けるのであった。口説き文句が見つかれば勝敗も変わるだろうか…およそ答えの見つかりそうにない問を、シェランは静かに自問した。




