第7話 後輩女子の初めての投資
「投資って、具体的にどうするつもりなの?」
俺が尋ねると、山根さんはおにぎりを片手に、胸を張った。
「今、勢いのある株を買って、十分に値上がりしたところで売るんです!」
「なるほど。値上がり益を狙うわけだ」
「はい! 候補の株も、ちゃんとリサーチ済みです」
山根さんは、得意げにうなずいた。
「今、AI関連株に注目が集まっているらしいんですよ。その中でも、私が目をつけたのが、AppBankなんです!」
「AppBank?」
「そうです! 先日、東京大学発のAIスタートアップ企業と、AI技術を活用した開発契約を結んだそうなんです」
山根涼香の目に、キラキラと光が宿る。
「それで、株価がすごい勢いで上がっているんです!」
山根さんは、スマホを操作すると、画面を俺に向けてきた。
「これが、AppBankの株価チャートです!」
そこには、右肩上がりというより、垂直に近い角度で立ち上がっていくチャートが映し出されていた。
「……なんか、崖みたいなチャートだね」
「そうなんですよ!」
山根さんは、なぜか嬉しそうにうなずいた。
「SNSでも、すごい話題になっているんです。買いが止まらないとか、祭りが始まったとか!」
「へえ……」
「やっぱり、これからはAIなんですよ! AI関連の企業は、今後どんどん成長していくと思うんです!」
なるほど。世間は、すっかりAI一色らしい。
「それで、もう証券口座も作ったんです!」
「おお、行動が早いね、山根さん」
「はい。わたし、がんばって、いろいろ調べたんです!」
山根さんは、満面の笑みを浮かべた。
「あと、手持ち資金の三倍くらいの株を買える仕組みもあるらしくて!」
「三倍?」
「はい! 信用取引っていうらしいです。普通に株を買うより、効率よく利益を狙えるんですよね?」
山根さんは、期待に満ちた目で俺を見た。
「明日、給料が出たら、さっそく、できるだけ買おうと思っているんです!」
そう言って、山根さんは身を乗り出した。
そのとき。
「それはだめよ。涼香ちゃん」
向かいの席から、冷たい声が響いた。
見ると、葵ちゃんが山根さんを見つめていた。
その目は、真剣だった。
いつもの穏やかな表情とは、明らかに違う。
山根さんも、さすがに戸惑ったようだった。
「一ノ瀬先輩。だめって?」
身を乗り出した姿勢のまま、山根さんが尋ねる。
「その株、今から買うのは危険かもしれないわよ?」
「危険?」
山根さんが、聞き返した。
「ええ。今、AppBankのチャートを見たけど、あまりにも急激に上がりすぎているわ。RSIも、買われすぎの目安を大幅に上回っているし」
「それに」
葵ちゃんの声に、力がこもった。
「世間で騒がれ始めたときには、すでに株価が上がりきっていることも多いの。みんなが注目しているからといって、今から買えば儲かるとは限らないわ」
「で、でも、これからもっと上がるかもしれないじゃないですか!」
山根さんが、机越しに葵ちゃんへと身を乗り出した。
その勢いに、葵ちゃんは小さく息を吐いた。
「……ごめんなさい。せっかく投資を始めようとしているのに、水を差すようなことを言って」
「いえ、そんな……」
「確かに、未来の株価なんて誰にもわからない。でも、短期で安定して利益を出し続けるのは、とても難しいことなの」
葵ちゃんは、山根さんの目を見つめた。
「もちろん、私に涼香ちゃんの投資を止める権利はないわ。自分のお金なんだから、自分で考えて決めればいい」
「一ノ瀬先輩……」
「でも、これだけは言わせて。どうしても今、AppBankに投資したいなら、まずは損をしても生活に影響しない少額にしておくこと。それから、信用取引には手を出さないで」
「信用取引って、だめなんですか?」
「大きく儲けられる可能性がある反面、損失も大きくなるから。場合によっては、手元の資金以上の損失を抱えることだってあるの」
葵ちゃんは、少しだけ声を落とした。
「仕組みをよく理解しないまま手を出すのは危険よ。特に、投資を始めたばかりならね」
「そうなんですね……」
山根さんは、スマホの画面に視線を落とした。
「わたし……もう少し、考えてみます」
「うん。それがいいと思う」
葵ちゃんは、静かにうなずいた。
◇
給料日の翌日。
朝、出社するなり、山根さんが元気よく宣言した。
「私、結局、AppBankを買っちゃいました!」
「えっ、買ったの?」
俺が驚くと、山根さんは少し申し訳なさそうに笑った。
「あきらめきれなくて。でも、信用取引はやめて、普通の取引で買いました。百株、51,000円です!」
「信用取引を避けたのは、よかったと思うわ」
向かいの席から、葵ちゃんが声をかけた。
「これで山根さんも投資デビューか。すごいね」
俺がそう言うと、山根さんは嬉しそうにうなずいた。
「はい! これから、どんどん勉強していきます!」
◇
しかし。
その日の夕方。
「えっ?」
隣の席から、山根さんの驚いたような声が響いた。
「どうしたの?」
俺が尋ねると、山根さんはスマホを凝視したまま答えた。
「AppBankの株価が……すごく下がってます……」




