第6話 後輩女子の財布のひもが緩すぎる件について
翌週。
昼休み。
「長瀬先輩。このお店、知ってます? 近くにできたカフェなんですけど、すごくおしゃれで……」
山根さんがスマホの画面をこちらに向けた。
「いや、知らないな。へえ、こんな店ができたんだ」
「そうなんですよ。見てください、この店内の洗練されたデザイン!」
山根さんが画面をスクロールする。
……顔が近い。
そんな俺の戸惑いをよそに、山根さんは今度は、向かいに座る葵ちゃんへスマホを向けた。
「一ノ瀬先輩も、よかったら行ってみてください。おすすめです!」
「えっ? あ、うん。おしゃれなお店だね」
突然話を振られた葵ちゃんは、少し面食らいながらも、画面をのぞき込んだ。
「このパンケーキ、すごくおいしそうじゃないですか?」
「本当だ。かわいいね」
「ですよね!」
山根さんはうれしそうにうなずいた。
葵ちゃんも、山根さんの話に笑顔で相づちを打っていた。
「ところで、このカフェって、駅のどっち側にあるの?」
俺が尋ねると、山根さんは待ってましたとばかりに説明を始めた。
その話に、葵ちゃんも加わる。
気づけば、三人でカフェの話に花を咲かせていた。
◇
その夜。
アパートでくつろいでいると、葵ちゃんからLINEが届いた。
『しゅぽっ』
葵ちゃん『佑太くん。今日もお疲れ』
平日の夜、こうして葵ちゃんとやり取りするのが、いつもの日課だ。
たわいもない会話を続けているうちに、話題は昼間のカフェのことになった。
佑太『山根さんの言ってたカフェ、行ってみる? パンケーキ、おいしそうだったし』
山根さんの話を聞いて、葵ちゃんも少しは興味を持ったんじゃないか。
そんな淡い期待を抱きながら、俺はメッセージを送った。
しかし。
葵ちゃん『いかないわよ』
取り付く島もなかった。
葵ちゃん『パンケーキだけで二千円超えるなんて、ありえないわ』
葵ちゃん『パンケーキ食べたいなら、今度、焼いてあげるわよ?』
佑太『いや。たまには、カフェに行ってみるのもどうかなって思って』
葵ちゃん『だったら、山根さんに連れてってもらえば?』
おっと、雲行きが怪しくなってきた。これは、まずい。
佑太『葵ちゃんのパンケーキが食べたいです』
葵ちゃん『よろしい』
ふう。
佑太『しかし、山根さんって、いろんなところに行ってるよね』
葵ちゃん『そうね。あれだけ出かけて、よくお金が持つわね』
佑太『実家が太いとか?』
葵ちゃん『ありえるわね』
佑太『金持ちの彼氏がいるとか?』
葵ちゃん『それも、ありえるわね』
ふたりの邪推は膨れるばかりであった。
◇
しかし。
月半ばの昼休み。
珍しく、山根さんが自席に残っていた。
いつもなら、同期の女の子たちと外に昼食を食べに行くのだが。
不思議に思っていると、彼女はバッグから、ラップに包まれた真っ白なおにぎりを取り出し、黙々と食べ始めた。
「自席で昼ご飯なんて珍しいね」
思わず話しかける。
「そうなんです。今月、ピンチで」
「給料日まで、ずっとおにぎりだけになりそうです」
山根さんは、肩をすくめた。
「しかも、塩おにぎりです……」
やはり、派手に使いすぎたということだろうか。
「そうかあ。節約もしないとね?」
「いえ」
「楽しかったんで、悔いはないです」
山根さんは、なぜかドヤ顔を向けてきた。
すると、向かいの席から葵ちゃんが声をかけた。
「それでも、しばらくおにぎりだけじゃ、物足りないでしょう?」
「はい。それは、そのとおりですね……」
「卵焼き、食べる?」
「……いいんですか?」
「どうぞ」
葵ちゃんは自分のお弁当から卵焼きを箸でつまみ、山根さんのほうへ差し出した。
「はい。あーん」
「あーん」
ぱく。
もぐもぐ。
「おいしい!」
「ふふっ、よかった」
「本当においしい! 一ノ瀬先輩、料理上手なんですね!」
「ほめすぎよ」
「ねえ、長瀬先輩。一ノ瀬先輩の卵焼き、すごくおいしいですよ!」
「そうなんだー」
(知ってる)
ーそれにしても。
山根涼香。
実家が太いわけでも、金持ちの彼氏がいるわけでもない。
ただ、自分の楽しみに全力でお金を使っていただけらしい。
……見事なまでの使いっぷりだ。
俺は、あきれるやら感心するやらだった。
ふと、よからぬ考えが頭に浮かんだ。
もしも。もしもだ。
俺が、山根涼香と付き合ったら、どんな毎日になるんだろう?
きっと、あちこちに出かけて、いろんなものを見て、おいしいものを食べる。刺激的で、退屈とは無縁の毎日になるに違いない。
ただし、俺の財布は、給料日を待たずに空っぽになっているだろう。
今の葵ちゃんとの、静かでお金の減らないお付き合いとは、まさに正反対だ。
でも……。
お金を使わずに楽しむことと、お金を使って楽しむこと。
どちらも、きっと幸せなんだろう。
◇
そんなある日の昼休み。
「私、給与所得だけに頼っていてはいけないって、気づいたんです!」
塩おにぎりをほおばりながら、突然、山根さんが声を上げた。
「うん。なに、いきなりどうした?」
「つまり。私の活動費として、お給与だけでは到底足りないんです」
「うん。そのようだね」
「そこでですね」
山根涼香の目がギラリと光った。
「私、投資しようと思うんです!」
胸の前で握りこぶしを作る山根さん。
その瞬間。
向かいの席でお弁当を食べる葵ちゃんの手が、ぴたりと止まった。
職場の空気が、一瞬震えた気がした。




