第3話 人の楽しませ方
ふう。ため息をついた少年の足は、いつしかあの店へ向かっていた。仕事も見つからないまま、シェランは店の中へ入った。温かい雰囲気が肌に触れ、店員である少女が出迎える。
憂鬱な腰が椅子に沈む。注文を済ますと、そのまま天井を仰いだ。そんな彼のもとに、一人の男性が近寄った。
「あんた、あの日ここで歌ってたよな?もしよかったらまた何か歌ってくれないか?」
おどけながら手を顔の前で合わせる男性に、シェランは了承の意を伝えた。料理ができるまで、まだ時間があるだろう。ピアノのカバーを開け、指を鍵盤で躍らせた。
歌ったのは、自分が一度書いた詞。人前で披露する前に消えてしまった。巧拙も知るはずがない。けれどこれを選んだのは、自分を試してみたかったから。もし誰も喜ばなかったその時は、音楽家として生きるのをやめよう。自分に才能がなかった、それだけのことなのだ。シェランは歌った。これが最後になってもいいように―――
曲が止んだ時に聞いたのは、温かい拍手の音だった。これが自分の求めていたものだと、少年は理解した。有名でなくてもいい。聞く人がいる。喜んでくれる人がいる。たったそれだけのことなのに、シェランは目頭が熱くなった。
運ばれてきた料理がテーブルに置かれた。渇いた喉に、心地よく流れる。仕事にひと区切りついたのか、少女がシェランの横に座った。
「歌もピアノも上手ね。いい歌手になれるんじゃない?」
少女の言葉にシェランは首を振り、視線を机に落とした。
「なれないから、俺はここにいるんだ。」
自嘲的な少年の物言いに、少女は目を見開いた。信じられないとばかりにゆっくりと首を振る。
「そんな…もったいないよ。これだけ歌えるのに。」
「必要とされなければ、歌手にはなれない。歌の上手いやつが必ずなれる訳じゃないんだ。」
淡々と発せられる少年の言葉。少女は何も言い返せなくなって、ただ彼を見つめた。
「行くあて、ないの?」
「まあ、な。」
少年はそっけない返事をする。けれど少女は急に立ち上がった。
「じゃあ、ここで働きなよ。」
「えっ?」
少女の唐突な提案に、シェランは目を丸くした。少女の瞳には確固たる決意が宿っている。
「この店で歌ってくれるだけでいいの。もちろん給料は払うし、あのピアノだって自由に使っていい。それに、あなたの好きな時に歌ってくれていいよ。ね、いいでしょ?」
「そんな、いいよ。君に迷惑をかける。」
歌わせるために自分一人雇うなんて、申し訳ない。そもそも、この小さな店に人を雇う余裕があるのか疑わしかった。けれど少女はまっすぐシェランを見据えた。
「それに、私はあなたの歌が聞きたいの。」
聞きたい。その言葉が心を動かした。聞いてくれる人がいるんだ。どこまで期待に応えられるかわからないけど、シェランは思いを固めた。
「…ありがとう。俺はシェラン。よろしく」
「私はアクア。よろしくね、シェラン。」
少女と少年は、互いに手を握った。




